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 ある昼下がり、俺はリュックを背負って領都上空をふよふよと漂っている。

 目指す先は、商業地区の中央通りから一本裏に入った通りにある、小さなお店。


 その店までもう少しという所で、高度を地面近くまで下げた。

 中央通りは賑やかなのに、この路地には人っ子一人おらず。

 まぁ、この辺に人通りが無いのはいつもの事か。


 その通りを少し進むと、お目当ての店である、ロブの店が見えてきた。

 ここに来るのは随分ご無沙汰だが、相変わらず外観だけだと何の店かわからない。

 扱っているのは革製品だが、商売っ気の無さよ……。

 ともあれ、中に入ろう。


 ◇


「……ん? セラか」


「こんちわー……なんか狭くなってない?」


 中に入ると、入口のすぐ目の前にあるカウンターに腰かけながら、何かの作業をしていたロブが顔を上げた。

 この店はどちらかと言うと、裏の作業場が本体の様な部分があるが、それでも以前はこの表側にもスペースはあった。

 だが、久しぶりに入った店内は、材料の革が満載の木箱に侵食されている。

 俺は浮いているから関係ないが、足の踏み場も無いな。


「狭くはなってねぇが……雨季に備えて材料を大量に仕入れたからな。それで、今日はどうした? お前さんだけか?」


 ロブは、カウンターに広げられた道具を脇にどけると、俺一人で来たのかと尋ねてきた。

 大抵アレクかテレサと一緒だからな。


「うんうん。今日は俺一人だね。コレの整備をお願いしたくってさ……忙しいかな?」


 背負ったリュックをカウンターに下ろして、中身を取り出した。


 中身は【浮き玉】での高速移動時に使うゴーグルに、狩りの時に小物を入れているポーチだ。

 リュックも含めてどれもこの店で作った物で、日頃から利用している。

 ゴーグルもなー……【風の衣】を得た事で、お役御免となるかと思ったんだが、何だかんだで長距離移動をする時なんかには重宝するんだよな。

 俺の分だけじゃなくて、テレサの分と予備の分も持って来た。


 雨季はいつも外で狩りをしている連中が休暇期間に充てるため、その彼等の装備メンテナンスで職人たちが忙しくなる。

 今年はダンジョンが出来たし、少し変化があるかもしれないが、店内の積まれた箱を見る限り、例年とスケジュールに変わりは無さそうだ。


「いや、今ならまだ余裕はあるぞ? ……なんでお前……そんなジャラジャラ着けてんだ?」


「セリア様とテレサが用意してくれたんだ」


 今日の俺はいつもの指輪の他に、先日貰ったブレスレットを右手首に二つ、左手首に一つ着けている。

 こういう風に相手と向き合った場合なんかは、そっちにも目が行くんだな。

 これなら【猿の腕】のバングルも自然に見えるだろう。


 俺の言葉を聞いたロブは、はん……と一つ呟くと興味を無くしたように、ゴーグル等のチェックに移った。

 どれも頑丈に作られてはいるが、使用環境がダンジョンだったり森の中だったりするからな。

【風の衣】の中とはいえ、消耗具合は街中で使う物よりは高いと思う。


 しばしの間、ロブは黙りこくってチェックをしていたが、どうやら完了したようだ。

 最後に見ていたリュックをカウンターに置くと口を開いた。


「縫い直した方がいい箇所がいくつかあるが、この分なら2週間もあれば終わるな。待てるか?」


 2週間か……しばらく狩りは控えてゴロゴロするか。


「うん。お願いするよ」


「わかった。仕上がったらいつも通り屋敷に届けよう……っとそうだ」


 注文書を書き始めたロブだったが、何かを思い出したのか顔を上げた。


「うん?」


「今日はお前さん私用だよな? 騎士団の仕事か?」


「ほ? 私用だけど……なんかあった?」


 なんか騎士団のお世話になる様な事でもしてんのかな?


「領主様からの仕事を、お前のところの隊長から受けてんだよ。その進捗でも聞きに来たのかと思ったんだが……違うんならいい」


 そう言うとまた注文書の制作を再開した。


 革細工職人にリーゼルから仕事……?

 ロブは、何の仕事か答える気は無さそうだけれど……なんなんだろう?


 ◇


「じーさん、いるか?」


 仕上がった注文書に俺もサインをして、ついでに前金も払って……そろそろお暇しようかなって時、店の裏口から誰かが入ってきた。

 同業者かな?


「おう! どうした?」


「ああ……っと、客か。あ? セラ副長じゃないか」


 そのまま中に回ってきた男に俺も見憶えがあった。

 確か武具職人で、騎士団にも出入りしている男だ。

 その彼は、俺を見るとどうしたもんかって表情を浮かべている。

 仕事の話かな?

 邪魔しちゃいかんし、さっさと退散するかね。


「オレの用事はもう終わりだから……。んじゃ、ロブさん。仕上がったら屋敷までよろしくね」


「おう」


 店を出る際に、彼等の話がちらっと耳に入って来た。

 なんでも、他国からの入荷にバラツキがあるとか無いとか……。

 上に話を持って行くのに、情報を集めているようだ。


 ふーむ……街は賑やかに見えるけど……職人視点だと何か違ったりするのかな?

 俺にはわからんね。


654


 店を出て、そのまま帰ってもよかったのだが……折角街に出てきたわけだし、ちょっとうろついてみることにした。

 帰り際に聞こえた事がちょっと気になるってのもあるが……いいお天気だしな!

 ゴーグルとポーチを預けてきたから、それが戻って来るまでお出かけは控えるし、護衛抜きで街を出歩くことになるが、たまにはいいだろう。


 街の外やダンジョンがある冒険者ギルドから屋敷に戻る時は、いつも上空を飛んでいるが、今日は歩行者目線だ。

 上空からだと、空き地だったり建設中の建物も一目でわかるし、なんとなくまだまだって印象を持っていたが、視点が変わるだけで、街の印象も大分変わって来る。

 当たり前といえば当たり前かな?


 中央通りには様々な店が並んでいて、店の前には馬車が停まったり、お使いを受けた使用人や丁稚らしき少年が通りを駆けていったり、さらには住民も普通に買い物をしていたりと、実に活気に満ちている。

 いやはや……この街も大きくなったもんだ。

 もっとも、俺はこの街出身ではあるが、あまりこの辺のことは知らないから比較は出来ないんだが……。


 ともあれ、あのおっさんが気にしていたような事は、俺の目には映らないな。

 もうちょっと街をぶらついてみようかな?


 ってことで、あちらこちらをうろついていたのだが、その際についでに気になった物なんぞを購入した。

 リュックも無いし、冷やかし程度で正直何も買う気は無かったのだが、商業ギルドの方で纏めて梱包して、夕方には屋敷に届けてくれるというから、ついついいろんな店を覗いては、アレコレ買い足してと……散財してしまった。

 うん……まぁ、俺の稼いだ分どころか、お小遣いで余裕で足りる分だし、たまにはお金を使うのもいいだろう。


 帰ったら荷物が届く前に【隠れ家】の片付けでもしようかな。


 ◇


『セラ、荷物が届いたわよ。出て来なさい』


【隠れ家】に響く、セリアーナの声。

 昼間買った物が届けられたらしい。


「お?」


 片付けに夢中になっていたが、時計を見るともう夕方を回っていた。

 窓から外の様子が見えないと、わからんもんだな……。

 とりあえず受け取りに行くか。


「よっと」


 近くに転がしていた【浮き玉】に乗って、玄関に向かう前にモニターで外の様子をチェックすると、腰に手を当てたセリアーナの姿が見えた。

 これは急がないとな……!


 ◇


 寝室に出ると、ドアのすぐ前にセリアーナが立っていた。

 屋敷に届けられた荷物は、南館の使用人たちによって運び込まれてはいるが、隣室にあるんだろう。


「おまたせ!」


「結構。向こうに積まれているから、早く片付けてしまいなさい」


「はーい」


 複数の店でバラバラに買ったから、結局どれくらいの量になったのかよくわからないが、この分じゃ結構量がありそうだな。


「……ぉぅ」


 隣の執務室に出ると、部屋の入口のすぐ側には、部屋まで運んできてくれた3人の使用人たちとテレサ、そして積まれた木箱が目に入った。

 その数3箱。

 そんなに買ってたかな……?


「姫、こちらに受け取りのサインをお願いします」


 テレサが見せてきた物は、この屋敷の書類だ。

 荷物を受け取った場合、どこから誰宛の物を受け取ったって記録が残り、相手に渡した際にはサインを書いてもらうようになっている。

 横領防止のためだな。

 何気に俺が彼女たちから受け取る機会って無いよな……。

 これ書くの久しぶりだ。


「お、はーい。わざわざありがとうね。重かった?」


 そちらに向かい、受取証にサインをしながら彼女たちに礼を言った。


「そこまで重たくはなかったわね。割れ物も含まれているそうだから気を付けはしたけれど、大丈夫よ」


 彼女たちはニコリと笑って答えた。

 うーむ……皆細身だが、全員俺を軽く抱え上げる事が出来るし、結構パワフルなんだよな。

 とはいえ、3箱とはいえ、本館からここまでは距離があるし、持って来るのは大変だったろう。

 筋肉痛にならない様に【祈り】を彼女たちに向かって発動した。


「あら、ありがとう」


「うん。はい、書いたよ」


「はい、確かに受け取りました。それでは、奥様失礼いたします」


 彼女たちは受取証を受け取ると、セリアーナに一礼して退出した。

 さて……彼女たちは去って、部屋には身内のみ。

 これをどうしようか……。


「そこで奥に運んで構わないわ。奥で使う物なんでしょう?」


「うん。食器とかだね」


 今日昼間街で買った物は、【隠れ家】で使う食器や調理器具がメインだ。


 最近はセリアーナの部屋に置いている食器を使う事が多いものの、やはり【隠れ家】の食器類ももう少し増やしたかった。

【隠れ家】を利用する者の人数は限られているし、今ある分だけでも十分足りているが……いつも同じのだとちょっと芸が無いしな。


 他には、鉄製の大きめのフライパンやお鍋だ。

 これも別にどうしても必要ってわけじゃ無いんだが、まぁ……あって困るもんじゃ無いし、折角街に出かけたわけだし、買って来てしまった。


「ぉぉ……」


 とりあえず中身の確認をしようと、話しながら木箱の蓋を開けたのだが、食器は緩衝材替わりの布がびっしりと詰められている。

 そんなに量は無いのに……と思っていたが、なるほど。

 割れない様に余裕をもって梱包していたのか。

 他の箱に入っていたフライパンや鍋まで同様の処置を施されている。


「……お前も変な物を買うわね」


「何かに使うかもしれないしね! んじゃ、ちょっと奥に運ぶね」


 頭の上からするセリアーナの声に答えると、箱に手を乗せて【隠れ家】を発動した。

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