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 そろそろ雨季が終わるという今日この頃。

 領主の仕事も大分落ち着き、ここ数日は午前までで上がりとなっていた。

 そして、昨日に至ってはもうほとんど仕事が無く、お茶をしていただけ……。


 リーゼルたちが暇なのは領地としては良いことなんだが、やる事が無いのに執務室で待機ってのももったいないってことで、1週間ほどセリアーナ側はお休みとなった。

 まぁ、雨季が明けたらアレコレまた忙しくなるだろうし、この纏まった休暇でしっかりリフレッシュしようってことだな。


 しかし、世の中休むのが下手な人間もいる。

 俺の主ことセリアーナがそうだ。

 エレナは屋敷に戻って、アレクとルカ君とゆっくり過ごしているだろうが、セリアーナはな……なんか前も似たような事があった気がするが……まぁいいか。


 ともあれ、その暇なねーちゃんの限界が来てしまった。


 ◇


 セリアーナの部屋から入る事が出来る俺の部屋。

 そこの手前側のスペースで、俺とテレサは椅子に座って待っていたのだが、自分の寝室で着替えを済ませたセリアーナが部屋に入ってきた。


「おー……似合う似合う」


 今日の彼女は、上は首元が緩いシャツで、下はスパッツにその上からショートパンツを履いている。

 前世で女性がジムに行く時なんかによくしているような格好だ。

 テレサが着ているのとはまたちょっと違うよな。

 そんな事を考えながらセリアーナの周りをクルクル回っていると、テレサも近寄ってきて、その服装の説明を始めた。


「貴族の令嬢が、体術などを学ぶ際に着る服ですね。武器を手にした状態よりも、手足を動かしやすい様にデザインされているのですよ。私が着ているのは教官用で体の動きが見えやすいように出来ているので、少し違いますね」


「ほうほう……」


 テレサの言葉に頷きつつ、相変わらずクルクルと……。

 うむ。

 セリアーナは美人だしスタイルもいいから、何を着ても似合いはするが……この恰好は前世の情報と比較出来る分、際立っているな。

 似合う似合う。


「んでさ、セリア様?」


 ひとしきり珍しい恰好の彼女を見て満足した俺は、お次は疑問を尋ねる事にした。


「なんでそんな恥ずかしそうにしてるの?」


 基本的に、セリアーナはいつも自信たっぷりだ。

 例えば新しい服を着ようものなら、どう似合うか……とかそんなことを聞いてくる。

 今日の彼女は普段とはまるで違う格好をしているし、きっと聞いてくるんだろうなー……とか思っていたのだが、なんでか何も聞いて来ない。

 それどころか、気持ち肩を縮こまらせて、どこか恥ずかしそうにしている。

 恰好もそうだが、むしろ彼女のその態度の方が珍しいくらいだ。


「別に恰好は問題無いわ……」


「んじゃ、なんでさ」


「だって……」


 そう言うと、セリアーナは絨毯に敷いたヨガマットに視線をやった。


 うん……俺やテレサ、そしてエレナが彼女の視界内でやっていても、彼女は頑なにやろうとしなかったんだが、いよいよもって退屈がピークに達したのか、今朝ついに自分もやるとか言い出したんだ。

 俺としては、ストレッチ仲間が増えるし反対するような事じゃないから快諾した。

 で、テレサと一緒に彼女の準備が終わるのを先にここで待っていたんだが……このセリアーナの態度。

 自分でやりたいって言いだしたのに、何をためらっているんだろう?


「足を開くんでしょう?」


「……うん。まぁ、そりゃね?」


 足を開くし体も倒す。

 しょっちゅう俺がやっているのを見ているのに、何をいまさら……と思わなくもないが……セリアーナだからな。

 このねーちゃんは性格も口調もきついが、これで生粋のお嬢様だ。

 あんまり肌を晒すのは好まないし、ましてや足を開いたりなんかもしようとしない。

 戦闘訓練の最中ならともかく、私生活じゃ足を組むことすらないほどだ。

 やるとは言ったものの、服を着替えて後はやるだけってなってもいまいち踏ん切りがつかないのかもしれない。


 俺だって……俺だって……思いつかないな……。

 まぁ、何かしら日常生活でタブーにしているようなことを、急遽やってみようってなったら躊躇いくらいはするかもしれない。

 そう考えたら、この彼女らしからぬ態度も理解できる。


 とは言えだ。

 こっちはアップも済んでいるわけだし、この段階でストップされても困る。


「あのね、セリア様。俺とは普段から一緒に風呂入ったり寝たりしてるんだしさ、今更でしょ? はい、座って座って」


 セリアーナの手を掴むと、そのままマットの上まで引っ張っていった。

 そして、座らせる。

 俺の力でも簡単に彼女を動かせたし、踏ん切りがつかないだけで、やる気はあるようだな。

 いや、やる気だけは……って方がいいかな?


「仕方ないわね……。これでいいのかしら?」


「よくないよ?」


 セリアーナの座り方は横座り……いわゆる女の子座りだ。

 この座り方で一体何をするんだと……。

 彼女の言葉に、思わず即答してしまった。


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 さて、セリアーナをマットの上に座らせることには成功したのだが……その座り方は女の子座りだ。

 癖なのか習慣なのかはわからないが……表情だっていつも通りだし、流石に俺をからかうためにやっているってことは無いと思う。

 まぁ、床に座る文化も無いしな……。


 こっからどうすっかな……と、腕を組んで思案していると、テレサがマットを持ってセリアーナの正面に移動した。


「奥様、まずこのように足を伸ばしてください。姫、奥様の背中をお願いします」


 テレサは足を伸ばした状態で座り、セリアーナにもそうするように促した。

 まずは前屈からか。

 確かに、足開いたり体反ったりするよりはずっと抵抗が無いだろう。


 セリアーナがどれだけ体が柔らかいか知らないが、俺は後ろから補助だな!


「これでいいのね?」


「そうです。それでは、ゆっくりと体を前に伸ばしていってください」


 そう言うと、テレサは指先まで伸ばして体を前に倒していく。

 所謂前屈だな。

 そして、それを真似するようにセリアーナも。


 ……ストレッチって元々俺が始めたものをテレサが一緒にやるようになったんだけど、いつの間にやら人に教えられるほど理解を深めている。

 もしかして、何となくそれっぽいことをやっているだけの俺よりも、究めちゃってたりしてないか?

 この世界にも準備運動はあるが、それはあくまで体を解す程度のもので、その動作に明確な決まりは無かったりする。

 やはり、教官役を務めるだけあって、センスがあるんだな……。


「……っつ!? ここまでね。セラ」


「お? はいはい」


 さて、俺がテレサの教え方の上手さに感心している間にも、ストレッチは行われていた。

 初めてやるセリアーナだが、何だかんだで彼女も時折地下の訓練所で体を動かしているし、その際には準備体操のような物をやっている。

 だからだろうか、そこまで体も硬いという事は無く、膝に胸が触れる程度まで倒せている。

 それだけでも十分だと思うんだが、セリアーナはもうちょい倒したいようだ。

 請われるままに彼女の背中に回って手を当てて、合図とともに力を入れてゆっくりと押していく。


「んじゃ、押すよ? せーのっ……」


 もう割と限界まで倒していたので、そこまで倒れはしないが……それでも少しずつ押し込めている。

 セリアーナも、多少痛みがあるのか呻き声をあげてこそいるが、まだ余裕はあるようだ。

 そのまま押し続けて、最終的に俺は彼女の背中にベタっともたれかかるまでになった。

 そして、セリアーナも自分の足にベッタりと上体を付けている。


「……お見事です。姫、ゆっくり離れて下さい。奥様はその状態を維持するように頑張って下さい」


「ほい」


 しばしの間その姿勢をキープしていたのだが、もう十分なのか、テレサから離れるように指示が出た。

 言われた通りにゆっくりと体を起こして離れていくが、セリアーナはしっかり体勢を保てている。


「おー……セリア様凄いね。きつくない?」


「まあ……きつくはないわね。でも……今までやった事の無い体勢だから、維持するのは疲れるわね」


 セリアーナは、そう言って一息吐いたかと思うと、体を起こした。

 額に薄っすら汗をかいているのが見える。


「長時間やる必要はありません。短時間で少しずつ体勢を変えていきましょう。次はこうです」


 そう言うと、テレサは今度は足はそのままだが、上体を真横に捻って倒し始めた。


「アレは……ちょっときつそうね。セラ、お願い」


 前に倒すだけだったのと違ってこっちは体を捻っているし、セリアーナにはハードに見えたのか最初から補助を頼んできた。

 やってみるとそこまでじゃないんだけどな……ともあれ、真面目に補助をしますかね!


「んじゃ、押すよー? ほいっ」


 セリアーナの横に回った俺は、セリアーナの肩に手をかけて反対側に押していった。

 これも多少の抵抗はあるものの割合あっさりと倒せたりと、セリアーナは中々柔軟性が高い。

 セリアーナも、自分が意外とこなせることに気を良くしたのか、その後も積極的に行っていった。


 最初は戸惑っていたセリアーナも、最後の方は全く抵抗なく行っていた。

 今日行ったのは上半身がメインで、比較的軽いものばかりだったからかな?

 そして、1時間程が経ったところで終了となった


「それでは、今日はこのくらいで終わりにしましょう。あまり無理をしても、体を痛めてしまいますからね。続きはまた明日です」


 ◇


 ストレッチが終わった後は、俺は【隠れ家】の風呂で、そしてセリアーナは自分の部屋の風呂でそれぞれシャワーを浴びてきた。

 そして、セリアーナと入れ替わりでテレサは浴室に向かったが、待っている間にお茶の用意をしてくれていて、俺たちはそのお茶を飲みながらストレッチについての話をしている。


「まあ……悪いものでは無いわね。さほど動いていないのに、少しは汗もかけたしスッキリできたわ」


「おー、それはよかった」


「夜のお前の日課に付き合ってもいいかもしれないわね」


 セリアーナはそう言うと、カップをグイっと傾けた。


 どうやら今日は軽めではあったが、中々気に入って貰えたようだ。

 別に積極的に仲間を増やそうとは思わないが、1人でやるより複数でやった方がモチベーションが保てるしな。

 明日は本格的にがっつりやっても良さそうだな!

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