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705


「セラ、同じ的を用意したわ。試してみなさい」


「ほい!」


 強化の見た目の変化は分かった。

 お次は性能だ。


 フィオーラが作り出した先程と同じ的に向かうと、いつもより少々構えに気をつけながら右手を振り抜いた。

 結果は同じ。

 ノーマルと同じく斬れただけだった。


 爆発したり、なんか炎が出たりとか……そういった特殊効果は無いのかな?


「一緒ね……。フィオーラ、次は少し強度を上げてもらえるかしら?」


「ええ」


 フィオーラは先程までのよりも少々集中して、的を作り出した。

 的そのものには魔力が一切籠っていないあたり、【影の剣】の性能を考慮してくれているんだな。


「んじゃ、行くね。……せーのっ!」


 出来るだけ同じ構え、同じ勢いで右腕を振り抜いたのだが……。


「痛っ!?」


 今度は切断どころか表面で止まってしまった。

 強化版は手首から発動しているので、少々手首が痛いくらいで済んだが、ノーマルだと指を痛めていたかもしれない……危なかった。


「大丈夫ですか? 姫」


【影の剣】を解除して、代わりに【祈り】を発動しながら手首をさすっていると、皆がこちらにやって来た。

 テレサとエレナが俺の右手首を看ているが、大丈夫だ。

 しっかりと固定されていたから、痛い程度で済んでいる。

 それよりも……だ。


「フィオさん、これって硬さはどれくらいかな?」


「鉄よりは硬くないわ。【緋蜂の針】なら砕けるはずよ」


「ふむ……。ちょっと離れてね。……ほっ!」


 俺から少し離れてもらい、【緋蜂の針】を発動してそれで蹴ってみたのだが、フィオーラが言うように見事に砕けた。

 なるほど……多分力のある者が鈍器でぶん殴っても同じ結果だったろう。


「……つまり、刃が伸びただけってことかな?」


 我ながらその声には元気がない気がする。

【隠れ家】は1室増えて、【浮き玉】は【小玉】が増えた。

 これも何かもうちょっと特殊効果でもあるのかなと思ったが……。


「あら? お前の狭い間合いが広がったのよ? 十分じゃない」


「ぬ?」


「そうですね。もとより生物相手には十分威力を発揮できていたのです。弱点といえば、奥様が仰ったように刃が短かったことくらいですし、それが改善されたのは大きいと思いますよ」


「ほう?」


「ただ、間合いが伸びたとなると、君の今までの戦い方から少し変更しないといけないね」


「むむ……」


 セリアーナ、テレサ、エレナの順で、強化版の特徴や注意点を挙げてきた。


 確かに彼女たちが言うように、剣って武器種の性能的に間合いが伸びるってのは大きい。

 普通の剣だと、サイズが大きくなるとその分重さも増えて、扱い方が変わってきたりもするが、【影の剣】にはそんな事関係無い。

 エレナが言うように、少々周りとの距離を気をつける必要があるだろうが……そもそも俺は基本的に1人で戦っているしな。

 あ……十分強化だ!


「まあ、しばらくの間はここでの訓練のみになるでしょうけれど……上手く使いこなせるようになるといいわね」


 しばらくフィオーラも交ざってアレコレ談義を交わしていたが、そうセリアーナが纏めた。


「うん!」


 地下訓練所で振り回すだけってのはちょっと味気ないけれど、それでも外やダンジョンで万が一の事故を起こしてしまうよりはずっといい。

 それに、よくよく考えると、【影の剣】がようやく剣っぽくなったんだ。

 これはちょっと楽しくなるんじゃないか!?


 ◇


「はいっ! みんな今日もご苦労様」


 労いの言葉と共に、騎士団本部の会議室に集まった兵たちおよそ30人に【祈り】をかけた。

 彼等は午前中、街やその周囲の警戒を担当した兵たちで、先程午後の担当と交代したばかりだ。


 リーゼルたちが街を発ってからもう3日。

 いや、まだ3日か?


 街の戦力が減った分、残った1番隊2番隊の両方に頑張ってもらう必要があるが、だからといって無理をし過ぎて消耗されても困る。

 ってことで、俺の出番だ。

 以前は冬なんかは同じ様に【祈り】をかけていたが、ここ最近はもう任務に慣れて自分たちでいい感じに休憩を取れていたから、すっかり出番は無かったが……この役目は久しぶりだな。


「副長のコレは久しぶりだが……やっぱ効くなぁ……」


「あんまあてにし過ぎると、隊長や団長が怖いがな」


「テレサ様もな」


 と、軽口を叩いてはあちらこちらで笑いが起きている。


 うむうむ。

 今の体制でも気負わずに仕事が出来ている様だな。


「何か異常とか起きてない?」


 折角だし、街の様子でも聞いておくかな?

 ここ最近俺は街に出ていないもんな。


「街か? いつも通りだな」


「だな。まあ、領主様方が街を発たれてまだ数日だし、そんな短期間で問題が起きたら大変だわな」


「違いねぇ」


「ははは。我らも普段から見回りは欠かしていないからな。セラ副長、今のところは問題無いですよ」


 言葉遣いでどっちの隊かすぐわかるな……。

 ともあれ、異常はない様で何より。


「そっかー……それもそうだね。うん、ありがとう。もし何かあったらどんな小さなことでもいいから教えてね」


「ええ。もちろんです」


 俺の頼みに口々に答えてくる。

 士気も高いね。

 両隊とも連携が取れているし……このまま彼等に頑張って貰わないとな!


706 セリアーナ side


 リーゼルたちが街を発ってもうじき10日が経つ。


 彼だけじゃなくて、騎士団長のオーギュストや2番隊隊長のアレク、他にも領地の幹部や現場の主力を多数連れて行っているが、幸い今のところ街には何の問題も起きていない。

 このリーゼルの執務室も、普段とは少々顔触れが変わっているが、仕事の進行具合は通常と何ら変わりない。

 私もある程度はリーゼルの代わりを出来ているし、こういった事態で確認するのは本来望ましいことでは無いのだろうが、リアーナの組織作りは成功したと言えるだろう。


 部屋の中の皆の仕事振りを確認しながら、自分もまた1枚書類にサインを入れる。

 その書類を決裁済みのケースに入れて、次に取り掛かろうとしたのだが、廊下をこちらに早足で向かって来る者に気付き、一旦手を止めた。

 下の騎士団本部からだったから、何かの報告だろうか?


 ほどなくして、外から入室の報せが入る。

 許可を出すと、伝令の兵が入って来るなり大きな声で告げた。


「失礼します。先程報告が届きましたが、領主様以下全兵士が無事ゼルキス領に入ったとのことです」


 その報告に部屋の中が「おおっ」と沸いた。


 魔物の討伐などで今回よりも大規模な行軍はあったが、やはり領主帯同の長期遠征だ。

 ここで待つ彼等は不安があったのかもしれない。

 自領から隣の領地に入っただけとはいえ、安心できたのだろう。

 部屋の空気が若干和らいだ気がする。


 伝令は私の前までやって来ると、詳細が記されたであろう書簡を差し出した。


「ご苦労様。報告は確かに受け取ったわ」


「はっ。それでは失礼します」


 そう言って部屋を出ると、こちらに来た時と同様足早に去って行った。


 封を解き中を読むが、内容は予想通りのものだ。

 日付は5日前。

 ゼルキスと接するリアーナの西端の街ソールの兵を帯同させて、領地を越えたところでこの報告を書いたらしい。

 兵士と馬、共に問題無く、予定通りゼルキス領都に到着できる見通しだ。

 そこまで辿り着けさえすれば、後はお父様の指揮下に入ればいい。


 今回の出兵で不安だったのは、リアーナの騎士団には年嵩の経験豊富な幹部がいない事だった。

 最高齢はジグハルトで、アレクもオーギュストも優秀ではあるが、戦争はもちろん、人間相手の戦闘に向かう兵の指揮を執った経験はない。

 魔物相手ではあるが、戦闘経験が豊富な2番隊で固めたのも、士気の低下を極力避けるためだったが……どうやらその心配は無用に終わりそうだ。


 ◇


「おつかれー」


 午後の仕事に取り掛かって1時間程が経ち、いくつか案件も片付いた頃、騎士団本部に向かっていたセラが戻ってきた。

 セラはここ最近、午前中領都周辺の警備を担当していた兵たちに【祈り】をかけて、彼等の慰労を行っている。

 10日程度でどうこうなる様な編成ではないが、お陰で常に十全な状態を保てているし、領都の治安維持に大いに貢献していると言えるだろう。

 組織運営で、あまり個人の力……それも加護に頼る様な真似はしたくないが、今は状況が状況だしまだまだリアーナが未成熟という事か。

 組織作り自体は上手くいっていても、駒が足りていない。


 まあ、いいわ。


「セラ、戻って来て早々で悪いけれど、お使いに行って頂戴」


「うん? いいけど、どこ? 冒険者ギルド?」


 私の言葉に首を傾げながら近付いてきた。

 外出は制限させているから、冒険者ギルドと予測したのだろう。

 あてずっぽうでは無くてちゃんと考えているあたり、最近のこの娘はやる気があるらしい。


「少し違うわね。商業ギルドよ」


 決裁を終えた書類を2枚ケースから取り出すと、まず1枚を丸めて封をしてから彼女に渡した。

 文官の回収を待ってでも良かったが、もう1枚の分も考えると早い方がいいだろう。


「後はこれね。こちらは下にいるフィオーラ宛よ。先に商業ギルドに行ってから帰りに渡して頂戴」


「……うん。まぁ、行ってくるよ」


「ええ。お願いね」


 2枚の書類を受け取ったセラは、すぐに踵を返して廊下へと姿を消した。


「細かい仕事をセラ殿が引き受けて下さって、大分助かりますね……」


 その彼女の背を見送っていた文官の1人がそう口にすると、他の者たちも追従する。

 あの娘は仕事をする時はするのだが、普段がアレだ。

 たとえこの部屋にリーゼルがいようと平気で昼寝をするし、彼女がその気になれば仕事が出来ることはわかっていても、あれだけ精力的に仕事を熟す姿に驚いているのだろう。


 だが、あの働きを平時でも期待されては困る。

 なまじ優秀なだけに、あれに仕事を頼む癖がついては、この部屋が立ちいかなくなる。


「ふふ……。まあ、あの娘は気分屋だからあまりあてにしては駄目よ」


「そうですね。今のセラは外に出かけられないから退屈しのぎに仕事をしているのかもしれませんし」


 エレナもそれがわかっているのだろう。

 私の言葉に合わせてきた。


「ははは。それもそうですね。あまりセラ殿に張り切られては、我々の仕事が無くなってしまいます」


 彼等も私たちの会話で察したようだ。

 上手く話の方向を転換して、また仕事に取り掛かった。


 流石にリーゼルが選んだ者たちだけあって、少々面白みに欠けるが、真面目で仕事に忠実だ。

 カロスとロゼも残っているし、彼等の気が緩むことは無いか。

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