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 領都の西の街道を突っ走る騎乗した騎士3人とオオカミのギリー。

 そして、彼等に混ざって生身で走る女性に、最後尾を飛びながらついて行く俺。

 傍から見たら一体どう見えるんだろう……。


 まぁ、それはそれとして、今日はお仕事だ。


 領都のすぐ西側には農業地帯が広がっていて、今日の仕事はそこの見回りだ。

 この世界には魔物も動物も生息しているが、当然肉食と草食、ついでに雑食が存在する。

 肉食と雑食は人や馬を襲うし、積極的に駆除しているが、喫緊の危険が無い草食はどうしても後回しになってしまうんだ。

 素材としても、そこまで魅力的じゃ無いそうだしな。

 精々猟師が食用に狩るくらいだ。

 もちろんそれでも十分な量を狩れていると思うが、リアーナはその領地の大半が森と山で、それくらいじゃーまだまだ駆除は追いつかない。


 んで、その草食の魔物や獣の何が問題かと言うと、前世でもそうだったが農地を荒らされてしまうんだ。

 所謂獣害だな。


 シンプルに柵を張ったり、あるいは罠を仕掛けたりってのが一般的だが、森が近くに広がるこの土地だとあまり向いていないんだ。

 半端に動物を痛めたままにしておくと、ソレを狙って魔物が寄って来るからな。

 夜の間は犬を放って追い払えるといいんだが、やっぱり魔物の存在がネックだ。

 そのため、冒険者や猟師だけじゃなく騎士団も定期的に見回りをして、農地の周囲に近づく魔物や獣を駆除する事で対策している。

 肉食草食のどちらからも悩まされる……ハードな世界だ。


 今回は俺たちが、その見回りを引き受けている。

 ただし、ギリーが一緒だから、通常じゃ対処できない獣の駆除も狙っている。

 本来俺は抜きでも問題無いんだが、ちょっと面白そうだから今日は俺も参加させてもらった。


 ◇


 街道を走っていると、先頭のギリーが何かを嗅ぎつけたのか、街道脇に広がる農場に進路を変えた。

 そして、そのまま突っ込んで行く。


 そこで働く者たちは、自分たちの方に向かってくるオオカミに一瞬身構えていたが、首に巻き付けられたスカーフを見て、すぐに警戒を解いた。

 

 この見回りの範囲内で働く人たちには、オオカミの事を知らせてはいるし、オオカミだけで単独行動させる事も無いが、それでも事故の可能性もあるしってことで、ギリーとベイルには首輪より目立つ、赤いスカーフを巻いている。

 リアーナに移ってからは使っていないが、昔俺が貰ったマントと同じ素材だ。

 首を守るための防具的意味もあるが、狙いは一目で従魔だと周囲に知らせる事。


 中々効果あるじゃないか。


 遅れて到着した俺たちに、農場の人間がどうしたのかと尋ねてくるが、既にギリーは畑に向かっていた。

 こっちのやり取りは騎士たちに任せて、俺も畑に行こう。


「何か見つけた?」


 この畑は、柵の内側に浅い堀の様なものが掘られているが、そこに降りたギリーは何か見つけたのか、堀の壁を嗅ぎまわっている。

 堀といっても、あくまで地面を掘り下げているだけだし、除草されているわけじゃ無い。

 季節もあってか壁面も草が生い茂っていて、少々見えにくくなっているが……どうやらお目当ての物を見つけたのかもしれないな。


 ギリーも、俺の方を見るとウォフウォフ低い声で吠えて主張している。

 手で制して大人しくさせると、俺も【妖精の瞳】とアカメたちの目を発動させてそちらを凝視する。


「どれどれ……っと。あぁ……いるね」


 壁の奥に小さく見える光点が二つ。

 魔力も感じるし、魔物だな。

 恩恵品やヘビたちの力を借りた状態の俺の目でも、地面の中の生物までは見えないが、これは堀の壁に横穴を掘っているんだろう。

 しっかり確認できた。

 今日の俺たちの目的の、ウサギだ。


 ウサギの魔物は草食で、別に人を襲ったりはしないのだが……たかがウサギされどウサギ。

 農作物を齧るわ柵を齧るわで、ピンポイントで農場にダメージを与えてくる。

 何より、このように地面に穴を掘ってそこを巣にしているため、中々人の目で見つけるのが難しく、すぐ近くに巣くっているにもかかわらず後回しになってしまう。


 壁面の草をむしり取れば、巣を一目で見つける事は出来るんだろうが、この量を人力で、それも魔物や獣に気を付けながらやるってのは少々無理があり過ぎるからな……。

 そのロスを考えると、被害に目を瞑った方がマシだったんだろう。


 だが!

 今日は逃がさないぜ……!


「副長、ギリー。見つけたか?」


 説明を任せていた騎士たちが、農場の主らしきおっさんを連れてこちらにやって来た。

 呼びに行く手間が省けたな。


「うん。ここの2メートルくらい奥に2匹いるよ」


 そう言って、巣がある場所を指差した。

 おっさんも、まさか畑のこんなすぐ側に巣があるとは思いもしていなかったのか、苦々しげな表情だ。

 でもまぁ、しっかりここで仕留めるし、気にしなくていいさ。


「そうか……。モニカ、お前がやるか? 槍はコレを使うといい」


「はい! お借りします!」


 さて、俺の返事を聞いた騎士は、どうやら止めをモニカに任せるようだ。

 彼が持つ槍を彼女に渡した。

 モニカは槍を受け取ると石突で草を払い除けて、巣穴の前で腰だめに構えている。

 ウサギだから反撃を食らうってことは無いだろうけれど……一応【風の衣】の範囲に入れておこうかな。


「では……ふっ!」


 モニカは、気合を込めて巣穴に槍を突き刺した。


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「……お? やったね」


巣穴に突き刺した槍は2羽のウサギを貫いたはずだが、即死では無かったようでモニカは数分ほど暴れる槍を抑え込んでいた。

 だが、それもようやく収まったようだ。


「はい! ……せーのっ」


 モニカが力を込めて、巣穴から槍を引き抜いた。

 穂先にはしっかりと絶命したウサギが刺さっている。

 サイズは胴体だけでも50センチくらいはありそうだ。

 後ろ足なんて俺の腕よりもずっと太いんじゃないか?

 重量も相応なのか、モニカはすぐに地面に置いた。


「でっかいねー……。こりゃ放置してたら大変だ……」


 俺が普段狩りをする一の森にもウサギはいるが、俺が狩ることは無いからな。

 改めて間近で見るとびっくりだ。


 ウサギのデカさに感心していると、農場主が同意してきた。


「ええ……。しかし、こいつらは逃げ足が速くて、見つけても中々駆除できないんですよ……」


「うんうん」


 こんな走りそうなのを人の足で追いかけてどうこうってのは難しいよな。

 今日はギリーだけど、ウチにはベイルもいるし、2番隊の仕事かって気もするが……定期的にこの駆除はやった方がいいだろうな。


 とりあえず、持ち運ぶわけにもいかないしウサギは農場に寄付するとして、まずは他の畑の見回りからだな!


 ◇


 さて、農場の畑全ての見回りを終えたのだが、皆で足並み揃えて移動して、ウサギを始末して、さらに巣穴を埋め直して……結局全部で1時間以上かかってしまった。


 巣を見つけることだけなら、ギリーが走り回ればさほど時間をかけずに出来ているが、俺はともかく他の4人は徒歩で移動する必要がある。

 俺とモニカだけならギリーと同じ速度で移動できるが、万が一の場合を考えるとな……。

 槍を使っても、仕留めるだけの威力を果たして俺が出せるかわからないし、【影の剣】は隠しているって事を抜きにしても、魔物がいるってわかっている穴に腕を突っ込むのも怖い。

 

 モニカに任せるにしても、もしウサギじゃなくて他の魔物だった場合を考えると……。

 タフな盾役も必要だ。

 時間がかかるのも仕方ないね。


「この一ヵ所で随分時間を使ってしまったな……。どうする?」


「ああ……これからさらに移動をする事を考えると、今日はここまでにした方がいいかもな」


「モニカ。君は生身で走っているが、消耗はどれくらいだ?」


「私は問題ありません」


 とはいえ、興味本位でついてきた俺と違い、騎士の面々は立派な任務でもある。

 仕方ない……で済ますわけにもいかず、どうしたもんかと、寄り合ってしっかり話し合っている。


 次の農場まで行って、そこでも同じくらい時間がかかるとなると、領都へ帰還する頃には日が暮れ始めている。

 そうなって来ると、魔物への警戒も必要になるが、騎士の3人は問題無いんだ。

 馬に乗っているし、彼等自身も魔境で戦えるだけの腕はある。


 だが、今日はモニカが一緒だ。

 機動力は彼等と同等でも、彼女の戦闘力だと、ちょっと領都の西側の魔物や獣が相手でも不安が残る。

 騎士団の任務ではあるが、緊急事態ならともかく、そうでないのなら無理をする事も無いもんな。

 安全第一!


「よし……。今日はここで終えて、続きは明日以降にしよう」


 彼等も同じ考えのようだ。

 モニカは、自分が撤収の理由になっている事に申し訳なさそうにしているが、俺的には、オオカミを伴う事でしっかり駆除が可能だって事がわかっただけでも十分だと思う。

 今日は俺も同行していたから何となく確認に動いたが、明日以降は別に俺抜きでも問題無くこなす事が出来るだろうし、今日はお開きだ!


 ◇


 その日の夜、セリアーナに昼間のお出かけの報告をした。


「ウサギねぇ……」


「うんうん。魔物だけあって結構大きくてね? 被害も中々侮れないくらい出ていたらしいよ。今後は騎士団で対処出来るかもってわかって、農場主のおっちゃんも喜んでたね」


 ウサギによる被害はセリアーナにとって想定外だった様で、地味な内容なのに真剣に聞いていた。

 まぁなぁ……人が襲われたりなら想像できても、農作物の被害は中々思いつかないだろう。

 前世で鹿や猪の獣害のニュースを見たことがある俺だって、話を聞いて初めて「そういえば……」ってなったくらいだ。

 現場レベルならともかく、領主だったり騎士団幹部だったりの上の方まで持って来られる話じゃない。


「オオカミの活躍できる場所が増えたのは悪く無いわね。数は2匹で足りていて?」


 南の森だと、先日俺たちが倒したクマの様な強い魔物や獣もいるし、群れでならともかく1体では縄張りを維持するのは難しいだろうって事で、断念した。

 今も1体はこの屋敷の庭で警備をしているが、もう少し「ならでは」って働き場所を探していたのだが、このウサギ狩りは中々悪くない。


「ぬ……。まぁ、見回る範囲は限られているし、なんとかなるかな……?」


 いるにこしたことは無いけれど、見回る範囲はそう広く無いし、2体でも十分っちゃ十分かな?


「そう。まあ、活用法は他にもありそうだし、余裕があるのなら確保するのも悪く無いわね」


 議題としてリーゼルに提出するのを思いついたのか、セリアーナはベッド脇のテーブルに向かうと、棚から紙を取り出してペンを走らせた。

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