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「あれは一昔前……50年程前ね。西部の賢者の塔で開発されたものよ。比較的技術としては新しいものだけれど、不具合が多くてウチの国では禁忌扱いになっているわね」


 ある程度考えを纏めていたのか、フィオーラに説明を求めると、スラスラと答え始めた。


「私が読んだ資料では、もっと大きな広間全体に魔法陣を描いていたけれど、ここではそれ程のスペースを取れないから、壁や天井にも描かれているわ。これは教会がよく使っている技法ね。最初は気付けなかったけれど、さっきある程度調べる事が出来たから間違いないはずよ」


「……50年前が一昔前という貴女の感覚はともかく、効果はどういうものなの?」


 セリアーナがフィオーラに先に結論を言うようにと促した。


「ええ……アンデッドを引き寄せたり、魔力や生命力を吸収するだけにしては、随分大がかりですね」


 そして、テレサもだ。

 まぁ、ここを造ったのが教会関係者だってことはわかったけれど、今必要な情報はそれじゃ無いもんな。


 フィオーラも脱線しかけた事を自覚したのか、気恥ずかしそうに一つ咳払いをすると、説明を再開した。


「死者の魂を蓄えておいて、レイスにしたりって効果もあるけれど……テレサの言う通り、その効果はあくまで副次的なものよ。本来の目的は不老不死ね」


「……それは随分物騒ね」


 フィオーラから飛び出た不老不死……前世のフィクションだと悪の組織が結構行きつく研究だな。

 今まで意識していなかったから目につかなかったが、この世界にもそんな概念があるんだな。

 得てして碌な結果にならないが……セリアーナの口振りから、こちらでも同じようなものなのかもしれない。


「実験方法も含めてね……。まずは魂だけを抜き取って別の肉体に移したりとか、色々していたそうよ。でも、狙い通りに移し替えたりは出来ずに、別の魂が入り込んだりして、上手くいかなかったと記録にあるわ」


 自分の体を不老不死にするってよりも、延々乗り換え続ける研究だったのか……。


「魔法陣が描かれた広間全体を念入りに清めてもそうなっていた事から、別の場所にも繋がっていた可能性もあったそうよ。場所というよりは、空間かしら? ともかく、詳細はぼかされていたけれど何か大きな事故が起きて、この研究は破棄されたのだけれど……教会に流れていたようね」


「教会は、その副次効果の方が目的だったのかしら?」


 フィオーラはセリアーナの言葉に頷くと、真上を向いた。


「ここの真上は丁度孤児院あたりでしょう? 魔素だけじゃ足りなくなる可能性も考慮してこの場所を選んだのね。抵抗力の少ない子供から魔力と生命力を少しずつ吸っていき、さらに命を落とした子供の魂をレイスにして、この場に集めておく……。趣味がいいとは言えないけれど、効率はいいわね」


「…………」


 魂を抜き取って、違う場所から呼び寄せた魂をその空いた肉体に移すか……。

 少し思う事もあるが、それは後で考えよう。


「今は全部倒したけれど、また時間を置いたらレイスを生み出すはずよ。それに……放置しておけば高濃度の魔素が水に溶けて水源から漏れていくわ。そうなると外の魔物がそれに引き寄せられるかもしれないし……井戸に造ったのもそれが目当てなんでしょうね。よく考えていること……」


 呆れたように言い捨てると、一旦間を置いて再び続ける。


「効果を発動する魔法陣と、魔素を集めて魔法陣に供給する石柱が噛み合ってしまって今のこの状況を作り出しているのね」


「放置はできないという事はわかったけれど……どうやって壊したらいいのかしら」


「そうですね。先程短時間部屋に入っただけで随分消耗しましたから……。アレの強度がどれほどかはわかりませんが、【赤の剣】があったとしても、壊せるかどうかはわかりません」


「アレは、あくまで魔物の素材をあの形に整えて魔素で強化しているだけだから、私が訓練所で普段作る的より少し硬い程度のはずだけれど……それよね。もし失敗したら私たちだけじゃ貴女の救出は出来ないもの……」


 結局問題はそこなんだよな……フィオーラもそこは解決策は無いようだし。

 しばし皆で悩んでいると、何か思いついたのかセリアーナが口を開いた。


「……セラの【隠れ家】を使いながら少しずつ進んで行くのはどうかしら?」


「おぉっ!?」


 ゲームのクイックセーブ戦法かな?

 でも、それなら回復しながらだし辿り着けると思う。

 一撃で破壊できなくても、再挑戦できるだろうしね。

 これはグッドアイディアでは?


 と思ったのだが……。


「それは止めた方がいいわね。……そういえばまだ言っていなかったわね。ここは賊が薬品を井戸に流し込んだことで、本格的に稼働したはずよ。そして、井戸の蓋を開けられたことで一段階変化して、私たちが通路に入った事でまた変化……。さらに、あの部屋に入ったのと、こちらに退避したのとで、さらに……。その都度貯め込んでいた魂からアンデッドを生み出していたの。今は私たちがここにいる状態で安定しているけれど、【隠れ家】を魔法陣がどう判断するかはわからないわ。場合によっては延々アンデッドの相手をする羽目になりかねないわね」


 ……何という防犯システム。

 状況が変わる度にリセットされて、排除するようになるのか。


「……貴女がしばらくは大丈夫といった意味が分かったわ。それにしても……本当に厄介ね」


 セリアーナが、溜め息と共に忌々し気にそう言った。


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「一応考えはあるけれど、奥様には覚悟を決めてもらう必要があるわね」


 内部からの上手い破壊の仕方が思いつかず、俺たち3人は再度黙り込んでしまっていたが、フィオーラの言葉に顔を上げた。


「私が覚悟……?」


「放置する事は出来ないけれど、内側から破壊するのは現状では難しいわね。そうなったら、外部からしか無いわ。上の建物を取り壊してここまで穴を掘る。そして、掘り当てたあの部屋を外から破壊……ね」


「深さを考えたら不可能とは思えませんが、この雨の中の作業となりますと……時間がかかりますね。無理をすれば短縮は出来ますが、事故が起きて街に被害が出かねませんし……」


 この世界には重機は無いし基本的に何でも人力だ。

 テレサの言う無理ってのは魔法や何かしらの魔道具を用いる方法で、土木作業というよりもいわば破壊活動だ。

 それも、ただ単に溝を掘るとかだけならともかく、縦穴だからな……。


 放置したら魔物やアンデッドによる被害が街に出て、さらに外の魔物も誘引しかねず、普通に解決を図ると、時間と労力と作業員の怪我の可能性が。

 そして、速度を重視すると街への被害が……。

 確かに放置は論外にしても、決断するには覚悟がいる。


 どうするセリアーナ?


「考えるまでも無いわ。最速での解決を図りましょう」


 だが、セリアーナは迷う素振りを一切見せずに、3番目を採った。


「街に被害が出るかもしれないわよ?」


「……場所は街壁の側だしね。あれに何かあったら危険じゃない?」


 俺とフィオーラが再考を促すが、首を横に振った。

 ルトルの頃の、街の北の端にあった時と違って、今の教会地区は街の中央近くにある。

 そして、街壁と接している事には変わりは無い。

 被害が街の建築物だけならともかく、街壁にまで及んでしまうと兵の数が減っている今のこの街では、少々危険が過ぎるはずだ。

 それをわかっているはずだが……。


「懸念もわかるけれど、アンデッドが出る状態を長引かせる方が危険だわ。周辺住民には一時的に退避してもらい、壁に被害があるようなら補修の間は冒険者たちに警備に立ってもらうわ。雨季で楽な仕事では無いけれど、頭を下げれば引き受けてくれるはずよ」


「そうですね。奥様も旦那様も住民や冒険者からそれだけの信頼を得られています。それなら夜が明けてすぐに取りかかれるように手配しましょう」


 俺たちと違ってテレサはセリアーナの案を推すようだ。

 考え方の違いだろう。

 フィオーラもセリアーナがいいのならといった様子だし……。


「……ぬぅ」


 確かに住民たちには少々無理を強いるが、アンデッド……特にレイスへの対処できる者が限られている以上、それがベターなのかもしれない。

 ただなぁ……。


「甘く見ていたつもりは無いけれど、何が起きても対処出来ると考えていた私とリーゼルの失態よ」


 唸る俺を見てセリアーナはそう言った。


 自分は失敗したと認めて、次の行動に移る……。

 相変わらず決断が早いな。


 確かにもっと早い段階で対処に動いていたら違ったかもしれないが、それは下手に刺激して暴発されるよりも、相手の狙いをしっかり読んで、それを完封する方が被害を押さえられると考えたからだ。

 決して怠慢じゃない。

 勿論結果が全てだと言ってしまえばそうなのだが……あまりセリアーナが頭を下げる姿は見たくないな。


 それに……。


「ねぇ、フィオさん。あの部屋って魔力とか生命力を吸われちゃうんだよね? さっきオレが突っ込んだ時は初めはなんとも無かったけど、どれくらいで効果が出るのかな?」


「魔法は魔素を吸収されるから維持できないけれど、魔力や生命力は魔法陣に直接触れなければ効果は出ないわ。といっても、【浮き玉】は使えないし大して意味は無いけれど……。どうかしたの?」


 俺の質問に答えたフィオーラは、それがどうしたのかと尋ねてくるが……ちょっと考えを纏める方を優先させてもらおう。


 あの部屋は10メートル四方で、通路は中心から少しずれた場所に通っていて、部屋の中心にある石柱は通路からは直接狙えないようになっている。

 ただ、【ダンレムの糸】で壁をぶち抜いたおかげで、あの石柱までは視界が通っている。

 ここがダンジョンと一緒なら、この壁もそのうち勝手に修復するのかもしれないが……今はまだ大丈夫だ。

 石柱までは5メートル弱……。


「フィオさん、あの石柱は実際は土みたいなものをあの形にした物なんだよね?」


「ええ……。何か考えがあるの?」


「うん……。セリア様、テレサ!」


 2人は先程から撤退に向けての打ち合わせを行っていた。

 どうやら俺たちがあの部屋に入った事で、またここまで来た際に倒してきた通路の状況が変わったらしい。

 ゾンビはもういないが、小部屋にレイスがうろついているんだろう。

 難度という点ではレイスの方が上だからか、2人とも真剣だ。


「どうしたの? 撤退はもう決定よ」


「ちょっと試したいことがあるから、もし失敗したら助けてね?」


 セリアーナはもう撤退を決めたし、こうなったら考えは変わらないだろう。

 だから俺も説得するようなことはしない。


「セラ?」


 セリアーナの声を背に受けながら、【浮き玉】から降りると、俺は部屋に向かって通路を駆け始めた。



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