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【浮き玉】からセリアーナが降りてもらい、【ダンレムの糸】の発射準備も整った。

 そして、万が一この通路が崩落した場合、下から瓦礫を撃ち抜くために【竜の肺】を発動したフィオーラの魔法の発射準備も整った。

 ダンジョンの壁をぶち抜く威力があるし、気をつけないといけないな。


「いくよっ! せー……のっ!」


 皆に合図をすると、俺はしっかりと狙いを定めて、矢を放った。

 尻尾や腕で支えながらも威力に振り回されて少々射線がブレてしまい、通路の壁面を一気に抉りながら部屋の中目がけて突き進んで……そして……。


「……むっ?」


 ドーンとかズガンとかの破壊音が聞こえてくると身構えていたのだが……。

 ガラガラ崩れる音がしたり土埃が舞ったりはしているが、それは破壊された通路の壁のもので、部屋の中からではない。

 矢はどうなった?


「着弾はしなかったわね。何が起きたのかしら?」


 そして、俺だけじゃなくてセリアーナも、矢の威力は知っているしこの結果を訝しんでいる。


「そうね……。風よ」


 フィオーラは【月の扇】を前に突き出すと、部屋に向かって風を放った。

 風は通路に立ち込める土砂を部屋に向かってゆっくりと押し流していったが……。


「あっ!?」


 部屋に入って少ししたところで、急に風が止んでしまい床に落下した。

 何が起きたのか尋ねようとしたが、そうする前にフィオーラはもう1発魔法を放った。

 今度は火球だが、それも先程風が止んだあたりで急激に弱まったかと思うと、遂には消えてしまった。


 とはいえ、システムの破壊は出来なかったがそれでも壁をぶち抜いた事で、部屋の中が先程より見える様になった。

 部屋の中心辺りには、高さは1メートル、太さは30センチほどの黒に近い紫色の石柱の様な物が建っている。

 薄っすらと光っているし、魔素が集まっているのがわかる。

 アレがシステムの核みたいな物だろう。

 そしてその周りには……。


「どうやら魔法に込めた魔素が分解されている様ね。【ダンレムの糸】の矢もそうなったんでしょう」


「……アレがそれを?」


「そのようね。あれを壊せばいいのでしょうけれど……魔法が使えない以上は直接叩くしかないのよね」


「私が釣り出してみましょうか? 部屋の外なら魔法も使えますし……」


「……難しいんじゃなくて? 6体いるのよ? 先程私が見た時から増えているわ」


「アレが生み出しているのか引き寄せているのか……厄介ね」


 セリアーナたち3人は、部屋の中を見ながらどうするかを話している。

 魔法が通じないなら、直接突っ込んで叩き壊すしかないが、それを難しくする要素が一つあの部屋にはある。

 石柱の周りをユラユラ動く影。

 レイスだ。


 なんというか……黒い布のような影のような……輪郭がはっきりせず、セリアーナが数を言わなければ目の前にいるのに何体いるのかわからないかもしれない。

 部屋の外にいるとはいえ、そこまで離れていないのにこちらを襲ってこないのはどういう理屈かわからないが、中に入れば違ってくるだろう。

 石柱を壊すには、レイスをどうするかだな……。


「……【赤の剣】を取って来ますか?」


 そうテレサが提案した。


 レイスは通常の武器だと効果がほとんど無いらしいが、魔法や恩恵品なら話は違う。

 今この場にある恩恵品の武器は、俺の【影の剣】だけで、それを下賜するってのも有りかもしれないが、これは普通の剣とはちょっと使い勝手が違うし、ぶっつけ本番でってのには向いていない代物だ。

 だから、テレサも屋敷でエレナに預けてきた【赤の剣】を取って来ようかと提案したんだろう。

 あの狭い通路を見た時は、【赤の剣】を振り回すのは難しいだろうし置いて来てよかったと思ったが、まさかこんな事が待っているとは思わなかったしな。


 だが、取りに行くとしたら一旦ここを全員出なければいけない。

 この危険な場所に誰かを残していく訳にはいかないからだ。

 そして、そうなるとまた別の問題が出て来る。


 さっきセリアーナたちが言ったように、あの石柱のせいでレイスの数が増えているんだ。

 ゾンビはまだ肉体があるから対処はそう難しくないが、レイスの割合が増えて来るとどうなるかわからない。

 まして、さっきは井戸の外でも襲われている。

 石柱を破壊出来ても、レイスが散らばってしまっては街に被害が出てしまいかねない。


 取りに帰って、またここに戻って来るのにどれくらいかかるかわからないが、あまり時間をかけるわけにはいかないだろう……。


「ねぇ、【影の剣】なら斬れるのかな?」


【浮き玉】と【影の剣】の扱いに慣れていて、守りもしっかりしている俺。

 戦ったことは無いが、対処なら俺が適任じゃないか?


「斬れるとは思うけれど……貴女がやるの?」


「俺なら【浮き玉】だけじゃなくて【琥珀の盾】と【風の衣】もあるしね。とりあえず突っかけてみるだけやってみて、無理そうだったらこっちに退避するから、それを倒してよ」


 フィオーラ程じゃなくても2人も魔法は使える。

 もし倒せたら万々歳だし、倒せなくてもこちらまで退避したら3人がどうにかしてくれるだろうし、試してみる価値はあると思う。

 3人はそれを聞いて無言で顔を見合わせると一つ頷き、代表してセリアーナが口を開いた。


「無理をする必要は無いわ。危険だと思えばすぐに下がりなさい」


「うん。……ほっ!」


【祈り】を改めて発動すると、3人も戦闘に移れるように少し距離をとった。

 準備は良さそうだな。


「それじゃぁー……行くね!」


【影の剣】を伸ばすと、一気に加速して通路を抜けた。

 そして、部屋に飛び込むとレイス目がけ……て!?


「セラっ!?」


 石柱に届く前に【浮き玉】が急にコントロールを失い、俺は床に転がり落ちた。


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「……うっ……あぁ」


 何が起きた?

 確か【浮き玉】でレイスを倒すために突進を……。


「セラっ! 戻りなさいっ!」


 朦朧とする頭で何が起きたのかを思い出そうとしていると、俺を呼ぶセリアーナの声がした。

 戻る……確かに一度仕切り直した方が……!?


「うっ……が……」


 部屋を出るために体を起こそうとしたのだが……支えた腕に力が入らず崩れてしまった。

 腕だけじゃない。

 体全体だ。


「セラっ!?」


 セリアーナの悲鳴じみた声が聞こえてくるが……動かない。

 恐らくレイスが襲おうとしているんだろうが、……これは不味いか?


「!?」


 緊急事態ではあるが我ながら冷静にそんな事を考えていると、薄暗い部屋に一瞬光が差したかと思うと小さな爆発が起きた。

 フィオーラの魔法だろう。

 どうやら【風の衣】も【琥珀の盾】も【浮き玉】から落下した際に使い切ってしまっていたらしい。

 爆発の余波を感じたが、フィオーラの魔法にしては随分弱々しく思う。


 そして……。


「姫、失礼します」


 それに紛れて部屋を突っ切ってきたテレサが、俺と【浮き玉】を抱えると、一気に部屋から離脱した。

 抱えられながら後ろを振り向くと、俺たちを追って来るレイスの姿が見えたが、それも通路までついてきた事で、再度放たれたフィオーラの魔法によって消滅した。


「セラ、テレサ、大丈夫?」


 セリアーナがこちらに駆けよって来るが……俺だけじゃなくてテレサの心配もしている。

 攻撃でも受けたのかな?


「ええ……私は何とか。ですが、姫が倒れた理由はわかりましたね。魔力と生命力をあの短時間で一気に吸われました」


 俺と【浮き玉】を抱えていたとはいえ、数十メートル走っただけにもかかわらずテレサの声には疲労がにじみ出ていた。

 彼女曰く、あの石柱は魔法だけじゃなくて、あの場にいる者の魔力と生命力も吸い取るらしい。

 俺があそこで力が入らなかったのはその為か。

 そして、【浮き玉】が機能しなかった理由もそれかな?


「セラ、お前は大丈夫? 顔を擦りむいている様だけれど……」


 セリアーナは俺の前に跪くと、顔に手をのばした。

 そして、回復魔法を使ってるんだろうか?

 ちょっと痛みが治まってくる。


「へ? あぁ……うん。ちょっと痛いけど、【風の衣】とかあったから大丈夫」


 そう答えると、少しほっとしたような顔に変わった。

 心配かけちゃったか。

 反省だ。

 今はもう【祈り】の効果もあって、ちょっと疲れたって程度まで回復している。


「お前に襲い掛かろうとしていたレイスを仕留めたのはアカメたちよ。ちゃんと感謝しなさい。フィオーラの魔法で多少はダメージがあったとはいえ、あのままではお前に攻撃が届いていたわ」


「……なんと!? ありがとうね」


 袖口から3体を呼び寄せると、俺はヘビたちに礼を告げた。

 その際にコンディションをチェックするが、3体とも特に異常は見られないし大丈夫みたいだな。


「さて……貴女たちは無事だし、部屋のレイスを倒す事は出来たけれど、どうしようかしら。テレサ、貴女でもあの中で剣を振るう事は難しいんじゃなくて?」


 俺たちの無事を確認したセリアーナは立ち上がると、通路の先を睨んでそう言った。

 さっき俺が突っ込んだのはレイスを倒す為ではあるが、それは下準備に過ぎず、そもそもの目的はあの石柱の破壊だ。

 だが、彼女が言うように、魔力も生命力も吸われるとなると力技での破壊は難しいかもしれない。

 俺たちの中で一番タフであろうテレサがああだったからな……。


「こうなると、撤退を考慮した方が……フィオーラ? どうしたの?」


 どうしたものやら……と、俺たちは考え込んでいたのだが、フィオーラは1人通路を進むと、部屋の中を覗きこむように観察をしていた。

 今はあの部屋には何もいないが、それでもあまり近寄るのは危険なんじゃないかな?


「…………」


 セリアーナが呼び掛けるも、フィオーラの返事は無い。

 集中している様だ。


「仕方が無いわね……。少し待ちましょう。警戒は私がしておくから、貴女たちは体を休めておきなさい」


「はい。よろしくお願いします。姫、こちらをどうぞ」


「うん……お? ちゃんと動くね」


 テレサから渡された【浮き玉】に乗ると、ちゃんと浮かび上がった。

 やはりあの石柱の効果で、機能が止まっていたんだろう。


 しかし……【浮き玉】が使えないとなると、やはり撤退するしかないのかもしれないな。


 嘆息して部屋の方を見ると、先程は立っていたフィオーラが、今度はしゃがみこんで床に顔を付けているのが目に入った。

 何か打開策でも見つかるといいんだけどな……。


 ◇


 結局10分ほど経っただろうか?

 ようやくフィオーラが部屋の前から離れこちらにやって来た。

 何かわかったのか、すっきりした表情を浮かべている。


「ごめんなさいね? 待たせてしまって」


「構わないわ。それで……随分熱心に向こうを調べていたけれど、何かわかったのかしら? 私たちは撤退を考えているのだけれど……」


「アレが何かはわかったわ。撤退も悪く無いけれど、もう少し検証をしてみましょう。今はまだ余裕があるはずよ」


 フィオーラの言葉に思わず顔を見合わせる俺たち3人。

 なんの確証も無しにこんなことを言い出す彼女じゃ無いし……乗るのもいいかな?

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