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 先日のガチャで新たにゲットした【猿の腕】だが、いくつかの検証を経て、大体の性能は把握できた。

 簡単に説明するなら腕を一本生やす……それだけなんだが、これが意外と奥が深い。


 まずは、生やす場所だ。


 胴体なら、前面背面、左右問わずどこにでもいける。

 そのためだろうか?

 腕には右左関係が無く、手にしても指は5本あるが、親指や小指といった区別はない。

 どの指も同じ感じだ。

 初めて発動した時に、何となく右手で握手したが、手前にも奥にもグネグネ動く。

 動かすイメージがしやすいし、俺は恐らく肩回りから生やす事が多いと思うだろうが、工夫のし甲斐はあるな。


 んで、お次は筋力。


 多分両腕分くらいだ。

 元が非力な俺だし、いくら両腕分になったからって大したものじゃないが……【祈り】との併用もいけた。

 残念ながら尻尾の様にサイズを変えたりは出来ないし、リーチも短いままだが、【ダンレムの糸】の発射時の支えだったり、アイテムの投擲だったりやれる事は増えるだろう。


 もっとも、俺の足でもある【浮き玉】には反映されない様で、【猿の腕】で持ち上げられるからって、積載重量に変化は起きなかった。

【祈り】は効果が反映されるんだが……もしかしたら恩恵品と加護の違いなのかもしれないな。


 最後に、肝心の操作性を含む機能面だ。


 指が付いているし、試しに【影の剣】を着けてみたが、残念ながら発動は出来なかった。

 まぁ……【影の剣】はちょっと威力があり過ぎるし、事故を防ぐ意味でも、たとえ発動できようが自分の腕で使いたかったし、問題は無い。

 その代わり、【琥珀の剣】は発動こそ俺の手が必要だが、持たせる事は出来た。

 もちろん効果もしっかりと。

【赤の剣】も持ち上げるくらいならできそうだが、【浮き玉】との併用の問題もあるし、アレはやっぱりテレサ用だな。

 機能面に関してはこんなところか。


 操作性に関しては……。


「ほいっほいっほいっ……と」


 丸めた布をさらに布で包んで紐で結んだボール……要はお手玉だな。

 それが三つ、俺の3本の腕によって宙を舞っている。

 場所はリーゼルの執務室の隣の応接室で、ギャラリーはいつもの面子に子供たちだ。


 最近はセリアーナの仕事もまた増えてきて、自分の部屋では無くてこちらにいる事が多く、俺も彼女に付き合って一緒にいるわけだ。

 昼食をとった後は、また執務室に戻って仕事を再開するのだが、昼過ぎになると乳母が子供たちの様子を見せに来る。

 これ自体は以前からの事だったんだが……子供の成長は早いもので、以前なら乳母に抱かれて大人しくしていたが、退屈なのか抱かれながら暴れるんだ。


 よく知らないおっさん共が沢山いる場所に連れて来られているんだし、落ち着かなくてそうなるのも無理はない。

 ってことで、いつも応接室に移動している。

 もちろん今日もそうだったのだが、なにがあったか今日は少々ぐずっていたので、ちょっとお手玉を披露することにした。


 前世の俺だったら、片手で2個ずつの合計4個までならいけたが、今の小さい手じゃそれは無理だが、【猿の腕】も組み合わせたらこの通りだ。

 そして、やはり俺の視界内だと思い通りに動かす事が出来る。

 背面で動かそうとすると、ちょっとぎこちなくいちいち意識して動かす必要があったが、前面で動かすと、ほぼ自分の腕と同じ感覚だ。


 ポンポンとお手玉を放り投げてはキャッチを繰り返していたが、そろそろ終わらせようと、【猿の腕】でキャッチしたお手玉を一つずつ子供たちの手元に投げていく。

 力加減もコントロールも完璧だ。


「わっはっはっ! どう?」


 子供たちは大喜びで、興奮しながら手を振り回している。

 暴れるって意味ではあやす前と一緒だが、不機嫌ではなくご機嫌さゆえだ。

 まぁ……お昼寝前に興奮させてしまうってのもどうなのかって気もするが……そこは乳母の手腕に期待しよう。


「上手いじゃないか。その恩恵品の使い方も見事だし……セラ君は随分器用なんだね」


 と、子供たちと一緒に俺の芸を楽しんでいたようで、リーゼルが賛辞を口にする。

 この世界にだって大道芸人くらいはいるはずだ。


 俺はまだ見た事ないが、ジャグリングってのは物を投げては掴んでの繰り返しだ。

 世界が違うとは言え、こちらにだってきっとあると思う。

 だが、恩恵品を使ってジャグリングをする者はそうそういないだろう。

 王族で王都に長く住んでいた、目が肥えているであろうリーゼルにも、俺の芸は満足いただけたようだな。


 別に芸人を目指す気は無いが、お手玉は思ったよりいい訓練になる。

 頭上のお手玉に気を取られていると【浮き玉】がフラフラと追ってしまう事もわかった。

 それ程強く追っているわけじゃ無いから、尻尾で支えていたら問題無いが、雨の時に変な風に動いてしまうのを克服するのに丁度良い気がする。

 場所も取らないし、柔軟と合わせてコレも日課にしようかな?


 ちなみにセリアーナは呆れた顔をしている。


【浮き玉】に乗って【蛇の尾】で床に固定して……我ながら何て姿だって気もするしな。

 彼女が一言二言言いたくなるのもわからなくはない。


 エレナはルカ君を膝に抱えて一緒に楽しんでいるし、彼女のフォローに期待しようかな。


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 お手玉や、ついでに箒を振り回したりと、【猿の腕】の訓練に日々勤しんでいたが、マーセナル領へ出発する日がやって来た。


 荷物は既に商人を通して、向こうに送っている。

 昔ゼルキスの屋敷にテレサと滞在した時に使った手法だな。

 もっとも、今回は滞在日数は2日間と大分短い。

 あくまで挨拶程度の訪問だし、それで十分なんだろう。

 俺はともかくテレサもこちらに仕事があるし、必要になればまた行けばいいもんな。


「それじゃあセラ君、テレサ。エドガー義兄上と姉上によろしく伝えておいてくれ」


「はいはい」


 出発前の挨拶にリーゼルの執務室にやって来たが、あっさりしたものだ。

 セリアーナも特に何か言う事も無い様で、ヒラヒラと手を振っている。

 うむ。

 平常運転だ。


 テレサも2人に挨拶を済ませてから執務室を辞すると、テレサと共に玄関に向かった。


 移動方法は、【小玉】は今回使わずに【浮き玉】にタンデムだ。

 マーセナル領は王都への往復時に訪れた事はあるが、その際は船を利用した水路でだったし、【浮き玉】を使って行くのは今回が初めてだから念の為だな。


「それでは、姫。向かいましょう」


「ほい。風だけでいいんだね?」


 両腕をテレサに向けて広げながら、防御系で発動するのは【風の衣】だけでいいかの確認をした。


「ええ。十分です」


 俺を抱え上げながら、テレサは頷いた。

 そして【浮き玉】を発動して宙に浮くと、見送りの使用人たちに挨拶をして、進路を南にとった。

 今はまだ朝早いし、順調にいけば日暮れ前には到着できるかな。


 ◇


「……ぉぉぉ。結構大きいね」


 領都を出発して南下することしばし。

 森をぶった切る街道を辿っていたのだが、その道が繋がるのはルバンが治める村だ。

 街道の中間まで来たことはあるし遠目になら見た事はあるが、ここまで近づいたのは……これが初めてか?


 この村は海まで繋がる大きな川に面していて、リアーナの水運を担っている。

 で、船とそれ目当ての人や物も集まるため、既存の村よりも大分規模は大きい。

 住民の数も1000を超えていそうだ。


 この世界には魔物っていう面倒な要素があるからな。

 集まるからって無節操に人を集めてしまうと、それ目当ての魔物まで引き寄せてしまう。

 だから、相応の防衛力を持てるようになるまで、特例はあるそうだが住民の増加を制限している。

 だが、この分ならもう少し規模を広げて、街を名乗ってもいいんじゃないか?


「人はもう十分集まっているのでしょう。少し離れていますが……あちら側に小規模ですがいくつか村が出来ています。いずれはそちらを吸収して、街になるのでしょうね」


 テレサは街の西側を指してそう言った。

 そちらを見ると、確かにいくつかの建物がここからでも確認できる。

 本村は商業寄りだが、森の端や街道沿いに建っているし、猟師や森での仕事をする者が暮らしているのかな?

 大きいとはいえ、村規模なら職業ごとの区割りとかは難しいだろうし、あんな風に分けているのか。


「ルバン卿に挨拶していきますか?」


「んー……」


 テレサの言葉に村の様子を探ってみるが……。


「いや、村にはいないみたいだし、通過しちゃおう。奥さんたちも急に来られても驚くでしょう」


【妖精の瞳】も発動して村の様子を探ってみるが、ルバンの気配は無い。

 距離はあっても、あのにーちゃんを見落とすことは無いからな。

 きっと、村の外に出ているんだろう。


 その代わり、村の中でも一際立派な建物があるが、そこには他より強力な者が数人固まっている。

 ルバンの奥さんたちと、屋敷の護衛とかかな?

 彼女たちとは面識もあるが、軽口叩きあう程の関係でも無いし、急に現れても困るだろう。

 もともとこの村に寄る予定は無いんだし、スルーでOKだ。


「わかりました。それでは先を急ぎましょう」


「うん」


 村の直上を通過しない様にと、迂回しながら再び南へ加速していった。


 ◇


 マーセナル領とゼルキス領は地続きで、互いに領地が接しているが、実はセリアーナとリーゼルの婚約が公になるまでは交流は無かった。

 何故かと言うと、互いの領地は山で隔てられていたからだ。


 今でこそ水路を利用した交流は盛んになっているが、川を下るだけでいいこちら側と違って、あちらさんは上って来ないといけないから負担も多い。

 派閥も仲は悪く無いそうだが、東部と南部で別れていたみたいだし、わざわざ交流を持つ必要が無かったんだろう。

 婚姻政策の成果だな。


 んで、それはともかくとして、今俺たちはその山の手前にやって来ている。

 ここを越えたらマーセナル領だな。

 麓に村が見えるが、のどかなもんだ。


「……あまり高くないんだね。陸路での交流が無かったっていうから、もっと険しいと思ってたんだけど……」


 むしろ、険しいどころか標高も低いしなだらかな山じゃないか。

 ゼルキスの西に広がっている山脈地帯とはまるで違うぞ。


「その分魔物も豊富に生息しているそうですよ。確かに険しくはありませんが、馬に乗って戦えるほどではありませんし、こちら側もですが、反対側のマーセナル領でも麓近くで狩りをする程度に止めていると聞いています」


「なるほどー……」


 テレサの解説に頷く。

 そりゃー魔物だって険しい山よりもなだらかな山の方が生息しやすいだろう。

 そして、特に交流の無い領地目指して、魔物が豊富な山を突っ切ろうとも思わないか……。

 それとも、魔物が豊富だから陸路での交流が行われなかったのかな?


 まぁ、どっちでもいいか。

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