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「相変わらず、よー降るねー……」


 今日も朝からザーザーと雨が降り続いている。

 山に森に川に、俺は見た事無いけれど、森の奥の湖等々……リアーナは水源が豊富だし貯水量も多い土地だ。

 今年も水不足の心配は無いだろう。

 そして、この屋敷も事前にしっかりメンテナンスをしていたし、雨漏り等の問題も起きていない。

 雨は後1週間ほど続くだろうが、まぁ……上手くいくだろう。


「そうですね。幸い、リアーナだけでなくどこの領地も大きな事故は起きていない様ですし、農作物にも影響は無いでしょうね。例年通りです」


 共に窓の外を眺めるテレサの言葉に、「ほーう」と頷いていると……。


「待たせたわね」


 セリアーナの声が飛んできた。


 いつもならこの時間にはリーゼルの執務室にいるのだが、今日は部屋を出る直前に彼女宛の手紙が数通届いた。

 なんでも領内の貴族の奥様方からの手紙らしく、返事を書くのは男性がいないこの部屋の方がいいだろうって事で、先に済ませることにしていたのだが……。


「いつもより時間がかかってたね。ややこしい内容だったの?」


 セリアーナにしては返事を書くのに少々時間がかかっていた。

 いつもならほとんど時間はかからないのに、30分くらいは経ったんじゃないかな?


「いくつかの家の結婚話ね。一昨年と昨年に貴族学院に通っていた子たちが、向こうで相手を見つけて婚約していたのよ。報告は受けていたけれど……順調に話は進んだようね」


「ほうほう」


 セリアーナたちの場合はちょっと違ったけれど、お貴族様にとっては結婚の鉄板ルートだな。


「家からの正式な連絡はリーゼルの下にも届いているはずだし、向こうでまとめて出して問題無いわ。それじゃあ……遅くなったけれど行きましょう」


 そう言うと、セリアーナは返事を書いた手紙をエレナに渡して、ドアに向かって歩き始めた。


 ◇


 さて、セリアーナと手を繋ぎながら、リーゼルの執務室を目指してテクテク歩く俺たち。

 俺の歩幅に合わせてもらっているので、大分ゆっくりなのが少々申し訳ないが、そこは我慢してもらっている。

 まぁ、適当に益体の無いお喋りをしながらで、気まずい空気にはならないし、問題無しだ!


「ところで……お前、今日は随分身軽ね」


「でしょ」


 今日の俺の荷物は、先日無事届いたクッションの一つ、クマさんクッションだけだ。

 俺が持って行く物なんて精々本くらいだが、それも数が増えると重くなるし何より量を持つのは難しく、リュックに入れて背負って運んでいた。

 テレサとエレナも一緒に移動しているし、彼女たちにお願いするって案も考えていたのだが……、先日の冒険者ギルドへのお使いで、帰りにモニカに背負ってもらった事がバレて、他人の助力は禁止されてしまっている。

 まぁ、どうせ執務室に着いたら後はゴロゴロするだけだし、持って行ってもいいんだが……。


「昨日セリア様が席を外している時に、旦那様の部屋の本棚を色々見てたんだけど、またちょっと新しいのが入ってたんだよね。読んでもいいって言うから、今日はそれを読むつもりなんだ」


 俺が見つけたのは、まだここがゼルキス領でルトルと呼ばれていた頃の魔物の情報を纏めた本だった。

 30年近いデータが記されていて、3冊セットだった。

 内容も、他の資料と一緒に読むだけでも、数日は潰せそうな充実具合だった。

 楽しみだなー。


「ん?」


 読書タイムを楽しみに、ぬふふと笑っていたのだが……。


「どうしたの?」


「や、なんかシロジタが……。どしたん?」


 南館から本館にさしかかったところで、ここまで服の下で大人しくしていたシロジタが何かに気付いたのか、袖から体を伸ばしている。

 外を見ている様だが……。


「……ぬぬぬ? わからん」


 俺もヘビたちの目を発動してそちらを見てみたが……、ここからでは何を見ているのかはわからないな。

【妖精の瞳】を発動したらまた別かもしれないが、流石にそこまでするほどじゃない気がする。

 屋敷の正門の方だが、この雨じゃお客さんってことも無さそうだが……。


「外ね…………。ギリーかベイルかどちらかはわからないけれど、屋敷の門前の詰め所にいるわね。それを見ているんじゃなくて?」


 セリアーナは加護を発動したのか、外の様子を教えてくれた。


「……あぁ、なるほど」


 オオカミのどっちかが近くにいたのか。

 んで、それに反応しちゃったと……。


 温厚なアカメとミツメに対して、シロジタはちょっと好戦的というか、そういうところがある。

 勝手に攻撃をするようなことは無いが、近くに面識のない腕の立つ人間がいると、威嚇とまではいわないが姿を見せて睨んだりすることがある。

 もっとも、2度3度顔を合わせるようになると、そんな素振りは見せなくなるのだが……魔物相手だとどうも違う様なんだ。

 未だに、オオカミ2頭に対しては対抗意識を持っている。

 他の2体と違って、シロジタは群れを率いる魔物と共生していたからかな?


「シロジタ、問題無いよ? 元に戻んなさい」


 そう命ずるも、外が気になるのか中々入ろうとしない。

 もう一度言うと、ようやく大人しく戻っていった。

 普段は言う事をちゃんと聞くんだが……。


 ぬぬぬ……ちょっとヘビ君たちと時間を設けて話し合ってみるべきかな?


「ふん……。まあ、お前の抜けている部分を補っていると思えば悪く無いわね」


「セラは少し警戒心が薄い所がありますからね……」


 だが、躾けに悩む俺に対して、セリアーナたちはむしろ評価を上げている様だ。


 確かにヘビ君たちは俺の護衛も兼ねているわけだが……それにしても、抜けてるってなんだ!?


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 リーゼルの執務室の応接スペース。

 彼に用のある客は隣の談話室だったり別室に通されることがほとんどのため、今では専ら俺の専用スペースになっている。


 リーゼルの執務机が並ぶスペースとその隣のセリアーナのスペース、そしてこの俺のスペース。

 この執務室は、この3つのエリアで構成されていると言っていいかもしれないな!


 んで、今日の俺は、その専用エリアでゴロゴロしながら読書中だ。

 一応俺も通常はもう少しシャンとしているのだが……、雨季であまり急ぎの仕事が無いからか、この部屋を出入りする者はほとんどおらず、ついついだらけてしまっている。

 午後を回ってからは、ついさっき使用人が何かを届けに来たけど、その彼以外は誰も訪れていない。


「セラ君」


「はーい?」


 俺の名を呼ぶリーゼルの声。

 返事をしながら体を起こしてそちらを見ると、俺に向かって手招きをしている。

 用があるから呼んだんだろうけれど……さっきの届けられた物と関係あるのかな?


 ともあれ、呼ばれたんだし行ってみようと、スリッパを履いて歩いて行った。

 途中セリアーナの前を通ったが、彼女も何の用なのかはわからない様で、肩を竦めている。

 ふむむ……?


「呼び立てて済まないね。君の意見を聞きたいんだ」


 リーゼルの下へ行くと、彼はそう言って数枚の書類を渡してきた。

 俺の意見ってなんだ?

 どういう事かな……と思いつつも、受け取って目を通したのだが……なるほど。

 これは確かに俺の意見もあった方がいいかも。


「……ダメでしょ」


「ああ、やっぱりか」


 俺の意見を聞いたリーゼルは苦笑を浮かべている。


 これは何だったのかと言うと、冒険者ギルドからの見習冒険者の活動内容の拡大についての上申書だ。

 それだけなら勝手にしろって話ではあるのだが……騎士団の任務への随伴が含まれていた。

 その任務は、オオカミ君たちと行く農場哨戒……だ。


 これは駄目だろう……。


 以前俺も同行したが、あの後も雨季直前までモニカたちは街の外の農場の見回りを続けていた。

 そして、見事領都周辺の農場の見回りを完了したと聞いている。

 聖貨こそ得られなかったそうだが、それでも農作物の被害は減らせるし、上々の結果だと思う。


 確かにその任務で討伐対象になる魔物はウサギで、そこまで強力な魔物ではない。

 むしろ雑魚といってもいい。

 モニカでも簡単に倒せたんだし、対魔物の訓練をしっかり積んでいる見習たちなら問題無いだろうが……この場合問題になるのは機動力だ。

 

 周囲の警戒とウサギの巣を見つけるという一番の難点はオオカミが引き受けてくれるのに、騎士とモニカだけがやっているのは、それが理由だ。

【緑の靴】を持つモニカは、農場間の移動はもちろん、騎士たちが下馬時に万が一ウサギを仕留めそこなって逃がしても、追いつくことが出来る。


 まぁ、その分人手を増やして皆でフォローに回れば、逃がすことは無くなるのかもしれないが……ゾロゾロ引き連れて街の外を移動するってのは危険だ。

 少なくとも、騎士団の任務としてはやる事じゃない。

 ……うん、却下だ却下。


「セリア、君はどうかな?」


 いつの間にかこちらに来ていたセリアーナは、それを受け取ると小さく「あぁ」と呟いた。


「商業ギルドから見習冒険者を動かせないかと、私のところにも来ていたわね。もちろん却下したけれど……」


「断られたのに、旦那様にまた出したの?」


 依頼主というか、その大本は農場主たちだろうが、商業ギルドや冒険者ギルドがわざわざ肩代わりしたのかな?

 それにしても、セリアーナとリーゼルの2人に話を持って行くなんて……。


「意見を取りまとめるのも彼等の役割だからね。雨季に入ってしばらく間があったところを見ると、彼等のところで話を断っていたが、数が増えたから僕らに最終決定を委ねたってところだろうね。いつもの事だよ」


「ほうほう……。あ! じゃあ、これは断るってことなんだね?」


「もちろんだよ。対応は各ギルドが行うが、君の意見があった方が彼等も話をしやすいだろう?」


「……そうなのかな?」


 あちらこちらに顔を出しているし、そこそこ名前は売れている気はするが……そこまでの力は無いと思うんだが。

 まぁ、役に立つんならいいか。

 うんうんと頷いていると、リーゼルは何やらサラサラと机の上でペンを走らせて、書類を1枚渡してきた。


「それじゃあ……セラ君。これをまた頼むよ」


「うぐぇ……!?」


 持って行く先は冒険者ギルドか……思わず変な声が出てしまった。

 チラリとセリアーナを見ると、こちらを見てフッと笑っている。


「今度は自分の足で帰って来るのよ」


「ぐぬぬ…………!」


 冒険者ギルドなー……遠いんだよあそこ。

 そして、遠いだけじゃなくて高低差もあるんだ。

 行きはまだいいけれど、帰りの上りが……先日行った時は途中で力尽きて、たまたま研究所で作業を手伝っていたモニカにおんぶでここまで運んでもらった。

 だが、それは禁止されたし……。


「ほら、そこで唸っていないでさっさと行ってきなさい」


「……はーい」


 しゃーない……途中の研究所か、いっそダンジョン前のロビーでお茶でも飲んで休憩しちゃおうかな……。

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