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 ここ10日程は新人の混成パーティーのお守のような事をしていたが、その彼等も一通り森での狩りを経験して、これなら十分やっていけるだろうと、支部長を始めとした冒険者ギルドの幹部陣のお墨付きが出たところで、俺の役割は終わった。

 以降彼等は森での狩りと、商人たちの領内での移動の際の護衛任務とをローテーションを組んで行っていくだろう。


 特に護衛なんかは、魔境の魔物を基準に散々ベテランから厳しく仕込まれたし、地元出身の将来有望な冒険者ってことで、評判がいいそうだ。

 このまま継続していけば、リアーナ出身の新人冒険者の丁度良い稼ぎ先になるかもしれない。

 

 そして、ここ最近の森のフィーバータイムはようやく落ち着きを見せてきて、見習いたちもそろそろ森に入る様になってきた。

 ベテランのサポートだったり、道中の薬草採集なんかが役割だ。


 今領都にいる見習いたちの数は、全部で20人弱。

 これが最後まで全員が残るかどうかはわからないが、卒業して行った者もいるのに、何だかんだで数は維持できている。

 テレサは引き続き教官役を務めているが、俺はもうあんまり関わっていないから、あまり様子は知らないんだよな。

 教官役は出来ないし、引率役もベテランがしっかりと引き受けてくれているし……。

 まぁ、たまに顔を出して、一言二言適当な事言って、奢るくらいだ。

 部活のOB……じゃなくて、OGか?

 そんな立ち位置だ。


 んで、そんなOGの俺は今日は森に狩りに出てきている。

 場所は、領都の東門から真っ直ぐ東に向かった場所だ。

 ダンジョンに行くのは、今はまた混み始めているので、もうちょっと落ち着いてからになるし、先にこちらで【猿の腕】を使った戦闘訓練をしようってわけだ。

 わけなんだが……。


 ちょいと離れた場所で、その見習いたちが編成されているパーティーが、絶賛戦闘中だ。

 相手はゴブリン4体。

 死体らしきものが転がっているし、2組の群れと遭遇して、戦闘に移ったんだろう。

 こちらから仕掛けたのか、あるいは仕掛けられたのか。

 状況から考えると後者かな?

 よくやっているし、このままなら十分勝てるだろう。


 しかし……まだ少し距離はあるが、こちらの戦闘の気配を嗅ぎつけたのか、20体弱のコボルトの群れが近づいて来ているんだよな。


 コボルト……ゴブリンと同じで小型の妖魔種だが、ゴブリンよりはもうちょっと群れを作るのが上手く、一つの群れとしてみたらこちらの方が数が多い。

 強さそのものは大差無いし、遭遇頻度ではゴブリン、群れの大きさではコボルトって感じだ。


 俺にとっては、対空攻撃手段があるわけでも無いし、お手頃の魔物だが、彼等にとってはどうだろうか。

 俺も参加した方がいいかな?


 そんな事を考えながら、腕をグルグル回して軽くアップを始めていたのだが……。


「気を付けろ! 奥から魔物の群れが接近しているぞ!」


 コボルトの群れとはまた違う方向からだが、こちらの戦闘と魔物の接近に気付いた冒険者が援軍として、駆け寄ってきた。

 人数はこちらと同じで6人だが、向こうは新人を含む、正規の冒険者パーティーだ。

 戦力はこちらよりちょっと上だな。


 彼等が合流したら、数はそこまで大差無くなる。

 やれるかな?


 ◇


 冒険者たちは合流を果たした後、手早く残りのゴブリンを始末した。

 浅瀬とはいえ、一応魔境の魔物だから通常よりは強いはずなのに、微塵も感じさせない速攻っぷり。

 そして、ベテランが前に出て、迎え撃つ態勢を整えたのだが……如何せん新人や見習いの経験が足りない。


 一の森の浅瀬と一言で言っても、この森自体が大きいしその言葉に含まれる範囲は相当広い。

 この領都からすぐ東のエリアだと、ゴブリンだったりオオカミだったりが現れる。

 奥を目指す冒険者が、このエリアを真っ直ぐ突っ切るから、大きい群れだったり一ヵ所に固まったりするような魔物だと、通過ついでに駆逐されてしまうんだろう。

 死体を回収する手間を含めても、回り込むより早いんだろうな。

 このエリアに現れる魔物は、それに適応した結果、ゴブリンやオオカミになっているんだろう。


 んで、今彼等が戦っているコボルトは、もう少し南のエリアに現れる事が多い。

 だからだろう。


 コボルトの戦い方ってのは、後方に控えるボスの指示でグルっと囲もうとして来る。

 だから、そうさせないために早い段階でボスを倒すか、あるいは広がろうとするところを分断するかなんだが……新人たちがちょっとずつ対応に遅れ始めている。

 ベテランたちも頑張ってはいるが、流石に4人でフォローするのは限界があり、包囲が完成してしまった。


 これはOGセラ先輩の出番だな。


「ほっ……っと。後ろ! オレが引き受けるよ!」


 諸々の加護と恩恵品を一気に発動して、彼等の後方、一番手薄な場所に突っ込んだ。


 ◇


 戦闘は、【影の剣】を温存しながらも無事圧勝した。

 まぁ、要は包囲さえ阻んでしまえば何とかなる程度だったしな。

【緋蜂の針】で蹴り飛ばしていれば、後は勝手に止めを刺してくれる。

 楽なもんだ。


「副長……あんた気付いていたのか?」


 処理を新人たちに任せている最中、ベテランの1人が俺にそう尋ねてきた。


「うん。丁度ゴブリンと戦い始めた頃に近くを通ったからね」


「そうか……。まあ、助かった」


 彼からしたら、もっと早く助けろよってところだろうが、一応ギリギリまで待ってみようっていう、俺の考えも理解できたんだろう。

 なんとも言い難い表情を浮かべている。


 他の3人は、処理されている魔物の山をみて、何やら思案している。


「しかし数が多いな……俺たちも纏めて運ぶか」


「そうだな。放置はできないだろうしな」


 と、俺の方をチラリとみると肩を竦めている。


 数体程度ならともかく、20体はいるからな。

 ちゃんと死体を持って帰って貰わないと、ガチ目のお説教が降りかかる。

 騎士団に依頼を出すってのもあるが、回収費をとられちゃうしな。

 頑張って持って帰って貰おう。


 なに、ここから森の外までは比較的開けているし、他の冒険者もいる。

 そうそう魔物に出くわしたりはしないさ!


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 先程の彼等と別れて、再び俺は森の奥を目指して移動を開始した。

 なんだかなー……狩りに来ているのに、獲物がいない。

 さっきのも戦闘に参加はしたけれど、全部譲ったし……。

 領民が魔物に悩まされないのは良いことだろうけれど……俺の分が残っていないのは困っちゃうぞ?


「お?」


 ぬーん……と唸りながら、木々の間を漂っていると、森の切れ間の街道になにやら見知った気配があった。

 お馬さんに乗った3人の騎士に、馬より幾回りか小さい獣……オオカミだ。

 慣らしの訓練をしているはずだが、今日はこの辺を見回っているのかな?


 挨拶しようと近づいていくと、俺の接近に気付いたオオカミがウォフウォフと低い声で吠えている。

 騎士たちはしばらく何事かと警戒していたようだが、森の奥に俺の姿を見つけて警戒を解いた。

 吠え方で敵味方の識別とか出来るようにならないのかな?

 犬を連れて狩りをする猟師とかも訓練に参加したら、その辺は改善されるかも。

 ……提案してみようかな。


「おつかれー。オオカミ君の訓練?」


「ああ。今日は東の拠点までの往復だな。副長は狩りか?」


 東の拠点……領都の東を切り拓くための開拓拠点だな。

 あそこは一の森の中にあるし、魔物との遭遇もここら辺よりは多いはずだが……。


「そうそう。冒険者の数が多くて、あまり俺が狩りを出来る場所が無いんだよね……。あっちの方はどうだった?」


 街道の奥を指してそう言うと、3人が互いの顔を見て苦笑している。

 もしや、こいつら狩り尽くしたか?


「向こうも近くまで出てきたのは、一通り狩るか追い払うかしてしまったぞ。向こうには駐留している兵や冒険者もいるだろう? コイツの良い訓練になったな」


 オオカミも自分のことを言われたのがわかったのか、短く吠えた。


「ぬぅ……」


 そう言われると文句をつけにくいじゃないか。

 しかし、この分じゃ外で狩りを出来る場所って無さそうな気がするな……。

 死体の処理を考えると、騎士の巡回経路から外れた場所や冒険者がいない所は俺向きじゃ無い。

 程よい混雑具合が良いんだが……。


「外では副長の出番はしばらくないだろう。大人しくダンジョンで狩りをしたらどうだ?」


 俺の考えはよほど読みやすいのか、先回りして答えられた。


「ぐぬぬ……ちょっと考えてみるよ」


 それを聞いて、また笑う彼等。

 おのれ……。


「俺たちはこのまま街に引き返すが、副長はどうする?」


 どうやら彼等のお仕事は完了のようで、領都に戻るらしい。

 まぁ、いくら周辺に魔物の気配がないとはいえ、呑気にお喋りするような場所じゃ無いしな。

 彼等も移動したかろう。


「オレも帰る……」


 今日の狩りは諦めるか。

 俺も領都に帰ろう。


 ◇


 屋敷に戻ると、セリアーナの部屋に向かう事にした。

 まだ昼前だし、この時間なら彼女はリーゼルの執務室で仕事をしていて部屋にはいないし、窓から入る事は出来ない。

 だが、それでいい。

 俺の目的はお風呂だ。


 やっぱり春は森の臭いが濃いんだよな。

 服の裾なんかをクンクンと嗅いでみると、草や葉っぱの臭いがする。

 髪にも臭いが移ってるかもしれないし、風呂に入ってサッパリするんだ。


 と、決意していたのだが……。


「おや?」


「あら、セラちゃん。お帰りなさい。もういいの?」


 セリアーナの部屋に向かう途中の廊下で、使用人たちとバッタリと遭ってしまった。


 どうやら南館の客室の清掃を行っていた様だ。

 今は客は駐留していないが、そろそろそんな時期だし、いつでも迎え入れられるようにしているんだろう。

 頼もしい……!


 だが……。


「森に出ていたのかしら……ちょっと外の臭いがするわね」


「そうね。奥様はまだ旦那様の執務室でしょう? ちょっとこのままじゃ駄目よね」


 あっという間に取り囲まれると、アレコレとダメ出しを……。

 そして、その中の1人は風呂の用意をして来ると言うと、セリアーナの部屋に向かって早足で歩いて行った。


 むぅ……【隠れ家】の方の風呂を使うつもりだったんだが……セリアーナの部屋の風呂を使うことになりそうだ。

 まぁ、それならそれで、洗濯も髪を乾かす事も任せられるし、アリっちゃアリだな!


 ◇


 さて、風呂で一気に磨き上げられた後は、着替えと髪の乾燥だ。

 今日の面子の中にはドライヤーの魔法を使える者がいる。

 テレサやエレナたち程の腕では無い様で、風量が弱くちょっと時間はかかってしまうが、それでもしっかりと乾いている。

 俺もこれを身に着けたいんだけどな……。


「セラちゃん、また髪が伸びてきたわね。少し切りましょうか」


 髪を乾かす彼女とは別に、髪を梳かしたり着替えさせたりと、総動員で俺の支度をしているが、そのうちの1人が俺の髪を手にしてそんな事を口にした。


「オレも切りたいんだけどねー……。セリア様が中々……」


 同意を得たりとぼやいたのだが、彼女は笑うと後ろの髪を手にした。

 我が髪の毛ながら、艶々でたっぷりの髪だ。


「セラちゃんが切りたいのはコッチでしょう。私が言ったのはコッチよ。今度奥様に相談して切らせてもらいましょうね」


「むぅ……」


 どうも彼女が言っていたのは、前髪の方らしい。

 確かにそろそろ目にかかるくらいの長さになっているが……こっちよりも後ろの方が邪魔になりそうなんだけどなぁ。

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