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 この部屋の奥の窓際に置かれたソファーでテーブルを挟んで老婦人と話をしていたセリアーナは、採寸を終えた俺が近づいて来るのを見るや……。


「ご苦労様。少しは成長していたかしら?」


 何て言ってきた。


「うん。ばっちり!」


 一桁センチだが、前測った時よりは伸びていたし、胸を張って答えた。

 だが、セリアーナはその言葉を鼻で笑うと、テーブルの上に置かれた服のデザインらしきものが描かれた紙を指して、口を開いた。


「ふんっ……。まあ、いいわ。テレサもご苦労だったわね。貴女たちもかけて御覧なさい」


「……うん」


 一言二言言い返したい気持ちもあるが、今はそんな事よりも、服のデザインだ。

 一応俺の希望も伝えてはいるが、実際どんなデザインを伝えたのかはわからなかったからな。

 なんで自分の服なのに決定権が無いんだろう?


 そして、そのことに工房主らしき老婦人は疑問に思ってくれないんだろうか?

 彼女も、俺じゃなくてセリアーナに呼ばれたわけだし、あくまでセリアーナが俺用に仕立てるって思っているのかもしれないが……。

 お金払うのもセリアーナだしな。


 まぁ、いいや。


「……ほぅ」


 気を取り直して、服のデザインを見たのだが……これは中々。


「気に入ったようね」


 しばらくの間黙って覗き込んでいたのだが、気に入った事が伝わったようだ。


「うんうん! 良いねこれ」


 俺の希望通りのワンピースタイプで、首回りや腕回りが動かしやすいように余裕を持たされている。

 そして、通常だと腰の辺りをベルトや帯で留めるのだが、これは胸の少し下で留める様になっていた。

 前世のマタニティードレスの様な形状だ。

 これなら普段から【浮き玉】に座った状態が多い俺に合っている気がするな。

 通常のだと、座った時にベルトや帯の部分がシワになるんだが、それも気にしなくて良さそうだ。

 色はまだ彩色されていないが、説明では淡い青や赤と書かれていた。


 余計な飾りも付いておらず全体的にシンプル……良いじゃないか!


「こちらは刺繍などの時間がかかる工程がありませんし、今回念入りに採寸が出来たので仮縫いの必要もありません。3日か4日も頂ければ完成できます」


 デザイン画を見て頷いていると、老婦人が語りかけてきた。

 今回仕立てる服は、既存の布を使う上に凝った工程も無いからすぐに仕立てられると……。


 俺の甚平は1日で出来たりもするし、この3日とか4日ってのが早いか遅いかは俺にはわからないが、領主夫人の注文だもんな。

 万が一もミスは許されないし、念入りに作業をするんだろう。

 ……そう考えたら早い気がしてきたな。


「急かしたりはしないから、良い物に仕上げて頂戴」


「はい。お任せください」


 セリアーナの言葉に嬉しそうに頭を下げている。


 そんな彼女たちを横目に俺は再びデザイン画に視線を落とすと、その端にギレーヌと記されているのに気付いた。

 老婦人……もとい、彼女の名前かな?

 名前は忘れたけれど、以前の仕立て工房の主は違う名前だった気がするし……やっぱり違う工房だったか。


 向こうのフィオーラを見ると、俺の時もそうだったが手際よく採寸が行われている。

 この分だと仕上がりは期待できそうだが……別に前のところも不満は無かった。

 ……わざわざ変更したのは何か意味があるのかな?

 コンペとか?


 ◇


 その後20分もかからずフィオーラの採寸は終わり、ギレーヌ一行は屋敷を後にした。

 これからすぐに製作に取り掛かるそうだ。

 急がなくていいとは言っているが……やる気十分だったな。


 んで、俺たちはセリアーナの部屋に移動してそのままお茶をすることにした。

 今日は仕事は休みにしているしな……だらけタイムだ!

 しかし……俺はともかく他の人たちはだらけていていいんだろうか?


 今はエレナとテレサ、ついでにフィオーラも交ざってお茶の用意をしている。

 彼女たちがこちらに持って来るのを待っている状況で手すきだし、聞いてみるか。


「ねぇ、セリア様」


「なに?」


「今更だけど、今日さ……休んじゃってよかったの?」


 その疑問に、セリアーナはフッと笑った。


「ああ……いいのよ。雨季明けの雑務もひと段落したところだし、流石に屋敷を離れるのは問題があるでしょうけれど、いつでも連絡が取れる状態なら問題無いわ。アレクやジグハルトが今は街を離れているでしょう? 彼等が帰還するまでは街が大きく動く事も無いし、ゆっくりするつもりよ」


「……ほー」


 セリアーナは、主に冒険者絡みの仕事が中心だ。

 冒険者も雨季明けで狩りを開始しているし、丁度暇になっているのかもな。

 リーゼルの仕事を手伝ったりもしているが、確かにいつでも連絡が出来る状態なら、たまにはこんな風に休むのもいいのかもしれない。

 納得だ。


「あ! じゃあ、もう一つ! 仕立ての工房別のところにしたの?」


 別に大したことでは無いんだろうが、気になっちゃったしな。

 折角だし答えを聞いておこうと思う。


「折角街に人間が増えてきたのに、私たちが同じ所ばかりに注文を出すのは良くないでしょう? 商業ギルドが選別した工房から仕事を割り振っているのよ。今回依頼した工房は、元々ゼルキスで構えていたけれど、昨年こちらに移ってきたのよ」


「……なるほど」


 ちょっと談合っぽい気もするが、公共事業みたいなもんかな?

 基準を満たした業者に、上が適当に仕事を割り振る……と。


「腕は間違いないから安心しなさい」


「うん」


 偉い人は服一つ頼むのにも色々考えないといけないんだな。

 俺は……顔見知りに全部任せているな。

 まぁ、気にしない気にしない。


 疑問もすっきりしたところで、俺たちは適当なおしゃべりをお茶が入るまで続けた。


686


 ……うぬぅ


 モゾモゾと動き布団の中から頭を出すと、部屋の中はまだ真っ暗だった。

 この部屋は大きな窓は無いが換気用の小窓は付いていて、そこから漏れて入る明かりで時刻はなんとなくわかる。

 恐らく今はまだ夜中。


 俺が夜中に目を覚ますなんて珍しいな。

 これはもしや虫の知らせか!?


 隣のセリアーナを起こさないように、気を付けながら体を起こそうとモゾモゾしたのだが……。


「起こしたかしら」


「ぬあっ!?」


 頭の上からセリアーナの声。

 そちらを向くと、暗がりでも何となく彼女がベッドの上に体を起こしているのがわかった。

 ……もしかして俺が目を覚ましたのは、セリアーナが体を起こしたからかな?


「……どうかしたの?」


 体ごとセリアーナの方を向くと、なにやら外を気にしているように見える。

 俺もヘビたちを……。

 そう思ったのだが、その前に頭に手を置かれて止められた。


「少し、外に人の出入りがあったみたいね」


「……見に行こうか?」


 何時かわからないが前世と違って夜中に外を出る人間なんて、兵士かダンジョン帰りの冒険者くらいだ。

 だが、なんかセリアーナの言葉にしてはフワフワしているし……それとは違う気がするな。

 俺ならすぐ見に行ける。

 そう思ったんだが……。


「いえ、問題無いわ。私も寝るからお前も起きていないでさっさと寝なさい」


 セリアーナはそう言って布団を引き上げると、ベッドに横になった。


「……ふあぁ」


 ちょっと気になりもするが、まぁ……セリアーナがこの様子なら危険は無いんだろう。

 でかいあくびも出たし、俺ももうひと眠りするか。


 ◇


 夜中に半端に目が覚めた影響だろうか?

 今日は朝から頭がぼんやりしたままだ。

 俺は寝起きや目覚めはいい方なんだけどな……。

 いまいちやる気が出ずに、ソファーでゴロゴロしていた。


 一方、同じく夜中に目覚めていたセリアーナはどうかというと……。

 体を起こしてソファーの背もたれ越しに見ると、いつも通りテキパキ仕事を熟している。

 朝起きた時や朝食時も何も言ってなかったし、結局アレがなんだったのかってのはわからないままだが、このリーゼルの執務室の空気に変わりは無いし、何も起きていないんだろう。


 さて、それよりも……だ。


「……なに?」


 ゴロゴロしていてもスッキリしないので、体を起こして背もたれに顎を乗せてセリアーナを見ていたのだが、視線に気付いたのか顔を上げて彼女もこちらを見ている。

 元気なねーちゃんだよな。


「なんでもなーい……お?」


 うむ……と一つ頷いて、セリアーナの言葉に適当に返したのだが、なにやら屋敷の外で歓声が上がっている。

 その声が部屋にまで届いてくるほどだ。

 この位置は西門かな?

 ってことは……。


「帰還したようだね」


「ええ。全員揃っているわね」


 リーゼルの言葉にセリアーナも頷いている。


 外の歓声の理由……それは領内の調査に出向いていた2番隊の帰還だ。

 同じく一緒に調査に出た1番隊の帰還は、整備や補修なども一緒に行うからかもう少しかかってしまうそうだが、2番隊は約2週間に渡った狩場等の調査を終えたらしい。


 それにしても、以前アレクが率いて外に出ていた時もそうだったが、相変わらずの大人気。

 帰還の報せは昨晩入って来たんだが、噂が広まる事の早いこと早いこと。


「ちょっと迎えに行ってくるよ」


 ここでぼんやりしたままよりは、ちょっと外の風に当たるのも悪くない。

【浮き玉】を足で手繰り寄せると、そのまま乗って浮き上がった。

 今日は天気もいいし、いっそ風は抜きでもいいかもしれないな。


「セラ、待ちなさい」


「うん?」


 外に出ようと窓に向かったのだが、セリアーナに呼び止められた。


「カロス、リーゼルのマントを取って頂戴」


 セリアーナは、カロスに彼の主であるリーゼルのマントを取るよう命じた。

 一瞬だけリーゼルに視線をやったが、彼が頷いているのを見るとすぐに壁にかかったマントを取りに向かった。


「セラ君、折角だし僕の名代として彼等を出迎えに行ってくれ」


「む、りょーかい!」


 たかがマント……と思うかもしれないが、リーゼルのマントは家紋が刺繍された領主のマントだ。

 見る者が見たら、すぐに彼の代わりに俺が出迎えたって伝わるだろう。


 そして、それが伝わらなかったとしても、街の住民は俺の事をよく知っているし普段の恰好も同様だ。

 そこへ、明らかに只物では無い立派なマントを翻していたら、まぁ、リーゼルなりセリアーナから何か指示されてのことって、伝わる。

 アピールは大事だな。


「テレサ殿」


 出迎えに備えて、ゴロゴロしていたから少し乱れた髪や服をテレサが整えていると、マントを取ってきたカロスがそれをテレサに渡した。


「ええ。姫、失礼します」


「ほいほい」


 そして、受け取ったテレサがそれを俺に纏わせる。

 領主のマント……王様の冠ほどではないが、立派な権力の象徴だ。

 ……うん、これ重いわ。

 物理的に。

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