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 それじゃーっ!

 気を取り直してっ!

 もう一回いくぞー!


「……ほっ」


 心を落ち着かせてから新たな聖貨の束を掴み、聖像に捧げた。

 そして脳内に鳴り響くドラムロール。

 興奮せず、穏やかな心で……無の心で……むむむ。

 そして……。


「ふぬっ!」


 気合いを込めて、ストップさせた。

 ドラムロールはすぐに鳴り止み、浮かんだ言葉は……。


「んがっ!?」


【魔布】だった。


「あら、外れたみたいね……」


「2連続。セラだとちょっと珍しいでしょうか?」


 俺の反応を見て、好き勝手な事を言うセリアーナたちは無視して、現れた【魔布】をキャッチする。

 これもなー……物自体は良いんだよ。

 魔糸と一緒に使うと、よりその性能が発揮できるし、セットで考えると悪い物じゃ無いんだ。

 ガチャで出たんでなければ。


 ……いかん。

 よくよく考えたら、これもう聖貨20枚消費しちゃったぞ。

 聖貨1枚で金貨20枚。

 金貨1枚が大体10万円くらいの価値って考えたら……4000万円?


 ……まじ?


「…………ぉぉぅ」


 思わず呻き声が漏れてしまった。

 ガチャを回すと決めた事こそ後悔はしていないが、もうちょっと……なんというか……1回1回全力でやったらよかった気がする。

 なんかこれ、以前も考えたことがある様な気がするな。


「セラ、お茶が入ったからお前も頂きなさい」


 聖像を睨みつけて、ぐぬぬ……と唸っている俺に向かって、セリアーナがストップをかけてきた。

 いつの間にやら新しいお茶が入っていて、部屋の中にはその香りが広がっているが、どうやら集中し過ぎていたようで、気付かなかった。


「……ぬ。もらう」


 少々思考が迷走していたし、一息つくには丁度良いか。

 セリアーナの言葉に頷き、セリアーナの隣のソファーに座った。


 ◇


 お茶を飲んでお茶菓子を食べて……ちょっと頭がリフレッシュできた気がする。

 2連続の外れでついつい動揺してしまっていたが、後1回あるし、そもそもそこまで痛手ってわけじゃ無い。

 確かに数字だけを見ていくと、結構な額になるが、その気になれば俺ならすぐ取り戻す事が可能だ。


「んじゃ、最後の1回いくぞー!」


 再び聖像の前に立つと、両手を上げて気合を入れた。

 ついでに【祈り】と【ミラの祝福】も発動だ。

 気楽にいってもいいが、だからといって無気力でやっちゃうのも女神様に失礼ってもんだ。

 効果は多分無いんだろうが、気分的なものだが……自分の周りが光っているとアガるね!


「ほっ!」


 聖貨を捧げて、三度鳴り響くドラムロール。

 先の2回のガチャは、謂わば前座。

 今回で当たりを引くための布石に過ぎないんだ。


 きっと出る……なんか出る……凄いの出る……。

 いいの出ろっ!


 目を閉じながらそう強く念じて、ストップをかけた。

 そして、浮かんだ言葉は……【猿の腕】。

 当たりだ!


「……あら? 当たりかしら」


 セリアーナの声に目を開けると、眼前に少しキラキラとした光が見えた。

 彼女もそれに気付いたんだろう。

 ぬふふ……当たりだぜ。


「【猿の腕】だって。なんか聞き覚えあるんだけど……なんだっけ?」


 周りで恩恵品を持っている者も、コレは持っていなかったはずだが……何故かその名に聞き覚えがある。

 なんかの物語に出てたっけ?


 なにはともあれ、宙に現れたソレをキャッチした。

 銀一色で幅1センチメートルほどの金属製の輪っか。

 腕って名前が付いているくらいだし、バングルかな?


「お前の【蛇の尾】が出た時に、ソレと似たような物があるって話をしたな。覚えているか?」


「……うん? あっ!?」


 アレクの言葉でふとその時の記憶が蘇った。

 確か肩当てか何かで、そこから腕が生えて自由に動かせるとかなんとか言っていたな。

 今はバングルだけれど、開放したらまた形が変わるタイプかも知れない。


 とりあえず、アレクに聞いたのと同じ物なら危ない物って事は無さそうだし……サクッと済ませて発動してみようかな!


「セリア様!」


 下賜と開放を行おうと、パタパタとセリアーナの下に駆け寄ったのだが……。


「コレは必要無いわ。お前が使いなさい」


「あら?」


 尻尾とか羽とか足環とか……結構えり好みが激しいな、このねーちゃん。

 自分の体に直接作用する物は嫌いなのかな?

 まぁ、いいや。


「んじゃ、開放するね」


【赤の剣】と違ってコレなら俺が自分で扱えそうだし、何かとバタつくことの多い俺にとっては、腕が一本増えるっていうのは中々の大当たりだ。

 ちょっと楽しみになってきたぞ。

 バングルを腕に装着して何となく腕をイメージすると、ほんのりと淡い光を放ち、銀地に黒いラインが1本走った。

 そして、光は消えてもう何も起こらない。


「……あれ?」


 確か肩当てだったはずだけど……バングルのままだぞ?


 周りを見ると、皆も同じ様な表情を浮かべている。

 実物を知っているはずのアレクもだ。

 ここからもう一段階変形するとか……?


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「……ここで使ってみていいかな?」


 多分危険は無いし、この部屋で使っても大丈夫だとは思うんだが……ちょっと思ってたんと違うし念のため使う許可を得よう。


「そうね。そこで使ってみなさい」


 セリアーナが壁を指してそう言った。

 尻尾を試した時もそこの壁際でやったが、いつの間にやらアレクとエレナが俺とセリアーナの間に移動しているし、他の皆も一応警戒はしているみたいだな。


 気を付けよう。


 改めてそれを頭に置きながら、【浮き玉】から降りると、ちょこちょこと壁まで歩いて行った。

 皆がいる場所からは5メートル以上は離れている。

 どんな風に発動するかはわからないが、この距離なら問題無いだろう。


「ほんじゃー、使うね」


 左の手首に装着したバングルに意識を向ける。

 多分発動の仕方は【蛇の尾】と一緒でいいんだろう。

 腕がもう一本ニョキっと生えるのを想像しながら……ぬぬぬ。


「おや?」


 バングルが薄ら光を放ったかと思うと、手首から消えてしまった。


「あら?」


 同じくそれを見て声を上げるセリアーナ。

 この感じだと、俺の見た目に変わりは無いようだし、まだ腕は増えていないな。

【蛇の尾】と同じで、2段階発動するタイプか。


 目を閉じて、体の感覚に異常は無いかと探ってみると、なんとなく背中や腰付近がほんのりと暖かい気がする。

 服の上からじゃ見えないだろうが、恐らくタトゥーの様なのが現れているはずだ。

 それなら、その辺を意識してもう一度……。


「ほっ! …………お?」


 再度発動したところ、なにやら背中に違和感が現れた。

 不快ではないが何かある様な……尻尾の時と一緒だな。

 そのうち慣れてきたら手足の様に思い通りに動かせるが、【猿の腕】を使ったのは今日が初めてだし、似た物を普段から使っているとはいえ、まだこれはそこまで自由には動かせないようだな。


「よいしょ」


 ハッキリと動かし方をイメージして、恐らく背中に生えているであろう腕を前に持って来た。

 左側からぐるりと回り込んできた腕は、黒くのっぺりしている。

【蛇の尾】と同じ感じだな。


 手の部分を開いて閉じて開いて閉じて……違和感なく動く。

 試しに右腕で握手をしてみるが、なんというか……ひんやりとした感触が伝わってきた。

【猿の腕】側では何も感じないが、触覚とかはどうなっているんだろう?

 この辺は要検証だな。


 差しあたって今できる事を確認しておこうと、しばらくグルグル回したり色々動かしていると、その様子を眺めていたセリアーナが口を開いた。


「問題は無さそうね。こちらに来なさい」


「はーい」


 パタパタとセリアーナの下に向かうと、すぐに後ろを向かされた。

 そして、皆で俺の背中をジロジロと観察している。

 恐らく背中から生えているんだろうけれど、服が破けた感触も無かったし、そこら辺も尻尾と同じだな。


「大人しくしなさい」


「ぉぅ……」


 試しに腕を動かしてみると、怒られてしまった。


「ねぇ、どんな風になってるの?」


 自分じゃ見えないんだよな。

 折角集まっているんだし、想像は出来るがどんな感じなのか教えてもらおう。


「背中の少し左側から生えているわね。服の下からだけれど……破けてはいないわ。【蛇の尾】と同じね」


 襟を少し引っ張られた感触があったが、セリアーナが中を覗き込んだんだろう。

 んで、結果は予想通り。

 しかし、アレクが見たっていう肩当ての件は、フェイクだったのかな?


「セラ、少し俺の手を握って貰えるか?」


「ん? いいよ」


 アレクが手を出してきたので、【猿の腕】で握ってみた。

 どれくらいの力が出るかはわからないから、ゆっくりと気を付けたが……思ったよりも手を動かすのはイメージ通りできるな。

 視界内だからかな?

 しばし握ったり軽く叩いたりとしていたが、何かの確認を終えたのか、手を放した。


「俺が以前見たのと一緒だな。どうやら肩当てから生やしていたのは偽装だった様だ」


 苦笑しながらそう言うアレク。

 騙すって程じゃないが、誤魔化されたのに特に怒った様子は無い。

 冒険者同士ってのはそんなもんなのかな?


「まあ、隠せるんなら隠しておいた方がいざって時に役に立つからな。ましてや手首や服の下なんてわざわざ見ないだろう。セラの【蛇の尾】もだが……意外と役に立ちそうな代物だな」


「そうですね」


 そう言って、2人は笑っている。


 隠し持ったりいざって時の不意打ちに使うんなら、確かにその方がいいのかな?

 確かに俺も【影の剣】は指輪とかマニキュアで誤魔化している。

 似たようなもんか。


 さて、男性陣の方はいいとしてだ……。


「そろそろ重たいよ?」


「そう……。まあ、腕1本にしては力があるのかしら?」


 女性陣は、まだ直接手で触れるような事はせず、代わりに棚から木箱なんかを取り出して、【猿の腕】の手のひらに置いたお盆の上に積んでいっていた。

 大方腕力の確認なんかだろうけれど……尻尾と違ってこちらはそこまで俺の筋力と差は無さそうだな。

 10キロほどはあると思うが、もう限界が近い気がするし、精々両腕分ってところだろうか?


 まだまだ検証は必要だが、両腕分の筋力にそこそこ器用そうな腕がもう1本増えたと思えば、色々やれる事が増えるかもしれない。

 出発までもうちょっと日があるし、その間はダンジョンに行かないから、どう暇を潰すかと思っていたんだが……ちょうどいい暇つぶしが出来たかな?

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