315
701
俺たちが今いるのは、本館1階にある談話室だ。
南館にも談話室があるし、こちらは専らリーゼルの客が通されることが多く、俺がその席に同席することは滅多に無い。
だが……。
「いやー、やはりお子様は成長が早いですね。1年と少しで、レオ様は一段と大きくそして凛々しくなられておりますよ」
「ははは、そうだね。体だけじゃなくて、最近では簡単な単語だけれど口にするようになったし……成長は早いね」
絵描きの言葉に笑いながら答えるリーゼルは、普段の姿と違って正装だ。
そして、レオ君を抱いて椅子に座っている。
レオも大人に囲まれながらも泣いたりせずに、むしろリーゼルの機嫌が良いからかご機嫌だ。
そんな彼等を遠巻きにしながら、この機会を逃すまいと絵描きの弟子たちがスケッチしていっている。
そして、そちらから少し離れた場所では、同じく正装のセリアーナがリオちゃんを抱いて2人掛けのソファーに座っている。
そして、これまた弟子たちにスケッチをされている。
レオに負けず劣らずリオもご機嫌だ。
ちなみにリオは、その小さな手で俺の手をしっかりと握っている。
俺は普段浮いているから、手が届くところにいるのが面白いのだろうか?
先程から掴んだ手を動かしたりして、実に楽しそうだ。
「この子もお前がいると機嫌が良いのね」
「……そうなの?」
いつも機嫌が良いイメージがあるんだが……。
「ええ。お前ほどでは無いけれど、人見知りなのかしら?」
「……オレは別に人見知りじゃ無いよ?」
「あら? その割にはどこか気疲れしたような顔をしているわよ?」
「ぬぅ……」
間髪入れず返してくるセリアーナに、言葉を返せず小さく唸っていると、周りの絵描きたちの1人が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「セラ様、申し訳ありませんが少々こちらを向いて貰ってよろしいでしょうか?」
「あ、はーい」
返事をしてそちらを向くと、絵描きの止まっていた筆が再び動き始めた。
◇
予想される開戦時期は秋の3月頃だが、リアーナの出兵は夏の3月の終わりとなっている。
もうすぐだな。
ルートは、まずゼルキスに向かって、そこから海路で王都まで。
そして、そこで諸侯と合流した後に、開戦予定地まで陸と海を使って1月ほどかけて移動することになる。
秋の雨季が移動期間に被っているため、どうしてもそうなってしまうらしい。
だからこそ、相手側はこの時期を選んだんだろうが……はた迷惑な話だ。
さて、それはともかくリアーナ領都は既に出兵の準備を終えて、後は彼等を送り出すための時間を過ごしている。
参戦する兵たちには特別休暇を与えている。
仕事から離れて、出発まで英気を養ってもらうんだ。
もちろん、アレクたちやリーゼルもそうで、今この時間も屋敷では仕事が行われているが、彼等抜きで問題無いようになっている。
んで、折角時間に余裕があるからと、新たな家族絵を描くことになった。
毎年毎年描くような物では無いそうだが、リアーナにとって初めての戦争、そして出兵前夜ってことで、これはこれで領地の歴史になるし、その事を勧められて、リーゼルもそれを受け入れたからだ。
リーゼルから聞かされたセリアーナも了承したし、俺も賛成した。
前世でも、絵では無くて写真ではあるが似たような記録はたくさんあったし、大事な事だと思う。
ただなー……俺も一緒に描かれるんだよ。
前回は後から描き足したんだが、今回はおめかしして一緒にだ。
いいのか……?
俺がリセリア家とリアーナ領の歴史に混ざっていて……。
俺が領主一族と領地の未来を憂えている間も、先程終わったばかりのスケッチの出来を確認するために、セリアーナとリーゼルは絵描きたちと一緒に話し込んでいる。
その間の子供のお守は俺が任されているのだが……。
「せらー」
「きゃああああ」
今日の俺は何も恩恵品を身に着けていないから、素の状態だ。
幼児とはいえ、それが2人揃うと……。
「……ぉぁぁぁ!? せっ……セリア様」
今日はテレサは執務室で仕事をしているから、救援は求められない。
そして、この場に乳母も使用人もいるが彼女たちでは、立場上俺よりも領主の子供たちの方を優先することになる。
そんなわけで、俺は今ソファーの上で2人に押し潰されそうになっている。
この状況を脱するためにはセリアーナしかいない。
そう考えて、彼女に救援を求めたのだが……。
「……はぁ」
こちらを見て溜息を吐いている。
そして、代わりにリーゼルが駆けつけてきた。
「レオ、リオ、落ち着きなさい。セラ君、済まなかったね。君達、2人を頼む」
そして、2人を引きはがすとそれぞれの乳母に預けた。
うむ……助かったぜ。
「お前……流石に1歳児には負けないでよ……」
ようやくやって来たセリアーナはそんな事を言ってくるが、本気出せば俺だって負けないぞ?
「怪我させちゃ駄目でしょ……。それより、下絵はどうだったの?」
その辺の事は言ってもどうせ聞き流されるだろうから、話題を変えることにした。
何で今回も一緒なのかって疑問はあるが、絵の出来はちょっと気になるしな。
「ああ、中々の出来だったよ。今回は君も一緒だったし、前回よりも出来は良くなるんじゃないかな? これで僕も安心して戦場に向かえるよ」
「あまり縁起の悪いことを言わないで頂戴。帰って来る頃には完成しているし、2人に絵の方がいいと言われないように、気をつけなさい」
所謂フラグ的な発言をしたリーゼルを、セリアーナがからかうような口調で窘めた。
全くだね。
絵と変わらない姿で帰って来てくれないと、皆困るよ。
笑いあっている2人を見て、俺もそう思った。
……なるほどねぇ。
絵を描くのってこんな意味もあるのかもな。
良いことじゃないか。
702
出兵を明日に控えた今日。
昼間は、参戦する兵士30名やその家族を招いて、屋敷のホールで壮行会が開かれた。
翌朝が出発なだけに酒こそ出なかったが、領主の屋敷で領主とその夫人から直々に挨拶を受けて、胸がいっぱいだったよう。
この場には領主夫妻だけじゃなくて、オーギュストやアレクにジグハルト、つい先日到着したルバンといった、領地の有名人も揃っているしな。
俺がセリアーナやリーゼルと普段から付き合いがあるからってのを別にしても、未だにこう……身分が上の人に言葉をかけてもらうって行為を特別には思えない。
これはもうアレだな。
価値観が前世で固まっちゃっているんだ。
ともあれ、兵にしても家族はしっかり領主側に認識されたし、街に残る家族も、上と多少の接点を持てた事で、何かしら不満が出たとしてもそうそうすぐに爆発するって事は無いはずだ。
細かいことではあるが、こういったケアも大事な事だな。
うむうむ。
彼等が街を離れている間は、俺も微力ながら治安維持に尽力しよう。
安心して行ってくるといいさ!
◇
さて、昼間の壮行会が終わり、時刻は夜へ。
夕食も済んで、後は各々自宅や自室でゆっくりと就寝までの時間を過ごすのが通常なのだが……今日はちょっと違う。
セリアーナ組の皆で南館1階の談話室に集まっているんだ。
ちなみに、スペシャルゲストでリーゼルも来ている。
この部屋で彼の姿ってのは実に珍しい光景だ。
夕食後、ここに移動する際にちょっと頼まれて、セリアーナの部屋に荷物を取りに行くために俺は一行と別れていたのだが、居るのは知っていても、中に入って彼の姿があるとちょっと驚いてしまうな。
「……おっと。セリア様、持って来たよ」
ついついリーゼルに視線を奪われてしまっていたが、頼まれていた物を渡さないとな。
「ご苦労様」
セリアーナは俺からそれを受け取ると、短く応えた。
俺が渡したものは、セリアーナの聖貨と聖像が入った木箱だ。
今からここで行われるのは、参戦するセリアーナ組の3人。
アレク、ジグハルト、ルバンたちによるガチャ大会だ。
もちろん費用は、セリアーナ持ちで、いわば出兵手当だな。
当たりが出たら幸運が、外れが出たら不運の先払い……ゲン担ぎみたいなものだ。
聖貨10枚を3人分は彼女のお財布からでも大きいが、戦争なんて早々ある事では無いし、彼女なりの激励でもあるんだろう。
「まずはアレク。貴方からよ」
机の上に聖像を置いて準備を整えたセリアーナは、まずはアレクの名を呼んだ。
「はい」
聖像を遮るように立つセリアーナの前に進み出たアレクは、彼女の前に跪くと恭しく両手を差し出して、そして、セリアーナはその手に10枚の聖貨を置くと、一歩下がり聖像を露にする。
とっても儀式チックだ。
ともあれ、アレクは聖像に対しても同じく跪いて両手を差し出すと、何かを祈るように両目を閉じた。
手の上の聖貨が消えると、かすかに光を放ち始める。
この光り方は……。
アレクはすぐに立ち上がると、何かを受け取るように両手を広げた。
彼の前に現れたのは……大きい棒状の物体。
「【魔木】ですね。残念ながら当たりは引けませんでしたが、その分戦場でなにか幸運を拾えるでしょう」
そう言ってセリアーナに一礼すると、【魔木】を手にしたままエレナの隣に下がっていった。
そういうものって割り切っているのかもしれないけれど、外れを引いたが落ち込んだりもせずに落ち着いたものだな。
彼だけじゃない。
周りもだ……いや、1人ソワソワしてるな。
大丈夫か……ジグハルト?
「きっと女神も見守って下さるわ。次はルバン。貴方よ」
落ち着きのないジグハルトをよそに、セリアーナはアレクに定型文らしき言葉を贈ると、ルバンの名を呼んだ。
どうやら、加わるというか……知り合った順でやるみたいだな。
◇
ルバンも残念ながら外れだった。
これで2連敗だ。
まぁ、縁起物みたいなものだし、別に構いはしないようなのだが……。
今この談話室は、並々ならぬ緊迫感で覆われている。
その源は、聖像の前に跪くジグハルトだ。
……凄い迫力。
「なあ、アレク。彼の聖貨の結果はどんな感じなんだ?」
離れた場所で見守るルバンは、隣に立つアレクに小声でそう尋ねた。
気軽にやった2人と違って、明らかに雰囲気が違うもんな。
彼も貴族寄りの人間だし、何より情報通でもある。
何かを察したのかもしれない。
「俺の口からは何も言えないな……」
そして、ジグハルトが外れを引いた現場に立ち会っているアレクは、苦笑しながらそう答えた。
笑い話にしかならないけれど、悲惨だったもんな……。
「お?」
頷きながら2人の会話を聞いていると、ようやく覚悟を決めたのか、ジグハルトの体が光り始めた。
聖像の前で5分くらい跪いていたと思うが……。
「……おお?」
どうやらその甲斐はあったようだ。
なにやらキラキラと……ちょっと先の2人とは光の質が違うぞ?
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