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リーゼルの執務室で、みんな揃っていつもの様にお仕事タイムだ。
昼食をとった後も、再びこちらで黙々と。
昨晩セリアーナがしたためていた、オオカミの活用法についても議論され、無事可決された。
ついでに、魔物のオオカミはもちろん、獣の狼の捕獲や繁殖も視野に入れていくんだとか。
イヌの方が手間はかからないが、戦闘力を考えると、その手間を含めてもオオカミの方に軍配が上がる。
まぁ、騎士団を動員して積極的に捕獲に動くってわけじゃなく、魔物の討伐や領内の警備任務のついでだったり、捕獲した冒険者の情報を回してもらうように冒険者ギルドに話を持って行ったりと、気の長い話ではあるが、そのうち領内の各街でオオカミを見かけるようになるのかな……?
ちょっと楽しみ。
「粗方片付いたし……少し休憩にしようか」
ソファーでゴロゴロしながら、第3第4のオオカミ君たちに思いをはせてウヒウヒしていると、仕事がひと段落したからか、リーゼルが休憩を提案した。
時計を見ると3時過ぎで、終業にはちと早いもんな。
リーゼルは、執事のカロスにお茶の用意を命じると、俺が寝転がっている応接スペースに向かって歩き始めた。
それを見て、部屋の面々もそれぞれ休憩に入っている。
セリアーナたちもこちらに向かってくるが……隣の部屋じゃなくてこっちで休憩をするのか。
ほんじゃ、俺も寝転がってちゃいかんね。
「よいしょ」
体を起こすと、枕代わりにしていた本を脇にのけて、彼等が座れるスペースを作る事にした。
◇
セリアーナたちもこちらにやって来て、しばしお喋りをしていたのだが、お茶が運ばれてきた事でその会話が中断された。
そして、一口飲んだところで、一つセリアーナに聞きたいことを思い出した。
別に夜でも構わないのだが、リーゼルがいる今の方が丁度いいかもしれない。
「ねーねー、セリア様?」
「なに?」
彼女もカップを置くと、隣に座る俺を見た。
「あのさ、今年は俺って何時頃ゼルキスに行くの? いつもだとそろそろだと思うけれど……」
例年……というほどではないが、それでも春の雨季前には、俺はお隣のゼルキスに数日だが滞在している。
といっても、大した事はしていない。
セリアーナやリーゼルの手紙を届けて、親父さんやミネアさんたちにこちらの様子を伝えて、たまに【ミラの祝福】をかけて……。
後は、ちょっとダンジョンを覗きに行ったりと、ほとんど遊びに行っている様なものだ。
向こうでの扱いもただのお客さんで、リアーナの使者ってわけじゃないしな。
だが、それでも俺が行く意味ってのはあったりする。
いつもなら、そろそろセリアーナなりリーゼルなりが、俺を向かわせると連絡をしていて、このあたりで行って来いって伝えてくるんだが……今年はまだ何も言ってこない。
俺は何時でも行けるが、それでも雨季は避けたいし、向こうだってあまり忙しくなる時期は避けたいだろう。
そこら辺はどうなってるのかなーと思い、尋ねたのだが……。
「ああ……。今年は無しよ」
「ぬぬ?」
セリアーナからの予想外の言葉に思わず、変な声を出してしまった。
ついでに驚きが表情にも出てしまったようで、ペチっと俺の額を叩くと、セリアーナが口を開いた。
「今年は、向こうが少し忙しくなるのよ……」
以前少しだけ話題に出たが、大陸西部の一部の国との交流が上手くいっていない問題は、どうやらウチだけじゃないようだ。
ゼルキスも船を使った輸送を行っているしな。
この分じゃ、南のマーセナル領も影響がありそうだ。
魔物絡みなら少しは役に立てそうなんだが、これは完全に政治的な問題で、俺がどうこう出来るような問題じゃない。
「ぬー……ん……。ちょっと予定が空いちゃうな。何しよっかな?」
しかしだ……。
てっきり今年もお泊りする事になると思っていたから、ゼルキス行きに間に合うように、ゴーグルなどのメンテを出していたのだが、そんなに慌てて出す必要は無かったかな?
まぁ、別にいつも大した用事を入れているわけでも無いが、ゼルキス行きを想定していた期間も含めて、思ったよりも長い空白期間が出来てしまった。
何すっかなー。
そんな事を考えて腕を組みながら唸っていると、リーゼルが良いことを思いついたといった顔で、話を振ってきた。
「雨季前だし、ダンジョンも外の狩場も混んでいるからね……少し狩りはし辛いだろうね。どうだろうセラ君。君は自分の部屋を持たないか?」
「部屋?」
今この屋敷に俺の部屋は無い。
ゼルキスから移って来た当初は俺の部屋も用意する予定はあったのだが、結局セリアーナの部屋に居ついて、今に至っている。
【隠れ家】もあるし、護衛の役割も考えると一緒にいられる今の状況は、理に適っていると思う。
【隠れ家】の詳細を知らないリーゼルも、その事はわかっていると思うんだが……はて?
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屋敷に俺の部屋……今更って気もするが、詳しく聞いてみようかな?
「南館に作るの?」
セリアーナの部屋がある南館は、2階は女性専用エリアになっている。
他所からの女性客だったり、テレサや乳母といった使用人とはまた別の、屋敷で働く女性用の部屋が用意されている。
ジグハルトたちの様に、屋敷の敷地内に家を用意する場合もあるが、俺の場合は前者だろう。
……だよね?
「ああ。セリアの部屋と廊下を改装して、君の部屋にしようと思うんだ。こんな感じだね」
そう言うと、リーゼルは紙にサラサラと絵を描き始めた。
2階の簡単な見取り図だ。
南館の2階は廊下の両側に部屋があるのだが、セリアーナの部屋はその2階の一番奥にある。
で、廊下は2階の突きあたりまでは行かずに、セリアーナの部屋によって途切れているのだが、その廊下のスペースとセリアーナの部屋の反対側の部屋を、一つの広い部屋にして、そこを俺の部屋にするそうだ。
セリアーナの部屋は、他の部屋よりも広く、寝室も含めたら大体4倍くらいはあるかな?
大きな部屋を縦と横に組み合わせて、L字型になっているんだ。
そのセリアーナの部屋と俺の部屋をつなげる事で、L字型ではなくて四角い大きなスペースに変える。
2階の端の一画を、全部俺やセリアーナのプライベートエリアにしてしまおうってわけだ。
セリアーナの部屋の向かいにはテレサの部屋もあるが、奥から一部屋空けていたのを不思議に思っていたが、もしかしてこのために空けていたのかな?
セリアーナの部屋と違って、2階の他の部屋にはキッチンや風呂、トイレは付いていないし、壁さえ取ってしまえば工事もさほど手間じゃない。
雨季の前という事もあって屋敷の点検に職人も集まるし、そのついでに片付けられる程度だ。
俺の部屋にするには随分広い部屋になってしまうが、とりあえず話はわかった。
「セリア様はどう思う?」
正直、特に困っているわけでも無いし、俺は自分の部屋が無くてもいいと思っている。
が、セリアーナの部屋に間借りさせてもらっているような立場だし、彼女の意見も聞きたいな。
セリアーナは、「そうね……」と一つ呟くと、口を開いた。
「私はいいと思うわ。お前、部屋にガラクタを貯め込むでしょう? そろそろ手狭になってきたし、物置代わりにしなさい」
【隠れ家】に積んでいる俺の荷物も大分増えてきた。
追加されたワンルームもあるしまだまだ余裕はあるが……、綺麗に収納するには新たに棚なんかも用意する必要がある。
ちょこちょこ集めている遺物などは、木箱に入れてそのまま積み重ねてもいいんだが、流石に服を同じ扱いにする訳にはいかないもんな。
しかし……。
「ガラクタじゃ無いけど……物置代わりに使っていいの?」
どうも俺の部屋は倉庫代わりに使っていい様だし、それなら俺の生活スタイルはこれまで通りで変更はないのかな?
その疑問が表情に出ていたのか、こちらを見ていたセリアーナには伝わったようだ。
「ええ。それ以外は今まで通りで構わないわ」
そう言うと、セリアーナはテーブルの上のカップを手に取りお茶を飲み始めた。
セリアーナの話は終わったようだが、リーゼルが引き継ぎ、話を始めた。
「もともとセリアの部屋の向かいは、セラ君用の部屋として空けていたんだよ。今までセリアの部屋でも十分だったが、君は贈り物が多いからね。そろそろ君の私物も増えてきたし、これからも増えていくだろう?」
「確かに……」
俺の私物といっても、俺自身が買い揃えた物はほとんどない。
リーゼルが言ったように、基本的に贈り物なのだが……贈り主を考えると、あまり粗末に扱っていい様な物じゃない。
商人なんかの平民からの贈り物なら、使わないのなら使用人なんかに渡しても問題無いが、貴族からの贈り物となると、それもなかなか出来ない。
屋敷の倉庫に放り込んでネズミに齧られる……そんな事が起きたら大変だ。
まぁ、実際は【隠れ家】があるから、今のところ置き場はまだ困っていないが……。
「君の部屋といっても、生活の場所は変えなくてもいいさ。セリアと共用の倉庫が部屋に追加されたと思えばいい」
と、笑っている。
俺が色々部屋に貯め込んでいる事は知っているだろうし、彼にも一応【隠れ家】の事は物置として伝えているが、詳細は知らないもんな。
「うん……そうだね。それじゃあ、お言葉に甘えます」
そこまで物騒な物は置いていないが、その中には魔物の素材を始め色々あるし、リーゼルとしても、あまり寝室に貯め込んでほしくないかもしれないし、ここは素直に受けよう。
小さく頷くと、提案を受ける事を伝えた。
「来週の頭に職人たちが点検に訪れるから、その時にやって貰おうか。恐らく当日中に仕上がるはずだよ。セリア、どうだい?」
「ええ。問題無いわ。ただ、南館であることは忘れずに伝えておいて頂戴」
「もちろんだよ。カロス」
リーゼルはカロスを呼ぶと、職人に依頼を出すように命じた。
随分あっさりと決まってしまったが、部屋の改装ってそんなに簡単なのかな?
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