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 もうすぐお昼という、すっかり日が昇って暖かくなった春の一の森。


 ピクニックとかには向いていない土地ではあるが、外を出歩くのには気持ちのいい季節だ。

 もっとも、いつも風を纏っている俺には関係の無い話だがな!


「……ゴブか。アレはパス」


【浮き玉】の上で足をぶらぶらさせながらそう呟くと、眼下をうろつくゴブリン3体の群れをパスしてさらに先へと向かった。


 今日は一の森で狩りをしている。

 あまり長々とやっても仕方が無いしってことで、久しぶりに1時間だけの短時間狩りだ。

 だが、中々良さげなお相手が……おらんのよ。


 死体の処理がダンジョンの様に核を潰せばいいってもんじゃ無いし、一定時間を置いたら新しく湧いたりもしない。

 そして、この森は俺一人が狩りをしているわけじゃないから、目に付く魔物をひたすら倒すってわけにはいかない。

 ソロでの狩りが専門の俺には何かと制限が付いてしまう。


 つい今しがたゴブリンをパスしたが、今日は既に10体ほどのゴブリンにしては大きい群れを駆逐している。

 ちなみにその死体は、帰還予定の冒険者が近くにいたので彼等に譲った。

 輸送の手間賃はその死体の換金でお釣りがくるしな。

 きっと今日の酒代に代わるはずだ。

 そして、俺は俺でその戦いで1枚だが聖貨をゲットしたし……あの戦いはwin-winだった。

 

 だからといって、それを追い求めるわけじゃーないんだが……時間的に次でラストだろうし、ちょっと大物が欲しいな。


「困ったねー」


 別に独り言じゃ無いぞ?

 服の袖から首を伸ばしているヘビ君たちに言ったんだ。


 さっきからヘビたちも索敵を行っているが、結果は芳しくない。

 街としては、森の浅瀬に面倒な魔物がいない事は喜ばしいんだろうが……俺にとっては……ぐぬぬ。


 それにヘビたちにとってもだ。

 ダンジョンの魔物なら、ヘビたち自らが核を潰せばその分成長をする様だが、外の魔物の場合はそうではない。


 別に無理に魔物を倒さなくていい気がしてきたぞ?

 今日はもうこれくらいでいいかな?


「ぬーん…………おらんね……」


 念のため周囲の索敵を行ったが、魔物はもちろん周囲で戦闘して苦戦している冒険者も無し。

 この高度からでも数百メートルはいけるんだけどな……。


「よっし……帰るか!」


 今日は狩りの日じゃないってことだ。

 もうじき昼食だろうし、さっさと帰ろう!

 そう決めると、俺は【浮き玉】の進路を領都のある西に変更した。


 一の森から領都に入り、そして南西の高台にある領主の屋敷まで一直線に飛んで帰って来た。

 本館の2階にあるリーゼルの執務室の窓が開いており、テレサの姿が見えたのでそこから中に入ったのだが、1時間程度とはいえ森の中にいたからな……。

 昼食前にサッパリしたかったし、セリアーナの部屋でシャワーを浴びることにした。


 まだ彼等の仕事が片付くのには時間がかかるようだったし、急ぐ必要は無いな。


 ◇


「うぇぇ……ぃ……」


 髪と体を洗い、サッパリしたところで浴室から出たのだが、今日はこの部屋には誰も控えておらず俺だけだ。

 髪は……タオル巻いたままでいいか。


「ぽいっぽいっ……っと」


 洗濯ものを脱衣所の籠に放り込んで、着替えを終えたのだが……。


「これだけじゃ後で冷えるかな?」


 着ているのは甚平なのだが……屋敷の中では風は纏わないし、日が暮れてきたらちょっと寒くなるかもしれない。


「上から羽織るかな……」


 リーゼルから貰ったガウンがあるし、それを羽織れば丁度いいか。

 今日はもう出かけないし、問題無いだろう。


 そう決めると、浴室から出ると自分の部屋に向かった。


 そして、服を仕舞っている棚をゴソゴソと……。

 引っ張り出した青のガウンを上から羽織って、鏡を見る。

 そこには赤い髪に白いタオルを巻いて、甚平にガウン姿の俺が映っていた。

 着ている甚平の色は黒でガウンは青と、バランスを考えるといまいちかも知れないが……後はもう屋敷でゴロゴロするだけだし、なんかしっくりも来る。

 これでもいいよな?


「……よっし。行こっかね」


 合図をすると、俺と一緒に鏡を見ていたヘビたちが服の下に潜り込んだ。


 ◇


「来たよー」


 執務室の中に入ると、先程外から帰って来た時と同様に、まだまだ中の皆は仕事をしていた。

 雨季が明けて街の外からの人の出入りが増えたからだろう。

 何かと彼等が決裁しなければいけないような案件が多いそうだ。

 もっとも、その中に犯罪絡みのものが無いのは幸いだろうか?


「…………お前」


 部屋に入った俺は、適当に部屋の中に【祈り】をバラまきつつ、セリアーナの下へとふよふよ近づいて行ったのだが、机の上の書類の束から顔を上げたセリアーナはなにやらおかしなものを見る様な目で俺を見ている。

 ……というか、絶句している。


「なに?」


「……いいわ。テレサ」


 何か言いたげな様子だったが、言葉を飲み込み額に手を当てながらテレサを呼んだ。

 テレサはセリアーナの列で彼女同様に書類仕事をしていたが、その手を止めると、こちらにやってきた。

 テレサはなにやら苦笑を浮かべている。

 テレサの向かいのエレナもこちらを振り向いて同じ様な表情をしているな……。


「姫、こちらへ。髪を乾かしましょう」


「うん。お願い」


 まぁ、いいや。

 俺はテレサに返事をすると、頭に巻いたタオルを解きながら、応接スペースに向かうテレサの後をついて行った。


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 ソファーに移動してからテレサに髪を乾かしてもらい、さらにそこで待つことしばし。

 リーゼルたちの午前の仕事が終わり、昼食をとるために休憩となった。


 この部屋にいる者たちは、昼食時は二つのグループに別れる事が多い。

 一つは、リーゼルたちと一緒に食事をするグループで、もう一つは、使用人たちが利用する部屋で食事をするグループだ。

 前者は主に幹部陣で、後者は通常の文官たちだ。


 この屋敷は高台にあるため街まで食事に出るのは大変って事で、彼等の分も屋敷で用意している。

 リーゼルにしたら別に一緒でも構わないんだろうが、部下たちにとっては休憩時もお偉いさんと一緒ってのは気が休まらないからな。

 中々気を使っている。


 んで、俺は、そのお偉いさんたちの方で一緒に食事をしている。

 まぁ、今更気を使うような相手でも無いし、そもそも俺はセリアーナの隣で彼女たちと適当な事を喋っているだけだもんな。

 気楽なもんだ。


 ちなみに今日の食事の場所は、10数人程度での利用を想定している第2食堂だ。

 普段は、より大人数用の第1食堂を使う事が多いが、今日は騎士団側の人間がいないから、昼時の来客を入れても人数はいつもの半分ほど。

 この第2食堂で十分な人数だ。

 そこで、セリアーナ組とリーゼル組とで分かれて食事をしている。


 リーゼルたちの卓は、文官や商業ギルドの幹部……そして、今日のスペシャルゲスト的な冒険者ギルドの支部長カーンが一緒になっていた。

 なにやらアレクたちが今街を離れている事の不安や、逆に彼等が街の外を見回っている事から、一気に商隊を動かせないか……等を話しているようだ。

 カーンはあまり冒険者を動かしまわる事は反対らしく、抑えるよう主張しているな……。


 リーゼルはどう考えているんだろう?

 俺的には……。


「セラ。手が止まっているわよ?」


「ぉぅ……。失敬」


 向こうの会話に聞き耳を立てるあまり、食事をする手が止まっていたようだ。

 セリアーナからお叱りを受けてしまった。


「なに? 向こうが気になるの?」


「ちょっとねー……」


 商人はともかく冒険者がどう動くかってのは、地味にだが俺にもちょっと影響があるし、一応気にはしたい。


「魔物や獣の動きに関しては異常は無いようですが、この領地は年々人の動きが活発になっていますからね。どちらを採用するでしょうか……」


 テレサのその言葉に、エレナも食いついてきた。


「そうですね。西側はともかく、南側も見る必要はありますし……。ルバン卿だけでは手が足りませんよね」


 正式にリアーナ領が出来て数年。

 国の……そして、ゼルキス領の端っこだったこの地も順調に発展しているが、特に南のマーセナル領と本格的に交易を行うようになったりダンジョンが出来てからは、人も物もとにかく動きまくっている。

 そう考えると、まだまだリアーナは人が足りない。

 特に地元の冒険者が。


 2番隊に結構持っていったし、リアーナ領での移動に慣れた冒険者は貴重なんだ。

 他所からの冒険者も魔境目当てなだけに腕が立つ者も多いが、商人の護衛となると、やはり土地勘のある地元の冒険者の方が人気がある。

 だからこそ今カーンたちが、リーゼルを挟んでバチバチっと火花を散らしているんだろう。


「……どっちが勝つかな?」


「カーンね」


 俺の言葉に、事も無げに答えるセリアーナ。

 自信たっぷりだが……。


「あ……」


 どうなるかなーと向こうのやり取りを注視していたのだが、セリアーナが言うように、どうやらリーゼルはカーンの意見を採ったようだ。

 商業ギルドのおっさんが、やれやれ……といった様子で肩を竦めている。


「よくわかったね」


「今年はそういう年なのよ」


「ふぬ?」


 どういうこっちゃ……?

 と思ったが、そういえばなんか入って来ない荷物があるとかそんな話もあったな。

 もしかしたらそれ絡みなのかな?

 それを思えば、セリアーナの言葉も何となく理解できるような気がする。

 まぁ……根本的な原因はわからないけれど。


「あ」


 商業ギルドについて考えてたら、そういえばちょっと買いたいものがあった事を思い出した。


「どうしたの?」


「うん。服が欲しいんだ」


「……服? お前が?」


 鳩が豆鉄砲を食らった様な……といえばいいんだろうか?

 セリアーナは、それを聞いてキョトンとした顔をしている。


「うんうん」


「君が服を買いたがるのは珍しいね。狩り用ってわけじゃ無いんでしょう?」


 と、エレナ。


「こう……春とか秋とか、暑くも寒くも無い時期に屋敷で着る服が欲しいんだよね。これだとちょっと中途半端でさ」


 そう言いながら、俺は今着ている服を指した。

 俺監修の甚平に頂き物のガウン。

 どちらも良い物なんだが……。


 この屋敷は空調がちゃんと効いているが、それでも木造なだけあって前世の建築物に比べると気密性は低い。

 そして、大きさも遥かに大きいし、屋内でもどうしても風が吹いていたりするんだ。

 セリアーナの部屋に引きこもっている分には薄着でも問題無いんだが、今の様に部屋から出るにはちょっと肌寒いんだよな。

 比較的暖かい春でこれだし、秋だともう少し冷えてしまいそうだ。


 メイド服でもいいんだが……俺的にアレはちょっと生地が厚いし、ベッドで寝転がるには向いていないんだよな。

 思い立ったら吉日……ってわけじゃ無いが、これを機に春と秋用の室内着を仕立てるのも悪くないよな。

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