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 マーセナル領の領都に到着してから3日目……今日はリアーナに帰還する日だ。

 何だかんだで俺はダラダラしていただけだったな……。

 ちょっと街の散策はしたが、基本的に屋敷でのんびりしていた。

 ここのダンジョンとかも行ってみたかったんだけど、ちょっと滞在日数が短すぎたな。

 

 ちなみにここの冒険者ギルドは、貴族街のすぐ手前の、比較的海から離れた高所にある。

 冒険者ギルドが高所に建っているってのはちょっと珍しい。


 利便性を考えるなら、街の中央付近に位置する商業地区だったり、直接船から物を運び込める港の近くなんかが良いんだろうが、ダンジョンってのは基本的に冒険者ギルドの地下に作られている。

 崩壊でもしない限りあり得ないそうだが、それでも街中に大量の魔物が漏れ出る可能性を考えると、いざという時に封じ込める事の出来る地下が一番なんだろう。

 ダンジョンに繋がるホールはどこも頑丈に出来ているが、それでも横の壁ごと抜かれる可能性はゼロじゃ無いし、地下ならその心配も無いもんな。

 実際は魔物が普通に溢れる事ってのは無いそうだが、不安を払拭するにはそれくらいする必要があるんだろう。


 だが、この街はそれでも高所に建てている。

 理由は、これまた海がすぐ側にあるから。

 下手に低所に建てて、高潮なんぞ来ようものなら、ダンジョン諸共沈んでしまう。

 果たして、ダンジョンまで浸水するのかはわからないが、住民が抱く危機感はそちらの方が上って事なんだろう。


 ダンジョンの内部も気になるが、それはまたの機会にしよう。

 その気になれば1日で遊びに来れる距離だし、俺の狩場が一つ増えるかもしれないな。


「姫、お待たせしました」


「お? りょーうかーい」


 窓から街の様子を眺めていると、着替えを済ませたテレサが声をかけてきた。

 今日の彼女の恰好は、街に入った時の婦人風では無くて道中着ていた乗馬スタイルだ。

 普段のスカート姿も似合っているが、個人的にはスタイルもいいしこっちの方が決まっている気がするな。


 さて、朝食も頂き出発の準備も整った。

 そろそろお暇しますかね。


 部屋を出て玄関ホールに向かうと、そこには既にエリーシャとエドガー、そして彼等の子である乳母に抱かれたエルナン君の姿があった。

 わざわざ見送りに来てくれたらしい。

 ウチのセリアーナとリーゼルは領主夫妻としての立場があるが、彼等はまだ違うし、そのうちリアーナに顔を見せるそうだ。

 ってことで、あっさりとした簡単な挨拶を交わして、俺たちは出発した。


 行きは街道沿いのルートでやって来たが、帰りは川沿いのルートだ!


 ◇


「……おっきいねぇ」


「本当に。これだけの船の行き来を管理するのは大変でしょうね」


 まずはリアーナに通じる川を目指して進路を東にとっていたのだが、速度が速度だけに、すぐにお目当ての川へと辿り着いた。

 この川は以前王都に行く際やその帰りに船で通ったが、上空から眺めてみると、でっかいでっかい。

 北側やさらに東を流れる川が何本も合流しているから、当然なのかな?

 そして、その川を今も何隻もの船が行き交っている。


 帆に模様が描かれているが、それが所属を示しているらしい。

 ウチはまだルバンとこを始め、いくつかの川沿いの村に数艘ずつしかないが、そのうち増やしていくそうだ。

 まぁ、それはまだまだ先の事だな。


「それでは姫。高度を上げますね」


 しばらくの間、川沿いをゆっくり進みながら船を眺めていたが、もう十分だろうと、テレサがそう提案してきた。

 この辺の者なら俺たちの事を知っている者もいるだろうが、他領や他国の者となるとそうはいかない。

 呑気に姿を晒していると、魔物と勘違いされて攻撃されてしまうかもしれない。


 俺たちの守りは万全だし、ダメージが通る様なことは無いが、そもそも俺たちに攻撃を仕掛けたって事実がちょっとまずいことに繋がってしまうんだ。

 俺はともかく、テレサは高位貴族だしな。

 余計な揉め事はこちらも望む事では無いし、あまり目立つ真似は避けないといけない。


「うん。お願い」


 ってことで、一応川沿いのルートではあるが、船から見えにくい高度に移った。

 船にも見張りはいるが、彼等が見るのは水面か、あるいは両岸だからな。

 仮に気付いたとしても、魔境に向かって飛んでいく何かとしか映らないだろう。

 問題無しだ。


 ◇


 高度を取って、高速移動が可能となった事で、行き以上の速度を出して移動を続けること数時間。

 お日様の位置からみて、ちょうどお昼時だ。

 リアーナの領都が見えてきた。


 マーセナル領領都から一直線に向かって……という訳ではなく、少々遠回りをして川沿いにやって来たが、もし最速で最短距離を行けばどれくらいなんだろう?

 山や川といった自然の障害があるから、どうしても遠回りする必要があるが、一直線でとなるとそこまで距離は無いよな。

 リアーナからゼルキスと同じくらいの距離関係かな?


「姫、高度を下げます。掴まって下さい」


「はーい」


 どうやら壁を越えて行くんじゃなくて、門から入るようだ。

 下降を始める前に念のため尻尾をテレサに巻き付けた。

 準備は完了だ。


 降りる際に街道を見たが、商人の馬車らしきものが数台目に入った。

 また街もにぎやかになる時期だな。


646


 春である。


 流石に日が落ちるとまだまだ肌寒くはあるが、それでも徐々に暖かくなってきて、実に暮らしやすい季節になった。

 もちろんそれは俺たち人間だけでは無い。

 植物や魔物にとっても、活動を再開するにはいい気候で、森にはポーションの素材に用いる薬草がたくさん生えるし、魔物たちも森の浅瀬に姿を見せる様になってくる。

 ってことで、領内の冒険者たちも稼ぎ時だ。

 昨年のうちにダンジョン探索許可を得るための、聖貨を稼いだりや魔境での依頼を達成出来なかった者たちが、挙って狩りに出向いている。


 そして、そんな彼等とは別に、魔境での狩りを専門に行う者たちも現れるようになって来た。


 ダンジョンは確かに安定しているが、それでも本格的に稼ぎが美味しくなるのは中層や下層だからな。

 そこまで潜れる腕を持ったメンバーを揃える事が出来るのなら、ダンジョン探索に専念するが、中々それは誰にでも出来るわけではない。

 特にリアーナは街のすぐ側に魔境が広がっていて、単純に稼ぐってだけなら、そっちで狩りをした方が美味しかったりする。


 魔境と呼ばれる場所にも、リアーナの開拓拠点はいくつもあるし、そこを利用しているそうだ。

 ダンジョンに関しては調査もある程度進み、そこで狩りをするだけの冒険者も揃っているし、領地に集まった他所の冒険者を、無駄なく開拓支援に回す余裕は既に出来ている。

 セリアーナやリーゼルの目論見通りだな。


 とはいえ、地元の冒険者たちも負けていられない。

 彼等も彼等で、ダンジョンだけでなくて、一の森を始めとした魔境での採取や討伐を行っている。


 んで……。


「来るぞ! へまするなよ!」


「はい!」


 盾を構えた先頭に立つ男の声に、威勢よく応える若い冒険者たち。

 今年と昨年に晴れて正式デビューした、新人たちだ。

 まぁ、肩書が見習いから新人に変わったってだけではあるが、それでもリアーナの冒険者ギルドが、金と手間をかけて育成した人材だけに、彼等の年齢の新人冒険者なら簡単に死んでもおかしくないこの狩り場で、無難に仕事をこなせている。

 このパーティーの編成は、ベテラン2人と、その下に新人を2人ずつの計6人だ。

 6人パーティーってのは、この辺で狩りをする平均的な編成ではあるが、そのうち4人が新人だって事を考えたら、あの見習い制度は成功といっていいんじゃないかな?

 今彼等が戦っているのは、7頭のオオカミの群れだが、新人たちは足止めと止め役に分かれて、もう1人のベテランと一緒に倒していっている。


 魔物の活動が活発なこの春の間だけは、新人が狩りに出るときは俺もおまけでついて行くように言われているが、今の所出番はない。

 メンバーに【祈り】をかけるような事も無く、ただただ、ふよふよ森を漂っているだけだ。

 退屈ではあるが……まぁ、これもお仕事だ。

 我慢しよう。


 そう考えて、嘆息しつつも、下で繰り広げられる戦闘を観戦していた。


 ◇


「お疲れ様でした!」


 冒険者ギルドの裏手に響く、新人たちの声。

 今日は戦闘……それもゴブリンじゃなくてオオカミの群れと戦ったからか、未だ興奮が続いているんだろう。

 挨拶を受けたベテランの2人も覚えがあるのか、苦笑しつつそれに応えていた。


「おう。まあ、まだ報告は残っているが……今日の働きは悪くなかったな」


 今日の彼等の成果は、薬草1籠に、オオカミ6頭だ。

 残念ながらボスと思われる1頭は逃がしてしまったが、それ以外はきっちりと処理をしたし、死体もここまで引っ張ってきた。

 別に俺が追って倒してしまっても良かったんだが、ボスとはいえ1頭程度なら狩場を荒らすほどじゃ無いし、見逃しても問題無いだろう。


 そこら辺の事も含めて、彼等は今から中に報告へ行く。


「んじゃ、俺はこれで……。おつかれー」


 そして俺は、そちらには同行せず帰宅する事にした。

 多分彼等はこれから報酬を貰ったら、前の屋台で軽く食事をして、打ち上げに行くだろうからな。

 俺が一緒じゃ楽しめんだろう。


 別れを告げて、【浮き玉】を上昇させた。


 冒険者ギルドは相変わらず人の出入りが多く、その前の通りに並ぶ屋台は、昼前にもかかわらず盛況している。

 通りには冒険者や冒険者ギルドに依頼に来るもの以外の姿も多い。

 屋台に向かっているところを見ると、この辺はちょっとした観光地になっているのかもしれない。

 この辺は特に街の兵が見回りをしているし、それを理解しているから冒険者たちも騒ぎを起こしたりしないが、それでも以前の冒険者の立場を考えると、中々驚きの光景だ。

 冒険者ってのは荒っぽい者が多いし、元々この街の冒険者ってのは住民から白い目で見られていたんだが、徐々に改善されていったってのはあるのかな?

 まだ、たったの数年なんだけど……変わるもんだね。


「おや?」


 冒険者地区を離れて商業地区にさしかかると、他の街から戻ってきたらしい商人の馬車が見えた。

 その馬車の護衛についているのも、これまた先程と同じベテランと新人の混成パーティーだ。


 戦闘や採取ばかりが冒険者の仕事ってわけじゃ無い。

 新人や見習いの中には、商人の子もいるし、その辺は意外とわだかまりなく引き受けている。

 これを積み重ねていくと、いずれは貴族との取引へと繋がっていく。

 特に魔物の数が多いリアーナなんかじゃ、護衛は立派な仕事で、そちらもこなせるように修行中なんだろう。


 もっとも、さっきの連中の様に、魔物相手に大立ち回りをしてガッツリ稼ぐって方が、モチベーションは上がるそうだが。

 その辺は、今後の成長に期待だな。

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