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「混合種を倒した場所を覚えているか?」


「ええ。北の村から東に10キロほど行った場所よね?」


 ジグハルトの言葉に答えるフィオーラ。

 サイモドキと戦った場所なら俺も覚えているな。

 そこから東に広がる森を進んで行くと鉱山があって、その周辺に採掘や開拓の拠点になる小さな村があったりもする。


 一の森の様に魔境の浅い場所ではなく、あの辺はもう結構強い魔物もいるらしい。

 俺は上空をちょっと移動したくらいだから、魔物についてはよくわからないが……あの辺で狩りをしていたのかな?

 あの辺で狩りをしていた冒険者たちもダンジョン目当てに領都に集まっているし、村の人たちから喜ばれたかもな。


 それはさておき、ジグハルトの話はまだ続く。


 彼はそのサイモドキと戦った場所辺りを地図に書き足しと、そこからさらに東にペンをずらして、鉱山や各拠点に印をつけていき、さらにさらにその先へ。

 そして、少し進んだところに広く丸を付けた。

 縮小具合からいって……拠点から5キロくらいのところかな?


 ジグハルトはさらにいくつか書き足したところで、説明を再開した。


「結界用の魔王種探しのために、ここの鉱山付近までは俺も行っていたんだが、あの混合種を見つけたからな。下手に森を刺激しない様に周囲の調査をするだけに止めていたんだ」


 サイモドキとはしっかりと準備をして戦う必要があったし、あの場から動かさない様にする必要があったもんな。

 だから、下手に環境を変えないためにしていたんだろう。


「折角だし今回はその先を中心に動いていたんだが……この鉱山の裏側を少し行ったところで、深さはそれ程でもないがちょっとした崖があった。まあ、対岸から見た感じだが植生なんかに変化は無かった。同じ森だな」


 そのポイント思しき場所に、崖とついでに川を書き足した。


「で……だ。流石にそこを渡る装備も無かったし、戦闘ついでに時折様子を探る程度の事しかしていなかったんだが……竜種がいた」


「っ!?」


 話を聞いていて、随分ひっぱるなー……と思ったが、確かにこれなら前段階の説明も必要になるだろう。


 竜種ってのは、魔王種込みでも最強の一角だ。

 そんなのが領内にいるとなれば、あまり穏やかな話ではない。

 ……まぁ、どこからどこまでがリアーナの領地かって話にもなるが、多分その辺は領地内だ。


「ジグハルト、それは間違いないのね?」


 流石にこの情報にはセリアーナも驚いたのか、その声にいつもの余裕は見られない。

 アレクを除く他の皆も同様だ。

 彼女たちにとっても竜種ってのは、油断ならない問題なんだろう。


「ああ。しばらくの間監視を続けていたからな。ただ歩くだけで木をへし折る様な巨体に、俺ですら感じる事が出来ない魔力……。ダンジョンのアレと違って、正真正銘の竜種だ」


 そうジグハルトは断言した。


 カマキリモドキは亜竜だったが、アレは強かった……。

 今回見つけた竜種はもっと強いんだろうか?

 それよりも、リーゼルにこの事をまだ伝えていないようだけれど、いいのかな?


「そう……。それで、貴方はどうするつもりなの?」


 だが、ジグハルトはセリアーナの言葉に肩を竦めた。


「どうもしねぇよ。流石にアレと戦うには準備もいるし、どれくらい周りに被害が出るかもわからねぇ。いずれはヤってみたい気もあるが……少なくとも今じゃないな」


「そう……安心したわ」


 ジグハルトの言葉に、ホッとしたような声で答えるセリアーナ。


 ジグハルトをウチに勧誘した際の条件の一つが、彼の魔境での活動のバックアップだからな。

 流石に領地を危険に晒す様な事なら断るだろうけれど、それでも彼がごねたら簡単にはいかない。

 最悪、彼が出奔って事態も有り得る。


 まぁ……ジグハルトは、一見戦闘狂で実際それに近いところもあるが、それ以上に理性的な男でもある。

 その辺はちゃんと判断してくれるってのはわかってはいただろうが、それでも緊張はしていたんだろうな。

 そしてそれは、セリアーナだけじゃなくてエレナやテレサも同様だったらしい。

 ジグハルトの言葉を聞いて、部屋全体の空気が緩んだ気がする。


 彼もそれを察したようで「そこまで無理はしないぞ」と苦笑している。


「ただ、俺はやらねぇし同行していた兵たちにも、口外しない様に言い聞かせているが、他の者が発見した場合はわからないな。あの一帯は魔物も強力だし、そうそう寄り付かないだろうが……それでも馬を使えばこの街から10日もせずに辿り着ける。全く人が近寄らないかっていうと、そうじゃない」


 竜種とやり合って生還した……それだけで立派な戦果になる。

 ついでに鱗の数枚でも持って帰れたら、移動の手間を差し引いても総合的には黒字になるかもしれない。

 話の流れ的に、リアーナではそれとなく近づかせない方向になるだろうし、ウチでは評価どころか処罰の対象になるかもしれないが、他所でならまた別だ。


 昼食会ではリーゼルたちにも隠していたのは、そのためかな?

 周りに文官とか、ジグハルトと普段絡みの無い者たちもいたもんな。

 

 しかし竜種かぁ……。


「ね、ジグさん。その竜種ってどんな姿だったの?」


 カマキリモドキは亜竜で本物じゃない。

 強さはとんでもなかったが、ビジュアルがな……迫力だけはあったけれど……。

 正真正銘の竜種なら、もっとこう……カッコイイかもしれない。


「あ? そうだな……こんな感じだったか? 距離があったから、流石に細部まではわかんねぇが」


 俺の言葉に、サラサラとペンを走らせるジグハルト。

 アレクもだが、冒険者は何気に絵が上手い人が多い。

 報告書で描いたりするからかな?


 そして、しばらく見守っていると、完成したようでこちらに差し出してきた。

 その姿は……。


 「おたまじゃくし?」


 もしくは手足の生えたナマズ。

 ……カッコよくない。


636


 冬の3月になった。


 そしてつい先日、領内の貴族の中から王都の貴族学院に行く子供たちが一旦領都に集合してから、街を発っていった。

 かつて、俺たちがセリアーナのお付きとして王都に行った時も、ちょうどこの時期だった覚えがある。

 だが、ゼルキスの領都よりもさらに距離のあるこの街から出発して間に合うのか……というと、ある方法をとると間に合っちゃうんだよな。


 そのある方法とは、船である。


 普通に行くと、少なくとも2ヶ月以上かかってしまう王都までの道のりだが、船便を利用してゼルキスやライゼルクを経由していくと、1月もかからない。

 王都までの移動の際に、通過する領地で挨拶をするってのは学院へ通う子供たちの立派なお役目だ。

 昨年は通常のルートを使ったので、それなら今年はもう一つのルートを採用しようってなったらしい。


 ウチの領地はまだ領内の男爵以上の貴族の数は少なく、必然学院に通う年齢の子も少ない。

 もっと数が多いようなら、それぞれのルートを毎年ってのも出来るようだが……それはまだ先の話になるな。


 まぁ……それはそれとして、その学院に向かった彼等が、1年間王都で使用するための身の回りの品を制作するのに忙しかった工房も落ち着き、俺のクッションの注文も出し終わった。

 その際はアレクも一緒だったが、来客用の他にルカ君用のクッションも注文していた。

 それも2個。

 自宅用と領主の屋敷用にするんだろうな。

 仕上がりはまた一月ほど後になるそうだが、アレクの所は来客用にするし、そのうち俺の周り以外からも注文とか来そうな気配だな。

 繁盛して欲しいものだ。


 ◇


 さてさて、領内が落ち着き、俺の領都での差し当たっての用事も済んだ。

 ってことで、俺はもうすぐお出かけすることになっている。

 向かう先は、南にあるお隣さん。

 マーセナル領だ。


 昨年の夏に、俺宛にと葡萄ジュースを大量に頂いてしまった。

 なんとも爽やかで、そのまま飲んで良し、冷凍庫で凍らせてシャーベット状にしても良しと、随分楽しませてもらったから、そのお礼の挨拶をしに行くのだ。


 当初は春になったらの予定だったんだが、こちらと同じく……あるいは、ウチよりも付き合いは広いだろうしもっとかな?

 人の往来が増える春に、数日とはいえお屋敷にお邪魔するのは少々負担がかかるかもってことで、この時期になった。

 今の俺なら季節もなんも関係無いもんな。

 暑かろうと寒かろうと、【風の衣】を纏ってひとっ飛びだ。


 マーセナル領は、セリアーナの結婚で王都に行った時に、船でちょろっと通過しただけで、滞在するのは初めてだ。

 家格だけなら公爵家のうちの方が上だが、この国にとっての重要度は、武装船団を持つ彼等だって引けを取らないし、伝統を考えたら向こうの方が上かも知れない。

 そのため、失礼が無い様にテレサも同行するが、俺は俺でやれる事はやっておこう……!


 ってことで、ガチャだ。

 なにが、ってことで……なのかは俺もわからないが、ガチャを引くちょうどいい口実には違いない。

 もう相当な回数を重ねたし、大分慣れてはきたが……それでも切っ掛けは必要だ。


 前回のガチャは2階の応接室でやったが、今回は1階の談話室で、俺たちはもちろん男性陣も集まっている。

 とりあえず3回分あるし、何かは出るだろう……多分!


「お待たせっ!」


 聖像をセリアーナの部屋から持って来た俺は、談話室に入ると中で待っていた皆に挨拶をした。

 お茶にお茶菓子……うむ、観覧準備はバッチリだな。


 挨拶もそこそこにセリアーナの前に聖像を置くと、袋から聖貨を取り出した。

 そして、10枚ずつ重ねていき3つの束を作った。

 これで俺の準備も完了だ。


「んじゃ、やるよー!」


「なんだ。随分早いな」


「まあね!」


 ジグハルトがからかうように言ってくるが、この段階であまり引っ張っても意味が無いしな。

 手早くやってしまおう。

 3回引くんだ。

 確率を考えたら、1回くらいは恩恵品か加護か……何か良い物が出るだろう。

 一応狙いは、お出かけ時に俺をフォローできるような何かだが……そんなものあるかどうかもわからないしな。

 あまり気負わず、気楽にやろう。


「んじゃ、1回目ね」


 束を一つ掴むと、聖像に捧げた。

 ドラムロールが頭の中に響くとすぐさま、ストップ!

 浮かんだ言葉は【魔糸】。


 うん……まぁ、おーけーおーけー……。

 まだ1回目だ。

 眼前に、あまりキラキラせずに糸の束が現れた。

 それを掴むと、テーブルに置いた。


「……魔糸ね」


 もうコレも何度か引き当てているからな。

 セリアーナも見慣れたんだろう。


「うん。セリア様にあげるね」


 フィオーラやテレサもいるし、彼女たちなら何かに使うかもしれないが、処遇はセリアーナに任せよう。


「あら、ありがとう」


 そう言って、何に使おうかしら……と呟いている。


 よし……糸はもういい。

 後2回。

 余裕余裕……3分の2だ。

 きっと何か出るさ!


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