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 屋敷の宿泊客と会談を重ねたり施療をしたりと、屋敷に籠りつつも忙しい時間はすぐに過ぎ、そして記念祭初日がやって来た。

 昨年はリーゼルが開会式で街の中央広場に立ち、ちょっとした挨拶をしたのだが、今年はちょっと違う。


 昨年の記念祭は盛り上がったし、その盛り上がりを期待している集まった者たちも当初はワイワイと騒がしかったのだが、何かが違うと察したのか徐々に静まりだした。

 察しが良いのかというと……ちょっと違うな。

 リーゼルの後ろに並ぶ、オーギュストを始めとした正装の騎士団主力を見てだ。

 オーギュストだけならともかく、1番隊のリックに2番隊のアレク、そして髪を後ろに撫でつけて髭も剃ったジグハルトと、久々に領都に姿を見せたルバンまで揃っているからな。

 これは只事じゃないとわかったんだろう。


 ちなみに俺はその場にいない。

 少し離れた商業ギルドの本部から、セリアーナと広場の様子を眺めている。

 ここは領都の地下通路網と繋がっていて、安全に屋敷まで戻れるもんな。


 そんなことよりも、あっちだあっち。


 広場が静まり返ったのを確認して、リーゼルは静かに語り始めた。

 まずは、昨年起きた一番大きな出来事は、ダンジョンが新たに誕生した事だ。

 だが、他領から多くの人間がやって来たにもかかわらず、領地も領都も混乱することなく運営出来た。

 その事に対して、領地の民に感謝の言葉を伝えた。


 そして、冬の魔物の襲撃。

 複数の魔王種という異常事態にもかかわらず、犠牲は極僅かに抑えられた。

 戦闘時はもちろん、戦闘終了後の後処理にも住民の協力があって、早く片付ける事が出来た。


 思えば昨年も色々あったなー……。

 話を聞いている皆もそう思っているんだろう。


 さて、ここからだ。


 今年に入り、物流に支障が起きている事。

 それがリアーナだけじゃなくて、大森林同盟加盟国の大半で起きていて、原因は西部の一部の国にある……その事を彼の口から伝えられた。


「残念ながら、我々大森林同盟を快く思っていない西の一部の国々が卑劣にも戦を仕掛けようとしている。我々は迎え撃たなければいけない」


 街の住民も噂程度なら耳にした事はあっただろうが、やはり領主が公言するとなると意味合いはまるで違う。

 聴衆もそれを理解したのか、再びざわめき始めたと思いきや、爆発的な歓声が上がった。


「……歓声が上がるんだね」


 悲鳴……とまではいかなくても、折角領内が安定してきているのに、また戦争で乱れたりしないかって不安がったりするんじゃないかと思っていたが、そんな様子は見られないな。


「そうね。まあ、この地に長く住んでいる者も新しく移住して来た者も、今まで脅威といえば魔境の魔物だったでしょう? そんな曖昧な存在よりも敵がはっきりしているからじゃないかしら。彼等が参戦する訳では無いけれど、それでも盛り上がるものなのね」


 広場の様子を興味深そうに眺めているセリアーナは、住民の盛り上がりをそう分析している様だ。


「なるほどー……」


 実際のところはどうなんだろうね?

 この世界の戦争ってのが、住民にとってどんな扱いなのかが俺にはよくわからないし……愛国心か娯楽か……。

 まぁ、参戦は歓迎しているみたいだし、反対して暴動が起きたりって心配はなさそうだな。


「さてと……もう十分ね。テレサ、戻るわよ」


「はい」


 見るものは見たってことで、どうやら屋敷に帰還するようだ。

 セリアーナは、護衛のテレサにそう告げると、【浮き玉】を操作して地下通路目指して進み始めた。


 その彼女を見て、慌てる商業ギルドの幹部陣。

 ここはどちらかというとリーゼルの管轄だし、俺はお使いに来た事はあるが、セリアーナが足を運ぶのはこれが初めてだからだろうか?

 きっと慣れていないんだろう。


 すまんね、ウチの奥様はこんな人なんだ。


 セリアーナに抱かれながら、彼等に心の中でそう謝った。


 ◇


 記念祭初日の夜。

 セリアーナの寝室で皆で集まり話をしている中、俺はベッドでゴロゴロしながら考え事をしている。


 街は戦争の話で盛り上がっているが、屋敷はそうではない。

 もうここ数日でリーゼルがしっかりと関係者に根回しを終えているからだ。


 それに、昨年と違って彼等は明日には領都を発つことになる。

 自分が任されている街や村へ戻り、改めて彼等も住民に対して話をするんだろう。


 その際には1番隊が護衛につくし、急げば領都から一番距離のある拠点でも1週間もかからず帰還できるはずだ。

 とはいえ、慌ただしいことに違いは無い。

 昨年はダンジョン話で盛り上がり今年は戦争か……リアーナでの普通の記念祭は中々おくれないな。


 ……ダンジョン?


「っ!?」


「あら、どうしたの?」


 飛び起きた俺を不審に思ったのか、皆がこちらを見ている。

 今日は久しぶりにエレナも一緒だから、顔がずらっと並んで中々の迫力……だがそんな事よりもだ!


「オレ、ダンジョン行ってない……」


 記念祭に向けての準備期間で、人手が取られるからってダンジョンは閉鎖されているのだが、その閉鎖期間中は俺が好きにしていいといわれていたんだ。

 だが……なんやかんや忙しくて、すっかりダンジョンの事が頭から抜け落ちていた。

 記念祭が終わると、また冒険者たちはダンジョン探索に繰り出すから、俺が好き勝手出来る貴重なタイミングだったのに……!


「ああ……そういえば好きにしていいといっていたけれど……。悪かったわね、こちらに付き合わせて」


 セリアーナは「そういえば……」と呟くと、申し訳なさそうな顔でそう言ってきた。


「え……? あ、うん。いいんだよ」


 なんだろう……普通に謝られると何も言えないな。


「ごめんね、セラ。私たちも戦争は初めての事だから、万全を期しておきたかったんだ。その為には君の力も必要だったんだよ」


 そして、エレナからもだ。


 まぁ、こんな事態そうそう起きないもんな。

 今言ったように、出来る限りの事はしておきたかったんだろう。

 しゃーないか……と、納得したのだが……。


「まだしばらくの間はお前に屋敷に詰めてもらうことになるでしょうから、ダンジョンは我慢して頂戴ね」


「……ぉぅ」


 どうやらダンジョンはまだまだお預けらしい。


698


 領主の屋敷の南館。

 女性以外立ち入り厳禁の2階はもちろん、1階もセリアーナの管轄で、ここは謂わば彼女の城といえるだろう。


 その彼女の城の1階には、男性客を通すための談話室や応接室がいくつかあるが、ここ数日間、その1室に様々な物資が運び込まれている。

 戦争で男性陣が領地を離れることで、万が一の事態を想定しなければいけない。

 この物資は籠城に備えての物だ……と、屋敷で働く者たちには伝えてある。


「あ、それはそっちにお願いね」


「はいはい」


「セラちゃん、これはどうしたらいいの?」


「それはー……そこの隅に積んどいて!」


「わかったわ」


「セラ様、この中身が入っていない箱は外に運び出していいのでしょうか?」


「うん。お願い」


 そして、俺はその差配を任されていて、南館の使用人のみならず本館の使用人たちにテキパキ指示を出している。

 まぁ……俺は【祈り】があるからだな。

 1階なら男性も立ち入る事は出来るが、それでも負担を減らせるしその分早く終わらせられる。

 適材適所だ!


「セラ様、これで本日の分は終了になります」


「うん、りょーかい。後はオレの方でチェックして、また移したりする必要があるのがあれば分けておくからね。皆、ご苦労様でした」


 さて、部屋の真ん中に浮きながら指示を出している間に、どうやら今日の分の荷物の運び入れが完了したようだ。

 リストに従って、部屋の四方の壁に綺麗に並べられている。

 バッチリだな。


 皆に労いの言葉をかけると、再度【祈り】をかけ直した。


 彼等に言ったように、これから行うチェックや仕分けは俺の仕事だ。

 もちろん俺だけじゃ大変だから、後ほどテレサやフィオーラもやって来る。

 彼女たちと一緒に、それを行う……。


 チェック作業は大人数よりも少人数の方が間違えにくいし、効率が良いもんな。

 彼等もそれを理解しているし、邪魔にならないようにと足早に部屋を後にした。


「さーて……それじゃあ、やりますかー!」


 部屋にいた使用人たちが皆退出してから10分弱。

 これからが本番だ。


「えーと……お、あったあった。よいしょっと」


 予め見つけやすい場所に置いて貰っていたとはいえ、似た箱だらけ。

 お目当ての箱を見つけるのに、少々部屋の中をウロウロしてしまったが、無事見つけることが出来た。


 見つけた箱を部屋の真ん中に置くと、俺は蓋を開けた。

 中にはいくつもの壺が緩衝材代わりの麦わらと一緒に入っている。

 これは重かっただろうなぁ……。


 そんな事を考えながら壺の蓋を開けると、中にはサラサラとした白い粉が詰まっていた。

 小麦粉だ。

 他の壺も確認するが、塩に砂糖とどれも注文通りだ。


 ってことで、この箱はOK!

 それじゃあ、次の箱に取り掛かるかな。

 リストに丸を付けると、俺は次の箱を探し始めた。


 ◇


「ご苦労様。遅くなってごめんなさいね」


「遅くなり申し訳ありません、姫」


 1人黙々と部屋の中でチェック作業を進めていたのだが、それも半分ほど終えた頃にテレサとフィオーラが連れ立って部屋にやって来た。

 部屋に入るなり2人揃って謝罪を口にするが、彼女たちも彼女たちで何かと忙しいのをよく知っている。


「ううん。チェックするだけだからね。半分くらい終わったよ」


 リストをフィオーラに渡すと、チェックを済ませた場所を指で示した。


「ええ。……あそこにあるのが移動させる分ね。チェックは私が引き受けるから、貴女とテレサで運んで頂戴」


「うん。テレサ」


「はい。取りかかりましょう」


 フィオーラの指示に従い部屋の中央に向かうと、俺は箱とテレサに触れながら【隠れ家】を発動した。


「よし。んじゃ、俺が中に運び入れるから、仕分けをお願いね」


「お任せください」


 改めてテレサと役割分担をしてから、俺は再び作業に取り掛かった。

 まぁ、ここ数日やっている事だし、細かいことはもう決めてある。

 この作業もすぐに終わるだろう。


 ◇


「ご苦労様。こちらも終えたところよ」


【隠れ家】での作業を終えた俺たちは、外に出ると丁度フィオーラもチェック作業を完了したところだった。


 この作業は使用人たちには屋敷に籠城するためのものと伝えているが、正確には屋敷にじゃなくて、俺たちが【隠れ家】へ籠城するためだな。

 勿論余った物資は屋敷で使う事になるから、決して嘘を言っているわけじゃないが……ちと気まずいね。


「今日の分でもう終わりかな? ポーションの素材とかもあったでしょう?」


「ええ。機材も運び込んでいるし、差し当たっての準備は完了ね」


 ちなみに【隠れ家】に運び込んだ物の中には、食料を始めとした日用品だけじゃなくて、ポーションといった回復薬。

 そして、その作成に必要な素材や機材も含まれていた。


 俺やセリアーナたちは、追い詰められる前に離脱することになるが、彼女たちは最後まで残るからな。

 その際に、彼女たちが必要になるであろう物をセリアーナの部屋に残していけるようにだ。

 この準備が無駄に終わるのならそれが一番だが……どうだろうな。


「フフ……貴方が心配するようなことは起きないわ。安心しなさい」


「ぬ……うん。そうだね」


 どうやら不安が表情に出ていた様だ。

 2人は安心させるように笑っている。


 どうにもなー……俺は人間の勢力との争いって経験が無いから、不安ばかり頭に浮かんでしまうんだな。

 これはあくまで万が一に備えての準備で、そもそも本来なら必要無いものだ。

 セリアーナたちが考えているのは、いかに街に被害を出さないように素早く収めるかってことだし、俺もそっちに思考を切り替えないとな!

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