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 スヤスヤと気持ちよく眠っていたが、なにやらゴソゴソ近くで動く気配に目が覚めた。

 部屋の様子から察するに……もう朝だな!


「うぐぐ……。お? おはよー」


 目を擦りながら布団から頭を出すと、セリアーナは既に着替えを済ませていた。

 ……なんか動いていると思ったけれど、アレはベッドから身を起こす音じゃなくて、身支度する音だったのか。


「あら、おはよう。早いわね」


 セリアーナは、ベッドから起き上がった俺を見て一瞬目を丸くするが、すぐにフッと笑った。

 俺も目を覚ましさえすれば、早いんだぞ?

 ……ともあれだ。


「たまにはね! よいしょっと……。お誕生日おめでとー」


 秋の1月14日。

 今日はセリアーナの20歳の誕生日だ。

 ベッドから降りて彼女の前へ行くと、祝いの言葉を告げた。

 思えば出会ってからもうすぐ6年か……長い付き合いだ。

 初対面の時に、大人っぽかったし15~16歳くらいって印象を受けたが、実は14歳になったばかりと聞いて、びっくりしたのを覚えている。


「ええ、ありがとう。……毎年の事だけれど、お前も律儀ね」


 セリアーナは俺の頬に手を当てながら、笑っている。


 セリアーナが言うように、この世界だとあんまり部下が雇い主の誕生日を祝うってことは無かったりする。

 だが……そこは、付き合いも長いしな。

 

 それに、俺は自分の誕生日は秋の2月の終わり頃としか認識できていない。

 孤児院にはカレンダーが無かったし、はっきり自分の誕生日がこの日だってわかったのも、聖貨を得たからだ。

 そして、聖貨を得てからも街を脱出するための準備だったり【隠れ家】の検証だったりで、いちいち日付を確認するどころじゃなかったんだよな。


 今の俺の生活では日付にこだわる事ってほとんど無いし、それなら親しい人の誕生日くらいはしっかり覚えておきたい。


 ちなみに、アレクは夏の3月25日だ。

 今年もそうだが、なんだかんだその時期は彼は忙しくて、中々祝う機会は無い。

 さらに、ジグハルトとフィオーラ、そしてテレサの誕生日は何となく聞けていない。

 親しき仲にも礼儀ありだな。


 ◇


「お疲れ様ー」


 そう声をかけながら、俺は小箱を両手に持って厨房の中へと入って行った。

 既に昼食を終えて、今は夜の仕込み前の休憩時間だ。


「セラか。どうした?」


 応対したのは、あいかわらず迫力満点の料理長だ。


「うん。今日は全員いるのかな……?」


 厨房の中の人数を数えながら、手にした箱を皆がいる机の上に置いた。

 例年の事だし彼等もこれが何かは気付いているだろうが、俺からも改めて告げておこう。


「奥様から皆にだね。何時もご苦労様って。料理長から皆に渡してもらえるかな?」


 俺が持って来た箱には、中に大きな袋が入っていて、さらにその中には金貨が料理人全員分入っている。

 セリアーナが使用人に日頃の仕事振りの感謝も兼ねて、自分の誕生日に配っているんだ。

 貴族の屋敷だと大抵やっているそうだが、ウチはセリアーナもリーゼルもそれぞれ金貨1枚ずつだからな。

 日頃の給料の他に、毎年金貨2枚のお小遣いって考えたら豪勢な話だと思う。

 今年はこんな事態だから何かを催したりって事はないが、こういう事はしっかりとやっている。

 

 まぁ、流石に本人が1人ずつ手渡しにって事は出来ないから、それぞれの職長に俺がお届けに出向いているわけだな。

 有難味は薄れるかもしれないが、そこは我慢してもらおう。


 料理長は慣れたもので、箱を一旦持ち上げると、俺に向かって恭しく頭を下げた。


「確かに受け取った。奥様に感謝を伝えておいてくれ」


「はいはい」


 それじゃあ、配達完了ってことで厨房を出ようとしたのだが、その前に料理長に話しかけられた。


「なあ、セラ。今年は雨季前は職人は呼ばないんだよな? 念のため確認をしておきたいんだが……」


「ああ……」


 春はもちろん秋の雨季前も、職人を呼んで屋敷中の点検を行っていて、その際は彼等の分の食事も用意するのだが、今年の秋は点検を見送ることになっている。

 

 あの作業は毎回結構な人数の職人が出入りするからな。

 工房自体はともかく、流石に作業中に出入りする人間全員の調査は手が追い付かないし、やむを得ない。


 といっても、そのまま正直に伝えたりはしていない。

 今年は、戦争の影響で街の兵士の数が減っていて、もし雨の被害が出ても救助が遅れるかもしれないから、屋敷の点検よりも街中の点検を行うようにと伝えている。

 微妙に住民へのポイントアップを狙う辺り、抜け目がないね。


 ともあれ、今年の秋は点検は無く、その際の食事の用意も不要だ。

 もし、必要ないのに用意してしまったら料理が無駄になるし、かといって、実は必要だったとなっても、量が量だけに急遽用意するのも難しいし……料理長にとっては中々悩ましい問題だ。

 気になっていたのかもしれないな。


「うん。大丈夫。今年は点検はしないから、職人たちを呼ばないよ」


「そうか……。わかった、呼び止めて悪かったな」


「うん。……それよりも、早く配ってあげたら? 皆見てるよ?」


「あ?」


 そう言って振り向くと、料理人たちの視線が自分に集まっている事に気付いたようだ。

 俺がいると彼等もはしゃぎにくいだろうし、さっさと退散だな!


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 今日はセリアーナの誕生日。


 先日のエレナも誕生日の際には多くのプレゼントが贈られていたが、セリアーナはなんといっても領主夫人で、この領地の女性のトップだ。

 その量はエレナよりも5割増しといったところか?

 エレナの時同様に俺の部屋に運んでもらおうと思ったのだが、あそこにはまだエレナの分も置いてあるし、彼女の執務室に置いて今日明日で一気に片づけてしまおうとなった。

 必要な物はこのまま部屋に置いて、それ以外の物は使用人に下げ渡したり、屋敷の倉庫へ送ったりすることになるだろう。


 ちなみにその片付けを行うのはセリアーナ組で、エレナとテレサが封を開けて中身を確認して、簡単なリストを作る。

 そして、それをフィオーラが目録として纏める……見事な役割分担だ。


 で、その間セリアーナはともかく、俺は何をしているのかというと……。


「痛っ……!? あいったたた………」


「動かない!」


 相変わらず足ツボに弱いのか、もがき苦しむセリアーナに、それを無視してグリグリ続ける俺。

 一応これは彼女の誕生日祝いであって、痛めつけたり苦しめたりするためのものでは無いので、少々心苦しいのだが、効果は確かだし我慢して受け入れて欲しいものだ。


「……相変わらず痛いようね」


 セリアーナ宛のプレゼントのリストの確認をしながら、施療の様子を眺めていたフィオーラは、セリアーナのその様を見て呆れつつもどこか感心したような顔をしている。

 傍から見たら、非力な俺が棒でつついているだけにしか見えないだろうしな。

 足ツボマッサージを受けた事の無い彼女にとっては、不思議な光景なんだろう。


 ふむ……。


「後でっ、フィオさんと、テレサも、やったげようか?」


 暴れるセリアーナ相手にマッサージを続けながら、フィオーラと、こちらに新たなリストを持って来たテレサにマッサージのお誘いをしてみた。

 このマッサージは相当痛いようだが、効果は確かだ。

 先日エレナにも施したが、その場はともかく翌朝にはスッキリしたと礼を言われた。


 この2人は、マッサージの場に立ち会う事はあっても、自身が受けたことはまだ無いんだよな。

 セリアーナやエレナに負けず劣らず忙しいんだし、疲れも溜まっているかもしれない。

 この機会にスッキリしてみるってのはどうだろう?


「私は止めておくわ……。普段ので十分よ」


「私もです。もし姫に怪我をさせては大変ですからね」


 だが、2人には断られてしまった。

 まぁ……普段はスカしたセリアーナがこうなんだ。

 これを見ると敬遠したくなる気もわからなくはない。

 無理強いすることは無いか。


 ◇


 さて、ジタバタもがいていたセリアーナも、足ツボが終わると、大人しく続きの施療を受けている。

 今はベッドに座る俺に上半身を預けて、寛いでいる状態だ。


 目に首、肩の順番で【ミラの祝福】を発動しながら手を当てていっている。

 最近はデスクワークが中心で、そこら辺に疲れが溜まっているだろう。

 蒸しタオルなんかも効果があるというが、俺の手の方がきっと上に違いないな!


 そして、先程まで荷物のチェックや目録作りを行っていた3人も、その作業が完了して今はこちらの寝室で休憩をしている。

 エレナがお茶を淹れているため、部屋にはいい香りが漂っていて、リラックスするには丁度いいかな。


「酷い目に遭ったわ……」


 ようやく余裕が出来たのか、疲れた声でセリアーナがそう呟いた。


「でも、毎回ちゃんと効果あるでしょ?」


「……忌々しいけれどね」


 なんてこと言うんだ、このねーちゃんは……。


「それよりも、ごめんなさいね? 私の分なのにチェックを貴女たちに任せてしまって」


「いえ、構いません。それよりもお茶はどうされますか?」


「……セラ?」


 セリアーナは、エレナの言葉には答えずに代わりに俺の名を呼んだ。


「もう少し後ね」


 中断すると力加減がわからなくなるしな。

 完了するまで待ってもらおう。


「……それなら仕方ないわね……。なら、簡単にチェックした荷物の中身を教えてもらえるかしら?」


 だが、セリアーナは大人しく待つだけのつもりは無いらしい。

 3人に、先程までやっていた作業の状況を聞き始めた。


「贈り物は私と同じような物がほとんどでしたね。新しいデザインの服が複数着ありました。後は、クッションもですね。デザインこそ普通の物でしたが、セラが普段から利用している物と同じです。アレも人気が出てきましたね」


 と、可笑しそうに言うエレナ。


「座り心地は良いものね。私も自宅と研究室用にいくつか注文を出したくらいよ」


 贈り物は大体予想通りだったが……クッションもあったか。

 エレナ宅はアレクが注文を出しに行ったから、贈り物には含まれていなかったが、セリアーナは注文していないもんな。

 もっとも、自室では相変わらず俺の分を勝手に使っているし、リーゼルの執務室での仕事時に使うようになるかな?

 しかし……あのクッションは思い付きで注文した物だったが、思ったより人気商品になりそうだ。


「結構。多少の差異はあっても概ね例年通りね。セラ、もういいでしょう?」


 セリアーナは、ペチペチと目を覆う俺の手を叩きながら体を起こし始めた。


「もうちょっと続けた方がいいと思うけど……まぁ、いいかな? お疲れ様。顔がスッキリしてるよ」


「ええ。ずいぶん楽になった気がするわ。……これで痛みが無ければ文句はないのだけれどね」


 足を小さく動かしながらそんな事を言っている。

 よっぽど痛いのかな?


「今年も助かったわ。ありがとう、セラ」


 ベッドに座りこちらを向いたセリアーナだが、肌艶はわからないけれど表情は随分柔らかく見える。

 なんだかんだで、領地を任されて結構気を張っていたようだ。


「うん。どういたしまして」


 まぁ、特注のストレッチマットは用意出来なかったが、【ミラの祝福】の応用技術も年々上がっている気がするし、誕生日プレゼントとしては上々かな?


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 マッサージを終えてベッドから降りた俺たちは、その場でエレナたちとの会話には参加せずに、一旦隣の部屋に併設された浴室へ行き、顔を洗ったり髪を整えたりすることにした。

 俺はそこまで乱れていなかったけど、セリアーナは大分もがいていたから、髪がボサボサになっている。


 整えてあげようと思ったが、ベッドから降りたその足でここまで来たので【浮き玉】は寝室だ。

 このままじゃ届かないし……しゃがんで貰おうかな?

 そう思ったのだが、ちょうどいい物が視界に入った。


「セリア様、ちょっとそこ座って」


 セリアーナは違うが、貴族のご婦人は入浴時に使用人に世話を任せる事が多い。

 そのため、脱衣所には使用人が使用する道具や、待機中に座る椅子とかがあったりする。

 それに座って貰う事にした。


「ええ、お願い」


「ほいほい」


 座ったセリアーナの後ろに回り込むと、ササっと櫛で梳かした。

 同時に【ミラの祝福】も発動する事で、あっという間にサラサラの艶々に。

 俺の髪は癖っ毛だし、結構手こずるんだが……セリアーナは一発だな。

 羨ましい。


「よしっと。はい、終わったよ」


「ありがとう。行きましょう」


 セリアーナはそう言うと、俺の手を引きながら浴室を後にした。


 ◇


「ふう……。ようやく落ち着いたわね……。セラ、お前も頂きなさい」


「うん」


 お喋りをしていたエレナが、話を中断して新しく淹れ直してくれたお茶を飲みながら、ホっと一息つく俺たち。


 ちなみに、俺が飲んでいるのは皆と一緒で紅茶だ。

 あの黒茶がコーヒーと同じでカフェインが含まれているのかわからないが、それでも黒茶は刺激があって睡眠によくないってのはちゃんと理解されているため、夜飲むことは無い。

 まぁ、紅茶は紅茶で美味しいし、俺も好きだからいいけどな。


「話を中断させてしまったわね。何の話をしていたのかしら?」


「領主様たちは今頃どのあたりか……よ。少し前にお隣に到着したって報せは届いたでしょう?」


 セリアーナの言葉に、フィオーラが答えた。


 フィオーラが言ったのは、1週間程前に届いた、マーセナル到着の報せの事だろう。

 んで、そこで親父さん率いるゼルキスの兵と一緒に船で王都圏に向かうんだが、風と潮次第だがそろそろ向こうに到着した頃じゃないかな?


「人だけじゃなくて馬も一緒に運ぶし、人数も多いから通常よりも時間はかかるかもしれないけれど、そろそろ到着しているはずよ」


 王都圏に到着後は、リーゼルや親父さんといった高位貴族とその護衛だけで王都まで行って、出兵の式典を行うらしい。

 そのため、兵は周辺の街にいくつかに分かれて滞在して、指揮官級だけで王都に集まるそうだ。


 全兵で集まっての式典ってのも壮観だろうが、まだ国内だけではあるがそれでも数千人くらいにはなるそうだし、いくら王都が巨大な街でも流石にその人数の武装した人間を受け入れるのは難しいもんな。


「王都から一番離れているのはウチだし、もう全員が王都に揃っている頃でしょうね。数日中に式典が行われるんじゃないかしら?」


 式典の日程はある程度決まっているそうだが、集まりのタイミング次第では前倒しになったりもするそうだ。

 この国は広い上に、魔物を始めどんなイレギュラーがあるかわからないし、その辺はある程度柔軟に対応するんだろう。

 日程は下が合わせるんじゃなくて、上が合わせるってのは面白いと思う。


「後は船と平地の移動になりますし、問題無く予定地に到着できそうですね」


「そうね」


 エレナの言葉にセリアーナは頷いた。


 そもそもウチの懸念は、ゼルキスに到着するまでだったしな。

 王都より西は基本的に平地っぽいし、リアーナやゼルキスがある王国東部ほどハードな道のりじゃないと聞く。

 肝心の戦場に到着する前にリタイアって心配はなさそうだな。


 俺は会話には参加せずに、お茶を飲みながら話を聞いていただけだったが、とりあえず安心できた。


 ◇


 その後も会話は弾み話題は二転三転していったのだが、一周回ってセリアーナの誕生日の話になった。

 だが、この世界は成人は14歳だし、20歳というものに特別な意味合いはないからかあっさりしている。

 既に結婚もして子供も男女1人ずついるし、貴族の子女としての務めもしっかり果たしているもんな。


 それよりも……。


「そういえばセラは今年で14歳よね?」


 少々眠気が迫ってきたのかボーっとしながら話を聞いていると、ふと思い出したように、フィオーラが俺の歳を尋ねてきた。


「ん? うん」


 そう答えると、今度はセリアーナの方を向いた。

 確かに来月で14歳になるが……なんかあるのかな?


「この娘、ミュラー家に入るのよね?」


「来年落ち着いてからになるけれど、その予定よ」


「春頃でしょうか?」


「ええ。ちょうどいい機会でもあるし、ウチの事も纏めて片付けられそうね」


 来年の春がどうのこうのといっているが、そう言えばそんな事を聞いた覚えがあるな。

 なにやら4人で王都がどうのとかも話しているが……そろそろ眠気で頭が回らなくなってきた。

 やっぱコーヒーじゃないと駄目だな。


 しかし、もう成人か……やっぱ14歳って早いよなぁ……。

 まだガキじゃん。


「あふぁっ……」


 14歳が成人というこの世界の風習に未だに馴染めないが、それよりもこの眠気の方に馴染んでしまいそうだな。


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