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 雨季が明けて数日経ち、春の3月へ入った。


 まだまだ暑いとはまでは言わないが、それでも日中はもう暖かい。

 この数日の間で、長く続いた雨でぬかるんだ地面も乾き、外を出るには問題無いコンディションになっていて、人の出入りも活発になってきた。


 今日は俺だけ日帰りではあるが、2番隊の任務である雨季明けの領地の調査に同行している。

 先日のお茶会なんだか会議なんだかよくわからない集まりで話題に上った、アレ。

 雨季の大雨で街道を始め、領内に何か被害が起きていないかの調査だな。


 さて、領都を発ってから途中までは1番隊と一緒だったが、ちょうどアリオスの街との中間あたりまで行ったところで、1番隊はそのまま街道の調査を続行し、俺たちは森へと入る事にした。


 ◇


「なんもおらんねー……」


 久々に解禁した【浮き玉】に乗っかり、森をふよふよ漂いながら周囲を凝視しているのだが……なんもいねぇ。

 森の浅い場所ではあるものの、普段なら何かしら獣なり魔物なりがいるもんなんだが……、【妖精の瞳】とヘビの目をもってしてもその姿を見つける事は叶わず。

 ついついぼやきが口をついてしまう。


「この数でうろついているんだ。そうそう魔物だって姿を見せたりはしないさ」


「そうだな……まあ、いつも通りって事だ。この辺には異常は無さそうだな」


 そして、俺のぼやきを聞いた、前を行くアレクとジグハルトがそう答えた。

 森に入ってはいるが、彼等は騎乗したままだ。

 そして、この周囲には彼等以外にも2番隊の中でも腕の立つ騎士が30人ほどいるし……そりゃまぁ、そうそう姿を見せるわけ無いか。


「デカいのがいて欲しかったか?」


 魔物が姿を現さない事を残念がる俺に、アレクがからかうような口調でそう言った。


「そうだねー……この距離なら街まで運べるでしょう?」


 この調査の目的はあくまで雨の影響を調べる事であって、魔物を討伐する事ではない。

 ましてや、デカい魔物なんて対象外もいいとこだ。

 だが、俺がそれを望んでいるのは、そのデカい魔物から取れる毛皮が欲しいからなんだよな。


 俺が使っているヨガマットは、職人のロブが確保していた、昔大暴れしたクマの魔物の素材で作った物だ。

 アレは質が良い上にサイズも大きいし、その上傷も入っていない上物で、だからこそ縦1メートル、横2メートルといったサイズを1枚の毛皮から採る事が出来たんだ。


 エレナやテレサが使っているマットは、3枚の毛皮を合わせた物だ。

 何の毛皮かはわからないが、どうしても通常の素材で作ろうとすると、そうなるらしい。

 んで、つい最近ストレッチの仲間に加わったセリアーナや、そのうち加わりそうなフィオーラもマットを作ろうとしているんだが、この分だと彼女たちのマットも3枚合わせのマットになるだろう。

 本人たちはそれでも構わないそうだが……質は1枚の毛皮から作った方が上なんだよな。


 だが、やはりここはリアーナストレッチ愛好会の会長として、会員には質のいい道具を使ってもらいたい。

 ってことで、今日の調査に同行しているわけだ。

 もしかしたら、大きな獣なり魔物なりと出くわすかもしれないし、そうしたら極力傷が残らないような方法で仕留めて、ひとまずアリオスの街に持って行って処理をする。

 その後素材として、領都に持って来てもらうってのが理想だったんだが……この大人数の武装集団じゃー近づいてこないか。

 ちょっと前に領都の南の森で仕留めたクマの毛皮……あれを確保しておけばよかったなぁ。


 その後も森の調査を続けていたのだが、結局大物はおろか通常の獣や魔物も姿を見せなかった。

 俺たちが見回る範囲よりもっと奥に行くと、標高の低い小山がいくつもあるそうで、そこに集まっているんだろう……と、この辺に詳しい隊員が言っていた。

 毎年そうらしく、今年も変わりは無さそうだ……ともだ。


 だからといって手を抜くようなことは無く、俺たちはそのまま調査を行いながら西を目指し、そして日が暮れかけた頃に、今日の目的地であるアリオスの街に到着した。


 ◇


「お? 1番隊だね」


 街に入ると、俺とアレクは報告も兼ねて代官の屋敷に向かう事にして、ジグハルトには、残りの隊員たちを任せる事にした。


 その途中で街中を歩く1番隊と思しき連中を見かけた。

 昨年の襲撃時の様に街の外に駐留するんじゃなくて、今回は街中の宿舎に泊まることになっている。

 それくらいの余裕はある街だしな。


 一応、ウチの隊員たちには羽目を外さないようにとアレクが言いつけているのだが……元冒険者だしな。

 彼等も何だかんだで経験豊富で腕の立つ連中だし、そうそう明日に影響のあるような真似はしないだろうが……果たしてどうなるか。


 それに比べて、今見かけた1番隊のパリッとしたことよ。

 なんか食材らしき物を抱えていたが、もしかしたら彼等は自炊するのかもしれない。


「自分たちで食事の用意をするのかな?」


「だろうな。向こうの連中は任務中は酒場の利用は極力避ける方針らしいし、自分たちで賄うんだろう」


「……ほーぅ」


 ウチの連中なんて、仕事こそ真面目にやっていたが、ちょっとした旅行気分だってのに。

 いやはや、規律がしっかりしている事で……。


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 俺とアレクは、代官の部屋を目指して屋敷の廊下を移動しているのだが……。


「……おや?」


「1番隊の連中だな。リックが中にいるんだろう」


 代官の部屋の前に、屋敷の警備兵とは毛色の違う少々物々しい……というよりは厳めしい兵士たちが部屋の前に陣取っていた。

 中にリックがいるから、その警備か……。

 領都のリーゼルの部屋の警備の連中はもっと親しみやすいんだが……隊の気風が表れてるね。

 その彼等は、近づく俺たちに気付くと部屋の中に何やら声をかけ、そしてドアボーイよろしく頭を下げてドアを開いた。

 うん……1番隊だ。


 ともあれ、部屋の中に入ると代官のクロードが出迎えてきた。

 彼の執務机には書類が広げられているし、部屋の応接用ソファーでは、リックがこれまた何か書類を広げている。

 座る場所は違うが、2人で仕事でもしていたんだろうか……一緒の場所でやればいいのに。


「アレクシオ隊長にセラ副長か。任務ご苦労だったね」


「いえ。本日は隊員共々街にお世話になります」


 アレクと話す彼はどこかホッとした様子だ。

 立場的には彼の方が上なのに、どうにもリックと2人きりってのは気まずかったのかもしれないな。

 いかんなーリック君。

 真面目なのはいいけれど、それで相手を気まずくさせちゃー。


「では、揃った事だし報告を聞こうか。セラ副長は今日領都へ戻るのだろう?」


「ほ? あ、そーです」


 ムスっとして書類を読んでいるリックをニヤニヤ眺めていると、アレクと挨拶を交わしていたクロードが、報告を聞こうと言ってきた。

 まぁ、報告といっても1番隊と2番隊の報告内容を簡単に纏めて擦り合わせるくらいだ。

 そうそう時間はかからず終わるだろうし、チャッチャと片付けますかね。


 報告は向こうの応接スペースで行うのか、2人はそちらに向かった。

 そして、俺はアレクの後ろをふよふよとついて行ったのだが……。


「よう。待たせて悪かったな」


「……いや。我々の方が早く到着するのは当然だ」


 アレクはリックの向かいに座ると、到着が遅れた事を軽く詫びた。

 それに対して、リックは気にするなと……。


 確かにこの街目指して街道を進んだ1番隊に対して、俺たちは森をウロウロしながらだから移動距離も多い。

 だから俺たちの方が遅れるのは当然といえばそうなのだが……それでも嫌みの一つでも言って来るかなと思ったが……ちょっとつまらない気もするな。

 そんな事を考えながら、アレクの肩越しに彼を見ていると……。


「……ふんっ」


「!?」


 鼻で笑いやがった!


 ◇


 俺たちはその場にいなかったが、1番隊の調査結果は既に報告しているし、まずはアレクが行う事になった。

 といっても、本当に大したことは無い。

 異常無し、例年通り……だ。


「昨年の冬の件以来多くの冒険者が森に入ってはいたが、異変は報告されていないからな……。妥当なところだろう」


 そのことを聞いたクロードは、アレクの話に頷きながらリーゼルへの報告書を書いている。

 テンプレートの様な物は存在するんだろうが、ペンを走らせる速度は随分速い。

 アレは俺が領都に持って帰ることになっているが、そんなに慌てなくてもいいんだけどな……。


「大分荒れたので、森の中の縄張りに変更はあったかもしれませんが、概ね治まっている様ですね……リック、街道はどうだった?」


「問題無い。強いて言うならいくつかの橋の土台に、ゴミが溜まっていたくらいだ。川の水量が落ち着いたら作業させる予定だ。私はこの街に残るが、そちらはどうなっている?」


「そうか……。ここに残るのは俺と、後2人だ。残りはジグさんに率いてもらうことになっている」


 ウチも1番隊も領内の調査を行うが、人数も多いし今いる隊員全員で移動するってわけではない。

 各街に到着、次の街に行く隊と残る隊とに分けるんだ。

 そして、残った方はその街で冒険者を雇い調査を行う……それを繰り返していく。

 魔境と違って領都の西側なら、その戦力でも大丈夫なんだろう。


 まぁ、ウチの隊員は元々冒険者からの転職組だし、現地の冒険者ともうまく連携をとれるからこそだな。

 1番隊は冒険者ではなくて街の兵士と連帯作業をするそうだが、こちらも日頃の領内の警備で一緒になる事も多いし、無難にこなせるだろう。


 ふんふん……と話を聞いていたのだが……、そこにクロードの声が割って入った。


「アレクシオ隊長、リック隊長。歓談中済まないが、こちらを確認してくれ」

 

 報告書が仕上がったようで、2人にそれを渡してきた。


 アレクはそれを受け取ると、ジッと読んでいき……そして、内容に問題は無かったのだろう。

 ペンを手にするとサインを書き始めた。

 そして、クルクルと丸めて封をすると、こちらに寄こした。


「セラ、旦那様には予定通りだと伝えておいてくれ」


「1番隊もだ」


 リックも同じくこちらに渡してきた。

 どちらも俺が内容を見る暇がなかったな……。


「ほいほい……りょーかい」


 2人にそう答えたはいいが……これじゃあ内容は全然わからんな。

 まぁ、俺はこれを届けるだけだし、内容を聞かれるようなことは無いけれど……どんなことを書いているのかちょっと気になる。

 向こうに着いたら聞いてみようかな?


 壁にかかった時計を見ると、6時を少し過ぎたばかり。

 今から急いで帰れば夕食には余裕で間に合うが……終業している時間か。

 聞くなら明日かな?

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