277
625
モニカの事は置いておくとして、今は自分達の事だ!
……と、気合を入れても特にやることは無く。
上層はむしろ浅瀬よりも穏便に通過する事が出来た。
こちらは魔物の強さこそ上がっているが、狩場としては見通しが良いし、区切られていて狩りをしやすいから、余裕がある。
そして、そこで狩りをする者たちも浅瀬より腕が立つわけだし、問題なんて起こりようも無いか。
そんなこんなで、今俺たちは上層の最奥である騎士団の拠点。
勝手に俺が本陣と呼んでいる場所へと到着した。
フィオーラはここでも少し仕事を思いつき、あれこれと魔道具や魔物の解体状況などのチェックを行っている。
特に魔道具に関しては念入りにだ。
こういう設置型の魔道具ってのは、前世の冷蔵庫なんかと一緒で基本的に1日中発動している。
そのため耐久性も高くそうそう壊れることは無いんだが……それはあくまで屋内での使用が前提だ。
ダンジョン内に設置ってのは中々レアなケースな様で、先程から随分熱心に確認をしていた。
周りを囲んでいる兵士は皆2番隊の隊員だが、随分緊張している。
アレクやジグハルトには割と軽口を叩いているのにな。
そういえば、フィオーラだけじゃなくてテレサにも似たような態度だった。
何かオーラでも出てるのかもしれないな……。
「お? ……どんな感じ?」
俺は邪魔にならないようにテントの外で待っていたのだが、確認作業を終えたフィオーラが魔道具を設置したテントから出てきた。
なにやら満足げな表情。
「問題無いわね。浅瀬の様な場所だとまだわからないけれど、ダンジョン内での長期運用は不可能ではない様ね。ここは記念祭の閉鎖期間に機材も含めて引き上げる予定だけれど、それまでは十分持つわね」
「ほうほう……」
浅瀬に関しちゃ、あそこはもうジャングルだもんな。
耐久性を調べるには酷すぎるだろう。
入口からも近いし、あそこに何かを設置するくらいなら普通に運んで来た方がいいはずだ。
それにしても、閉鎖中はここを引き上げちゃうのか……。
せっかく持って来たのにって思わなくもないが……放置していると魔物に壊されちゃうし、かと言って兵士をここに缶詰させちゃうわけにもいかないし、仕方が無いのかな?
「貴方たち、何か気付いたことがあったら文書にまとめて提出して頂戴。さて……ここはもういいわね。セラ、行きましょう」
文書って単語が出た時に兵たちの顔が一瞬引きつったが、フィオーラは特に気に留めていない。
2番隊は脳筋揃いだしな……魔導士連中の様なインテリさんと一緒の扱いじゃ駄目な気がする。
別口で聞き取りとかやった方がいいのかもな。
ともあれ、出発だ。
今日も中層で狩りをしている冒険者パーティーがいるそうだが、特に彼等に用は無いし中層はそのままスルーだな。
思わぬ寄り道で少々時間を食ってしまったが、無事下層まで行けそうだ。
◇
予想通り中層では何も起こらず、壁沿いにコソコソと通過して下層へとやって来た。
毎度の如くこの階層も変わりは無い。
広間の中央付近に陣取るオーガの群れが、俺たちの事を気にしつつも、まだ何もしてこない。
そして、他のうろついている魔物たちもそれに倣っている。
「さて……普段貴女はどうしているのかしら?」
「ん。【紫の羽】で毒を撒いてるね。大体ー……20分か30分くらいで効き始めるかな? んで、何体か耐えるのがいるんだよね。オオザルはその頃になったら向こうの通路からやって来るけど……今日はどうする?」
「そうね……いつも通りでお願い」
「ほいほい。んじゃ……ほっ!」
簡単に打ち合わせを済ませると、【紫の羽】を発動した。
さらに他の加護と【琥珀の盾】も発動して守りは完璧だ。
空を飛んでくるのはいないが、オーガがたまに石を投げて来るからな。
念には念を入れておこう。
さて、準備は完了したし毒を撒きますかね。
◇
上空に漂いながら毒を撒く事数十分。
バタバタと動けなくなってくる魔物たちが現れ始めた頃、通路の奥からノシノシとオオザルが姿を見せた。
「それじゃー、先にまだ動ける魔物を倒してくるね。大丈夫と思うけど、一応気をつけといて」
「ええ。大丈夫よ」
フィオーラは攻撃力はともかく、防御力は高いとは思えないからな……。
俺から離れると【風の衣】も効果は出ないし、オオザルの気まぐれで飛んでくる石とか大丈夫かな?
離れているうえに宙にいるとはいえ【小玉】の機動力がどこまで通用するかはわからないし、さっさと片付けて合流するか。
何てことを考えていると、背後から光が差した。
ジグハルトの様な強烈な光では無くて、なにやらユラユラと柔らかい光だ。
何事かと振り向くと……。
「……ぉぉぅ」
フィオーラが普段腰に提げている扇を手に取り、何かの魔法を放とうとしている。
対象は……やっぱオオザルか?
626
一体何を……?
と、魔物を倒しに行くのも止めて、ついつい彼女に視線をやってしまう。
オオザルはどうやら自分に何かをしようとしているというのがわかったのか、フィオーラに向き直り唸り声をあげている。
威嚇のつもりかな?
50メートル近く離れているが、高い身体能力を誇るオオザルにとっては、なんてことない距離なんだろう。
だが、それはフィオーラにとっても一緒だ。
フィオーラの周りの光が一瞬だけ強くなったかと思うと、彼女目がけて走り出そうと踏み出したオオザルの足元が、硬い土から水気のある泥に変わった。
タイミングがジャストだったからか、踏み出そうとしていたオオザルは、泥に足を取られて両手をついている。
狙ったのかな……?
その泥は思いの外深い様で、10センチメートル近くは沈んでいる。
そして粘り気も強い様で、不意打ちに混乱している事もあってか、オオザルは起き上がるのに難儀している様だ。
もっとも、いざ落ち着けばすぐに抜け出せるはずだが……フィオーラはそれを許す気は無い様で、さらなる追撃を加える。
沼地から地面に着いていたオオザルの四肢を飲み込む様に、土柱が生えた。
太さはそれぞれ50センチメートルくらいはありそうな円柱で、いくらオオザルでも、この不安定な体勢からでは砕けないだろう。
【祈り】の効果は彼女にも及んでいるが……恐らくそれ抜きでもオオザルを完封できるんだろうな。
「……ぬ?」
おっかねぇ……とフィオーラの方を眺めていると、手にした扇をこちらに向かってヒラヒラ振っている。
さっさと動いている魔物を倒して来いってことかな?
まぁ……オオザル君に関しては心配無さそうだし……さっさと片付けて来るか。
◇
「お帰りなさい」
「ただいま。オオザルはまだ動きそうにないね」
毒が効いていない魔物を倒し終えて、フィオーラの下へ戻ってきた。
戦闘中もちょこちょこオオザルの様子を窺ってはいたが……アレはもうどうにもならんね。
フィオーラを睨み、咆哮を上げているが……。
初めは自由に動く頭部を振り回して、なんとか脱しようとしていたが、今ではもうそれだけだ。
「完全に拘束しているもの。魔王種ならまだしも、たかが下層の魔物程度に破られはしないわ。それよりも……」
余裕たっぷりのフィオーラは、周囲に転がっている魔物たちを気にしている様だ。
「放置で大丈夫と思うよ? それよりも、実験の途中で湧き直される方が面倒だしさ」
「それもそうね。それじゃあ、これを渡すわ。使い方は燃焼玉と一緒よ」
「りょーかい」
フィオーラが渡してきた爆発玉(仮)を受け取った。
燃焼玉に比べると、表面が少しざらついているのは滑り止めかな?
重さや感触を確かめるために、手の中で転がしたりしている俺にフィオーラは説明を続けた。
基本は燃焼玉と一緒だが、違いは爆発する事。
燃焼玉はもう一部の者には配られている様だし、いずれはコレもそうなるかもしれないそうだ。
どちらも対象に命中させることが発動のトリガーだが、今回のオオザルの様に完全に拘束されることなんて滅多に無い事だし、確実に当てる必要がある為、どうしても接近しなければいけない。
魔物に近づくこともだが、このアイテムの余波にも気を付ける必要がある。
危険度はこちらの方が上だが、想定する使用者は皆しっかりと防具を身に着けている者で、ある程度は大丈夫だろうと踏んでいるらしい。
んで、俺は今日はちょっと軽装だが【琥珀の盾】と【風の衣】がある。
問題無いな!
燃焼玉は魔物の頭上を高速ですれ違いざまにぶつけていたが、今回は制作者もいる事だし、本来の使い方でやってみようかね。
俺が確実に命中させられるって自信のある距離……5メートルくらいかな?
いくら完全に拘束されているとはいえ、こう……ゆっくりした速度で魔物に近づくってのはちょいとおっかないが……。
「せーのっ……」
なにはともあれ、振りかぶって爆発玉を投げつけた。
ヒュルヒュルと飛んでいった爆発玉は、狙い通り丁度オオザルの口元へ命中し……。
ヒュゴっと、乾いた音がしたかと思うと強烈な光を放った。
どちらもほんの一瞬の事だったが、この目が眩む感じはジグハルトのアレに近いな。
幸い数秒ほどで視界は元に戻ったが、これ危なくねぇか?
俺動き止めちゃったよ?
まぁ、ソレは後々改良するとして、とりあえずオオザルは……。
「……あれ?」
オオザルの姿が無い。
土柱は4本立ったままだが……それに拘束されていたオオザルは……いずこ?
「少し……威力が強かったかもしれないわね」
「わっ!?」
消えたオオザルに首を傾げていると、いつの間にやら背後に降りて来ていたフィオーラがそう呟いた。
やや困惑気味の声だが……一体?
「威力……? ……あっ!?」
もしかして、あの1発で核ごと吹っ飛ばしたのか?
オオザルを?
アイテム1個で?
改めてオオザルが拘束されていた場所を見るが、土柱が立っているだけで何も無い。
爆発って割には、特に何も起きていないようだが……俺が目を眩ませている間に何があったんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます