304
679
アリオスの代官屋敷で、両隊の調査報告書を受け取った俺は、その場で領都を目指して飛び立った。
もう日が落ちて当たりは薄暗くなっているし、人の目を気にすることなく高速移動が可能な状況で、遠慮なくぶっ飛ばすことが出来る。
うん……まぁ、最高速度ってわけじゃ無いけどね?
ともあれ、領都への道を数十分で踏破出来る速度で、街道の脇を移動していた。
「……お?」
その高速移動中に街道沿いの森にあるものが見えて、【浮き玉】を停止させた。
俺は外を移動する時は、【妖精の瞳】とヘビたちの目を発動している。
さらに、夜ともなれば3体のヘビたち自身にも周囲の警戒をさせているため、こと生物に関してはそうそう見落とす様なことは無い。
俺が見つけたもの……それは5体の小型妖魔種だ。
上空を移動する俺に気付けた事と、ゴブリンにしては数が多いことを考えると、恐らくコボルトだな。
「向かっては来ないかな?」
上空に留まりながらしばしの間睨めっこを続けたが、その場を離れはしないものの森から出てくる様子は無い。
魔物は夜こそ活動が活発になるし……通常行動の範囲内だろう。
街道にまで姿を現してうろついているのならともかく、この程度なら問題無いかな?
「……大丈夫そうだね」
少しずつその場を離れて見たが、追って来るような様子は無い。
これならわざわざ倒さなくてもいいな。
それじゃー……ちょっと時間を食ってしまったけれど、再び出発だ!
再出発から10分ほど。
アリオスの街を出発した時はまだ薄暗い程度だったのに、もうすっかり真っ暗だ。
だが、そんな中ポッカりと明かりが見える。
領都だな。
この時間だと門はもう閉まっているだろうが……一応挨拶しておくかな?
俺が帰還する事は知っているし【祈り】の光は纏っているから俺だとわかりはするだろうが、もしかしたら変な光が街壁を越えたって兵士にいらん警戒をさせてしまうかもしれないもんな。
「よし!」
そう決めると、高度を下げつつ街道から外れていた【浮き玉】の軌道を修正して、門を目指す事にした。
◇
西門に接近すると、俺の接近に気付いた門番たちが手にした明かりを振っていた。
俺に気付いたようだな。
「お疲れー」
「よう! 副長。暗いとアンタ目立つな」
「まあね!」
胸を張って応えたが……空なら星が出ているが、高度を下げていたしほとんど地上と変わらない高さを飛んでいたもんな。
あの高さで光るのなんて俺くらいだろう。
「ここはもう閉めているから、悪いがアンタは上から通ってくれよ」
「はいよ。それじゃーねー」
もう一度彼等に向かって手を振ると、一気に高度を上げて外壁を通過した。
領主の屋敷は、西門のすぐ側の高台に建っている。
もっとも、そこに繋がる道は中央通りから南に向かって貴族街を通過する必要があるが、俺には関係無い。
ってことで、外壁を越えてそのまま屋敷の壁も越えて、中庭に到着した。
「っ!? ああ……セラ副長か」
丁度その近くを犬を連れて見回りをしていた警備の兵が、壁を越えて現れた俺に驚き、思わず声を上げている。
傍らの犬は大人しく座っているあたり、この子は俺に気付いていたな?
「驚かせちゃった? ごめんね」
「いや……外を少し気にする素振りを見せていたが、吠えなかったからな……。敵じゃないのは分かったんだが……。そこから入るのか?」
彼は俺の部屋を指したが、俺は首を横に振った。
「表に回るよ。じゃーねー」
そう言うと、高度を上げずにそのまま屋敷の表を目指して、回り込む事にした。
◇
毎度の事ではあるが、俺の街への帰還に気付いていたのだろう。
セリアーナの部屋の窓は開けられている。
「ただーいまっ!」
帰還の挨拶を口にしながら、部屋の窓に飛び込んだ。
部屋の中には、窓のすぐ側にテレサが、そして執務机にセリアーナがいて、その傍らにエレナが立っている。
フィオーラは……いないな。
「お帰りなさい。……その様子じゃ異変は起きていないようね」
こちらにやって来たセリアーナは、俺の様子を見てそう判断したようだ。
まぁ、何か異常事態が起きてりゃ、流石にここまで呑気な帰宅はしないもんな。
「うんうん。といっても、アリオスの街までだけどね。あ、旦那様に渡す報告書預かってるから、ちょっと届けて来るよ」
風呂に入って着替えをしてからの方がいいかもしれないが……どうせ渡すだけだ。
先に済ませてしまおう。
「そう……。こちらも用意をしておいてあげるから、さっさと行ってきなさい」
セリアーナはちらっと風呂の方を見ながらそう言った。
うむ。
流石によくわかっている。
「りょーかい」
「姫、私もご一緒します」
返事をして、いざ部屋を出ようとしたところで、テレサが同行を申し出た。
ただ届けるだけなんだけど……とも思ったが、彼女は俺の副官だし、アレクとジグハルトが領都にいない間は、実質2番隊を指揮することになる。
どんなことが書かれているのかはわからないが、一緒に彼女もいた方がいいかな?
「あ、本当? んじゃ、行こっかね」
「はい。それでは奥様、失礼します」
セリアーナに挨拶をしていたテレサを待って、俺たちは部屋を出た。
この時間なら、リーゼルはもう執務室じゃなくて自分の部屋かな?
あそこに行くのは久しぶりな気がするな……さっさと届けて風呂入ろー。
680
リーゼルに報告を済ませて、風呂にのんびり入った。
そして、夕食もしっかり食べた。
エレナは自宅に戻り、テレサは何やら仕事があるとかで早めに自室に下がって、部屋にはいつも通り俺とセリアーナの2人のみ。
俺はもちろんだが、セリアーナもこの後の用事は無く、寝るまでの時間をダラダラ過ごすだけとなった。
今日は朝からずっと仕事だったからなー……浮いていただけとはいえ周囲の警戒などで神経を使ったし、俺も早めに休むつもりだ。
と、いうわけで、セリアーナの寝室にいるのだが……。
「……もうちょっと引いて頂戴」
「ほい」
ベッドの上に座る俺は、同じくベッドの上に座るセリアーナの手を掴むと、そのまま後ろに向かって倒れ始めた。
今の俺たちはどんなことになっているのかと言うと、セリアーナは足を開いた状態で体を前に倒し、俺は彼女の膝に足をあてて閉じないように抑えながら、彼女の上体を伸ばしている。
デカいベッドだからこそ出来ることだ。
ちなみにセリアーナの服装はネグリジェだ。
始めたばかりの頃や、そもそも始める前を思えば、ストレッチに大分慣れてきているな。
「大丈夫ー?」
「……ええ。問題無いわ」
「んじゃ、もうちょっと倒すね」
さらに倒していき……倒して……。
「この辺までかな?」
セリアーナにその気は無いんだろうが、無意識のうちに力が入ったんだろう。
俺の背中がベッドに触れるかどうかってあたりで、それ以上倒れなくなった。
力を入れて引っ張れば行けるだろうが……そこまで無理する事じゃ無いしな。
ここでストップだ。
そして、そのままの体勢で数字を数え始めていく。
「それじゃー、数えるよー? いーち、にー、さーん……」
ストップをしながらなのだが……、数字が大きくなるにつれて俺がこの体勢を保てず徐々に後ろに倒れていく。
「セっ……セラ!? ちょっと待ちなさい」
「待たない」
いつもは待ったがかかった時点で手を放しているからか、まさかさらに倒されるとは思っていなかったのかもしれない。
慌て始めるセリアーナだが……頑張れ。
「はい、よーん、ごー、ろーく……」
もがくセリアーナを無視して、俺は再びカウントを数え始めた。
◇
セリアーナのストレッチが終わると、お次は俺の番だ。
攻守交替……という訳では無いが、今度はセリアーナが俺の補助を行っている。
もっとも、俺はそもそも補助を必要としないため、彼女は俺の背中にただもたれかかっている……というよりは、ほとんどのしかかっている状態だ。
ベッドに顔が埋もれているので、横を向いているが、少々喋り辛い。
とはいえ、全く話が出来ないという事は無く、そのまま今日の調査の事や明日以降について話をしている。
「異変は無し……ね。結構な事だわ」
「そうなんだけどさー、折角大勢で行ったのに大物がいなかったんだよね……。綺麗に運べるだけの人数は中々揃えられないのに、残念だよ」
背中越しに聞こえてくるセリアーナの声から、さしあたって領都周辺に問題が無い事に安堵している事がわかる。
まぁ、領主夫人だもんな。
何も無いならそれが一番なんだろう。
「まあ……今私が使っている物は有り合わせの素材で作った物だし、いずれは作り直そうとは思っているけれど……」
セリアーナはそう言うと、体重を少しかけてきた。
「一応誘ったのオレだしねー。道具はマットだけだし、どうせなら良い物使って欲しいんだよね」
「急ぐものでも無いし、気長に待つわ。それよりも……お前、苦しくないの?」
「ん? 苦しくは無いけど……ちょっと重い?」
いうほど重くはないが、流石に顔がマットレスに埋もれてしまっては話が出来ないからな。
「失礼ね」
そう言うとセリアーナは体を起こした。
どうやら俺に補助は必要無いと考えたらしい。
まぁ、もう何度もやってるしな……。
さらにベッドから降りると、俺の正面に回り込んで来て椅子に腰かけた。
「……あれ? こっち来るの?」
「ええ。お前は上から押す必要が無いでしょう? それで……明日からはどうするの?」
……重いと言ったのがダメだったのかな?
ちょっと口調と俺を見る目つきにとげがある気がするが……まぁ、いいや。
「うーん……一応一の森とかで、見回りがてら狩りをしようかなって思ってるよ。もう冒険者が狩りに出てるかもしれないけど、雨の影響とか調べてないでしょ? 今は2番隊の数も減ってるから、浅瀬だけにするけどね」
リーゼルに報告書を届けた際にも少し話題に出たんだが……夜さえ屋敷にいれば基本的に俺は自由にして構わないと言われた。
……夜は何時もいるしな。
実質フリーだ。
「そう……そうね。それがいいわ。ダンジョンから兵を減らすわけにもいかないものね」
「そうそう。テレサはいるけれど、アレクたちが戻って来るまではねー」
調子に乗って魔物を狩り過ぎても死体の処理に困る。
いつもは巡回の兵士に頼んでいるが、今はその数が減っているんだ。
場合によっては何往復もさせてしまうかもしれないし、夏ほどでは無いが、それでも昼間は大分暖かいしな……死体が傷んでしまうかもしれない。
あんまり見回りの兵や冒険者に負担をかけるのもアレだし、アレクたちが戻って来るまでは、浅瀬をサクッと……だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます