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 冒険者ギルドを出ると屋敷に真っ直ぐ向かい、リーゼルの執務室から入ると、セリアーナの部屋に向かって風呂に入った。

 そして、着替えを済ませた後に再びリーゼルの執務室へ。

 まだ髪は乾いていないが、タオルを巻いているし向こうで誰かに乾かしてもらうつもりだ。

 まぁ……髪を含めていつもの事だな。


 さて、執務室に到着して部屋の中に入り、髪を乾かしてもらおう……そう思ったのだが。


「あれ? アレクがいる」


 部屋の中のセリアーナ側の列で、我らが隊長のアレクが文官に交ざって机で何やら書類仕事をしている。

 先程俺が窓からここに入った時は、彼の姿は無かったんだが……。


「ああ。ついさっきな」


「ほーぅ……。何してるの?」


 ふよふよと近づくと、机の上には数冊のファイルと書類が広げられている。

 ちらっと見た感じ、人名に出身地と思しき地名が併記されていた。

 アレクの事だから、てっきりまた何か魔物の生息地とか面白そうなことを書いているのかと思ったんだが……違ったかな?


「無所属の冒険者のリスト作成だな……。ほら、お前はさっさと向こうで髪を乾かしてもらえよ。そろそろ昼飯だぞ?」


 つまらなそう……と、顔に出てしまったのか、アレクは苦笑しながらセリアーナたちの方を指してそう言った。

 タオルを巻いているし水滴を垂らす様な事はしないが、言われてみたらごもっとも。

 セリアーナたちの方を見ると、既にテレサが席を立ち準備に取りかかっていた。

 うん……さっさと乾かしてもらおう。


 ◇


 昼食後は午後の仕事前に、リーゼルの執務室の隣に備え付けられた談話室に集まって、お茶をすることになった。

 メンバーは俺たちセリアーナ組に、リーゼルとカロスにロゼ。

 そして、オーギュストとミオに、1番隊からは副長でついでにカロスの息子でもあるアシュレイが参加している。

 いつもよりちょっと大人数だな。


 リックがまだ調査から帰還していないからだが、彼は普段あまりこういった場に顔を出す事が無いので、ちょっと珍しい。

 もっとも彼は会話に参加したりはせずに、ミオと共にオーギュストの給仕に徹しているあたり、しっかり線を引いている気がする。

 まぁ……彼の役職は副官でもあるし裏方さんだな。


 と、いう訳で、立派な副長の俺はふんぞり返ってお茶を飲みつつお喋りに興じている。


「今日さ、ダンジョンの帰りに冒険者ギルドの1階で、ジグさんが街を離れているのは本当かって聞かれたんだよね」


 今日もダンジョンに異常はなく、俺の狩りも冒険者たちの狩りも順調だという事を話していたのだが、ふと帰還時の事を思い出した。

 彼が街を離れた事はともかく、その理由である竜種の事は隠す必要があるから適当に誤魔化したが……あれで良かったのかな?


「お前の答え方で問題無いけれど……その冒険者はお前が知らない相手だったの?」


「うん。見た事無い人たちだったね。まぁ、冒険者ギルドでも馴染んでたから、変な人たちじゃないと思うけど」


 セリアーナは話を聞いて怪訝な顔をしているが、別に返答に問題は無かったようなのに、何か気になる事でもあるのかな?


「セラ君が見覚えの無い冒険者となると……まだこの街に来て時間が経っていない冒険者だね。時期的には雨季前かな?」


「かも?」


 リーゼルの言葉に、首を傾げつつ応える。

 雨季前は冒険者ギルドに近づいていなかったし、多分その頃だろう。


 冒険者は私生活はともかく、狩りに関する事は結構規則正しかったりする。

 特に魔境ともなればな。

 俺に声をかけてきた冒険者は他所から来たんだろうし、尚更だろう。

 だから、彼等は恐らく普段からあの時間帯に冒険者ギルドに集まっている冒険者だと思う。

 俺がダンジョンでの狩りを切り上げる時間と被っているが、今まで見た事無かったし……うん……リーゼルの言う通りのはずだ。


 しかし、セリアーナは何を気にしてたんだろう?

 再度首を傾げていると、エレナが小さく笑いながら話しかけてきた。


「君は随分親しまれているんだね」


「ぬ?」


 親しまれ……なるほど。


 これでも騎士団の副長サマだ。

 本来ならもうちょっと壁があってもおかしくない。

 それも、まだこの街に来て間もない者たちなら、距離を置いてもおかしくない。

 我ながらよくわからない存在だしな。

 よほどの緊急事態ならともかく、少なくとも噂の確認程度の事で話しかけるっていうのは少々危険だろう。


 親しまれている……いいえて妙だ。


「侮られているだけじゃなくって?」


 しかし、セリアーナは呆れた様な顔でそう言ってきた。


「ぬぬ?」


 侮られている……それも有り得る気がしなくもない……か?


 若干不安になりかけたところで、アレクも加わってきた。


「大丈夫でしょう。少なくともこの街で活動している冒険者で、セラを侮る者はいません。他所から来た冒険者は、現地の冒険者に倣う事がほとんどですからね。その連中にしても、リアーナに慣れていないからこそ、ジグさんが街を空けた事を気にして、敢えてセラに声をかけたんでしょう」


「あー……確かにそんな感じだったかも」


 そう言うと、アレクは「な?」と笑っていた。

 セリアーナは少々不服そうではあるが、俺はアレクの言った通りだと思う。

 最近領主のマントを纏ってちょっと目立ったし、その事はそれなりに知られているだろう。

 そんな中、冒険者ギルドの1階って目立つ場所で俺を侮る様な素振りはしないはずだ。


 うん。

 セリアーナの気にし過ぎだな。


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 暦の上だけではなく、外の気候もすっかり夏となったリアーナ。


 空調が効き始めた南館の廊下は、窓に面していない事もあって涼しいどころか、日が落ち始めた今は半袖だと肌寒いくらいだろう。

 お陰様で、先日仕立てた部屋着は大活躍だ。

 寸法はとっているし、ローテーション用に後数着仕立てるのもいいかもな。


「……ふぬ」


「どうかしたの?」


 俺の呟きを聞いたセリアーナは、足を止めて振り向いた。


「や、なんでも無い」


「そう」


 そう言うと、前を向いて再び歩き始めた。

 つい先程リーゼルの執務室での仕事を終えて、使用人たちも一緒に移動していたが、先程南館に入ったところで彼女たちは下がり、今一緒に廊下を歩いているのは、セリアーナにエレナとテレサ、そして、途中で合流したフィオーラだ。

 ちなみに一緒にこの服を仕立てたフィオーラは、今日は普通の服だ。

 ペアルックにはならなかったな!


 ところで……だ。


「今日はもう仕事終わりなの?」


 普段のセリアーナは、自室に戻ってからも細々した事を片付けたりと何かと仕事をしている。

 本格的に彼女がオフになるのは夕食後だったりする事もあるくらいだ。


 だが、今日はフィオーラが合流したりと、もう仕事は終わりな気配が漂っている。

 雨季明けの仕事は片付いたが、今は夏の2月頭に開かれる記念祭に向けて色々仕事が詰まっているはずなんだが、いいのかな?


「ええ」


 俺の疑問に、セリアーナは一言で答えた。


「ぬぬぬ……」


 いつもなら後一言くらい付けるのに……機嫌悪いのかな?

 首を傾げていると、俺の隣を歩くエレナがセリアーナの言葉を補足してきた。


「今日は君も含めて、皆で少し大事な話をするんだよ」


「……ほぅ?」


 この面子で大事な話ね……。

 なんかあったっけ?


 ◇


「こっちよ」


「お?」


 セリアーナの部屋に到着して、話をするために俺は応接スペースに向かったのだが、どうやら今日はそこでは無くて寝室で話をする様だ。

 多分他人の耳を気にしての事なんだろうけど、加護を持つセリアーナはもちろん、他の3人だって部屋の側に誰かいたら気付けるだろうに……よっぽど大事な事みたいだな。

 本当に何の話をするんだろう……と、首を傾げながら皆と一緒に寝室に入った。


 中に入るとセリアーナはベッドに、他の3人はベッド脇に置かれたソファーに座った。

 俺は……このまま浮いとこうかなと考えたが、セリアーナが自分の隣を叩いている。

 そこに座ればいいのかな?


「結構。では始めましょう……といっても、知らないのはお前だけね」


 隣に座るとセリアーナは満足するように頷き、そして話を切り出した。


「ぬ?」


 俺だけ知らない……?

 皆の顔をさっと見渡すと、なにやら苦笑を浮かべている。

 お祝い事って雰囲気じゃないが、あんまり深刻な話でも無さそうだな。


 そう思って気楽に構えていたが、ちょっと甘かった。


「戦争が起こるわ」


「ほー……せんそう……せんそっんぶっ!?」


 セリアーナがなんでも無いように言い放ったその言葉を、一瞬聞き流そうとしてしまったが、頭の中でその単語を反芻すると途端に理解し、ついでに叫びそうになった。

 

 が、ガシっと隣のセリアーナが俺の口元を掴み、塞がれてしまった。

 このために隣に座らせたのかな?


「周りに他の者はいないけれど、一応気をつけなさい。いいわね?」


 俺の目を見て、ゆっくり言い聞かせるようにセリアーナはそう言った。

 俺は、口元を掴んでいる手をペチペチ叩き、了解と伝える。

 それを確認して、セリアーナはようやく手を離した。

 結構力が入っていたけど、痕ついてたらどうしよう……。


「ふぅ……びっくりした。……戦争ってあの戦争?」


 一つ深呼吸をして呼吸を落ち着かせると、先程の言葉の意味を改めて問い質す事にした。

 戦争って言葉に他の意味があるか知らないが、少なくとも公爵夫人が軽々しく口にするような事じゃ無いはずだ。


「お前がどの戦争を指しているかはわからないけれど、国同士が争う戦争ね。大した事じゃ無いわ」


「……大事じゃない。なんでそんな落ち着いてるのさ」


「だから大した事じゃないと言っているでしょう……?」


「奥様。私が説明を行いましょう」


 持ってる情報やそもそもの前提が違っているのか、なんか話が噛み合わない……と思っているとテレサが間に入ってきた。


「そうね。任せるわ」


 セリアーナはそう言うと、俺の頬に当てていた手を肩に回した。

 別に逃げやしないぞ?


 ともあれ、俺もテレサが説明役になるのは歓迎だ。

 彼女なら俺に伝わる様に話してくれるだろう。

 セリアーナはなー……。


 このねーちゃん、自分が伝えたい事だけ言って、後は聞く側が理解しろってスタンスを取る時があるんだ。

 さっきのが正にそれだな。

 本人はその事に気付いていないっぽいのがまた……。

 今まで一番近くにいたのがエレナやアレクだし、察しがいいというか俺とは持っている知識が根本的に違うんだから、それでよかったんだろうけれど。


「なに?」


 横目に顔を見ていた事に気付いたのか、怪訝そうな顔でこちらを見てくる。


「なんでもなーい」


 全く……困ったもんだ。

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