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 カチャカチャコポコポ、部屋のいたる所から音がしている中、俺は椅子に座って机の上に並べられた器材から、点滴くらいの速度で液体がぽたぽた落ちているのを眺めている。


 今俺がいる場所は屋敷の地下にあるフィオーラの研究室で、彼女から作業の進捗具合を聞くためだ。

 何を作っているのかはわからないんだけどな!

 

昨日セリアーナのお使いで商業ギルドに行ったんだが、その内容は、ここで作られるポーションは街に流すよりも備蓄を優先することになるって指示書だった。

 街中の道具屋なんかでもポーションを扱っているが、その辺の調整を商業ギルドに任せているから、市場が混乱しないようにって事だな。

 供給が少々減るからといって値を吊り上げるような店は無いだろうが、冒険者たちの命に係わる事だし、念のためだ。

 そして、その帰りに商業ギルドからフィオーラ宛に何かを預かって、セリアーナからの分と一緒に彼女に渡したのだが、その場で中身の確認をしたフィオーラに、要請された物を今日中に制作するから、明日来るようにと言われた。


 んで、フィオーラが荷物を纏めるのを待っているんだが……。

 そろそろ20分くらい経つんだけど……まだなのかな?


 研究所では現在フル稼働でポーションを制作しているが、ここで働く錬金術師たちは普段俺と絡む事が無いから、どう接していいかわからないって顔で、仕事をしながらもちょっと気まずそうにしているぞ?


 なんてことを考えていると、奥から木箱を抱えたフィオーラがやって来た。

 薬品一つだけと思ったんだけど……なんか色々あるな。


「待たせたわね。いくつか必要になりそうなものも用意していたら時間がかかってしまったわ……。貴方たち、私は上に行くから、ここを任せるわね?」


「はい。お任せください」


「セラ、行きましょう。ドアを開けてくれるかしら?」


 フィオーラは、部屋に残る部下たちに簡単な指示を出すと、俺にドアを開ける様促した。

 両手塞がってるもんな……。

 足やお尻で開けないあたり、お上品だ。


「よいしょっ……。どーぞー」


「ありがとう」


 ともあれ、重く頑丈なドアを開けて、彼女と一緒に廊下へ出た。


 ◇


「それって何なの?」


 隣を【小玉】に乗って移動しているフィオーラに向かって、その荷物は何かを尋ねた。

 資料だけじゃなくて、瓶に入った薬品の様な物も中に見える。

 昨日の今日でなんなんだろう?


「コレ? ちょっとしたお守りの様な物よ。もしかしたら必要になるかもしれないから、申請していたの。特殊な素材を使うしあそこでも作っていなかったけれど、試しに作ってみたわ」


「……へー」


 普通の回復薬って感じじゃ無いな。

 ……毒か何かか?


 そう訝しんだが、どうやら顔に出てしまっていたらしい。


「フフ……。危険な物じゃ無いわよ。瘴気を散らす効果があるの。ジグの加護と似たような感じかしら」


 と、フィオーラは笑っている。


 ふむ……瘴気を散らす様な物をどこで使うのかはわからないが、危険は無さそうかな?


「あれ? ジグさんの加護って【水の衣】だよね? アレって熱を防いだり以外にも出来るの?」


「? 確かに熱も防げるでしょうけれど……」


 と、俺の言葉に不思議そうに返すフィオーラ。

 ……俺って何か勘違いしてるとか?


「ルバンの奥さんが持ってる加護だよね……?」


「ルバンの……? ああ、アレは【霧の衣】よ。ジグの加護は魔素が込められた水の膜を張るのよ。魔法や熱、ある程度の物理的な防御力ももつわね。【霧の衣】よりは貴女の風に近いわ」


「……なるほど」


 どうやら俺の記憶違いではあったが……効果は概ね合ってるし、OKOK!

 その後も加護や道具についてフィオーラとお喋りをするという、ちょっと珍しい時間を部屋に着くまで過ごした。


 ◇


 その夜、出兵以降恒例だがセリアーナの寝室に皆で集まっている。


 俺は地下通路を利用してのお使いが多く、街の状況はほとんど何もわからない。

 テレサは、執務室と騎士団本部を行ったり来たりしているし、フィオーラは地下の研究室に籠っている。

 俺たちはそれぞれ情報が分断されているし、セリアーナとエレナも、ほぼ執務室に詰めているから領都の状況は概ね把握できているだろうが、逆に現場の様子は見えにくい。

 そのため、ここでお茶会も兼ねて皆で情報交換をして、情報を整理する必要があるんだ。


「そう……リーゼルたちの不在はまだ何も影響は出ていないのね?」


「はい。1番隊もよく見回りを行っていますが、住民も冒険者もなんら騒ぎを起こす事無く、日々を送っています」


 テレサ曰く、今日も街は平穏そのものだと。

 まぁ、住民は元から騒ぎなんか起こさないし、冒険者だって来月の雨季の前にしっかりと稼いでおきたいだろうから、今は街でダラダラする暇はないもんな。


「フィオーラ、貴女のところはどう?」


 セリアーナは、さらにテレサと二言三言言葉を交わすと、今度はフィオーラに話を向けた。


 フィオーラの研究室は基本的に業務は安定しているが、昨日からちょっと違う事を始めたし、昼間は一旦執務室に姿を見せたけれどその後また戻って行ったから、話をする暇はなかった。

 だが……。


「……ええ。しばらくは……このままね」


 フィオーラは、心ここにあらずといった様子でセリアーナに答えた。

 プライベートな場とはいえ、仮にも領主夫人からの質問にこの答え方はあんまりよろしくないんだが……今のフィオーラの状況なら仕方ないと皆もわかっている。

 彼女はベッドの上で、俺からマッサージを受けている最中だからな!


「そう。なら結構」


 セリアーナも気にせず話を進めていった。


 セリアーナは領主代理でエレナがその補佐、騎士団はテレサが、魔導士と錬金術師はフィオーラがそれぞれ見ている状態だ。

 皆何かと負担が大きいから、この場でついでに俺の施療も行っている。

 幸い、まだ街は何の問題も無いとはいえ、騎士団の隊員達同様、いざって時にベストな状態でいてもらうために、ここでしっかりリフレッシュだ。


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 早いもので秋の1月に入ってもう1週間以上経っている。


 今までも、何気に外で狩りをしたりダンジョン探索をしたりと仕事はやっていたのだが、仕事にかける時間はそこまででは無かった。

 だが、最近の俺は結構長時間あちらこちらに移動をしているからな……。

 光陰矢の如しって言葉が前世であったが、こっちにも似たような言葉はあるのかな?


 ともあれ、今日も今日とて地下通路を利用してのお使いをこなしていたのだが……。


「フンフーン……お?」


 お使いを終えて、鼻歌を歌いながら玄関ホールに出たところで、使用人たちが大きな荷物を運んでいるのが目に入った。

 向かう先は……南館かな?


「お疲れ様。それはどうしたの?」


【浮き玉】の速度を上げて彼女たちに追いついた俺は、それは何かと尋ねた。

 本館から移動させているのならもうチェックを終えているんだろうけれど……。


「ああ、セラ様。お疲れ様です。こちらはエレナ様への贈り物になります。今は屋敷に滞在されているので、エレナ様のお屋敷の方からこちらに届けられました」


「……ああ! そういえば今年はずっとこっちにいるもんね」


 エレナの誕生日は秋の1月11日で、例年その前後はお客と面会とかで忙しかったが、今年はずっとこっちの屋敷にいるから、断っている。

 せめて贈り物だけでもってことなんだろう。


「はい。あちらでもチェックをされているようですが、念の為こちらでも行っておきました。問題は無いようなので、1階の談話室へ持って行くことになっています」


 と、彼女は南館の方を向いてそう言った。

 確かにあそこに置いて、エレナに中を見てもらうってのが普通なんだろうが、それだとまた2階に運ぶのに人を集める必要がある。

 ふむ……。


「あ、それならオレの部屋に運んでよ。それならエレナも楽だと思うよ?」


「よろしいのですか?」


 使用人たちの認識では俺の部屋は着替え場所兼物置だ。

 広さもあるし、あそこに纏めておくのはおかしいことでは無い。

 夜に皆で集まってアレコレ見れるし、それに【隠れ家】に移すのにも気を使わなくていいしな。

 我ながらナイスアイディア。


「うんうん。エレナには俺から伝えておくよ」


 そう伝えると、皆に【祈り】をかけて、俺は執務室へ向かう事にした。


 ◇


 さて、今日の領都も平和に終わる事が出来たってことで、夜の報告会を終えた俺たちは、俺の部屋に集まってエレナへの贈り物の品定めをすることになった。


「……服が多いわね?」


「そうですね……特に何かを仕立てたという事は無いのですが……。それに私が今まで仕立てた事の無いようなデザインの物ばかりですね」


 部屋に運ばれた箱を開け始めたばかりなのだが、何故か服が続いている。

 それも、クラシカルな貴婦人用というよりは、動きやすそうなスタイリッシュなデザインだ。

 勿論、エレナへの贈り物だし質は良いものだ。

 今更何でエレナのサイズを知っているのかとかは、疑問に思わない。

 貴族ってのはそういうもんだが、それにしても何でここまで服が続くんだろう?


 去年は、絵だったり宝飾品だったりもあったと思うが……。


「……姫とフィオーラ殿が部屋着を仕立てたからでは無いでしょうか? 新しいデザインでしたから、工房間で共有したのではないでしょうか。 それが耳に入り、エレナと奥様への贈り物として新しいデザインの服を仕立てたのだと思います」


「ああ……それはあるかもしれないわね」


 テレサの仮説に皆が頷いている。


 祝いの品だしな。

 よほど変な物は問題外だが、ちょっと攻めた物でも使用するかはともかく受け取っては貰える。

 時期的にもエレナの3日後にセリアーナの誕生日が来るし、試す価値はあるって事かな?

 まぁ……今年はちょっと人を集めてパーティーって状況ではないが、もしどこかで着てもらえたら、仕立てた工房や職人の名前が売れるのは間違いないと思う。


 リアーナにもモード商が登場するんだろうか……?

 ファッションに興味が無かったから、王都を始め他所で服の調査なんかしなかったが、こんなことなら色々見ておけばよかったかも!



 品定めはその後も続いたが、流石に服ばかりという事は無く、美術品だったり本だったりお酒だったり……例年通りの物もしっかり届いていた。

 エレナがこの様子だと、セリアーナへの贈り物も似たような物かな?

 この2人は日程も関係性も近すぎるから、エレナへの対応でセリアーナにどう来るのかが何となく見えてくる。

 セリアーナはサプライズには不向きだな。


 しかし、誕生日か……。


「結局大物倒しに行けなかったなー……」


 秋になると、冬ごもりに備えて山からクマとか大物が下りて来るんだが……ちょっとそれを狙いに行くのは厳しそうだ。

 まぁ、倒したからって皮を鞣したり製作するのに時間がかかるから、結局間に合いはしなかったが、それでも今年はプレゼントを用意できなかった。


「お前、まだ気にしていたの?」


 セリアーナもエレナも気にしていないようだが、俺の予定では用意できてたんだよな。

 ちょっと戦争ってイレギュラーが想定外だった。


「君からは普段から色々もらっているよ。【ミラの祝福】なんて王族でも気軽には受けられないものだしね。いつも感謝しているよ」


「ふぬ……」


 エレナの言葉を聞いて、小さな唸り声が漏れた。


 確かに言っている事はわかるが、アレはくっついているだけだしな……。

 いまいちプレゼントって感じがしないんだよ。


 まぁ、確かに今から用意出来るものは無いし……それならいっそ、久々の本気マッサージでもやっちゃおうかね!

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