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ダンジョンから帰還して、まず俺が向かったのは屋敷の地下にある研究室だ。
冒険者ギルドの地下通路からも繋がっているため、外の人間とは顔を合わせることは無い。
冒険者たちも、何かの実験をしている事は知っているわけだし、別に極秘任務ってわけじゃ無いが、もしかしたら探索の難易度に変更が生じるかもしれない事から、商人連中の耳に入ると冒険者をせっつく者も現れるかもしれない。
もっとも……それで探索具合がどうこうなる様なことは無いだろうが、余計な手間は増えるだろうしな。
コソコソ出来るんなら、そうするのが良いだろう。
◇
「こんにちわー」
研究室に到着して中に入ると、中では相変わらずよくわからない器材が稼働していたり、薬品の調合だったり、何かの図面を引いていたりと、皆が忙しそうに仕事をしている。
ここはもう、季節とか関係無いな。
記念祭の前後以外はいつも誰かが作業をしている。
そして、その中には……。
「セラ副長! お疲れ様です」
「あらモニカ。今日はこっちでお勉強?」
「はい!」
俺の言葉にハキハキ答えるモニカ。
彼女にはフィオーラ経由で話が行き、最近は大型魔道具の勉強をやっている。
恐らく春にはメンテナンスの手伝いとかをやったりするんだろう。
もちろん外での任務もやっていくんだろうが……多分こっちの方が重要度は上そうだしな。
今後はここで彼女の姿を見る事も増えそうだ。
んで……だ。
モニカと話をしていると、奥からフィオーラも姿を見せた。
「ご苦労様。今日のはどうだったかしら?」
前置きも無く成果を確認するフィオーラ。
彼女らしい。
「うん。バッチリ! オオザルの他にも試したけれど、十分だったよ。これならオレ以外が使っても大丈夫じゃないかな?」
それを聞いて満足気に頷くフィオーラと、喜びの声を上げる他の術師たち。
彼等も加わっていたのかな?
「あの……」
盛り上がる彼等に遠慮してか、コソコソとモニカが話を聞きに来た。
爆発玉に関してはどうやらほんの少ししか知らないらしい。
まぁ、彼女はダンジョンに入る事は無いからな……無理もない。
ってことで、説明と言えば大抵フィオーラが行っているが、今は彼女もアッチにいるし、代わりに俺がやろう。
「コレの最初のは知ってる?」
「はい……少しですが。強すぎて? 駄目だったと聞いています」
戦闘用なのに強すぎると駄目ってのがいまいち理解できないのだろう。
不思議そうな顔でそう言った。
「そうそう。コレって魔物に当たったら発動するんだけど、動いている魔物に何十メートルも離れた所から当てるのって難しいでしょ? だから近づいて投げなきゃいけないんだけど、それだと自分や周りの人間まで巻き込んじゃいそうだったんだよね。ダンジョンは人が死ぬのは駄目って聞いてるでしょ? だから、周りに被害が出るような物は駄目なんだ」
魔物に体当たりされたらってのもあるが、それはこの際省いておこう。
ともあれ、なんとなく初期型の問題点は伝わったようだ。
「で、ちょっとずつ改良を重ねていって、出来上がったのがコレなんだよね。魔物に命中したら発動ってのは一緒だけど、効果が違うんだ。ダンジョンに入った時から、ダンジョン内の魔素を一定量吸収するんだって。んで、発動した時にその魔素が中身と反応して、破裂するんだ。その音と衝撃で、魔物を足止めする物だね。威力だって最初のに比べたら低いけれど、ゴブリンくらいなら1発で倒せるんだよ」
結局、魔物と接触したら発動するだけに、体当たりなんか食らった時の危険度は変わらないが、初期型と違って衝撃だけだし、よほど当たり所が悪くない限りは、怪我をしても命を落とす様なことにはならないはずだ。
少なくとも、死体が消滅するって事態は避けられるだろう。
「ああ、その問題も解決できるわよ」
「ぬ?」
もうアッチはいいのか、こちらへやって来たフィオーラが話に加わってきた。
「接触といっても、要はダンジョンの魔物の魔力が流れ込まなければいいのよ。だから、魔力を遮断する袋を用意すればいいわ。どうせそれもここのダンジョンでしか使えない物だし、素材も豊富よ」
素材は何かわからないが、この口振りだとダンジョンの魔物を使うのかもしれないな。
「……なるほど。それなら受付とかで支給して、ダンジョンから帰還する時に回収するとかでもいいね」
「ええ。使用頻度も調べられるしね。それはそれで面白いデータが取れそうね。セラ、協力感謝するわね。貴女用に初期型もいつでも用意しておくから、必要な時は何時でも言いなさい」
随分とフィオーラはご機嫌な様子。
若干モニカが後ずさりするくらいだ。
……ジグハルトが帰還するまでの暇つぶしに丁度良いのかな?
まぁ、初期型爆発玉は、俺が気を付けて運用する分には問題無い。
核ごと消滅させてしまうが、それでもオオザルクラスを一撃で倒せるのは魅力的だもんな。
使うかどうかはともかく、あるならあるでダンジョン内の探索範囲が広げられそうだ。
いい加減、あの入り口そばの広間も飽きてきたからな……。
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「どうしましたっ! そこでじっとしていてもどうにもなりませんよ!」
屋敷の地下訓練所に響く、テレサの鋭い声。
手にしているのは木剣だが、両手に持っているし迫力は十分だ。
それを聞いて、ほんの一瞬だが身を竦める女性兵たち約10名。
今日はテレサが教官を務める女性兵たちの訓練に付き合っているのだが……その訓練の仕上げに全員でテレサに挑む事になった。
まぁ、これは毎度の事でいつも数戦やるのだが、今日はモニカも一緒だ。
もちろん【緑の靴】も装備している。
最近は屋内でもある程度使えるようになってきた事から、その訓練も兼ねているそうだ。
女性兵とはいえ、訓練を受けた10数名に恩恵品持ちが1人。
さらに、彼女たちには俺が【祈り】もかけている。
それだけを挙げるなら、テレサが勝てる要素は無いと思うんだが……女性兵たちの萎縮具合を見ると一目でわかる通り、手も足も出ずに惨敗続きだ。
戦闘が終わると、その都度彼女たちは作戦会議を行っているし、一応改善されてはいるのだが……。
俺も女性兵側に混ざって、ここをこうしたらいいとか案を出しているが、四方を囲んで一斉攻撃しているのにそれを2本の剣で弾き返す事が出来るんだから、これはもう作戦がどうこうって次元じゃない。
彼女たちもそれはわかっているんだろうが……自分達の訓練だし、やらないって選択肢は選べない。
とりあえず、テレサの前に立ち武器を構えてはいる。
「お……」
構えて向き合いはしたものの動けないでいたのだが……どうやら覚悟を決めたらしく、ジワジワとテレサを包囲するために移動し、前に出る彼女たちに隠れる様にモニカは1列下がった。
先程まで、戦闘でかく乱役を務めていたのだが、テレサ相手に全く意味をなさず最初にやられていた。
だが、今回はちょっと違うぞ……!
それを察したテレサは、周りを二重三重に囲まれながらもモニカから視線を外していない。
一応、モニカの事を警戒してはいる様だ。
包囲が完成したところで、槍による牽制が始まった。
簡単に受け止められているが、一応その場に固定できているし、効果はあるんだろう。
そして、モニカが【緑の靴】を発動して高速で周囲を走り、テレサの隙を探っている。
【緑の靴】は大体時速40~50キロくらいは、通常時でも出せる。
今だと【祈り】の効果も合わさって、さらに20キロ近くはプラスされている。
もちろん、それだけならもっと速度の出せる魔物だっているし、そう大した脅威にはならないが、屋内という閉ざされた空間で周囲を取り囲まれた状態でなら、いくらテレサでもその速度に対応するのは難しい……って事を前提に、この戦法を採ったんだが……。
「きゃあっ!?」
テレサの周囲を取り囲む女性兵の合間を縫って、モニカは背後から突きを放った。
だが、その突きは躱されてしまい、さらには手首を掴まれると、その勢いのまま周りの兵に向かって投げられた。
巻き込まれたのは2人ほどだが、これで折角の包囲も崩れてしまい……。
「あらら……」
その空いた穴からテレサの切り崩しが始まった。
決着はすぐにつき、結果は女性兵の全敗……完敗だ。
わかっちゃいたが、ちょっと実力に差があり過ぎるな。
◇
倒れた皆がヨロヨロと起き上がり始めたところで、訓練所の隅から見学していた俺もそちらに向かう事にした。
「おつかれさま。皆怪我は無い?」
テレサも含まれるように調整して、【祈り】を発動した。
上から見ていたが、ちゃんと手加減はされていても、豪快にやられてたからなぁ……ひねったりくらいはしてるかも。
「あ……ありがとうございます」
息も絶え絶えに口々に礼を言ってくる。
大人しく潰れてていいのに……テレサの教育の成果かな?
そんな彼女たちとは対照的に、涼しい顔でこちらにやって来るテレサ。
「ありがとうございます。姫。姫は楽しむ事は出来ましたか?」
「ぬ……。まぁ、楽しむっていうか……俺が強い人と戦うと、あんな感じでやられるんだなってのはわかったね」
俺とモニカ。
速度や攻撃手段に違いはあっても、基本的に高速で突っ込んで一撃を当てるってスタイルなんだ。
直線的な攻撃が中心になる以上、出来る人には簡単に対処されてしまう。
俺には【ダンレムの糸】っていう長距離砲はあるが、それは使用できる場所も選ばないといけないしな。
そんな機会はそもそも無いだろうが、強い人と戦うような事態は避けた方がよさそうだな。
人間と魔物は違うんだ。
それを聞いて、テレサは「それはよかった」と笑っている。
……もしや今日俺が呼ばれたのは、【祈り】役ってだけじゃなくて、そのためでもあったのかな?
言われたらちゃんと理解するんだが、まぁ……実際に目の前で見ると、説得力は違うもんな。
チラっと女性兵たちを見ると、今もまだ肩で息をしている。
俺がいたせいでいつもより訓練がハードになったのなら、ちょっと悪いことをしてしまったかもしれんな。
すまぬ……!
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