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暦はいつの間にやら夏の3月に入ってしまっている。
記念祭でリーゼルが公表した戦争の話も、今ではもう静まり、あの時の熱気は収まった。
もっとも、騒ぎが起きていないだけで、商人農民冒険者……街の住民は職業問わず、酒場などで話題にしているんだとか。
どこの国が一番戦果を挙げるのか。
誰が一番活躍するのか。
この戦で英雄が生まれるのか。
リアーナの兵たちはどれくらい力を示してくるのか。
基本的に勝つ事……それも圧勝する事が前提の話題らしい。
ちなみに、英雄最有力はジグハルトだったりする。
俺もそんな気がする。
彼の前に立つのが魔物だってちょっと気の毒に思えてくるくらいだし、アレが対人間相手に本気出したらそれはもう……。
昔、俺が彼の勧誘を進言したのは正解だった。
そして、一通りの準備が終わった事で、俺も腹が据わったといえばいいのかわからないが、不安に駆られる事も無くなった。
セリアーナに聞いたところ、こちらに対して、依然強い敵対心を持つ者が領都にいる事は間違いないらしい。
さらに、そいつらが一定人数ごとに固まっているという事もだ。
一気に襲撃をかけられたらいいと思うが、取り逃がして被害を拡大させないためにも、向こうを先に動かす必要があるんだとか。
時折【妖精の瞳】を使ってセリアーナが街中をチェックしているが、一番力を持つ者でもこの街の冒険者の平均に届くかどうかってレベルらしいし、十分対処は出来る。
そして、当然その情報はリックやテレサとも共有している。
これだけ備えをしているんだ。
俺がビビるだけ無駄だってことだな!
ってことで、夏頃から何だかんだずっとかかりきりだった戦争への備えもひと段落した事で、今日はセリアーナの部屋でエレナも一緒になって、久しぶりに皆でのんびりとお茶を楽しんでいる。
メンバーはいつものセリアーナ組で、俺も当然一緒だ。
だが、俺はお茶を飲んでいない。
「……セラはどうしたんでしょう?」
「最近、ようやく秋の件について覚悟が決まったと思ったら、こうなのよ。困った娘ね……」
俺を見たエレナの言葉に、困った様に答えるセリアーナ。
どうやらお茶を飲むのか、カップを手にした気配があった。
「あら、その割には嫌そうには見えないわよ?」
「奥様も姫も最近は忙しくて、あまりゆっくりと出来ませんでしたからね」
からかうようなフィオーラと、フォローするテレサ。
そして、カップをテーブルに置いたセリアーナがまた口を開く。
「結局ダンジョンには行けなかったでしょう? 今までそれどころじゃなかったようだけれど、気持ちに余裕ができたからかその事を思い出した様で、今朝からむくれているのよ。ホラ、お前もいい加減起きなさい。お茶が冷めるわよ」
と、自分の膝に顔をうずめている俺の尻をペチペチ叩き始めた。
決してむくれているわけじゃ無いんだが、彼女が言うように気持ちに余裕ができると、今年の春以降俺ってほとんど屋敷にいたなって思い出してしまったんだ。
別にこの屋敷の事は好きだし、それはそれで文句は無いんだ。
でも、何ていうか……多分秋以降もこうなると思うし、俺の今年ってマジでずっと屋敷にいただけだ。
そりゃー仕事はちゃんとしていたけれど、俺的には何だかんだ毎年外やダンジョンで狩りをする生活だったから……落ち着かない。
起き上がってその事を説明していると、話を聞いていたエレナが何かを思いついたようだ。
「そうだ! セラ、セリア様と一緒に、地下通路を通ってウチに来てみないかい? 君はいつも上から来ていたから、あの通路を使った事は無いよね?」
「あら、面白そうね。私も貴女の家はお邪魔した事無いし、興味あるわ」
「……ほぅ?」
エレナが今言ったように、俺は彼女とアレクの家に行く時は【浮き玉】に乗って、空から直接入っている。
初めて訪れた時は玄関からお邪魔したが、その際に空からの来訪を許可されたんだ。
彼等の家は住居であると同時に、道を一本挟んだ向かいのオーギュスト邸と共にこの屋敷を守る砦の役割も兼ねていて、兵士が常駐しているから、空からでも特に気にせずお邪魔できる。
だが、地下通路からか……。
俺も地下通路自体は利用しているが、そこから彼等の家に向かった事は一度も無いな。
ちょっとしたホールになっていて、両サイドに彼等の家とオーギュスト邸に繋がる通路が設置されている。
そして、いつもそこは兵士が警備を24時間体制で敷いている。
別に俺なら通っても咎められることは無いだろうが、そこはあくまで臨時の通路だし基本的に利用されることは無い。
アレクたちは当然だが、地下通路を利用する事の多いジグハルトやフィオーラも、普段はそこは使わずに玄関を使っているし、わざわざそこから行こうと思ったことは無かった。
通行者の記録を取っているし、遊び気分で彼等の仕事の邪魔をしたら悪いもんな。
だが……。
「ちょっと面白そうだね」
目的地は何度もいった場所でも、そのルートが違えばまたちょっと新鮮な気分になったりもする。
地下通路自体はこの屋敷にもあるが、ここのはちょっと大規模過ぎて面白みに欠けるんだよ。
前世の地下鉄のホールと一体化した商業ビルと大差無いもんな。
だが、エレナたちの家は立派なお屋敷ではあるが、それでも個人宅の範疇だ。
……うむ。
面白そう。
家主の許可も出たし、領主夫人も一緒だ。
これも立派なお仕事に違いない!
「うん。それなら話を通しておくよ。明日、セリア様と一緒においで」
俺の顔を見て乗り気である事がわかったんだろう。
エレナは笑いながらそう言った。
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今日はエレナたちの家に、地下通路を利用してお邪魔する日だ!
ってことで……。
「それでは奥様、お気をつけていってらっしゃいませ」
「ええ」
見送りの兵に返事をして、俺とセリアーナは地下訓練所の奥にある通路へと進んだ。
「さっきの人、セリア様見て驚いてたよね」
「お前と違って、私がコレに乗っている姿を見せる事はあまり無いもの。無理も無いわ」
目的地であるエレナたちの家までは少々距離があるので、セリアーナも【小玉】に乗っている。
どちらも足音がしないから警備の兵を驚かせないようにと、事前に通達をしていたのだが……ビジュアル面は無理だったか。
まぁ、いきなり攻撃されたりはしないだろうが……一応【風の衣】を発動しておこうかな。
「あら、ありがとう」
それに気付いたセリアーナが礼を言うが、俺が危惧した可能性よりも、彼女は通路そのものに興味があるようだ。
天井近くまで浮き上がったり、壁面に手を触れたりとアレコレ調べている。
セリアーナもたまーにここを利用する事もあるが、そんな時は大体仕事での利用だからな。
あまり内部をじっくりと確認する時間は無かったし、いい機会とでも思っているんだろう。
屋敷は高台の上に建っていて、この通路も含めて地下部分はその高台をアリの巣の様に掘って、建設されている。
土台となる部分をガンガン掘り進めているわけだし、強度的にはどうなのかって思うかもしれないが、その地下部分は全てダンジョン前のホール部分と同じく、魔物の素材を使った錬金術で作られている。
むしろ、土台部分に芯が入ったようなもので頑丈になっているんだ。
このリアーナ領都の様に、街まで通路網を広げる事は稀らしいが、高台にある高位貴族の屋敷だとこういった地下施設があったりもするらしい。
ちなみに、ゼルキスのお屋敷は地下室はあるが、施設は存在しないらしい。
だから、興味深く見ているんだろう。
そして、10数分かけて一通り見た事で満足したのか、ゆっくりと進み始めた。
「面白かった?」
「ええ。よく出来ているのね……あそこね。もっと距離があるのかと思ったけれど、意外と近いわね?」
「上の訓練場が結構広いもんね。ちょっと失礼」
などと話しながら、俺はセリアーナの前に出た。
まぁ、念の為だ。
先頭を入れ替わって進むことしばし……。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
結局何事も無くホールに出て、さらに通路を進みエレナたちの家に繋がる扉の前に到着したのだが、屋敷の使用人が俺たちを出迎えるために、その扉を開けて待機していた。
待たせちゃったかな?
のんびりし過ぎたもんな……とちょっと申し訳ない気になっていたのだが……。
「ご苦労様。セラ、行くわよ」
待たせた原因のセリアーナは、全く気にしたそぶりを見せずに扉をくぐっていった。
◇
地下通路は屋敷の地下の倉庫が並ぶ一画と繋がっていて、そこをさらに通り抜けて1階へ上がると屋敷の使用人エリアだが、そこではエレナが俺たちの到着を待っていた。
「いらっしゃいませ。奥様、セラ。地下通路は楽しめましたか?」
流石エレナ。
よくわかっている。
「ええ、興味深かったわ。待たせたわね」
「いえ、構いません。それでは私の部屋に参りましょう」
そう言うと、エレナは先頭に立って階段に向かっていった。
さて、エレナの案内で彼女の部屋に到着して、俺たちは応接用の席に通された。
俺たちが部屋に入ってすぐに使用人たちがお茶の道具を持って来たのだが、淹れるのはエレナの様だ。
そして、彼女がお茶の用意をしているその間、セリアーナは大人しくしたりせず部屋の中をウロウロしている。
俺は何度か来た事あるが、クッションが変わったくらいで他はいつも通りだな。
そう言えばこのねーちゃんって、お友達の家に遊びに行くのって初めてなんじゃ……?
どことなく楽しそうに見える。
「素敵なお部屋じゃない」
エレナはその事に思い当たったのか、苦笑しながらもセリアーナを眺めていたが、お茶が入った事で呼び寄せた。
「ありがとうございます。さあセリア様、お茶が入りましたよ」
「ええ」
◇
「そう言えば……セラ、お前は昔住んでいたのは教会に併設してある孤児院よね? この辺りには来たことがあったのかしら?」
「ん?」
お茶を飲みつつ適当なお喋りをしていたのだが、それもひと段落したところで、セリアーナがそんな事を聞いてきた。
そう言えば、俺がこの街に住んでいた頃の話ってほとんどしたこと無いな。
だが……。
「この辺には代官の屋敷があったけど、そこには近づくなって言われていたし、そもそもほとんど教会のあるエリアから出なかったんだよね。それでも広いと思ってたんだけど、今見ると本当に狭い一画だけだったんだね……」
俺が働かされていた酒場なんかも、中央通りではなくて教会エリアの中にあった。
ほとんどそのエリアの中だけで生活していて、そこから出るのは精々冒険者ギルドで解体や治療の助っ人に駆り出される時くらいだった。
……ろくでも無いな。
「孤児院にいた子供たちはもう他所に移っているけれど、それなら街で親しい子もいなかったのかしら?」
「いなかったねー。そもそも孤児院でも、オレは体が小さいからいじめられてたし、親しいのはいなかったよ」
まぁ、ちゃんとやり返していたけどな!
しかし……本当にこの街では碌な思い出が出てこないな……どうなってんだ?
「そう……。まあ、いいわ」
セリアーナたちもそれを察したのか、また別の話題でお喋りを始めて、結局、俺たちが帰るまでその話題に戻ることは無かった。
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