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「姫、以前物流が滞っていると話されていましたが、覚えていますか?」


「商業ギルドの事だよね? 覚えてるよ」


 テレサの言葉に頷く。

 ロブの店でたまたま耳にしたが、なんか一部の荷が入って来ないとかどうとか言っていた。

 あれ以来その話は聞かないから解決したのかと思っていたけれど……。


「それは、西部の一部の国が自国の兵や傭兵、そして冒険者を集めた事に端を発しています。東部の大森林同盟と戦争を起こしかねない勢力が自国を通過する事を嫌ったために、移動を制限したのでしょう」


「ほうほう」


 なるほど……昔聞いた話によると、人口は俺たち大森林同盟の方がずっと少ないが、その分個人の戦力はずっと上だったりするそうだ。

 魔物の絶対数が違い過ぎるから、聖貨を得られる機会も段違い……つまり、恩恵品や加護の持ち主の数も段違いってことになる。

 だから、西部は同盟側を東部進出の蓋と目障りに思いつつも、それなりに穏便に交流を保っているわけだ。

 制限をした国にしたら、自国が関与したって思われたくないからそうしたんだろう。


 その後もテレサの説明が続いていき、お陰で何となくだがどうしてそんな事になったのかや、その戦場から遠く離れたここリアーナにどんな影響があるかなどは分かった。

 

 しかし……。


「……ばか?」


 その一言だな。


「ええ。馬鹿なのよ」


 それを聞いたセリアーナは実に嬉しそうだ。

 このねーちゃん、生粋の西部嫌いだもんな。


「まぁ、いいや。でもさ、いくらこっちが強いっていっても戦争でしょ? 旦那様たち大丈夫なの?」


 聞いたところ、同盟の一員としてこの国からも諸侯が兵を引き連れて参戦するらしい。

 もちろん、リアーナ公爵領もそうだ。

 新設ではあるが、公爵家として恥ずかしくない程度の戦力は必要だろう。

 そのため、リーゼルはオーギュストにアレクにジグハルト、そしてルバンといった、他国にも名の知れたリアーナの主力と一緒に参戦するそうだ。


 だが、なんといってもこのリアーナは魔境に接しているし、領内全体でいたる所に魔物が出る土地だ。

 領地を守る為にも、精鋭を連れて行く分兵の数は抑え目にするんだとか。

 主力の強さは俺もよく知っているけれど……人手が少なくて大丈夫なのかな?

 

 だが、俺ごときが考えるような事は他の者もしっかり考えているようで、そこはしっかり対策されているらしい。


「それも問題無いわ。お父様が中心になってメサリアの東部派閥を一纏めにするそうよ。勿論戦場に出るわけだし、絶対は無いけれど……まあ、心配はいらないわね」


「そっかー、んじゃ安心だね」


 前世で戦争なんてもちろん経験した事無いが、それでもニュースなんかで目にする事はあった。

 ついついそれを基準に考えていたが……どうやらこの世界の戦争は古き良き……といっていいかはわからないが、もう少しサッパリしたものらしい。

 切っ掛けこそ一部の国のさらに、さらにそこの上層部の一部の暴走という馬鹿馬鹿しいものだが、だからこそ圧倒的な戦力を見せて、一気に戦意を挫くんだとか。


 その為にも連携は大事って事で、以前から同盟側はアレコレ根回しをしていたらしい。

 メサリア東部は親父さんが纏めているそうだ。

 やるじゃないか、親父さん!


「そうですね。あちらに関しては私たちが心配するようなことは無いでしょう。それよりも、問題は主力が領都を離れてからです」


「……うん? なんか騒ぎでも起こすような人がいるの?」


 そりゃー、旧ルトルの頃からここを勢力圏に置きたかった連中もいるくらいだし、今の上手く治められている状況ってのは好ましくないかもしれないけれど……だからって騒ぎを起こすほど馬鹿とは思えないぞ?


「セラ。お前は私が以前から狙われていたのは覚えていて?」


「それはまぁ……。王都の帰りとかもちょこちょこ手出しはされていたみたいだけど……」


 まだ結婚する前の婚約の段階でそれだったけれど、もう結婚して跡継ぎも出来て、今更セリアーナ1人を狙ってもどうにもならないと思う。


「いい機会だから、この地の反抗勢力を根絶やしにしたかったのよ。そのために、増援も連絡すらも封じ込めていたの。随分追い詰められている様ね。人目を忍んで何とかしようと最近もがき始めているわ」


「……ぉぅ」


 クックックと低い声で笑うセリアーナにちょっと引いてしまう。

 なんでそんな悪者っぽい物言いをするんだろうか。

 これ……わざと暴発させようとしてるのかな?

 まぁ、どうせ教会周囲の施設に追い込んでいるんだろうし、ずっと監視を続けていたから被害を出すことなく封じ込める自信があるんだろうけれど……。


「あ!? ひょっとして、この前夜中起きてたのはそのためとか?」


「ええ。もっとも、すぐに見回りの兵に遭遇しかけて引き返していたけれどね……」


「はー……」


 俺の知らんところで日々神経使ってたのか……。

 我ながら間抜け面を晒しながら、セリアーナの日々に感心していると、横から「コホン」と咳払いがした。

 テレサだ。

 話はまだ続くらしいな。


692


 戦争でリーゼルを始めとした主力男性陣が街を離れている間、気にしなければいけない事は何かというと、セリアーナと子供たちの安全だ。

 跡継ぎである子供たちはもちろん、セリアーナはリアーナ領は当然だが依然お隣のゼルキス領、さらには東部で広く影響力を持っている。

 さらには、この街に潜んでいる反抗勢力への命令がもう何年もアップデートされていないため、セリアーナが狙われる可能性が一番高いそうだ。


 まぁ……ある意味セリアーナはこの街で一番守りが堅いし、むしろ望むところなんだろうけれど、ひょっとしてわざとその状態を維持してるのかもしれない。

 時期と狙われる対象がわかっていたら、いくらでも備えられるもんな。


「もちろん備えも怠っていません。隣の姫の部屋もその一つです」


「あぁ……なるほど」


 やっぱりか。


 一応雨季前の点検に合わせたりはしていたが、領主の屋敷の改築にしては急過ぎた気がしたもんな。

 下手に通常の手順を踏んで余裕をもって改築工事を行うと、それだけ相手にも別の手段の準備期間を与えてしまう。

 だからこそ、急ではあるがそこまで不自然じゃ無いタイミングを選んだんだろう。


「もちろん、そもそも屋敷まで到達出来るとは思えませんが、旦那様方が領都を離れていますからね。万全を期してそうしたのでしょう」


 と、話を結んだ。


「まぁ……話は大体わかったよ。んで、いつ頃起きるの? そんなに先の事じゃ無いだろうけれど、今すぐってわけじゃ無いんでしょ?」


 記念祭の準備なんかもしているし、少なくともその後だとは思うが……。


「開戦は秋の3月頭頃ってところね」


「言いきっちゃったね……」


 しかも結構近い。


「同盟側が大規模な増援を行えない状況を作るために、雨季の直後に仕掛けて来るの。いつもの事よ。まあ、ここ数十年は少々規模の大きい小競り合い程度だったけれどね……。お前は以前おじい様が【緋蜂の針】について話をした時のことを覚えているかしら?」


「じーさんが……? あぁ、そういえば西部と小競り合いをして、その仲裁に教会が出てきてーってやつだっけ?」


 その小競り合いを、教会の聖女様が【緋蜂の針】を使って仲裁したんだけれど、随分恣意的な裁定だったとか……って憤慨していた。


 右足首に装着したアンクレットが目に入った。

 コレがどんなものか知っている今なら、もうそんな事は突っぱねられそうだけれど、当時はわからなかったらしいしな……。


「そうよ。帝国や連合国や教会といった西部の大勢力が裏について、同盟への争いをけしかける。その代わり本格的な戦争に発展する前に仲裁に入って、西部に有利な裁定を下すの。賠償は聖貨だったり、ダンジョンや狩場の有利な使用権だったり……後は孤児院の運営なんかもあるわね」


 まだまだ西部の方が文化は発展しているし、こちらは何かと不利な条件でも飲まないといけないんだろう。

 しかし、孤児院出身としては関係の無い所で駆け引きの種にされるのは、ちとむかつきますなー!


「……あれ? でも今回は戦争って……」


「そうね。今回はその大勢力はもう手を引いているの。恐らく私への襲撃が全て失敗した時点で、方針を変更したのでしょうね。といっても、この戦争にも途中までは関わっていたのは間違いないけれど……そこはもう私たちが気にする事では無いわ。リーゼルたちがしっかりと勝利を収めて来るでしょう」


 セリアーナはまたも言い切った。

 西部の大勢力の方針変更はともかく、見ると他の3人もその言葉に疑いは持っていないようだし、同盟側の勝ちは間違いなさそうだ。


「まぁ……そこらへんはわかったよ。んで? わざわざ皆で集まってるんだし、それだけってわけじゃ無いんでしょう?」


「ええ。ここからが本題ね。本当はもっと早く話せたら良かったのだけれど、お前は顔にすぐ出てしまうし、簡単には話せなかったのよね」


 俺を見てニヤニヤしながら言い放ったその言葉に、ぐぬぬ……と思いつつも、少々俺の表情筋は反応が良すぎる自覚があるから、言い返せなかった。

 そんな俺を見て、またニヤニヤと満足そうな笑みを浮かべていたが、フッと表情を引き締めた。


「そろそろ街に記念祭目当ての者が訪れて来ているのはお前もわかっているわね? 今年は他国の訪問者はほぼいないけれど、その分領内や近隣からの客が増えるわ。貴族の関係者はともかく、平民では目敏い者は気付いていても、まだ噂程度でしか無いはずよ。だから、お前に接触して情報を得ようとする者がいてもおかしく無いわ」


「……うん」


 親しみやすいみたいだもんね……俺。


「それはリーゼルから正式に伝えられる事だから、お前はしばらく屋敷から出ないようにしなさい」


「なぬっ!?」


 折角ダンジョンでの狩りを始めたばかりなのに、またお預けか?


「記念祭前の閉鎖期間は好きに使っていいから、我慢できるわね?」


「ぬぅ……わかったよ」


 どうやらそれは決定事項のようだし、仕方が無いか。


「結構。まあ……戦争といっても、結局領都に残るお前がやる事に変わりは無いわ。何かあれば私たちが指示を出すから、そういった事がある……。一応その程度の事は頭に止めておいて頂戴」


「うん。りょーかい」


 まぁ、本音を言えばもう少し色々聞きたいことはある。

 反抗勢力はどんなことを起こそうとしているのか……とか、そもそもどこに集まっているのかもわかっているのに、何で何もしないのか……とかだ。

 でも、セリアーナもだが他の3人も何も言おうとしないし、聞いても教えてくれないだろう。

 俺が知らない方が都合が良いのかもしれないな。


 気にはなるが……確かにセリアーナが言うように、下手に聞いてもギクシャクするかもしれないし、屋敷に引きこもってるとはいえ、何が切っ掛けで漏れるかわからない。

 ここは皆に任せるかね……。

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