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執務室の窓から飛び立ち屋敷の裏手に回り込んだ頃には、アレクたちは既に街に入ったようで、歓声は西門から中央通りに移っている。

スーっと飛んでいくと、沿道から彼等に声をかけている住民に対し、馬の上から手を振ったりする2番隊の姿が見えた。

……パレードかな?


2番隊は街の外での活動が中心で普段からよく出入りしているが、こうはならない。

やはり任務で中長期間街を空けるってのは、スペシャル感があるのかもしれないな。


そんな事を考えながら上空から彼等を眺めていたのだが、いつまでもこうしていても仕方が無いし、俺もあそこに交ざるかね。

出迎え出迎え。


「よう、セラ!」


降下中の俺に気付いたアレクが手を上げ、名を呼んだ。

それに釣られてか、周りの視線も俺に集まっている……照れるぜ。


「やぁやぁ、お帰り! 皆」


周りの歓声に負けないように、大きな声で2番隊の帰還組に向かって、そう言った。



彼らと合流後は、屋敷に向かって俺も一緒に移動をしている。

右にアレク、左にジグハルトと、華は無いが帰還組も合わせて豪華な陣容だ。

相変わらず沿道からは、彼等目当ての見物人が並んでいるが、中には俺のマントを指してはヒソヒソと話をしている者たちもいる。

身なりがしっかりしているし、どこぞの商家の人間かな?


しっかりマントはアピール出来ているじゃないか。


「セラ」


「ん?」


中央広場に出て、そこからさらに南にある貴族街に入ったところで、アレクは俺に向かって話しかけてきた。

ここに入るまでは沿道の住民に対して手を振ったり忙しかったが、流石にここの住人は野次馬に出て来るような者はいないようだ。

さて、それはともかくとして、アレクは俺に何の用だろうか?


「その服はどうしたんだ?」


「お? 気付いた?」



「最初はたまに着ているのと思ったが違ったからな。良いじゃないか」


マントに目が行きがちだろうに、しっかりと俺の今日の服装に気付いたようだ。

流石に目ざとい。


「アレクたちが街を離れている時に、セリア様たちと仕立てたんだ」


今日俺が着ている服は、先日仕立てた室内着だ。


淡い青のワンピースだが、首回りや腕回りがゆったりとしていて、さらに腰ではなくて胸元を紐で留めるタイプで、とにかくどこにも負担がかからない。

生地は厚くしっかりしているが、柔らかく肌触りもいい質の良い物を使っている。

少々飾りっ気は無いが、だからこそ変に派手にならずにシンプルに仕上がっていると思う。


まぁ、デザインは俺抜きで決まったものだがな!


「……違う服なのか?」


目ざといアレクと違って、ある意味期待を裏切らないジグハルトだ。

彼の目には違いは分からなかったらしい。


「違う服なんだよ?」


気持ちはわからんでもない。

彼も武具なら多分気付くんだろうが、女性用の服は興味の範囲外なんだろうし、気付けなくてもしかたない。

ましてや今は俺はリーゼルのマントを纏っている。

リーゼルとは体の大きさが全然違うからな。

彼にはピッタリでも、俺だと上半身がすっぽり覆われてしまう。

これじゃあ、服はほとんど見えないだろうし、にもかかわらず気付けるアレクが凄いってだけだ。


だが……。


「フィオさんも同じ様なの作ってるからね」


そう。

これを仕立てた時に、同じ工房でフィオーラも仕立てているんだ。

基本のデザインは一緒だが彼女の方はもう少し刺繍や飾りがあるそうで、そのため俺よりも数日遅れてだが、既に仕上がって彼女の下に届いている。

まだ俺たちも見ていないが、もし今日彼が帰宅した時にそれを着ていて、尚且つジグハルトがその事に気付けなかったら……。

怒りはしないだろうが、ちょっと不機嫌にはなったりするかもしれない。


「……気を付けておこう」


ジグハルトもそう考えたのだろう。

少々固い声で答えた。


そんなこんなで、会話をしながら一行が進んでいると、そろそろ貴族街も終わりが見えてきた。

ここから先は騎士団本部だったり関連施設が並んでいる。

その奥に繋がる坂を上るとアレクやオーギュストの屋敷、そして領主の屋敷があるが、今はそこまでは行かない。

まずは本部に立ち寄って、任務完了の手続きやらなにやらの処理だな。


もっともそれはアレクたちのみで、他の皆はここで解散だ。

数日は休暇が与えられるだろうし、騒動を起こさない程度なら羽目を外してもいいだろう。


んで……。


「ほんじゃ、俺は先に屋敷に戻ってるね」


俺はここまでだ。


「ああ。領主様へ帰還を伝えておいてくれ」


「ほいほい。それじゃ、また後でー」


帰還の出迎えも済ませたし、屋敷に戻ってその事を伝えてマントも返さないとな。

慰労も兼ねて、隊の皆に【祈り】をかけると、屋敷を目指して【浮き玉】の高度を上げ始めた。


「ふぬ……」


今は【風の衣】を発動しておらず外気に触れているが、マントもしていると少々額に汗が浮かんできた。

そろそろ夏だもんな。

とはいえ、屋敷もそろそろ空調が効き始めるし、この服もまだまだ活躍してくれそうだ。


ぬふふ……良い物作ったな。


688


 先日アレクを筆頭に、外の調査に出ていた2番隊の面々が帰還した。


 そして、数日の休暇を終えた彼等は、再び領都を拠点に2番隊の任務に復帰したのだが……。

 そうするとどうなるかっていうと、街の2番隊隊員の数が単純に増えて、その彼等に余裕が出来る。

 今までダンジョン関連の任務を優先していた2番隊が、一の森を始めとした魔境の任務にも従事するようになる。

 ってことはだ……。


「ぬふふ……お久しぶりじゃーないか! オオザル君!」


 俺がダンジョンに潜る余裕も出来るってことだ!


 リアーナダンジョン下層に到着して、最初の広間。

 そこで、毒をバラまき続けること数十分。

 広間の魔物の大半が動くことが出来ず、地に倒れ伏した頃、奥の通路から姿を現したオオザル君。

 状況を把握するためか、辺りを見回しながらノソノソ歩いている。

 ……お?

 足元に転がっていた小岩を握りしめたな?


 毒によって陥った仲間の危機に駆け付ける実力者と、それを羽とか尻尾とか生やして、空中で満面の笑みを浮かべながら迎え撃つ俺。

 ……我ながら悪役過ぎるな。


 まぁ、いい。

 既に毒に耐えた魔物は倒しているし、オオザルに集中だ。


「……よしっ! 行くぞー!」


 既にかかっているが、念のため再度【祈り】を発動し直して、【浮き玉】をオオザル目がけて発進させた。

 高速で突進して、オオザルがその手に握った小岩を投げつけて来る前に……。


「よいしょーっ!」


 オオザルの手前で【浮き玉】の軌道を上に逸らして、すれ違い間際に燃焼玉を頭部目がけて投げつけた。

 もうこれは慣れたもんで、外す様なことは無い。

 直撃した燃焼玉は、オオザルの体内にある核に反応して、一気に燃え上がった。

 そして、通過する事10メートルほど。

 そこで振り返り、炎にもがき苦しむオオザルを視界にとらえる。

 完璧完璧。


「よし。お次は……!」


【ダンレムの糸】と【蛇の尾】と【猿の腕】を発動した。

 そして、【足環】で【浮き玉】を掴んでいたのだが、一旦放してお尻で座り直すと、発動して大きな弓に形を変えた【ダンレムの糸】を掴むと……。


「ほっ!」


【緋蜂の針】を発動して弦を一気に引き絞り、オオザルが火を消して再び動き始める前にぶっ放した。

 放たれた矢は地面を抉りながらオオザル目がけて一直線に飛んでいき、何かに直撃したような轟音が広間に響く。


 辺りは舞い上がった土砂で視界が遮られているが、お構いなしにその中に【影の剣】を発動しながら突っ込んだ。

【妖精の瞳】とヘビたちの目で、土砂が立ち込めていようと俺には問題無い。

 ここまで追い込めば、後はもうただの作業だ。


「はっ!」


 俺は、炎上と背に受けた矢のダメージで蹲ったままのオオザルの首めがけて、右手を振り下ろした。


 ◇


 オオザルを倒した後は、毒で動けなくなった魔物たちをヘビたちと共に仕留めていった。

 大半はヘビたちに任せたので、そちらでは聖貨を得られなかったが、オオザルはしっかり1枚出してくれたし、雑魚たちからも聖貨を得られなかったけれど、ヘビ君たちの成長に繋がっているしな。

 今日の稼ぎは十分だってことで、狩りを終えて帰路につく事にした。


 中層上層そして浅瀬と戦闘をする事無く一気に通過して、ダンジョン入り口前のロビーに到着すると、そこで出発前の打ち合わせをしている連中と挨拶を交わしながら、地上の1階へと進んで行った。

 先程の狩りでいくつかの遺物を回収しているが、混んでたし今日は換金はいいかな?


「セラさんよ……」


 1階の受付で帰還の報告を終えた俺に、受付前のホールでたむろしている冒険者の集団の1人が声をかけてきた。

 一見ダンジョン探索というよりは魔境探索の装備だし、今日は何かの依頼の集まりかな?


「ほいほい。何かな?」


 知った顔はいないが、ここで何か揉めるようなことは無いだろうと近付いていくと、俺を呼んだ彼が一言「悪いな」といって声を落として話し始めた。


「ジグハルトが数人の兵を連れて街を離れたと聞いたが……本当か?」


「あぁ……」


 彼が言ったことは事実だ。


 つい先日調査から帰って来たばかりのジグハルトが、間を置かずに再び少数の兵を連れて街を発つ……。

 これだけの情報だと、何か異常事態かと思っても不思議ではない。

 魔境での狩りをするのなら、その何かを知っておきたいんだろうな。


 だが……。


「調査だとちょっと暴れたりないからって、魔境のもっと奥の狩場に兵の訓練も兼ねて出て行っちゃったんだよね」


「……そうなのか」


「……そうなのよ。参っちゃうよね」


 彼は気の抜けたような顔をしたが、有り得る……とでも思ったんだろう。


「……そうか。いや、ダンジョン帰りに悪かったな」


 そう言うと仲間の下へと戻って行った。

 恐らく数日中に今彼に伝えた事が街に広まるだろうな……。


 ちなみに、俺は彼にちょっと嘘を吐いた。

 ジグハルトが街を発った理由は、以前彼が魔境の奥で発見した竜種。

 俺はオタマドラゴンと名付けたが、それの監視に向かったんだ。


 確かに夏に森の中を移動するのは大変だろうし、夏の2月には記念祭もあるからその期間は街にいることになるだろうが、何も帰って早々に行かなくてもいいだろうにと俺は思う。

 別に秋だったら雨季までの間は移動も楽だろうにね?

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