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 戦闘訓練も終わったが、彼女たちはこの後さらに個別で反省会を行ったりもするようで、俺はそちらには参加せずに訓練所を去る事にした。

 個別指導を見てもしゃーないもんな。

 ってことで、訓練所から本館に出てふよふよと南館を目指していると、忙しそうに仕事を熟している使用人の姿が目に付いた。


 今はもう冬の2月末。

 騎士団の領内の街道周りの魔物や野盗退治がもう始まっている。

 まぁ……リアーナに野盗がいるかどうかは別として、徐々に領地の人の移動が活発になって来る。

 そうなると屋敷へのお客さんもまた増えだすからな。

 その前に屋敷の中の手入れを行っているんだろう。


 ……俺が手伝えそうな事もあるにはあるが、本館でそれをやっちゃうと、ちょっと目立ち過ぎる。

 邪魔にならないうちにさっさと通過するかね。


 2階に上がり南館に繋がる廊下を進んでいると、下で訓練を行っていたのとは違う班の女性兵が、警備のために入口に立っていた。

 挨拶をして訓練がどんな様子だったかを話すと、若干青い顔になっている。

 明日か明後日か……近いうち彼女たちもその訓練を受けることになるからな。

 頑張って欲しい。


 その彼女たちと別れて再び廊下を進むと、セリアーナの部屋に辿り着いた。

 だが……。


「訓練お疲れ様です。セラ副長」


「うん……お疲れ様。えと……中お客さんでもいるの?」


 普段はセリアーナの部屋には警備の兵はいないんだが、どうしたんだろう?


「お子様方がお越しです」


「あらま。珍しい……」


 普段は隣の子供部屋に乳母の子供たちと一緒にいて、こっちに来ることは滅多に無いんだが……。

 と、ドアの前で喋っていると、内側からドアが開けられた。

 開けたのは双子の方の乳母の1人だが、俺が部屋の前に来ている事は中にいるセリアーナたちは気付いているだろうしな。

 さっさと中に入るか。


 ◇


「ただいまー」


 部屋の中に入ると、セリアーナにエレナはソファーでは無くて、執務用の席についていた。

 彼女たちの視線を追うと、ソファーで遊んでいる2人の子供たちとその乳母が2人。

 もう1人乳母はいるが、隣で彼女たちの子供の面倒を見ているんだろう。

 こちらには来ていなかった。

 それでも、普段は静かなこの部屋が賑やかになっている。

 子供のパワーって凄いな……。


「お帰りなさい。訓練はどうだった?」


「うん……なんか凄かったよ。わかってはいたけど、やっぱテレサは強いね」


 攻撃力とか魔力とかそんなんじゃなくて、技量がずば抜けているんだよな。

 この街の冒険者は強い者が多いけれど、彼等はどちらかというと最終的に火力でごり押す感じだし、テレサの戦い方はいい勉強になる。

 まぁ……俺がどう役立てるかって問題もあるが。


 何となく言わんとしたことは伝わった様で、セリアーナとエレナは顔を見合わせて笑っている。

 ご機嫌よろしい様で……。


「それにしても珍しいね。こっちにレオ様たちを連れて来るなんて……って、ああっ!?」


 何となく子供たちの方を見ると、クッションを占領されていた。

 ルカ君があぶれているが、レオ君がシロネコを、リオちゃんがクロネコを抱きかかえている。

 それ、座るもんだぞ?


「最初は2人を座らせていたのだけれど、気に入ったみたいで離さないのよ……」


 肩を竦めるセリアーナ。

 ヌイグルミとかならともかく、可愛い系のグッズってあんまこの世界ないからな……。

 子供たちの興味を引いてしまったのかもしれない。


「そういえば、今度注文に出すとか言っていたデザインはもう決まったの?」


「ん? うん……クマとオオカミ。そろそろ工房も落ち着くころだろうし、来月になったら注文に行こうと思ってたんだ」


 ちょっとここ最近は顔を出していないが、この時期に引き受けるとしたら春に向けての注文だろうし、今ならもう工房の仕事も片付いて来ているはずだ。

 注文を出してすぐに取り掛かる事は難しいだろうが、そろそろ俺が顔を出してもよさそうだと思っている。

 下手なタイミングで注文を出すと、向こうに無理をさせてしまうかもしれないしな。

 ……なんてったって、セリアーナも割と気に入ってるくらいだし。


「結構。それならもういくつか追加で出しておいて頂戴」


 割とどころか普通に気に入ってるみたいだ。


「……デザインは俺が決めちゃっていいの?」


「ええ。好きにしなさい」


「ぬぬぬ……」


 またネコにしようかな……と、悩んでいると、エレナも会話に加わってきた。


「私も何度か使わせてもらったけれど、座り心地が良いよね。ウチも今度いくつか注文する事にしたんだよ。来客用だから、デザインは通常の物だけどね」


「ほーぅ……」


 工房……やったじゃないか。

 セリアーナとエレナを顧客にできそうだぞ?

 俺が行く時一緒に注文をだそうかと、話をしていたのだが……。


「せらー」


 子供たちが向こうから俺を呼んでいる。


「話はまた今度にしましょう。セラ、相手をしてやりなさい」


「へーい……」


 セリアーナの言葉に返事をするが、あの子たちはもう歩けるからな。

 ちょっと気合を入れないといけない。


【足環】の鎖としっぽを掴まれない様に巻き付けると、「ふんっ!」と1つ息を吐き、子供たちの方に向かう事にした。


632


 冬の1月初めに起きた、魔物の襲撃からもう2ヶ月近くが経った。

 魔物の残党だったり魔物の生息地の様子を探るために、領都を離れていたアレクと、団員との新しい連携を磨くために、どこぞへ出かけていたジグハルトが今朝方帰還を果たした。

 二組とも出発時は違う方角へ向かっていたのだが、なんでも、ぐるーっと領内の狩場を移動していたらたまたま一昨日合流したらしく、今日一緒に帰還すると、昨日手紙が届いたんだ。


 んで、今日は下の談話室に集まって、その間の事でも話してもらおうと思っていたのだが、彼等は2番隊の隊長とその副官という、責任ある立場でもある。

 そして、今回の行動は騎士団の任務でもあった。

 リーゼルやオーギュストに報告する義務もある。


 あるのだが……ジグハルトはともかくアレクは子供がいるし、リーゼルなりに配慮したのだろう。

 真面目にやると数日間は本部に缶詰めになって、会議会議の連続になってしまう。

 アレクなんてたまに戻って来ても、またすぐに出発してたもんな。

 口頭での報告は簡単なものに済ませて、後日報告書を提出という形になったらしい。

 そこで、その報告も兼ねて、皆で集まれる昼食の場を設けようとなった。


 ◇


「準備はよろしいでしょうか?」


 俺たちを呼びに来た使用人との応対をしていたテレサが、こちらへ振り返りそう言った。

 もちろん準備は完了している。


「もちろんよ。行きましょう」


 代表してセリアーナが答えると、彼女は席を立ちドアに向かって歩き始めた。

 その背を追うように、俺とエレナにフィオーラもついて行く。


 廊下を進みながら皆を見るが、いつもより少々服装はきっちりしている。

 向かう先は本館の食堂で、今日はそこでリーゼルたちも一緒だからな。

 そんなにお堅い席ではないのだが、領主様が一緒だし、多少は気を付けようってことらしい。


 もっとも、普段から皆はだらしない恰好などはしていないが……まぁ、服の色だったり装飾品だったりだな。

 ちょっと皆ジャラジャラしている。

 逆に俺は、服装はいつもと一緒だがいくつかの恩恵品を外して、身軽な姿だ。


「ね、アレクたちはもういるの?」


「ええ、先に着いているわ。ジグハルトも一緒ね」


「あ、そうなんだ」


 ちょっとホッとする。

 その様子がおかしいのかエレナが笑いながら話しかけてきた。


「君は……旦那様方にはそうでも無いのに、使用人相手には緊張しているよね」


「落ち着かないんだよね……」


 リーゼルたちのいる場で待つとなると、使用人たちが妙にお堅い空気を醸し出すんだ。

 まぁ、主の前だし、気を抜けって方が酷なのかもしれないが、俺に対してもお客様扱いというかなんというか……落ち着けない。

 時折給仕を……とかならともかく、部屋にずっと控えているからな……。


「お前は、近いうちミュラー家の養子に入るのだし、少しは人を使う事にも慣れなさい……」


 話が聞こえていたのか、歩きながらもこちらを振り向くセリアーナ。

 うむ……呆れてらっしゃる。


 将来、自分の家を構えた時に困るし、今のうちに慣れておけっていう彼女の考えはわかる。

 わかるんだが……でもなー……。


「オレはセリア様の部屋に居つくからいいんだよ……」


 居住空間という意味では、【隠れ家】がある。

 あそこ以上に快適な場所ってのは、俺にはちょっと思いつかない。


 それに、この屋敷ならセリアーナやリーゼルが選りすぐった、信頼できる使用人が揃っている。

 一応ミュラー家の養子に入る訳だし、もしかしたら紹介くらいはしてくれるかもしれないが、俺は使用人を雇う伝手が無いんだよな。


 俺の知る範囲ではあるが、どこのお屋敷でも、そこで働く者は何かしらの横の繋がりがあって、だからこそ信用が出来るんだ。

 俺にはそんなものは無いし、よく知らない人を自分のプライベートエリアに入れるってのもな……。

 フィオーラやジグハルトが、未だにあの部屋から出ないのもその辺が理由だ。

 いつまでもセリアーナの部屋に居つくってのもなんだが、それならそれでこの屋敷内に部屋を用意して欲しいってのが、俺の希望である。


 それなりにしっかり働いて、稼ぎを上げているが、根本にあるグータラ思考を読み取ったのか、小さく溜息を吐くセリアーナ。

 そのまま何も言う事無く、廊下を通り本館までやって来てしまった。


 ……呆れられたかな?


 ◇


 その後も適当な事を話しながら、進むことしばし。

 本館にある、中規模な食堂へとやって来た。

 中には既にリーゼルを始めとした彼陣営のおっさんたちや、オーギュストにリックにアレクやジグハルトを始めとした、騎士団の面々が揃っていた。

 そして、それだけではなく……。


「あれ? モニカたちもいる」


 部屋の隅にはモニカと彼女が所属する班の班長と副班長が、所在なさげにしている。

 一瞬護衛かと思ったが、私服だし彼女たちも参加するのだろう。


「彼女は恩恵品を得ましたからね。改めてこの場で紹介するのでしょう」


「あー……なるほど」


 俺たちや騎士団の連中は知っているが、他の面々は話にしか聞いていないだろうし、ついでの顔見せか。

 どうやら急なお召しだった様で、緊張しきっているが、リーゼルと面と向かってよりはこの場の方が多少は気楽に話せるだろう。

 班長と副班長は……ちょっとついてなかったかもな。

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