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 挨拶を終えた後は、場所を寝室のベッドに移して、【ミラの祝福】の施療を行う事になった。

 セリアーナたちもそうだったが、お腹に子供がいると栄養を持って行かれるからか、肌や髪が傷むんだとか。

 出産してもう数ヶ月経つが、それでもまだまだベストでは無いらしい。

 俺にはいまいち違いが分からないし、初めて見た時と変わらず綺麗なねーちゃんって印象のままだが、まぁ……女性陣にとってはそうじゃないんだろう。

 一応今回の来訪は昨夏の頂き物のお礼だったんだが、タイミングがピッタリ過ぎるし、俺を招くための口実だったのかな?


 そんなわけで、膝枕をしながら主に頭部をメインにやっている。

 そして、その間にテレサとエドガーさんは、同じく寝室までやって来てアレコレと難しいお話を……。

 ちょこちょこ漏れてくる内容から推察するに、そこまで具体的な数字の出る話をしているわけじゃ無いが、冒険者の滞在数がどうの、魔物の討伐数がどうの……そんな感じの事を話している。

 襲撃があった事は彼も知っていたようで、魔王種についても聞き出そうとしているが……テレサに適当に躱されてしまっている。


 それにしても、リーゼルはセリアーナの部屋はおろか南館にも滅多に立ち入らないのに、彼は寝室にも入るのか。

 別にウチの2人も仲は良好だけれど、その辺は姉弟でも色々違うな。


 そんな事を考えながら、何となく部屋を見渡していると、目を閉じているだろうにそれに気付いたらしい。

 エリーシャが、どうしたのかと聞いてきた。


「部屋がお城の時とちょっと雰囲気が違うなって思って……」


 昔1度だけだが入った事のあるエリーシャの部屋は、毛足が長く分厚い絨毯にあれこれと煌びやかな調度品が置かれていた。

 テーブルなんかは脚がネコ足で、ベッドは天蓋付きで……まさにお姫様って感じの部屋だったが、この部屋はそれを思うと随分シンプルだ。

 別にベッドを始め、調度品の質が悪いってわけじゃ無い。

 ただ、絨毯は厚みはあるが毛足は短く、調度品を含めて部屋が全体的に角ばっているというか、無骨な感じがする。


 マーセナル領かサリオン家の家風か……それとも別の理由か。

 嫁入りだし、遠慮してるのかな?


 そんな事を考えていると、エリーシャが答える前に、テレサと話をしていたエドガーが加わってきた。


「そうだろう? 私も好きにして構わないと言っているんだが……」


 どうやら彼は特に制限を課したりはしていないようだ。

 ってことは、エリーシャの趣味かな?


「アレは城だから似合うのよ。この屋敷では不釣り合いよ。ココはコレでいいの」


 今まで目を閉じていたエリーシャは、エドガーたちの方を向いてそう言った。


 確かに石造りの頑丈なお城に対して、木製の開放的なお屋敷だ。

 造りが安っぽい……どころか、むしろ高級感すら漂っているし、どちらが上ってことは無いだろうが、確かにアレはここには似合わないだろう。

 エリーシャの言葉になるほどと頷いたのだが……。


「ぬ」


 今までは大人しくしていたのだが、おケツに違和感が。

 いつの間にやら、エリーシャが腕を回していた。

 ついつい俺もエドガーたちの方を向いた際の隙をつかれたみたいだ。


「……あまり変わらないわね」


 人のケツ揉みながら何て失礼な事を……。


「テレサ、この娘は今いくつなの?」


「今年で14歳になります」


「そう……。それならまだ伸びるかもしれないわね」


 そしてまた俺のケツに手を伸ばした。

 突っ込み役がいないからなぁ……リーゼルならともかく、エドガーじゃちと弱いか。

 今も俺と目が合ったが、止めようかどうかで迷っている様だ。

 何となく夫妻の力関係が見えちゃったな。


 なら、テレサはどうか?

 彼女の方を見ると、小さく頷き……。


「エリーシャ様」


 その一言で、エリーシャは一瞬びくっとしたかと思うと、手を止めた。

 うむ……強い。


 ◇


 何やかんやあったが、その後は何事も起きるわけも無く、1時間程で施療を終えた。

 エリーシャは鏡を見て仕上がりに満足したのか、俺を膝に乗せてご機嫌だ。

 ちなみにその状態でも【ミラの祝福】を発動している。

 結局全身やっちゃってるな。


 さて、ともあれ本格的な施療は終わり、俺とエリーシャも一緒になってお茶をしているのだが、その際にエドガーから何か欲しいものは無いかと言われた。

 一応俺がやって来たのはお礼のつもりなのだが……まぁ、くれるって言うんなら貰うのも有りだな。

 ってことで、欲しいものと言われた時にピンと頭に浮かんだことをお願いする事にした。


「街を見たいのかい?」


「そーです。オレの知ってるどの街とも違ってたんで。コレで明日見て回りたいんですけど、いいですか?」


 エドガーは最初は不思議そうな顔をしていたが、【浮き玉】を指すと納得したようだ。

 空からフラフラされると色々見えちゃうからな。

 あまり余所者に見られたら愉快では無いってものもあるかもしれない。

 俺としては近寄っちゃ駄目な場所さえ教えてもらえれば、近づくようなことはしないのだが……さてさて、どうなるだろうか?


644


 昨日エドガーに頼んだ、上空からの街の視察は、何ヵ所か近付いてはいけない箇所こそあったが、無事許可が下りた。

 朝のうちに、領都内を警備する兵たちにも、俺が上からうろつくって事で、街中のあちらこちらに兵が配備されている。

 そして、昼から自由に視察することになった。

 テレサも一緒だったら良かったんだが、彼女は折角この街に来たからと、この街に滞在するリアーナの貴族や商人たちと面会するために別行動だ。


 ちなみに、俺が近づいてはいけないと言われたのは、そういった他領や他国の者が固まっている場所だ。

 治外法権ってわけじゃ無いが、あまりこの街の兵が大手を振ってうろつくのは、軋轢を生んだりしかねないからな。

 ましてや、余所者の俺が上空をフラフラする事もだ。


 まぁ、俺の目的はスパイや監視ってわけじゃ無いから、近づけなくても何も問題無い!


「ほあー……なるほどなー……」


 そんなわけで、その近付いてはいけない場所を避けながら、領都上空をふよふよフラフラ漂っていたのだが、昨日疑問に感じていたこの街の設計思想がなんとなくわかってきた。


 この街は南側に港が併設されている。

 そして、船から下ろされる荷を運び入れる倉庫だったり、降りてきた者たちが利用する施設だったりもある。

 そのため、港とその周辺はちょっとした街の様になっている。

 この領都が広いからこそ出来るんだな。


 で、その港地区が一番低い場所にある。

 そこから坂を上っていくと、領都の平民が暮らす地区や商業地区があり、さらに上っていくと貴族街や富裕層が暮らす地区になる。

 そして、その一番上の地区から伸びる道を進んで行くと、高台の上に街を見下ろすように建っている領主の屋敷がある……と。


 もともと海に向かって傾斜があった土地で、それを上手い事活かしたんだろう。


 そしてそして、坂と高台の領主の屋敷以上に目立つのが、所々に建っている、高い塔だ。

 パッと見時計塔か何かと思ったのだが、近づくと最上階に軽装の兵士の姿があった。

 その彼等が行っていたのは、海の監視だ。


 多くの船が出入りするし、初めは港の事故にでも備えているのかなと思ったが、複数の塔で監視しているし、違う事がわかった。

 彼等の監視の対象は、海だ。


 リアーナやゼルキスが、魔境のある東側の守りを固めているように、この街にとっては警戒の対象は海なんだろう。

 海にも魔物がいる。

 それも、聞いた話では陸よりも大型のがわんさかと……。


 陸に上がって来るのがいるのかはわからないが、高波と一緒に襲ってきたら、一大事だもんな。

 もしかしたら、領主の屋敷があの場所にある事や海側の窓が大きく取っているのも、景観のためだけじゃないのかもしれない。

 今も港に新しい船が着いて、荷を下ろしているが、その1隻に大勢の人間が関わっている。

 彼等を守るのも、サリオン家の役割なんだろう。


 ◇


「なるほどなー……」


 港の上空のあちらこちらをぶらつきながら、またも呟く。


 この街……というより、領地は積極的に交易を行うってよりは、その中継点的な役割の方が大きいようだ。

 もちろん有名な武装船団なんてものを抱え込んでいるし、自家でも交易を行っているんだろうが、雑多な船の出入りから考えても、間違いでは無いだろう。


 交通の発達した前世でも、大規模輸送なんかは船便が基本だった。

 空輸便も無ければまだまだ陸路も未発達なこの世界じゃ、重要度は段違いだ。


 思えば、マーセナル領は魔境に接しているとはいえ、大きな船が何隻もすれ違えるような川で挟まれている。

 魔境の魔物がこの領地を襲うんなら、山を越えてこっちにやってくるって可能性の方が高いんだろう。


 この領地の北側に位置するのは、ゼルキスとリアーナだ。

 その両者と協力関係を深めるのは、この領地にもしっかりと利点があるんだな。


「なるほどなるほど…………おや?」


 一しきり見て回ったし、そろそろ戻ろうかな……と思い、最後に少し街壁の外も見てみようと外に向かったのだが、そちらには騎士団の訓練場があった。

 ウチの訓練場とそう大差は無いが、一つだけ大きく違う点があった。

 50メートル四方ほどの深い穴だ。

 それが、訓練場に併設されている。


 一見溜池か何かの様に見えるが……そんなもん訓練場に併設させないよな。

 そもそもすぐ側に川が流れているし、農場なんかはもう少し離れた場所にある農村周りだ。

 川はもちろん池も湖もあって、水が豊富なこの街近辺で生活用水を確保するためっていうにも変だし、何より空だ。


 ……なんだろう?


 ◇


 屋敷に戻ったが、テレサはまだ帰宅していないようだ。

 っという訳で、俺の帰宅を知ったエリーシャにお茶に呼ばれたのだが、その際に訊ねる事にした。


「水練場よ」


 俺の問いかけに、事も無げにエリーシャは答えるが、水練場……プールか。

 泳ぐ場所なんかそこら中にあるだろうに、なんでわざわざ……?

 そう口にしようとした時、ピンときた。


「あぁ……。魔物がいるからか……」


 エリーシャの顔を見るに、どうやら正解らしい。


 この世界で水泳なんて考えた事無かったから思いつかなかったが、いくら泳げるだけの水場があっても、そこが安全だとは限らない。

 どこから魔物が入り込むかわからないし、管理され、尚且つ隔離された施設が必要なんだろう。


「そう言う事。水難事故が起きた際にはこの街の兵が救助に向かうから、その際に水中でも動けるように訓練を積んでいるそうよ」


「ほぇー……」


 魔物がいるかもしれない水中に飛び込むのか。

 すんごい度胸だな。


 リアーナの兵も、冒険者上がりの者たちは魔境に突っ込んで行くけれど、こっちはこっちでヤバい連中がいるんだな。

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