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【浮き玉】にテレサとフィオーラが乗って【小玉】には俺とセリアーナが乗るという、いつもとは少々違う編成ではあるが、ともかく俺たち4人は井戸の中を降下している。
この世界の普通の井戸は、通常内部は石でしっかり固められて真っ直ぐになっているが、この井戸は違う……。
上から覗いた時はそう思ったのだが、どうやらそれは違ったかもしれない。
「舗装されているわね」
速度を抑えて慎重に降下しているから、俺たちは周囲の観察も行っていたのだが、井戸の内部を見れば見るほど違和感が出てきた。
あちらこちらから岩がせりだしたりへこんでいたりと、一見崩落してもおかしく無いようなのに、それでいて全く崩れていない。
フィオーラが言うように、こういう風な造りでしっかり舗装されている様だ。
これはまるで……。
「ウチの地下通路を似ているわね」
「ええ。規模は違いますが、明らかに人の手が入っています」
セリアーナたちも同じ印象を受けたんだろう。
そうなんだよな……この井戸の内部ってどことなく屋敷の地下通路やダンジョン前のホールの壁面に似ているんだよ。
どちらも魔物の素材を利用していて、魔素を吸収して強度を増すようになっている。
「この狭さだと、後から舗装をしたとは思えないわね。ここが何時から作られたのかは知らないけれど、どうやら明確な目的があっての事のようね」
セリアーナは井戸の内部を見渡しながらそう言った。
この井戸の内部の狭さは精々大人が1人、荷物を背負って降りられるかどうかって程だ。
先にここを作ってから、仕上げとして岩とかを埋め込んだのかもしれないな。
しかし……この狭さだとレイスとか関係無しに、どのみち騎士団の連中だと調査は厳しかっただろうな。
しばしその場で浮きながら周囲を観察していたが、再び降下を始めた。
下を見ると俺たちが持つ明かりが反射しているのがわかった。
枯れ井戸ってわけじゃないんだな……。
「今のところはあの舗装を除けば変わりは無いし……あのせり出た岩の裏が怪しいかしら? 奥様、何か気配は?」
「奥に数はいる事に変わりは無いけれど、近くにはいないわね……。セラ、お前は?」
「うん。特に何も感じないかな……? ちょっと魔素が濃いから、アカメたちの目を借りてもオレじゃわからないかも。でも、そこに近い程濃くなってるから、フィオさんが言うようにあの岩の裏かもね」
「そう……皆、気をつけましょう」
「うん」
井戸の中は冷えるって何かで読んだことがある気がするが、しっかり着込んでいるし【風の衣】もあるから、周囲の気温が変わっても俺には影響がない。
そのはずなのに、そこはかとなく寒気を感じる。
瘴気ってやつかな?
小声でヘビたちにも警戒を促すと、俺は気合を入れ直した。
「…………ありました。横道です」
先に降りているテレサが、岩を越えたところでそう伝えてきた。
水面まで後数メートルほどではあるが、やはり岩の影に通路があったらしい。
「気をつけて頂戴。魔素が大分濃いわ」
降りてくる俺たちに向かって、フィオーラが注意をしてきた。
彼女がいうように、通路からモワモワと漏れ出ているのが見える。
といっても、それはヘビたちの目がある俺だからであって、彼女たちは勘で察しているんだろうな。
魔素……今更だがこの世界で魔法や魔道具……そして、魔物に源になる不思議エネルギーだ。
その魔素だが、ここに溜まっているのはダンジョンや魔境なんかよりもよっぽど濃いぞ?
俺がかつて暮らしていたすぐ足元にこんな訳の分からない空間があったのか。
◇
井戸の中にあった通路は、高さ2メートル幅1メートル程の狭いものだった。
井戸同様こちらもただ掘っただけじゃなくてしっかり舗装されているようで、一見ただの横穴だがどこも崩れたりはしていないし、水面近くにあるのに湿気も埃っぽさも感じない。
そして、天井と壁面に光る青いラインが奥に向かって引かれていて、通路全体を薄っすらと照らしていた。
照明抜きでも歩くだけなら問題は無いかもしれない。
だが……。
「ねぇ、オレが先頭に入った方がよくない? 何かいるよ?」
通路は、入って5メートルほど先で折れ曲がっていて、先を見る事は出来ない。
何より、ここまで近付けば魔素の影響も薄れるようで、何かが通路の奥に潜んでいる事がわかる。
【妖精の瞳】の生命力に反応が無いことから……アンデッドだろう。
ここまではテレサたちが【浮き玉】に乗り、俺たちは【小玉】に乗って来たが、今は乗り換えをしている最中だ。
そして、どうせ乗り換えをするのなら、盾を持っていないテレサよりも、不意打ちを食らっても1発は防げる俺が先頭に立つ方がいいだろう。
「いえ。姫はフィオーラ殿と援護をお願いします」
「ぬ……大丈夫?」
「ええ。お任せください。それと、剣を振りますので少々遅れてきてください」
心配する俺に笑いかけながらテレサは剣を抜いた。
「気をつけなさい。もしレイスが接近したら声をかけるから、すぐに下がるのよ」
「はい。それでは皆様、準備は良いですね? 参ります」
そう言うと、テレサは慎重に奥を目指して歩き始めた。
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通路の曲がり角の奥から、剣で何かを断ち切る音と崩れ落ちる音が聞こえてきた。
程なくして、こちらに向かってテレサの声が届く。
「終わりました。どうぞこちらへ」
声は今までと変わらず、負傷も疲労も感じられない。
大丈夫みたいだな。
その声を合図に俺たちは通路の曲がり角を進むと、これまでの狭かった通路から一転、6畳間程の少し余裕のある小部屋に出た。
俺たちが今来た通路の向かい側に奥へと続く通路があるし、途中にあった似た場所と一緒だな。
部屋の高さもあるし、一息つきたいところなのだが……そこでは、戦闘を終えても剣を手にして警戒を緩めないテレサが立っている。
部屋の隅には数体分のアンデッドの骨が転がっているが、まだまだ油断は出来ないんだろう。
「ご苦労様。怪我は?」
「大丈夫です。そちらは問題ありませんでしたか?」
「通路に現れたのはレイスが2体ね。そろそろアンデッドは底をつきそうなのだけれど……休憩は必要かしら?」
「いえ、このまま行きましょう。皆さん、よろしいですね?」
テレサの言葉に俺たちが頷くと、彼女は奥の通路へと歩き始めた。
少し遅れて俺たちもその後に続く。
井戸を降りた先の通路に入ってから、そろそろ30分くらい経つ。
狭い通路をしばらく進むと先程の様なちょっとした小部屋があり、そこにはアンデッドが数体潜んでいる……らしい。
先導するテレサが全て倒しているから、俺たちはその様子を見ていないが、強さはそれ程でもないようだ。
皆口にしないが、何となく予想は出来ている。
もちろん俺もだ。
あのアンデッドは、ここに運び込まれた死体がなったんだろうが、この狭い通路にそんなにポンポン死体を運び込む事なんて簡単な事じゃない。
死体を背負って井戸を降りる事からして簡単じゃ無いしな。
だが……その死体が子供のものなら?
大人の死体よりはずっと運び込むのは簡単だろう。
すぐ上に沢山あったしな。
……気分の悪い話だ。
まぁ、いい。
ともかく、俺たちはこの地下空間を進んでいるが、ここは真っ直ぐ一直線という訳じゃない。
少し進んでは折れ曲がり、あのアンデッドが待機している小部屋があって、さらに進むとまた折れ曲がりその先は小部屋……その繰り返しだ。
侵入者側が数の利を活かしにくく、迎撃側がしっかりと迎え撃てる……そんな設計になっていると、途中セリアーナが教えてくれた。
通常の城や砦だと迎撃側が人員の補充をする為の抜け道なんかもあるそうで、攻略する際にはそこを狙ったりするそうだが、ここに限ってはそれの必要は無いだろう。
なんといってもアンデッドだ。
俺たちはゾンビもレイスも察知できるし不意打ちを全て防げているが、普通ならそうはいかない。
侵入者側も繰り返しの戦闘で命を落とす者が現れたら、そいつがアンデッドとして迎撃側の戦力に補充される。
通路を破壊しようにも、舗装されてそうそう簡単には破壊できないし、もたついていると壁を越えてレイスが襲って来るし……テレサが先を急ぐのはそこら辺が理由だろう。
しかし、普段使いするわけでも無いのに、ここまで手の込んだ物を造るなんて……奥には一体何があるんだ?
◇
「あそこが最奥のようですね」
あの後も何度か小部屋を通過したが、その都度同じ光景が繰り返されていた。
だが、今回は違った。
小部屋を出て、すぐ目の前の通路を曲がったのだが、その先には10メートルほどの通路が伸びていて、その奥に部屋が見えた。
中の何かが光を放っているようで、その光が通路まで漏れている。
それを見て、フィオーラが小さな声で呟いた。
「……まるで王都の研究所ね」
「あぁ……。1度案内してくれたね。なんか見憶えある雰囲気だと思ったけど、あそこだったか」
王都の研究所。
昔フィオーラに案内してもらったが、王都の結界を始め様々な魔道具の管理施設も兼ねていた。
床や壁そして天井に魔素を供給するラインが引かれていて、広いホール全体が薄らと光っていたんだ。
規模こそ違うが、この通路や小部屋、そしてあの奥の部屋はそれとよく似ている。
「そんな事もあったわね……。あそこはラギュオラの爪が設置されていたけれど、ここからでは見えないけれど、あの部屋にも何かこの空間を維持するようなものが設置されているのでしょうね」
フィオーラは俺の話を聞きながら懐かしそうな顔をしていたが、すぐに引き締めて、あの部屋の役割がどんなものかを話した。
「あそこにもアンデッドが5体いるわね。戦闘になるでしょうけれど、問題無いかしら?」
「ええ。あくまで魔素を集めている以上の気配は無いし、何か別の効果が発動するようなことは無いわ。セラ、貴女弓をここから撃てないかしら?」
「む? いいけど……大丈夫かな? 狙う的が見えないし多分壁に当たるだけだと思うけど……崩落とかしない?」
【ダンレムの糸】をぶっ放して、一気にシステムをショートでもさせるのかな?
だが、あれは物理的な破壊力も相当なものだし、こんな地下で使っていい物なのかな?
「上手くいけば壁や天井のラインを断てるわ。崩落に関しては……それを貸して頂戴」
そう言うと、フィオーラは俺の胸元にある【竜の肺】を指した。
なるほど……フィオーラはちゃんと考えがあるようだ。
俺は頷くと、彼女に【竜の肺】を渡した。
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