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714 逃げ遅れた人たち・side


 リアーナ領領都内にある教会地区。


 この街がまだゼルキス領でルトルと呼ばれていた頃は、教会関係者や西部の商人に冒険者たちも大勢の者が出入りして、その彼等を目当てに店や宿が営業されていた。

 だが、今の領主がまだ代官だった頃から、徐々に監視や締め付けがきつくなり、正式に領主となるとそれがさらに加速した。

 街の住民も既にこのエリアに近寄る者はほとんどおらず、順調に発展を続ける街に反して、すっかり寂れてしまっている。

 今ここを寝床にするのは、食い詰めた冒険者か、教会や西部の国からの依頼でこの街に留まり続け、そして逃げ遅れた者たちくらいだ。


 その逃げ遅れた者たち10数人が、今その寂れたエリアの建物の1つに集まっていた。


 普段は兵の視線を気にして大っぴらに集まる事は避けているが、今日は領主たちが近く西部と東部との境で起きる戦争に参加するために街を発つ。

 それを見送るため、兵が貴族街や中央広場に集中していて、こちらに割く兵の数が減っているため、隙が出来た。

 彼等はその機を逃さなかった。


 彼等はルトルと呼ばれていた頃から、この街で主に教会や西部の商人相手の依頼を片付けていた冒険者だったが、教会の方針変更に気付くことが遅れた事が仇となり、領主たちから目をつけられてしまった者たちで、冒険者たちからは教会組と呼ばれている。


 この街でも一応冒険者として仕事は出来るが、教会組は領主から疎まれている事が知られている。

 さらに、元々教会や西部の商人たちからの楽な仕事を優先的に引き受けていて、この辺境の厳しい仕事をほとんど受けて来なかった者たちだ。

 日が経つにつれてどんどん孤立していき、今では彼等と組もうとするものは街の冒険者ではほとんどおらず、彼等だけでの魔境の狩りは難しいし、かと言って街を出ようにも、移動先で生活基盤を一から立て直すほどの資金も無い。

 数年前に西部の者から引き受けた依頼の金で何とかなっているが、そろそろ決断をしなければいけない。


 だが……。


「どうする……? 本当にやるのか?」


「やるしか無いだろう……。どのみちこのままじゃどうにもならないんだ」


 出てくる言葉は後ろ向きなものばかり。


 彼等が受けた依頼の内容は、数年後戦争が起きるような事があれば、ある物を所定の場所で使用するように……というものだった。

 その当時はまだ協力者も複数いたし、ここまで追い詰められていなかったため、人員がさらに補充されて依頼を果たした後の街からの離脱も容易だと考えていたが、今ではこの場にいる者たちだけしか残っていない。


 領都から撤退してはいるものの、このリアーナ領にはまだ教会や西部の者がいて、依頼を受けたにもかかわらずにそれを無視して姿をくらますとなれば、その彼等からも何かしらの制裁があるかもしれない。

 このままここで燻るよりはマシだと街を脱した者たちもいたが、街に立ち寄る事も出来ずに魔物が跋扈する東部の外を移動することになる。

 十中八九命を落としているだろう。


 その事は彼等もわかっている。

 皆は無言で顔を見合わせると、頷いた。


「初日の夜中だ。アレの詳細は聞いていないが、それでも騒動が起きるのは間違いないだろう。騒ぎが起きるまでは身を隠して、事が起きればそれに紛れて一気に離脱だ」


「わかった。準備は怠るなよ? アリオスには立ち寄れないだろう。雨の中の移動だし、1週間分は用意しておこう」


 再び男たちは頷くと、足早に建物から去って行った。


 ◇


 秋の2月半ば頃、彼等にとっては数年もの間待ち続けた雨季がやって来た。


 かつては雨季のたびに街を通る水路が氾濫していたが、今の領主が代官として赴任した際に街全体の改修を行った事で、それも改善された。

 お陰で、かつては雨の際には街の通りからは人気は無くなっていたが、今は減りこそするが通りを歩く者もゼロではないし、巡回の兵もいる。

 そして、雨季だろうとこの教会エリアへの監視が緩むことは無いし、街の門を守る警備兵もそうだ。


 だが、それでも初日の深夜だけは、教会エリアも門を守る警備兵も街に異常が起きていないかを調べるために、いつもの場所を離れる。

 それはここ数年の間変わることは無く、また、狙うとしたらそこだけしかない。


「……準備はいいな?」


 さて、その雨の中集まった男たちは、一様に装備の上から厚手のマントに身を包み、さらに頑丈な大きな袋を背負っている。

 前回の集まりから約1ヶ月半の間に各々脱出のために集めた物だ。


「ああ。行こう」


 リーダーらしき男の言葉に1人が返事をすると、他の者たちも頷いた。


 ◇


 降りしきる雨の中、巡回の兵に出くわさない様に気をつけながら街中を走り抜けると、まずは最初の目的地である街の北東部の水路に到着した。


「よし……。使うぞ」


 1人が袋の中から瓶を取り出すと、中身を水路に流し始めた。

 他の者たちも彼に倣って、魔法薬を流し始めている。

 朝からの雨で水路の水量は多い上に流れも速く、すぐに流れていく。


 数年前に預かった物で、当の男たちも効果はわからないが、何らかの魔法薬だろう。

 受けた依頼は、この魔法薬を街の水路に全て撒いて、仕上げに孤児院の裏の井戸にもう一種類の薬品を流す……それだけだった。

 たったそれだけの事のために、ここまで苦労をする羽目になるとは当時の彼等は夢にも思わなかっただろう。


「後は教会地区だな。行こう」


 空になった瓶を水路に捨てると、男たちは教会地区目指して走り始めた。


715


「失礼します!」


 深夜にもかかわらず、大きな声で部屋に入って来たのはモニカだ。


 今俺たちがいるのは、南館にあるセリアーナの部屋だ。

 部屋にいるのは、俺にセリアーナ、テレサとエレナ、そしてフィオーラだ。

 鎧こそ身に着けていないが、皆すぐに戦闘に移れる格好をしている。


 外で何か異常事態が起きている様だが、リーゼル不在の今その総指揮はセリアーナが執っている。

 本来なら彼の執務室に移動するべきなんだろうが、セリアーナを守る事も重要だ。

 彼女は一番防衛能力が高いこの部屋にいてもらわないといけない。


 そのため、間に伝令を置いて、間接的に指示を出している。

 直接指揮を執るのはカロスやリックだし、問題無いと言えば無いかな?


 さて、モニカからの報告を受けたセリアーナは、何かを書き記すとそれを彼女に渡した。

 そして、入って来た時と同じ勢いで部屋を去って行くモニカ。

 ヘビの目で、何となくだがこの部屋の中からでも彼女の姿を追えているが……アレは走ってるな。

 それどころか、階段に差しかかったところで急遽見えなくなったから、きっと手すりを飛び降りたんだろう。

 恩恵品を使いこなしていると考えたらいいんだろうか?


 後で怒られないといいね……。


「それで、何か新しい情報でもあったのかしら?」


「そうね。街から脱しようとした男たちを無事捕らえたそうよ。東に移動して門からでは無くて壁を越えようとしていたから、少々手間取ったようだけれど……まあ、いいわ。セラ」


 フィオーラの質問に答えつつ、セリアーナは耳に着けていた【妖精の瞳】を外すと、それをこちらに差し出した。


「ほいほい」


 受け取り耳に着けると、発動する。

 これで、ヘビたちと合わせて俺の監視能力もアップだな!

 だが、それはいいとして……だ。


「でも、これセリア様が外しちゃっていいの?」


 セリアーナは警戒態勢に移ってからは、度々自身の加護とコレを組み合わせては妙な動きをしている者たちを捕捉して、捕らえさせていた。

 全部で10数人いて、最初は街の外をただ目指していたそうだが、こちらが対応しだした事を察したのか、バラバラに逃げ始めた。

 まぁ、それは予測していた事らしく、しっかりと追い詰めて着実に捕らえていっている。


 セリアーナなら本気を出せば、街中の敵対意志を持つ者全部を調べられるそうだが、その者たちが全員実際に敵ってわけじゃ無い。

 今回の件で動きを見せた者を調べるために【妖精の瞳】も併用しているわけだが……そいつらはまだ残っているはずだ。


「さしあたってはね……。またしばらくしたら借りるわ」


 そう言うと、大きく息をついて椅子の背にもたれかかった。


 ふむ……広範囲の調査は消耗が大きいそうだし、これくらいのペースでいいのかな?


 ◇


 その後も何度かモニカが伝令に部屋を訪れたが、起きて動き始めて1時間程たった頃だろうか、今度はモニカではなくて、リーゼルの侍女であるロゼが姿を見せた。

 もちろん、ただの侍女としてではなくてカロスの伝令としてだ。


「奥様、こちらを」


 そう言ってセリアーナに渡したのは、今までの簡単なメモの様な物と違って正式な報告書だ。

 ロゼは騎士団の団員ではないが、リーゼルの側近でもある。

 モニカよりは彼女の方が適任なのかもしれない。


「フィオーラ」


 報告書を読んだセリアーナは、フィオーラを呼ぶと、それを渡した。

 ……テレサじゃなくてフィオーラなのか。

 エレナもテレサもそれを妙に思っていないようだけれど……何か魔法関係の問題なのかな?


 俺の考えはともかく、それを受け取ったフィオーラはひとしきり目を通すと一つ頷いた。


「問題無いわ。事前に準備した範囲で大丈夫よ」


「結構。カロスにそう伝えて頂戴」


「はい。それでは、失礼します」


 ロゼはこちらに一礼すると、静かに部屋を後にした。


「ねぇ、何かあったの?」


 どうも、他の2人の様子を見るに、俺だけ知らない情報がある気がするんだよな。

 何でもかんでも知らせて欲しいとは思わないけれど、それでも、今のこの状況で俺だけ知らないことがあるってのは、ちょっと不安になる。


 そう考えての発言だったのだが……。


「……そうね」


 セリアーナは一つ呟くと、俺の顔をジっと見た。


 皆黙りこくっているし……なんか思ったより深刻そうな雰囲気なんだけど。

 精々、人間関係とか色々ぐちゃぐちゃになってそうだから、俺に伝えるのが面倒で……とかそんな感じだと思ってたんだけど、違うのかな?


「いいんじゃない? どうせ後でセラにも出てもらうんだし、今のうちに説明しておきましょう」


 しばし沈黙が続いたが、セリアーナに対してフィオーラがそう言った。

 どうやらその口振りでは、この状況で外に出るような事になりそうだけれど……なんなんだろう?


「……わかったわ。セラ、その前に一つ謝っておくわ。フィオーラにお前の出身を伝えているわ。ごめんなさいね? 勝手に」


 セリアーナは一つ溜息を吐いたかと思うと、そう俺に向かって告げた。


「ふぬ? それは構わないけど……」


 俺の出身は表向きにはゼルキスの領都になっているが、実際はあそこの孤児院だ。

 別にどこぞの御落胤何てことも無いし、今になってはもう隠す様な事でも無いが……。

 そう言えば俺の事はセリアーナ組では、ジグハルトとフィオーラの2人には伝えていなかったんだっけ?

 それだって、機会も無かったしわざわざその2人に伝えるような事でも無いし……ってだけだったけれど、何か関係があるような事なのかな?


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