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 何やかんやありつつも、身だしなみはしっかりと整えられて、無事解放された。

 むしろいつもより念入りに整えられたかもしれない。

 普段俺の髪はテレサに任せてあるが、彼女は俺の好みをよくわかっていて、あまり手間のかかる髪形は選択しない。

 他所からの客でも来ない限りは、後ろで簡単に結んだだけってのがほとんどだ。


 だが……今の俺の髪は何というか……編み込み?

 三つ編みを何房も作って、それを後ろでグルっと輪っかにしたり……サイドを角髪のようにしたり……。

 少し前に王都経由で入ってきた流行がリバイバルしたんだろうか?

 頭のてっぺんら辺が引っ張られているような感じがして、落ち着かない。

 解きたいところだが、折角やってくれたのに悪い気がするし……そもそも解き方がわからない。


 あきらめるか。


 少々落ち着かないが、変な髪形ってわけじゃ無い。

 このままセリアーナの所へ向かおう。


 いつも通り【浮き玉】でふよふよと屋敷内を進んでいるのだが、時折すれ違う使用人たちが俺を見てギョッとしている。

 そんな変な髪形かな……?


 首を捻りつつも移動は止めず、リーゼルの執務室前までやって来た。

 俺の接近を察したのか、既にドアは開けられているが……。


「おつかれさまー。セリア様中にいる?」


 一応確認だ。

 その言葉に彼は頷くと、苦笑を浮かべながら口を開いた。


「奥様がセラ殿の事に気付かれたよ。今はもうお客も帰られたし、入って構わないそうだ」


 そう言って、中に促された。


「おじゃましまーす」


 執務室の中は彼が言うようにもう客はおらず、文官達が書類の片付けなどをやっていた。

 どうやら午前の仕事は終了のようだな。


「いらっしゃいセラ君。森に出ていたそうだけれど、もう戻って来て良かったのかな?」


「朝のうちから何か皆頑張ってたみたいで、オレが狩りをする場所が無かったんだよね……」


「春だからね……。そのうち落ち着くさ。さて、僕らはこれから昼食にするけれど、君も一緒にどうかな?」


 リーゼルからのお誘いにセリアーナを見ると、頷いている。

 この流れはいつもの事だな。


「ん。ご一緒します」


 そう返事をすると、片付けが終わるまでしばらく待っていてくれと、セリアーナの方を指した。

 そちらを見ると、セリアーナが呆れた様な目をして手招きしている。

 彼女側の方もまだ片付けをしているし、俺も手伝うかな。


 ◇


 さて、片付けを終えた後は、食堂に移動して皆で昼食をとった。

 いつもと変わらない面子で、武官文官とが席を共にしていた。

 領内の街道の警備状況だったり、商人を始めとした住民の移動等、アレコレと話しては互いの情報の擦り合わせを行っている。


 相変わらず皆真面目だ。

 それは食事が終わってからも一緒で、出されたお茶を飲みもせずに、今も話を続けている。


 一方そんな彼らとは違って、俺は呑気にセリアーナたちに狩場が無かったことなどを愚痴っていたのだが、ふと思い出した事が一つ。


「あ、そうだ! ね、旦那様」


 彼らの話もひと段落している様だし、折角だしその事を訊ねてみるか。

 テーブルを挟んで向かい側にいるリーゼルを呼ぶと、すぐに振り向いた。


「うん? なんだい?」


「オオカミってまだ名前を付けないの?」


 冬に捕らえたオオカミ君たちではあるが、契約する主は決まり、冬の間にある程度の訓練を施しいる。

 今はやっているのは、他の隊員の指揮下で行動できるかどうかだ。

 今朝俺が森で遭遇したのも、その訓練の最中だった。


 1番隊預かりになったウマの方はちょっとわからないが、オオカミ君たちの方は順調だと思う。

 ただ、まだ名前が付いていないんだよな。

 主が決まったら、彼等が決めるんだと思っていたが、名前はリーゼルが付けることになったらしい。

 まぁ……あのオオカミは、捕らえた冒険者からリーゼルに献上されたわけだし、そう考えたら別におかしなことでは無い。

 だが、そろそろ名前を付けてもいいんじゃないかなとは思う。

 未だに、ソイツとかコイツって呼ばれているもんな。


「ああ……。まだ訓練は続いているからね。全て完了したら正式に隊を振り分けるんだ。その際に名前も一緒に授与する事になっているね」


「あぁ……なるほど」


 俺にとっては気のいい兄ちゃんだし、割と気安い関係ではあるが、他の者にとってはそうじゃない。

 現王の直系で公爵様……高貴なお方だ。

 ましてや、今この場にいる様な領地の幹部陣ならともかく、一般兵ともなるとそうそうお近づきになれない。

 名前を付けるだけなのに、わざわざそこまでしなくても……と思わなくもないが、箔付けのためにも儀式は大事か。


 納得してほうほうと頷いていると、何かを感じたのか隣に座るセリアーナが、エレナたちとの会話を中断して俺に顔を向けた。


「お前、勝手に名前を付けたりしていないでしょうね?」


「だ……大丈夫だよ?」


 その言葉に一瞬ギクっとしてしまったが、問題無い。

 心の中では勝手に名前を付けているが、口に出したことは無い。

 セーフだセーフ。


 セリアーナは俺の目をしばし覗き込んでいたが、どうやら嘘ではない事は伝わったらしい。

 そう……と小さく呟くと、またエレナたちとの会話に戻った。


 危ない危ない。


650


 日差しうららかな昼下がり。

 今日は一の森では無くて、街の南側から伸びる街道沿いの森をうろついている。


 魔境は、依頼やそこでの稼ぎ目当ての冒険者が多いが、こちらの森は違う。

 こちらも十分広い森で、魔物や獣がいるのだが、まぁ……普通の強さで、稼ぎとしてみるとそこまでではなく、領都に集まってきた冒険者たちにとっては、狩場としては魅力が無いそうだ。

 じゃあ、放置されているかと言うと、そういう事は無い。


 この街道はルバンが治める村と繋がっていて、人の往来も多い。

 その彼等も護衛を雇ったりあるいは自身で武装をしたりと、それなりに備えてはいるが、時折魔境から抜け出してきた魔物も巣くったりしていて、中々油断はできないんだ。


 そのまま民間に任せていると、被害も増えるし、いずれは往来も減ってしまうかもしれない。

 だが、ルバンの村はリアーナの水運の要だし、そこと領都の往来が途切れるのはよろしくない。

 そのため、この街道周辺は騎士団が見回っている。


 今日もそうだ。


 そして、それだけじゃ無くて、ここの治安維持のためにオオカミの縄張りにしてみるってのはどうだろうという案が出て、それの実験も兼ねて1頭を連れて森の見回りにやって来た。

 それに俺も参加しているわけだ。

 ここでの狩りは、以前街道を通すために森を切り拓く作業に参加した時以来かな?

 人は滅多に入り込まないし、草も深くいまいち視認性が……。

 俺にとってはそこまで障害にならないが、何か潜んでいるかもしれないし、気を付けないとな。


 さて、そんなわけでふよふよ森を漂い、魔物はいないかと探していると、ふと目に付いたものがあった。


「ぬぬぬ……?」


 太い木にバリバリと爪で削った様な痕がある。

 高さは……2メートルくらいか?

 オオカミとかじゃー無いよな?

 なんじゃろ……?


 首を傾げながら爪痕を眺めていると、離れた場所から笛の音が聞こえてきた。

 同行している騎士たちのものだ。

 次いで、オオカミの低い鳴き声。


 これは何かあったか?


 急いで、そちらに向かう事にした。


「止まるなっ! 街道まで引っ張るんだ」


 段々大きくなる騎士の声。

 どうやら何か大物と戦闘中の様だが、戦っているのはあの爪痕の主かな?

 馬に乗っているし、森の中での戦闘は不向きと見たのか、街道に出ようとしている。

 それなら、そっちに先回りして迎え撃つか。


 ◇


「来たっ! ……って、でかっ!?」


 先回りして街道に出た俺は、戦闘態勢を整えながら、騎士たちが引っ張って来るのを見張っていた。

 そして、待つことしばし。

 少々離れた場所に、先頭の騎士が森から飛び出してきた。


 次いで2人目3人目……オオカミ。

 最後に現れたのが、件の大物なのだが……その正体は、デッカイ熊だ。


 魔物か獣かはわからないが、これはデカい。

 立ったら3メートル近くはありそうだ。

 この世界のクマはいつ頃冬眠から目覚めるのかわからないが、少なくとも痩せ衰えている印象は無い。

 速度の出せない森の中じゃ、いくら騎乗していても厳しいだろう。


 オオカミ君は……うん、無傷だ。

 クマの周囲を吠えながら牽制している。

 そのおかげで、クマは狙いを絞る事が出来ずにいるんだろう。


 ……このまま任せてもよさそうな気はするが、騎士たちの装備は短槍と剣。

 着実に攻撃を加えているが、このままだと速度を活かした突撃ってのはちょっと難しそうだし、俺も参加した方がいいだろうな。


 戦闘場所の真上に移動すると、戦況を伺いながら介入するタイミングを計る。

 こちら側は俺の存在に気付いたが、クマは牽制が鬱陶しいのか、上空は無警戒だ。


 待つことしばし。

 クマが前足を振り抜いたことで動きが止まり、隙が出来た。


「ぬぬぬ………………今だっ!」


 そこを逃さず、【緋蜂の針】を発動した右足で、クマの頭を踏み抜いた。

 一撃で潰す事は出来なかったが、昔戦ったボスクマよりは流石に耐久力は低いようだ。

 ダメージはしっかり入り、よろめいている。

 すかさず一発二発と、頭部を中心に蹴りを叩きこんでいく。


 しかし……タフだな。

 まだ倒れない。

 これは【影の剣】を使うか……?


「副長!」


 横からの呼び声に振り向くと、俺が攻撃をしている間に、騎士たちは距離をとって突撃準備に入っていたようだ。

 これなら任せていいか。


「ぬっ! 任せた! ふらっしゅ!」


 俺は後退しながら【猿の腕】を発動すると、背負っていた傘を持たせて開き、クマの顔目がけて魔法を放った。

 昼間とはいえ、至近距離からの目潰し。

 コイツは強烈だろう!


 クマは大きな声で吠えながら、棒立ちになって顔を押さえている。

 そこへ、3人の騎士が加速しながらの突撃をお見舞いした。


「……ぉぅ。大迫力」


 3本の短槍がドスドスドスっと深くぶっささり、さらに剣を抜いて両手で構えた。

 彼等は馬首を返して再度突進しすれ違いざまに斬りつけていき……それが止めとなった。

 シンプルだけれど、強烈だ。


 彼等も手応えがあったのか、剣を掲げて勝鬨を上げている。

 それに釣られる様に、オオカミ君もワオーンと……中々息が合っているな。


 ……俺も何かやった方がいいのかな?

 いえーい。

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