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倒したクマさんの周りでひとしきり盛り上がった後は、この死体をどうしようかとなった。
頭から足までで3メートル近くあるし、重さだってそれ相応のはずだ。
こちらには馬が3頭いるし、引っ張るだけなら何とかなるだろうが、そうすると機動力が死んでしまう。
俺一人じゃ、万が一魔物が襲ってきた場合は対処できないかもしれないし……。
「街まで行って応援呼んで来よっかね……」
街道の両脇に広がる森には、こちらの様子を窺っている獣らしき姿もあるが、武装した騎士たちにオオカミを警戒してか、こちらに近づいてくる様子は無い。
俺だけなら領都まですぐだし、応援を連れて戻って来るのに30分もかからないだろう。
「そうだな……ん? 待て」
騎士たちはその提案に頷きかけたが、ふと街道の南に目をやると、飛び立とうとした俺を待たせてそちらに向かって馬を走らせた。
何事かと思い俺もそちらを見ると、馬を2頭繋いだ荷馬車がやって来ている。
護衛の冒険者もいるし、恐らく商人だな。
彼の下へ行くと、なにやら身振り手振りを加えて交渉を行っている。
「上手くいくかな?」
と、側で待機する騎士に尋ねた。
あの荷馬車にこのクマを運ばせようって考えなんだろうけれど、引き受けてくれるかな?
彼が1人で出歩いているのなら、騎士の護衛が着くってのは有難いだろうけれど、しっかり護衛を雇っているし、何より領都までもうすぐって距離だ。
日が落ちるまでまだあるが、それでも手間のかかる様な事はしたくないだろう。
「ああ、大丈夫だろう」
だが、その懸念をよそに何でもないように答えた。
「ぬ?」
もしや騎士サマの威光を振りかざすとか?
ソレはウチのお偉いさんが怒りそうだけど……。
「確かに引くのは重いしその分速度は落ちるだろうが、それでも俺たちが一緒なら街への入場の際の検問を優先的に通れるし、騎士団への貢献にもなる。むしろ引き受けた方がうまみが多いさ」
「ほほぅ……」
領都には検問を設けていて、入場時にはそこで審査を受ける様になっている。
貴族はフリーパスだが平民は門前で並んで待つ必要があって、この時期の様に街を訪れる者が多いと、混雑して当然待つ時間も長引く。
他の領地と違って、ウチは街壁の外に宿泊施設なんて無いし、一応閉門の時間は決まっていても、審査待ちの者を街の外に放置するようなことは無い。
だが、街に入ってそれで終わりかと言うとそうじゃない。
事前に手配する者でもいない限りは、自分で宿泊場所の用意をする必要がある。
ウチの街は治安はいい方だと思うが、それでも野宿なんてしたくないだろう。
だから、そのような事態にならない様に、皆出来るだけ早い時間に街に辿り着くように移動をしている。
それを考えると、ちょっとあの彼は出遅れ気味なのかもしれないな。
うん……確かに話を引き受けるうまみは十分にある。
さて、その場に留まっていた俺たちは、そんな事を話していたのだが……。
「決まったみたいだぞ」
「あ、ほんとだ」
どうやら首尾よく話がついたようで、こちらに戻って来る騎士の顔に笑みが浮かんでいた。
◇
南の森でクマを倒したその日の夜。
夕食を終えた後は、いつもの様にセリアーナの部屋でダラダラしていたのだが……。
「セラ」
セリアーナがドアの方を指差した。
「ほいほい」
返事をしてドアを開けに向かった。
「ありがとうございます」
部屋に入って来たのは、小振りな木箱を手にしたテレサだ。
先程荷物が届いていると使用人から話があり、受け取りに行っていたのだが、中身は何かわからないがこちらで使う物だったらしいな。
部屋の中を進み、それをテーブルに置いた。
飾り気の無いシンプルな箱だが、造りは随分しっかりしている。
そして、革のベルトでしっかりと留められていた。
なんだろう?
セリアーナも気になったのか、読んでいた本をテーブルに置くと、テレサに視線を向けた
「先日マーセナルの領都に出向いた際に注文を出していたのですが、思いの外早く届きました……少々お待ちください」
当のテレサは、俺たちに見られているのを気にせず、マイペースにベルトを外している。
そして、外し終えると蓋を開けた。
箱の中には色とりどりの輪っかが何個も……なんだこれ?
箱の内部に厚手の布が貼られているし、緩衝材代わりなのか何枚も布が入っている。
留め方だけじゃなくて、内部も厳重に扱っている様だが……、そこまで高価な品には見えないぞ?
首を傾げる俺に対して、セリアーナはそれが何かわかったようで、口を開いた。
「ああ……。セラ用ね?」
「はい。王都の品なのでもう少しかかるかと思ったのですが、丁度仕入れていたようで、その分を回してくれたそうです」
テレサはセリアーナに答えると、緩衝材代わりの布を1枚取り出して、テーブルに広げた。
そして、その上に輪っかを移していく。
形は輪っかの物もあれば、鎖状の物を丸めていた物もあったが、どれもシンプルなデザインだ。
これ、ブレスレットか?
「ぬぬ?」
そういえば、俺用?
なんかこのやり取りに似たような事をした覚えがあるな……。
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「セラ」
テーブルに並べられたブレスレットらしき物を、一つ手にしたセリアーナが、こちらにもう片方の手を伸ばしてきた。
俺にも手を出せって事かな?
「ほい」
手首に何もつけていない右手をその手に乗せると、セリアーナは自分の前へと引っ張った。
そして、手にした輪っかを手首に嵌めた。
やっぱりブレスレットだったか……。
【猿の腕】のカムフラージュ用に用意してくれたんだな。
【猿の腕】自体は、【影の剣】と違って隠していないが、バングルだって事は一応公言していないわけだし。
「おや?」
手首に嵌めたブレスレットは、落ちるほどではないが少しサイズが余っている。
指輪の時は自動で調節していたけれど……これは違うのかな?
「先日【猿の腕】を新たに入手したので、その偽装用に用意しました。ただ、今回調達した物は通常の品です。姫の指輪と同じような効果を持つブレスレットもあるのですが、それは少々無骨過ぎて似合いませんからね」
「ぬ……」
用意されたブレスレットはどれも華奢で女性的なデザインだ。
確かに俺の手首にゴツいのは似合わない気もするが……やっぱり機能を付与するとゴツくなるのかな?
「まあ……ダンジョンならともかく、森に出る際には外した方がいいでしょうね。お前は腕を振り回すでしょう? 木の枝や草に引っかけるかもしれないもの」
テレサと話をしている間にも、アレコレと付けては外してを繰り返していたセリアーナが、注意点を挙げてきた。
「そうですね。幸い外ではそこまで手首に視線が集まることは無いでしょうし、それでいいと思います」
「そうなの?」
俺はなんか色々着けてるなー……とか見ちゃうけど……。
ウチの女性陣は、基本的に装飾品はあまり身に着けないんだ。
今もだが、セリアーナは両手の人差し指に指輪を一つと、確かネックレスを一つ。
テレサは右手の人差し指に指輪を一つ。
もう帰宅しているが、エレナも確か指輪を一つだけしていた。
屋敷で過ごしている今日だけじゃなくて、外に出る時も大体いつもその程度だ。
フィオーラは、指輪やブレスレットも色々している事もあるが、普段の俺ほどじゃない。
まぁ……俺の場合は恩恵品も色々身に着けているから、またちょっと事情は違うが……。
「ええ。指輪型の魔道具は比較的入手しやすく、効果もシンプルな物が多いので、冒険者も利用する事がありますが、手首に付けるタイプの物となると、少々効果が限定される場合が多いんですよ。魔法の効果を拡大したり魔力の回復を速めたり……。効果はそこまで大きくありませんが、主に魔導士向けですね。フィオーラ殿が着けている物もそうですよ」
フィオーラのアレは魔道具だったのか……って事は、彼女がジャラジャラ身に着けているのは、お洒落のためじゃ無いんだな。
それはともかく、冒険者だと手首に何かを身に着ける事はほとんど無く、狩りをする時は気を付ける必要は無いってことは分かった。
だが、それなら俺が外をうろつく機会なんて狩り以外ほとんど無いわけだし、わざわざ用意しなくてもいい気もするが……その辺はどうなんだろう?
「コレってオレ着けてた方がいいの? 逆に目立ちそうな気もするけれど……」
【猿の腕】は確かに左手首に着けているが、シックなデザインだしそもそも俺は長袖を着ている事が多く、あまり目に付くことは無いと思うんだよな。
増やす事で、却って目立ってしまいそうな気もするけれど……。
「ええ。お前は指輪もしているでしょう?」
「うん。全部の指にしてるね」
ついでに黒のマニキュアも全部の爪にしている。
「それだと片手に一つだけしかしていない方が目立つでしょう?」
「ぬ……」
「それだけではありませんよ……」
セリアーナの言葉にちょっと納得しそうになってしまった。
それだけだと言葉が足りないと感じたのか、テレサが苦笑しながらさらに補足を入れてくる。
しかしこの2人……さっきからあれこれブレスレットを付け替えるのに忙しいな。
「指輪の時は、私が直接王都に依頼を出しましたが、今回は間に商業ギルドを挟みました。私が複数の装飾品を仕入れた事が広まる事でしょう」
「うん」
注文を出したからって、その受けた相手が直接出向くわけじゃ無い。
間に何人も挟むし、注文主が貴族なら事故防止のためにもちゃんと伝えるはずだ。
「屋敷の使用人も、むやみに屋敷の中の事を漏らしたりはしないでしょうが、それでも姫が何か身に着けているか? といった程度の事なら、家族に聞かれたら答えてしまうかもしれませんからね。それなら日頃から複数を身に着けておいた方がいいでしょう」
「……なるほど?」
【猿の腕】がバングルって事を隠すのはいいし、使用人経由で、俺が何か新しいものを身に着けているって事が漏れるのも別にいい。
でも、そこまでしなくてもってのが正直な感想だ。
まぁ、頂けるのなら有難く頂戴するが……。
「まあ、これでお前がまた何か増やしても、テレサが注文した物……とでも言っておけば、ある程度は凌げるでしょう」
「……おお!」
首を傾げる俺を見て、セリアーナがそう言った。
恩恵品はデカい物ならともかく、小物はアクセサリーの場合が多い。
こういった事で前例を作っていくと、色々誤魔化す事に役に立つ……のか?
いまひとつ腑に落ちないが……2人が良しとしてるんだし、これでいいのかな?
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