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 さて、室内履きを履いたはいいが裸足のままだったので少々落ちつかない。

 ってことで、パタパタ走り始めると、俺の部屋の前で待つ2人を通り越して一旦セリアーナの寝室に向かった。

 そこで、滅多に使った事の無い靴下を履いたのだが、うむ……やはり、素足のままよりも靴下を履いた方がしっくりくるな。

 準備が出来たところで、再びセリアーナたちの下へ急ぐと、セリアーナは腕を組んでこちらを睨んでいる。


「お待たせ!」


「ええ、待たされたわね」


 セリアーナはそう言って、目の前まで駆け寄った俺の鼻を人差し指でピンと弾いた。

痛くは無いが、ついつい鼻を押さえてしまう。


「まあ、いいわ。お前から入りなさい」


 その俺を見て気を取り直したのか、さっさと中に入る様に手でドアを指して、俺の肩を押した。

 どうやら俺に先を譲ってくれるようだ。


「うん」


 それじゃー、中に入りますかね。

 買ってきた物は把握しているけれど、一体それをどう置くのかってのはちょっと予測できないし、俺も楽しみだ。

 ふふん……この世界のお貴族様のセンス、試させてもらうぜ!


 ◇


「……わぉ」


 部屋に入った俺の第一声はそれだった。


「あら、悪く無いわね」


 ちなみにセリアーナの感想はこうだ。


 この部屋は、2階の廊下の一部と隣接する部屋の間の壁を取っ払って、一つの大きな部屋に繋げたものだ。

 といっても、その間の壁は全部取り除いたのではなくて、ドアがあった場所を中心に片側だけそのまま残していて、ちょうど仕切りの様になっている。

 さて……その部屋なのだが、元廊下だった部屋の手前側が、大幅に雰囲気が変わっている。


 左側に棚が並んでいて、反対の右側に絵が飾られているのは今朝までと一緒なのだが、この広い部屋はそれだけではまだまだスペースが余っていた。

 んで、まずは左の棚は少しずつずらす事で隙間を作り、その間に買ってきたトルソーを置いて、俺の狩り用の服を着せている。

 昔誕生日で貰ったケープや、王都で作った狩り用の服なんかもだ。

 手前から順に並んで行って、今俺が使っているオオカミのジャケットやサイモドキの帯なんかもしっかりある


 それらに4つトルソーを使い、残りの1つにはミネアさんから貰った服の中の一着である、青のワンピースが着せてあった。

 そして、その並びの奥の仕切りになっている壁には鏡が置かれている。

 この手前のエリアで着替えを済ませる様にしているんだな。


 反対側には絵が並んでいる。

 それは今まで通りだが、違うのは壁際に置かれた背が高いスタンディングテーブル。

 それが2脚。

 さらにその側には同じく背の高い椅子がある。


 ……見えるわ。

 反対側で着替えた俺に対して、この机に肘をつきながらあーだこーだ言う姿が。

 まぁ……セリアーナが肘をつく姿ってのはちょっと想像できないが、多分そのために置いたんだろう。


 奥のソファーを置いたスペースも見てきたが、そちらは変化は無かった。

 大きく変わったのはこちらのエリアだけか。

 だが、いくつかの家具を追加しただけで、雰囲気はガラリと変わった。

 模様替え前までは、シンプルで広い部屋だったが、なんというか、これって……。


「どう?」


「おわっ!? びっくりしたー……」


 部屋の変わり様に驚きながら、ぐぬぬ……と戦慄いていると、横から飛んできた言葉に思わず声を上げてしまった。

 声のした方を見ると、フィオーラが机に肘をつきながらこちらを眺めている。

 俺の感想を待っているんだろうが……口元に笑みを浮かべているし、自信有りって感じだな。

 うむ……出来は認めよう。


「うん……なんか凄いね」


 一見ブティックや画廊といった雰囲気なんだが、ちょっとそれらとは違うんだ。

 俺が一番近いと感じたのは、カフェだ。

 個人経営のこじんまりとしたものだが、そこで何故か服や絵、雑貨そして本……。

 店主の趣味の品を扱っている、そんなお店。

 それだ。


 この部屋も、負けず劣らずお洒落空間。


 しかし……それをどう表現したものか。

 あんまり捻りの無いことしか言えないな。


「フィオーラ、アレはどうするの?」


 部屋の中のあちらこちらを見ていたセリアーナが、こちらに戻って来ると入口を指してそう言った。

 彼女の指す方を見ると、ドアの隣には今日買った帽子掛けが置かれている。

 部屋の変わり様に気を取られて、見逃してたな……。


 この部屋に来る前にセリアーナの部屋を経由するし、帽子を脱ぐならそこだよな。

 そもそもここに通されるような面子で、帽子を被る人っていたっけ?


「ああ、アレはセラのゴーグルやポーチを掛けるのに使ってもらうわ。今はまだ整備から戻って来ていないけれど、使うでしょう?」


「そうだね。今まで奥に置いてたけど、ここに置けるなら外に行く時とか便利かも……」


 フィオーラの言葉にコクコクと頷いた。


【隠れ家】にいろんな物を置いているが、中にはメンテナンスが必要な物も有ったりする。

 で、職人だったり商業ギルドからの使いが御用聞きに来る事もあるが、その時俺がいない事も多い。

 意外と俺は出かけている事があるんだ。


 先日纏めてロブの店にメンテに出したのも、何だかんだで機会を逃していたからだ。

 流石に俺の私物を、セリアーナの執務室に置いておくわけにもいかなかったからな。


 しかし、ここならそれも問題無いだろう。

 後で、ヨガマットも出しておこうかな……?


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 部屋の模様替え……主導したのはフィオーラだろう。

 品良く、尚且つお洒落にまとまっているし、その上機能面でも文句無い。

 それでいて変に盛り過ぎているわけでも無く、シンプルな部屋になっている。


「うーむ……」


 見事としか言えないのだが……。


「あら? なにか不満でもあるの? 私は気に入ったわ」


 奥を見に行っていたセリアーナは、俺が唸っているのが気になったようだ。

 その言葉に顔を上げると、他の面々もだ。

 そして、その表情は若干曇っているようにも見える。


 これは、いらん気を使わせてしまったかな?


「あぁ、違う違う。不満は無いんだよ……? なにかと便利そうだしね。ただ……」


「ただ?」


 そう、不満は無いんだ。

 この部屋での着替えはもちろん、俺の不在時に装備品の回収を使用人に任せたりも出来る。

 この模様替えは、100点満点どころか120点を付けてもいいくらいだ。

 ただ……。


「ちょっと、お洒落過ぎるかな?」


 部屋から俺が浮いてしまう。

 これはマジで、なんかでっかい魔物の人形でも置いてお洒落空間を中和しなければいけないかも……。


「ならその椅子にお前のクッションでも置けばいいじゃない。まだ届いていないけれど、注文しているのでしょう?」


「ぬ?」


 テーブルの側に置いている椅子は、バーとかカフェのカウンターに座る時に使う様な、浅い背もたれのスタイリッシュなお洒落椅子だ。

 ……これに置いていいんだろうか?


 どうしよう……と、フィオーラの方を見ると、苦笑を浮かべた彼女と目が合った。


「貴女の部屋なのだし、居心地がいい様にするといいわ」


 フィオーラはアレコレ買い集めた割に、部屋を俺好みにカスタムする事に前向きな様だ。

 それなら、ちょっとだけカスタムさせて貰おう。


「そっかー……んじゃ、そうするよ。もうすぐ届くはずなんだよね。どれをこっちに置こうかなー……」


 色々作ったけれど、シュッとしたオオカミなんかがいいかな?

 それならこの部屋の雰囲気をあまり崩さないだろうし……。


 だが、それを口に出す前にセリアーナが先に口を開いた。


「ネコは向こうにもあるし、置くならそれがいいわね。それよりも、フィオーラ。最近は市井ではこういった部屋が流行っているの?」


 まぁ……ネコクッションを置くのは別にいいのだが、セリアーナはこの部屋のインテリア配置そのものが気になっているようだ。

 そういえば、部屋に入ってから、あちらこちら移動しては興味深そうに眺めていた。

 日頃から、彼女はあまり率先してウロウロすることは無い。


 彼女の価値観からしたら、よほど珍しかったのかもしれないな。


 ◇


「そういえば、今日買って来た物は、全部この街で作られた物よね」


「ええ。折角だから他の家具と揃えてみたわ」


 一先ず俺の部屋の新配置のお披露目はすんだことだし、場所をセリアーナの部屋に移して、お茶でも飲みながら話をしようとなった。

 俺の部屋でも皆で座る場所こそあるが、肝心のキッチンが無い。

【隠れ家】を使えば別だが、そこまでするような事じゃないからな。


 さて、エレナとテレサがお茶の用意をしている間、セリアーナとフィオーラは俺の部屋について話をしていた。

 元々そのためにこちらに移動してきたのだが、お茶を淹れている2人がやって来るのを待っているのか、部屋のコンセプトについては避けている様だ。

 それでも話題はちゃんとある様で、2人でアレコレ話している。


「お待たせしました」


 話をするセリアーナたち2人を眺めながらぼんやりしていると、お茶のいい香りと共にエレナとテレサがやって来た。


「あら、ありがとう。今フィオーラから家具を選んだ基準について説明を受けていたわ」


 セリアーナはお茶を並べる2人に礼を言うと、座るよう促した。

 そしてお茶を飲み一息つくと、ようやく本題というか、あの部屋のコンセプトの話に移った。


 確かにこの世界じゃ珍しいとは思うが……正直そんなにセリアーナが興味を惹かれるような事かなとは思うんだが……。


「フィオーラ、そろそろ話を聞かせてもらえるかしら?」


「ええ。もっとも私も詳しいわけじゃ無いのだけれど……」


 ともあれ、フィオーラの話が始まった。


 最近、領都の比較的裕福な平民の間で、自分たちのセンスで着飾ったり部屋を整えたりってのが流行って来ているらしい。

 元々辺境の田舎だったこの街の住民が、他領や他国の人間と接した事で色々な情報を仕入れて、さらに丁度新領地バブルでお金に余裕があった事もあって、自分たちで色々試し始めたそうだ。

 フィオーラは部下からの話や自身が街に出る事で気付けたが、平民発の流行って事で、まだまだ貴族の間では知られていない。


 前世のように情報伝達が発達しているわけじゃ無いし、この世界じゃ基本的に流行は上から降りてくる。

 さらに言うと、大陸西部の流行がワンシーズンほど遅れて大陸東部に広まって、さらに数年経って上流階級に定着した頃に、平民にも伝わるって感じだ。

 にもかかわらず、自分が知らないものが唐突に現れた事に、セリアーナは驚いたんだろう。

 フィオーラの話を聞いて感心したのか、目を丸くしている。


 俺からしたら、まだまだお洒落というかカッコつけ過ぎているので、もう少し崩して欲しいが……文化面が豊かになるのは領地にとっても良いことだよな?

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