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 部屋に入ったのは俺たちが最後のようで、昼食会はすぐに始まった。

 オープニングはリーゼルの簡単な挨拶で、襲撃に関するアレコレや、それらが無事落ち着いた事。

 以降の領内の警備は、狩場から離れて街や村や街道といった領民の生活インフラ等に戻す事、そしてそれらは1番隊が引き継ぐ事……等々だ。

 リアーナ領の幹部陣はこの屋敷で仕事をする事も多いが、意外と一堂に会する機会は少ないし、ちょうどいい機会なんだろう。

 

 そして、終わりにモニカも紹介された。

【緑の靴】を得た事と、フィオーラの監督の下で、春から領都内のあちらこちらで高所作業をする事。

 さらには、その際に街壁や市壁、そして建物の屋根を移動する場合もある……等々。

 集まった連中の中には【緑の靴】の簡単な性能を知っている者もいたようだが、ジャンプ力まで上がるって事は知らなかったようで、驚いた顔をしている。

 同じ場所で働いているのに、意外と情報の共有ってされていないんだな……。

 それなら、こういう機会をちょくちょく設けている理由もわかる。


 ……まぁ、今しがた話題に上がった当のモニカは、皆の前で挨拶させられて軽くパニックになっていたが、顔も覚えて貰えただろうし、これからは色々やりやすくなるだろう。

 エレナやテレサが彼女たちのフォローに回っているし、今日も大丈夫なはずだ。


 ◇


 挨拶を終えた後は、皆でお喋りをしながら食事をしている。

 昼食という事もあって、お酒も弱い物しか出されていない。

 そのためか、何ともお上品な席だ。

 出席している者たちは、いい機会だからと他の部門の者たちと会話をしているが、実に静か。

 内容だって、ちょこちょこ聞こえてはくるが、仕事の事ばかり。

 文官衆だけでなく、アレクやジグハルトたちもだ。


 なにやら、どの辺を見回っただの、その際にどれくらい魔物を倒しただの……当たり障りのないことばかり喋っている。

 俺の席は女性陣の方に纏められているから、参加するにはちょっと離れすぎているが、なんか面白いネタとか無いのかな……?


 そんな事を考えながら、耳に意識を集中していたのだが……。


「……お? これ美味しいね?」


 聞き耳を立てながら何となしに口にしたスープ。

 それが妙に美味しい。

 クリームをベースに香辛料が程よいアクセントになっていて、くどさを全く感じない。


 旧ルトルの頃は、この辺りでは乳製品は出回っておらず、リアーナ領までの水路が確立されてからも、その辺のメニューはいまいちなものが多かった。

 不味くはないが、くどかったり重かったりで、それをカバーするために香辛料を多く使って、ちょっと俺の舌には合わなかったんだよな。

 ところがこれは……。

 新しい人でも雇ったのかな?


「冬で来客が少ない間に勉強をしていたそうよ。街には他領からやって来た料理人もいるでしょう? その彼等から学んだのね」


「……へー。そんな簡単に教えてもらえるの?」


 隣に座るセリアーナがそう教えてくれたが、料理人に限らず、この世界は技術や知識はあまり他人に教えたりすることは無い。

 ここで働いているとはいえ、あくまで料理人に過ぎないし、技術を聞き出したりするような権力はないだろう。

 それに、そんな事をやりそうなタイプとも思えない。

 どうやったんだろう?


「見返りで、食材の手配や商業ギルドへの挨拶回りに同行したり、街で仕事をするのに何かと便宜を図ったそうよ」


「ほうほう……。セリア様よく知ってるね」


 縁の無い土地で仕事をするっていうなら、彼の後ろ盾があるのは心強いだろう。

 それにしても、セリアーナはいつその事を知ったんだろう?

 大抵一緒にいるが、彼と面会とかしてたっけ?


「お前……私が昨年片付けた仕事を覚えていないの?」


 セリアーナの仕事……?


「昨年……あ……冒険者ギルド前の屋台?」


 どうやら当たりのようで、満足気な笑みを浮かべている。


 そうだよな……いくら料理長の後ろ盾があるとはいえ、上り調子の領都に余所者が簡単に店を構えられるとは思えない。

 だが、ちょっとした屋台くらいなら不可能じゃ無い。

 他所から来ている冒険者も多いし、リアーナの料理になれていない者も中にはいるだろう。

 あの通りではそこまでお酒は飲まないだろうし、しっかり味わえる料理を出すのも悪くない。

 ここら辺出身の者たちも、ちょっと変わった料理って事で足を運ぶかもしれないしな。


 セリアーナは直接あそこに口を出すことは無いが、それでも責任者の1人ではあるし、彼女の性格上出店している者の調査くらいはするだろう。

 それも詳しく。

 だから知ってたんだな。


 ちょっと口に合わないから、ここ最近は乳製品を使った料理は避けていたが……損してたな。

 これからはしっかり食べるか。


 この昼食会は、俺は正直出席する意味無いんじゃね……?

 とか思っていたが、いやはや意外な収穫があったな。


634


 昼食会は特に何事も無く円満に終わり、解散となった。

 アレクもジグハルトもここ2ヶ月近く忙しかったし、春までは休暇扱いで、領都でのんびりするそうだ。

 まぁ……ダラダラしていると体が鈍るから、数日おきにダンジョンに行くとか言っていたが……タフな連中だ……。

 で、昼食会は終わったが、今度は身内で集まってのお話って事で、南館1階の談話室に集まっている。

 そこで、まずは彼等が領都を空けていた間の話をしているのだが……特に何が起きたってわけではないし、精々爆発玉の実験くらいだ。

 だが、それが2人にとっては珍しかったようで、詳しく説明をすることになった。


 で、話を聞いたジグハルトが実物を見たいと言ったので、俺用にストックしている初期型を【隠れ家】から持って来て、彼等に見せることにした。

 元々ダンジョン専用のアイテムってのは珍しいようだし、特にジグハルトなんかはアイテムでの補助とか必要としていないからな……。


「また妙なモンを作ったな……」


 ジグハルトは、テーブルの上に並んだ爆発玉の初期型を手に取ると、それを手のひらで転がしたり明かりに透かしたりしてしばらく観察をしていたが、一しきり弄って満足したのかテーブルに置いて、そう言った。

 威力や改良の経緯も話したのだが、残念ながら彼にとってはちょっとした面白アイテム程度なのかもしれない。


「面白いでしょう? ソレはセラにしか持たせられないけれど、専用の袋も用意したし、改良型なら他の冒険者でも使えるわ」


 フィオーラの言葉に、ジグハルトはあまり反応しなかった……。

 このおっさんはそもそも自前で全部やれちゃうもんな。


「ふむ……確かに便利そうですね。今度俺も使わせてもらいますよ」


 代わりに、アレクの方が興味を持ったようだ。

 彼の様に頑丈な盾を持って、場合によっては武器を手放して戦う者にしたら、改良型の方なら丁度いい牽制アイテムになるかもしれないな。

 今度俺が行く時に一緒に誘ってみようかな?


「そのアイテムは騎士団だけじゃなくて冒険者ギルドでも検証に回されるでしょうけれど、貴方も参加するなら結果も早く出そうね。……それよりも」


 セリアーナは今まで会話に加わっては来なかった。

 爆発玉はセリアーナが自分で使うわけでも無いし、検証自体は俺が既にやっているから、彼女にとってはもう終わった話だったんだろう。

 必要な事は2人に伝わったからと、次の話題へと切り替えてしまった。


「ジグハルト。貴方はアレクと違って途中で帰還もしなかったし、何か面白い物でも見つけたんじゃなくて?」


 と、ジグハルトに話を向ける。


 すぐ出発していたとはいえ、アレクは報告がてら定期的に戻って来ていた。

 それに対して、ジグハルトはその村に寄る事はあっても、戻って来なかったからな。

 彼が率いていた兵は、領内に点在する村に駐在している兵たちで、その彼等は交代も兼ねて定期的に領都に帰還していた。


 その彼等から、なんとなくは情報が入って来ていたが、ジグハルトが何をしているのかってのは、いまいちわからなかったんだよな。

 ジグハルトは一見脳筋だし、中身も割かしそんなところはあるが、報告はきっちりとする。

 セリアーナは、それはジグハルトが意図的に隠しているんじゃないかって考えたようだ。


 そして、当のジグハルトはセリアーナの言葉を聞いて、アレクと顔を見合わせてニヤリと笑っている。

 昼食会の時は、特にそんな話をしていなかったと思うが……この様子じゃ本当に何か隠していたっぽいな。

 んで、アレクも知っていると。

 この様子じゃ、特に差し迫った危機ってわけじゃなさそうだけれど……。


「領主サマやオーギュストの旦那には後で話しておこうと思ったが……。まあ、こっちで先に話しても問題無いな」


「そうですね。この面子なら話が漏れる事も無いでしょうし……」


「あら、本当に何か隠していたの?」


「隠すって程じゃないさ。こいつにだって昨晩少し話しただけだしな」


 と、アレクを指した。

 アレクは領都より西側で、ジグハルトは東側をメインに行動していたし、アレクが知ったのは昨日って事は東側での事か。

 東側はまだまだ人の手が及んでいないし、強力な魔物もわんさかいるはずだ。

 ……魔王種でも見つけたのかな?


 ジグハルトは、部屋の中を軽く見渡して何かを探していたが、諦めたのか肩を竦めた。


「地図……は無いか。領地東部の簡単な地形はわかるな?」


「ええ」


 さっさと先を言えとばかりに、顎をしゃくるセリアーナ。

 セリアーナは、ダンジョンも閉鎖が解かれてから行っていないし、娯楽に飢えているのかもしれないな。


「ジグハルト殿、どうぞ」


「ああ、悪い」


 テレサが部屋の棚に置いてあった、紙束とペンを渡した。

 そして、ジグハルトは紙束から1枚引き抜き、何やらサラサラとペンを走らせる。


「……地図かしら?」


 それを覗きこんだフィオーラが呟く。


「ああ。これがあった方がわかりやすいだろう」


 そして、仕上がったのかペンを置いて口を開くジグハルト。


 メモの左端に領都が描かれて、そこへさらにいくつかの村に森や川……うん、領都の北東部の地図だな。


 描いた地図をテーブルに置くと、ジグハルトは改めて説明を始めた。

 彼が見回り……というよりも、魔法を使った連携訓練を行っていたのは、領地の北東部。

 ちょっとずつ領都より東側も開拓を進めてはいるものの、未だに東部はほぼ人跡未踏の地といってもいい。

 そこの情報か……期待できそうじゃないか!

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