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 光が収まった後も、ジグハルトは跪いたポーズのまま中々動き出さなかった。

 すぐ傍らに立つセリアーナも少し困惑した様子でジグハルトを見ていたが、やがてソファーに座りガチャの様子を眺めていたフィオーラに、チラチラ視線をやっている。


 その視線を受けてフィオーラは肩を竦めたが、立ち上がるとジグハルトの下へと歩いて行った。

 そして……。


「ジグ……ジグ。ジグ!」


 何度か名前を呼ぶも全く動こうとしないジグハルトに業を煮やしたのか、フィオーラはパーンと彼の頭を叩いた。

 これは彼女しか出来ないね。


「お? おお……いや、済まねぇな」


 流石に頭に一撃を貰うと、反応するようだ。

 まぁ、理由は何となくわかっているが……こちらを振り向いた彼は満面の笑みを浮かべていた。


「……おめでとうジグハルト。女神が微笑んだようね?」


「ああ。この機会を貰えたことに感謝だ。俺が得た加護は【水の衣】だ」


 当たりを引いたからか、セリアーナの言葉は先の2人とはちょっと違う。

 そして、その返答も。

 ちょっとお洒落だな……流石当たり!


 しかし【水の衣】か!

 それはルバンの奥さんの1人であるキーラが持っている加護で、詳しいことは知らないけれど熱を防いだりするんだよな。

 俺が持つ【風の衣】と近い系統の防御系の加護だ。

 彼が防御系の加護をどう使うのかちょっとイメージがわかないが、そんな事よりも……。


「時折セラに恩恵品を借りる事もあるが……加護か。俺もついに……」


 万感の思いでジグハルトはそんな事を呟いている。

 使い道云々よりも、加護を得たって事が重要なのかもな。

 まぁ、彼ならきっと良い感じに使い道を見出すかもしれない。


「おめでとうジグハルト。でも、戦場ではあまり張り切り過ぎないでおくれよ?」


「ふっ……そこまでガキじゃねぇよ。ほどほどにやるさ」


 ジグハルトの周りには、リーゼルを始め男性陣が集まり、加護とその使い方について盛り上がっている。

 そして、そんな彼等をよそに女性陣は聖像を片付けたり、お茶の用意をしたりと落ち着いたものだ。

 まぁ、いつもそんな感じだもんな。

 俺も何か手伝おうかな?


 しかし……盛り上がる男性陣を目にすると、ひとつある感情が沸き起こる。


「いいなぁ……」


 ガチャか。

 今年は稼げなさそうだしなぁ……。

 特に欲しいものはないが、ちょっと羨ましかった。


 ◇


 談話室でのガチャ大会を終えた後はお茶を一杯飲んで、明日に備えてお開きとなった。

 エレナはアレクと共に自宅へ、フィオーラもジグハルトとだ。


 そして、今は俺とセリアーナとテレサの3人がセリアーナの部屋にいるのだが……。


「セラ。それはまだいいわ」


「うん?」


 テレサがベッドを整えに向かった間に聖像を片付けようとした俺へ、セリアーナが待ったをかけると、聖像とは別にしていた聖貨が入った袋を手の上でひっくり返した。

 袋に残っていた聖貨は全部で10枚だが、全部出すとそれを俺に向かって突き出した


「ほら。お前も使ってしまいなさい」


「……いいの?」


「ええ。今年はお前に随分我慢させたでしょう? それに、これはお前が稼いだ物よ。使ってしまいなさい」


 確かにその通りではあるが、何かと便宜を図って貰っている。

 気にしなくていいとも思うが……ここは素直にお言葉に甘えよう。


「えへへ……ありがと」


 聖貨を受け取ると、10枚の重みについつい笑みが漏れてしまう。

 今日、皆がやってるのを見て羨ましかったしな!


「そんじゃー、やるぞー!」


【浮き玉】から降りると、両手を上に掲げて声を上げた。

 そして、ついでに【祈り】と【ミラの祝福】を発動する。

 うむうむ……やはりこれをしないとな!


 俺は聖像の前に移動すると、2度3度深呼吸をして……。


「………………ふぬっ!」


 気合いと共に、聖貨を握った右手を突き出した。


 光に包まれるとともに、頭の中で鳴り響くドラムロール。

 それをすかさずストップさせると……言葉の前に一瞬浮かび上がったのは指輪のイメージ。

 そして、次いで浮かび上がったのは、【強化】の言葉。

 ……これは……【影の剣】か!?

 指輪の見た目に変化は無いが、きっとそうだろう。


「加護かしら? その顔なら良いものが出たようだけれど……」


「強化! 多分【影の剣】だね。……うへへ」


「あら、良かったじゃない。……でも、ここで使うのは駄目よ?」


「う……わかってるよ。危ないもんね」


 ノーマル状態でもあんだけエグイ威力を持っているんだ。

 強化されたらどんな効果を発揮するかわからないし、試すなら外かダンジョンだが……今なら地下訓練所かな?

 しかし……これとも長い付き合いだが、更なるパワーアップかぁ……楽しみだな!


「……あら? 聖貨を使われたのですか?」


 右手の人差し指を眺めながらうひうひ笑っていると、ベッドメイクを終えたテレサが寝室から姿を現した。


「【影の剣】の強化らしいわ。試すとしたら明日の夕方以降ね」


「それがいいでしょう。その際は私もお付き合いいたします。さあ、お二人とも、ベッドの用意が整いましたよ? 明日は早いですし、そろそろお休みになって下さい」


「そうね……ご苦労様。貴女も休んで頂戴ね。セラ、行くわよ」


「うひひ……お? はーい」


 相変わらず【影の剣】を眺めて笑っていると、セリアーナから声がかかった。

 いつもよりちょっと早い時間だが、明日は出発を見送らないといけないし、いくら俺でも寝坊は出来ない。

 さっさと寝る準備をするかな?


 テレサに就寝の挨拶をすると、俺は寝室に向かう事にした。


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 明日に備えてベッドに入ってからしばらく経ったが、普段よりも早い時間だからか流石にベッドに入って即グッスリ……とはいかずまだ起きていた。

【隠れ家】に入って何かをする気も起きず、目を瞑りながらアレコレどうでもいいことを考えていたのだが、そんな事をしていたからか一つ気になる事が生まれた。


「ねー、セリア様」


「……なに?」


 セリアーナもまだ起きている様だ。

 もぞもぞと寝返りを打ってそちらを向くと彼女の背中が見えた。


「あのさ、旦那様のところ行かなくていいの?」


「リーゼルの……?」


「うん。ほら……子供とか、そういうアレ」


 リーゼルは明日から戦場に向かう訳だ。

 いくら戦力的にも彼の立場的にも危険は無いとはいえ、何が起こるかわからないだろう。

 アレクたちだって今頃自宅で過ごしているはずだ。


 にもかかわらず、なんでこのねーちゃんは俺と一緒に寝ているんだろうか……?


 そう思っての言葉だったのだが、セリアーナは呆れたように一つ溜息を吐くと、彼女もこちらを向いた。

 部屋はほぼ真っ暗で何も見えないが、何となくどんな表情をしているのか予想できるな。


「子供はもう2人もいるでしょう……? 私たちは普段通りで良いのよ。くだらないことを気にしていないでさっさと寝なさい。明日は早いわよ」


「ふぬ?」


 一理あるのか……と思っていると、セリアーナは布団を顔まで引き上げて被せてきた。

 話は終わりの様だ。

 ……夫婦の形は家庭それぞれだし、色々あるのかもしれないな。

 まぁ、俺は前世も今生も結婚した事ないけどな!


 ◇


 明けて翌朝。

 天気も良いし絶好の出兵日和……なんて言葉があるかはわからないが、雲一つなく出発するにはいい天気だ。


「それじゃあ、行ってくるよセリア。僕がいない間は任せるよ」


「ええ。貴方もしっかり務めを果たしてきなさい」


「ふっ……もちろんさ。セラ君、セリアと子供たちを頼むよ」


「はい。旦那様もお気をつけて」


 騎士団本部前に出発する兵たちはもちろん、その家族や街に残る兵、そして俺やセリアーナたち見送り組が揃っていた。

 盛り上がるのは昨日十分やったからか、集まった人数の割には静かなものだ。


 それぞれ挨拶を簡単に済ませると、儀礼用ではなく戦闘用の正装のリーゼルを先頭に、出発し始めた。


 割合静か立ったこちらと違って、街の住民も彼等を見送ろうと沿道に集まっているが、そちらは大盛り上がりだ。

 まだ兵の姿が見えないにもかかわらず、歓声がここまで届いている。

 今回の出兵は全員騎乗しているし、リーゼルをはじめ幹部陣も複数いて迫力は満点だ。

 もちろん、領地の仲間を送り出すって気持ちもあるんだろうが、同じく騎士の行軍を見たいってのもあるんだろうな。


 俺たちは本部前で一行を見送っていたが、その姿が見えなくなったところでセリアーナが皆の前に出て解散を告げた。

 その指示に従い、1番隊が集まった家族たちを従えて街へと向かっていく。


「さてと……私たちも戻りましょう」


「うん」


 俺は街の西側を向きながら、セリアーナの言葉に生返事を返した。


 これからしばらくの間、アレクにジグハルトにリーゼルにオーギュスト……さらにルバンといった、頼りになる連中がいない状況が続く。

 今までも1人か2人が街や領地を離れる事はあっても、ごっそりいなくなるのは初めてだからな……備えてはいるが、頑張らないといけないな!


 と、気合を入れていたのだが……。


「セラ!」


「おぁっ!? はーい」


 屋敷に向かおうとしていたセリアーナに呼ばれ、慌てて俺もそちらへ向かっていった。


 ◇


 リーゼルたちの見送った後は、屋敷に残った者たちでいつも通り仕事を済ませた。

 事前にこの体制に切り替えていたため、混乱なく初日を乗り切る事が出来たし、今後もきっと大丈夫だろう。


 さて。

 さてさてさて……仕事を終えた後、俺たちは地下訓練場に向かった。


「ほっ!」


 右手を振り抜くと、人差し指から伸びた黒い刃が土製の的を断ち切った。

 うむ。

 絶好調だ。


「あら、上手じゃない」


 それを見たフィオーラが感心したような声でそう言った。

 この的を作り出したのは彼女で、どれくらいの強度かわかっているんだろう。


 俺は剣の技術や腕力は無いが、斬るというその一点だけなら中々のもので、最近は【影の剣】を使って生物以外も上手く斬れるようになってきている。

 刃筋を通すってやつかな?

 色々斬ってきたからなぁ……多少硬かろうと、これくらいなら一息で斬れるぞ!


「それはまだ普段通りの使い方よね?」


「うん。これから試すね」


【影の剣】は指輪を装着した指の爪に黒い刃が生まれる。

 その刃は長さ30センチ程だ。

 今日俺たちがここで集まったのは、昨晩のガチャで見事その【影の剣】の強化を引いたから、その検証のためだ。


 聞いたところによると、こう言った武器の場合、【浮き玉】と違って効果はシンプルらしい。

 威力の増大か、間合いの伸長だ。


 だから、俺はそれを意識して……。


「……おお!?」


「あら」


 強化の効果は、俺だけじゃなくて周りから見ても一目でわかった。


 通常だと爪だけだったが、人差し指全体を覆い、さらに爪を覆っていた黒い膜が手の甲全体にまで広がった。

 さらには、30センチ程度の刃も倍近く伸びている。

 短剣から長剣サイズに変更だ。

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