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655


「……あれ? セリア様も来るの?」


【隠れ家】を発動したはいいが、いざ中に入ろうとするとセリアーナが肩に手を乗せてきた。

 ついて来るのかな?


「ええ。私が扱いやすい様にするわ」


 少々気になる言い方ではあるが……どうやら手伝ってくれるようだ。


「……ふぬ。まぁ、手伝ってくれるなら助かるよ。んじゃ、入るね」


 そう言って、木箱共々セリアーナと中へ入った。


 ◇


「……お前、さっきまで片付けていなかった?」


【隠れ家】に入ってリビングにやって来たセリアーナが最初に口にした言葉がこれだ。

 どうにも彼女の目には部屋が片付いていない様に見えるらしい。


「色々使いやすい様にしたんだよ?」


 リビングのテーブルやソファー周りに本を重ねて、ついでにいつでも寝転がれるように掛け布団も用意した。

 その分寝室には、仕分けした魔物の素材だったりアカメたちのおやつ用にキープしている、ダンジョン産の魔物の核が入った箱を置いている。

 少々手狭に見えるかもしれないが、普段から寝るのはセリアーナの寝室だし、長距離移動時に【隠れ家】で宿泊する際は、テレサはリビングで寝て寝室は俺しか使わない。

 これで十分なのだが……。


「今度片付けるわよ」


 セリアーナはこの機能美をわかってはくれず、そう一言だけ告げると、玄関まで引き返した。


「お前も運びなさい」


 そして、向こうから言葉を投げてくる。

 何気に彼女もここのキッチンを使う機会が多いからか、俺より張り切ってるんじゃないか?


「はーい。ほっ!」


 返事をして、俺も玄関へ向かいながら【祈り】を発動した。

 すれ違ったセリアーナは、軽々と食器の入った木箱を持っている。

 俺も負けていられんな。


「よいしょっ」


 まずは一つの木箱に尻尾を巻きつけた。

 そして、もう一つの木箱を持ち上げると、【猿の腕】で補助する。

 うむ。

 尻尾の方は引きずっているが、これなら二つ同時に運べるな!


 床付近まで下げていた【浮き玉】の高度を少し上げて、リビング手前にあるキッチンに向かった。

 そちらでは既にセリアーナが梱包を解いて、食器を出してシンクで洗い始めている。


 このねーちゃん、妙なところで家庭的だよな。

 出したらそのまま棚に入れるのかと思ったけれど……。

 ごめんなさい……と、心の中で謝っていると、セリアーナは、何やらこちらを呆れた様な目で見ていた。


 また考えを読んだのか……?


「お前……もう少し人間らしい動きをしたらどうなの?」


「ぬ?」


 呆れていたのは俺の姿の方だったか。


「コレ便利なんだよね」


 腕力の無い俺にとって、この尻尾と腕は必要不可欠だからな。

 今や自分の体と大差なく使いこなせている気がする。


「……まあいいわ。それよりも、洗ってしまうから中身を出して頂戴。お前は箱を向こうの部屋に持って行きなさい」


 何か色々言いたかったようだが、それを飲み込んで、指示を出してきた。

 セリアーナはこのままこちらで鍋やフライパンも洗ってくれるようだ。


「ほい」


 それなら、俺はさっさと木箱を荷物置き用の部屋に持って行きますかね。

 中身は抜いているし……3箱同時にいけるかな?


 ◇


「お疲れ様です。片づけは済みましたか?」


 執務室に残っていたテレサは、その間も仕事をしていたようだが、その手を止めて【隠れ家】から出てきた俺たちを出迎えた。


「荷物は片付けたけれど、部屋自体は片付いていなかったわね。今度また片付けをしないと……」


「いや、アレでいいんだよ?」


「私が嫌なのよ。収納出来るスペースはあるんだから、ちゃんと片付けるわよ」


「ぬぅ……」


 俺はアレが使いやすいんだけどな……。

 テレサは、笑いながら俺たちのやり取りを見ていたが、お茶を淹れに部屋のキッチンに向かった。

 そして、セリアーナはソファーに向かう。

 相変わらずクロネコの方を選んでいるが……そろそろ以前注文したクッションも届くはずなんだよな。

 魔物の人形も注文していたが、出来るのはいつ頃になるかな?


「あ!」


 職人たちの事を考えていると、ロブの店での出来事を思い出した。

 折角だし、今のうちに聞いておくかな。


「どうしたの?」


「うん。今日ロブさんの店での事なんだけどさ……」


 その時のことをセリアーナに説明すると、彼女は一つ「ああ……」と呟いた。

 何か心当たりはあるようだが、答えるのに少し間があった。

 珍しいな……。


「西側のいくつかの小国との間で運送に滞りが生じているそうなのよ。帝国や連合国との間には何も問題は生じていないし、冬頃には解決するはずだから、気にすることでは無いわ」


「……そうなの?」


 大陸西部の半分くらいを占めているその2勢力との関係に問題が起きていないのなら、あんまり大した問題じゃないのかな?


「ええ。商業ギルドには多少は情報が入っているはずだけれど、近いうちにリーゼルから話をさせようかしら……」


「そっかー……」


 まぁ、船便とかまだまだ新しいルートを使っているし、何かしら小さな問題くらいは起きても不思議じゃない。

 何が起きているのかは知らないが、セリアーナたちも把握できている様だし、俺がどうこう考える事じゃないのかもな。

 あの職人たちも、何が起きているのかわかれば安心できるだろう。


656


 春の1月がもう終わるそんなある朝。

 屋敷の麓にある騎士団本部のホールに、2番隊の隊員が集められた。

 もちろん俺や、休暇中はダンジョンではしゃいでいたアレクやジグハルト……そして、オオカミたちもだ。

 そのオオカミたちの訓練がようやく完了して、今日正式にリーゼルから名前と共に下賜される事になり、その式典の様なものが、行われている。


 いやー……昨年冬からだから、3ヶ月以上だよな。

 これを長いとみるか短いとみるかわからないが、俺的には長かった。

 最近こそ外での訓練に同行する機会もあったが、基本的に近寄らない様にしていたしな。

 別にオオカミが好きってわけじゃ無いが、ずっと気になっていたんだ。

 これからはもうちょい気軽に接する事が出来るな!


「騎士レット。騎士ヒューゴ」


「「はっ」」


 リーゼルの言葉に、彼の前に跪く2人の騎士が短く答えた。

 彼等がオオカミの正式な主だ。


 確かレットが20代後半で、ヒューゴの方が30代前半だったかな?

 2人とも地元の人間で、元冒険者だ。

 俺たち幹部陣は、ホールの壁際に座っているから、整列する隊員たちを横から見る事が出来る。

 リーゼルを前に緊張する2人の様子もばっちりだ。

 むしろ、彼等の脇でお座りしている、黒と茶色の2頭のオオカミの方が落ち着いているように見える。


 ちなみに、オオカミたちの名前だが、レットが主となった黒毛の方がギリーで、ヒューゴが主となった茶毛の方がベイルと名付けられた。

 シンプルな名前だが、短く覚えやすい、さらに騎士団の隊員どころか、出入りの業者も含めて同じ名前の者がいないってことで、この名前になった。

 リーゼルが全員の名前をチェックしたらしい。


 ちょうど今2人はリーゼルから、オオカミの名前が刺繍された腕章を授与されているが、アレは昨年討伐したオオカミの魔王種の革で作られている。

 オーギュストたちが3人がかりで倒した、ひときわ大きな群れのボスが素材だな。

 俺がこの間、ロブの店で装備のメンテナンスを依頼した際に彼が言っていた騎士団からの依頼はコレの事だった。


 今アレが何で出来ているかの説明が行われているが……レットたちは緊張を通り越して青褪めている。

 事前に腕章を受け取る事は聞いていたはずだが……どうやらその素材については聞いていなかったようだ。

 場所は違うが同じ戦いで得たもの同士だし、俺のジャケットの件もあるから、主が魔王種製の物を身に着けるのは理に適っているとはいえ……、不意打ちにしては強力過ぎるね。

 まぁ……それだけ期待されているってことで、彼等には頑張って貰いたいものだ。


 ◇


 式典が終わった後は、本部の方でちょっとした昼食会のようなものが開かれた。

 アレクやジグハルトだけでなく、リーゼルやオーギュストも出席して隊員達との交流を行う様だ。


 んで、俺はそちらには出席せず、テレサ、フィオーラと共にセリアーナの部屋に戻ってきた。

 向こうは男性陣に任せておこう。

 リーゼルたちがいるから羽目を外すって事は無理だろうけれど、それでもいらん気を使う事も無いだろうしな。


 今日は式典があるから、色々と面会の予定などを調整して、セリアーナたちも今日は1日オフだしってことで、俺たちは俺たちでのんびり昼食を済ませた。

 そして、食後のお茶を楽しんでいたのだが、その時エレナがセリアーナの机に置かれた箱を俺の前へと持って来た。


「なにこれ?」


「旦那様から君へだよ。開けてごらん」


 リーゼルから?


 誕生日でも無いし特に何かを貰う様なイベントは無いはずだが……。

 首を傾げつつ蓋を開けると、中身は黒い……黒い……なんだこれ?


「なにこれ?」


 黒い革製の何かが入っているが、これは何なんだろう。


 箱から出して、アレコレと見てはいるが、オオカミの横顔の様な刺繍が施されているものの、これが何かはわからない。

 形状だけならショルダーポーチに近いが、ポーチじゃなくてただのベルトの様にも見える。

 見えるが、ベルトじゃ無いよな。


 首を傾げていると、セリアーナが口を開いた。


「テレサ」


「はい。姫、失礼します」


 そう言うとテレサが俺の手からソレを取り上げると、左肩から右脇にベルトを回して留め始めた。

 ようやくコレが何かがわかった気がする。


「肩当て?」


 左肩全体を覆っているが、試しに腕を回しても引っかかることは無い。

 一見硬そうに見えても、思ったより柔軟性があるな。


「そう。素材はオオカミの魔王種よ」


 さらに聞くと、式典でレットたちが受け取っていた物と同じ素材で出来ているそうだ。

 俺のジャケットもオオカミの魔王種製だが、直接指揮を執る事は無くても、俺もオオカミたちと行動を共にする機会があるだろうし、腕章と合わせた方がいいだろうって事で作らせた物らしい。

 デザインはセリアーナが指示したそうで、腕章では無くて肩当てにしたのは【猿の腕】を発動しやすくするためだ。

 これ自体はそうと思われなくても、その下にあるのかもって思わせられるし、肩を隠せるってのは悪くない。


「お前ならその方がいいでしょう?」


「確かに……こっちの方が気兼ねなくやれるね。ありがと、セリア様」


 礼を言うと、フッと笑った。

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