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「ただいまー!」


 買い物を終えてセリアーナの部屋に戻ると、今日の仕事は終わったのか部屋ではセリアーナとエレナがゆったりと寛いでいた。


「お帰りなさい。荷物がいくつか届いているわよ」


「ぉぅ……ほんとだ……」


 俺の部屋の入り口手前には、細長いのや四角いのといった、大小さまざまな箱が積まれている。

 俺たちが買い物に出ていた時間は、合計で2時間も無いと思う。

 流石に買った物が全部届いているわけではないが、それにしても凄いな……領主の屋敷パワーは。

 通常だと、一旦商業ギルドに運んで夕方あたりに纏めて配達されるのに。

 俺もやろうと思えばできるのかな?

 まぁ、その必要は無いか。


「必要な物はある程度揃っているわね……。残りが届く前にさっさと片付けてしまいましょう」


「そうですね。姫、よろしいですか?」


 俺の部屋の模様替えにやる気を見せるフィオーラと、テレサ。

 テレサは、まぁ……俺のお世話って感じだが、フィオーラがこんなに張り切っているのはちょっと意外だ。

 セリアーナたちもそうだけれど、他人の部屋の方が好き勝手出来るからかな?

 ともあれ、手伝ってくれるのは有難いことだ。


「うん。それじゃー、やっちゃおう!」


 果たして、あの購入した物をどう設置するのか……気になるな。

 必要になるかはわからないが、【祈り】を発動して、袖を捲り上げた。

 まずは荷物を部屋に運んで、そして設置して……久々に肉体労働だな!


「ああ、貴女は手伝わなくていいわよ?」


「え?」


「そうですね。私たちだけで十分ですから、楽しみに待っていてください」


「ほ?」


 だが、2人はやる気になった俺を抑える様に、ポンポンと言葉を投げて来た。

 さらに……。


「私も手伝うよ。君はセリア様と待っていてね」


「ぬ……」


 セリアーナとお茶をしていたエレナまで……。

 彼女はテレサたちの下に向かうと、模様替えの手順の打ち合わせを始めた。


「セラ、邪魔にならない様にこちらに来なさい」


 そして、後ろから飛んでくるセリアーナの声。

 振り向くと、こちらを見ながら手招きをしている。


「むぅ……」


 俺の部屋なんだけどなぁ……中々関わらせてもらえない。


 ◇


 さて、折角やる気があったのに、自分の部屋の模様替えから除け者にされてしまい、仕方なくセリアーナの隣に座っているのだが、テレサたち3人の作業が終わるまでの間、セリアーナと外で何を買って来たのかなどの話をしていた。

 トルソーにスタンディングデスクに、他にもいくつかの椅子や小物。

 そして、今話している間に届けられた、殊更厳重に梱包されたドア程のサイズの物体。

 だが、俺は何のためにあれらを購入したのかがわからない。


 いやさ……俺も店には一緒に行ったし、何を買ったかってのはわかっているんだけど、じゃあ、どういう風に置くのかとかは聞いても教えてくれなかったんだ。

 その事を聞いたセリアーナは、機嫌を損ねたりせずに、むしろ楽し気な笑みを浮かべている。

 直接自分に関係の無い事だしな。

 どんな仕上がりになるかを楽しむ余裕があるんだろう。


 俺だって余裕はたっぷりさ。

 だから、別に部屋のプロデュースは皆に任せてもいいと思っている。

 ただ、一応は俺の部屋なわけだし、少しは手伝いたいんだけれど……この状況。

 解せぬ。


「だからさ……多分オレは人と一緒に力仕事するのが向いてないと思うんだよ……!」


 本体だと力が足りないけれど、尻尾や腕を生やしたら筋力不足は補える。

 まぁ……形状の違いから、皆で棚を持ったりとかは出来なくても、もう少し小さい物を運んだり、中に仕舞ったりとかは出来るんだ。

 それなら、邪魔にならないはずだ。


 それを先程からセリアーナに向かって熱く語っているのだが……。


「一人で……でも一緒でしょう? お前が向いていないのは力仕事よ。どのみち細かいことは既に終わらせているのだし、今更お前がいても変わらないでしょう?」


「ぬぅ……」


 ああ言えばこう言いおる。

 とはいえ、舌戦だとちょっと形勢不利な気がするな。


「それよりも、ジッとしなさい」


 セリアーナはそう言い放つと、俺の手を取り中断していた作業を再開した。

 そのままペタペタする事数分。


「外すわよ?」


「うん」


 セリアーナはそう言うと、俺の右手人差し指に装備している【影の剣】を摘まみ引き抜くと、黒い膜が覆っていた爪は、元の薄いピンク色に戻った。

 部屋の中とはいえ、明るいうちに外すのは久しぶりな気がするな。


 引き抜いた【影の剣】を俺に渡すと、再びセリアーナはペタペタと俺の爪にマニキュアを塗り始めた。

 普段の俺の爪は、【影の剣】に合わせて全部の指を黒に塗っているが、今の俺の爪はピンク色だ。

 セリアーナが普段自分の爪に塗っているのと同じ色だな。


 部屋の模様替えが完了するのを楽しみにしつつも、ただお喋りしながら待っているってのは退屈だったのか、セリアーナは寝室から自分の化粧箱を持って来ると、俺の爪に塗っている黒のマニキュアを落とし始めた。

 落とし終えると、今度はペタペタと塗り始めたんだ。

 普段塗っている黒いのは、爪の補修作用もある実用的なものだが、こちらは純粋な化粧品。

 だからだろうか?

 なんというか……。


「……ぉぉぉ。ピカピカしてるね」


 10本の爪全部に塗って乾いたところで、顔の前にかざしたのだが、見事に輝いている。

 前世でも見た覚えがある、女の子の爪って感じだ。


「まあ、悪く無いわね。しばらくは狩りはしないんでしょう? たまには違う色も使いなさい」


 セリアーナも仕上がりに満足したようで、自慢げな笑みを浮かべていた。


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 セリアーナは、俺の手の爪を塗り終えた後は足の爪に取り掛かった。

 ペタペタ手早く落とすと、マニキュアと同じ色のペディキュアを塗り始めたのだが、ふと足を掴むと、足裏が見える様にグリっと捻った。


「……痛いよ?」


 言うほどではないが、もう少し捻られるとヤバい気がする。

 だが、その抗議の声は聞こえていないのか、反対の足にも手を伸ばすと、同じく捻っている。

 そして、足裏をプニプニと……。


「……お前、まるで足を使っていないわね」


「ぬ……」


 セリアーナが言うように、歩くことはほとんど無いからな。

 確かに、俺の足の裏は随分柔らかいだろう。


「ついでだからこの期間は【浮き玉】の使用も控えなさい」


「ぬぅ……りょーかい」


 歩きこそしないが、狩りに行くとそれなりに体は動かしている。

 だが、ロブの店に出したポーチなんかが戻って来るまでは狩りはお休みだしな。

 この部屋とリーゼルの執務室と食堂とたまに厨房、行くとしたらそれくらいだが、南館と本館のそれぞれ1階と2階をウロウロすることになる。

 お休み中の狩りの代わりの運動と思えば、十分だろうか?


 ……でもなー。

 この屋敷広いんだよ。

 そして、これはこの屋敷に限らずだけれど、階段が1段1段高さがあるから、上り下りがちょっと苦手なんだ……。

 俺の部屋も出来た事だし、引きこもるかな……。


 ぬぬぬ……と、顎に手をやりそんな事を考えていたのだが、視線を感じた気がして顔を上げると、視線の先には、ジトっとした目をしたセリアーナの顔があった。


「……ちゃんと歩くよ?」


「結構」


 俺の答えに満足したのか、セリアーナは再び俺の足を取り、爪に塗り始めた。

 むぅ……読まれているな。


 ◇


 相変わらず2人でお喋りをしながら部屋の準備が終わるのを待っていたのだが、ペディキュアが塗り終わってその片付けも済んでしまい、少々手持ち無沙汰になった。


 俺の部屋のドアはこの部屋と同じく、2枚の所謂観音開きのドアだ。

 前世の一般家庭の物よりはサイズは大きいが、この屋敷のほとんどの部屋のドアは1枚で、リーゼルの執務室だったり仕事で使う様な部屋を除くと、このドアは彼の私室とセリアーナの部屋、そして俺の部屋だけだ。

 前世でもそうだったが、ドアや風呂といった規格がある程度決まっている物で、その規格から外れた物はやはりゴージャス感が違う。


 そのゴージャスなドアを2人で眺めている。


「……まだ終わらないのかしら?」


「ね」


 防音がしっかりしているのか、ドアの向こうではそこそこ大きな家具を動かしているはずなのに、全く音が漏れて来ず、今彼女たちはどんなことをしているのかがわからない。

 そろそろ30分くらいは経っているはずなんだが……。

【妖精の瞳】やアカメたちの目を発動したら、今どんな作業をしているのかってのが見えるんだろうけれど……たかが部屋の模様替えの進捗のために、覗きのような事はしたくないしな……。


「見に行く?」


 そもそも何で俺たちは中が気になっているのに、大人しく待っているんだろう?

 セリアーナもそう思ったのかもしれない。

 普段なら即答するのに、俺の顔を見ながらなにやら悩んでいる。


「そうね……。人手があった方がいいかもしれないし……あら?」


 悩んだ結果、好奇心の方が勝ったようだ。

 セリアーナは、部屋に向かおうと口にして立ち上がろうとしたのだが、小さく声を上げると、ドアの方に目をやった。

 それに釣られて、何事かと俺もそちらを見ると、中からゆっくりドアが開き始めている。


「お待たせしました」


 そして、中から出てきたのはテレサだ。

 ドアは片側だけしか開いていないので中の様子は見えないが、作業に入る前は下ろしていたテレサの髪は、今はアップになっている。

 他は変わりないが、中々白熱していたのかもしれないな……。


「部屋の用意が整いましたので、どうぞ中へお入りください」


「ほい!」


 ともあれ、待たされはしたものの、ようやく中の様子がわかるんだ。

 早く中に入ろう!


 いそいそとソファーから降りると、足元に転がしていた【浮き玉】に飛び乗った。

 そして、フっと浮かび上がったのだが……。


「セラ」


「ほ?」


 セリアーナの声に振り向くと、なにやら呆れた顔で部屋の入口を指差している。

 なんだ……と思ったのだが……、そう言えばついさっきしばらくの間【浮き玉】は使わないって話をしていた事を思い出した。


「……今の無しね」


【浮き玉】から降りると、部屋の入口に向かった。

 この部屋は土足厳禁だ。

 ドアのところで靴を履き替える様になっていて、来客用はもちろん、普段からこの部屋に出入りする者たち用の室内履きが用意されている。

 当然俺の分もだ。

 もっとも、普段から宙に浮いていて、椅子に座る時くらいしか降りる事の無い俺は、滅多に履くことは無い。

 いやー……うっかりうっかり。


「よいしょっと……。よっし、お待たせ!」


 用意されている室内履きは、ソールは革だがそれ以外は厚手の布で出来た柔らかい靴だ。

 俺用の一際小さなそれを履いて振り向くと、片手を腰に、反対の手を額に当てて溜息を吐くセリアーナと、その話をしていた時に居なかったにもかかわらず、何があったのか把握したのか苦笑を浮かべるテレサの姿が目に入った。

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