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 ダンジョン探索を再開してから10日程が経った。

 その間潜ったのは初日も含めて3回。

 決してサボっているわけじゃ無い。

 ちょっとタフな狩りだし、ダンジョンへ行くのは3日に1度に変更したんだ。

 2時間ほど集中して本気狩りをして、2日間グータラ過ごす。

 これが俺にとってはベストだ。

 そして、昨日はダンジョン探索を行ったし、今日は気合を入れてグータラする日なのだが……。


「下層に行くの? フィオさんが?」


 セリアーナの部屋にやって来たフィオーラなのだが、どうやら彼女はダンジョンの下層に出向きたい様で、その際に護衛役として俺の同行を求めてきた。

 まぁ、護衛と言うよりは【小玉】目当てだろうが……、ダンジョンの素材じゃなくてダンジョンそのものに彼女が用があるってのは、ちょっと珍しいな。

 だが、なにやら彼女にとっては重要な事の様でソファーに座るなり早々に切り出してきた。

 セリアーナもまさか彼女からそんな事を頼まれるとは思っていなかったんだろう。

 目を丸くしている。


「珍しいわね……。何かダンジョンの素材で欲しい物があるのなら、駐留する騎士団に話を通せば貴女なら手に入れられるでしょう?」


「そうね……。私も魔道具の調整で少し関わったけれど、中層の入り口手前に拠点を作ったおかげで、随分とダンジョン内の採集も捗っているそうよ。でも違うの」


 フィオーラは首を振ると、彼女が持って来ていた小さな袋に手を入れて、中から何かを取り出した。

 燃焼玉に似ているが……もうちょっとサイズが大きいし重そうだ。

 ゴルフボールくらいかな?

 ヘビ君たちも気になるのか、袖から体を伸ばしてそのボールの周りを囲んでいる。


「なにそれ?」


 ヘビ君たちの様子を見るに、何かの魔道具なのは間違いないが……。


「燃焼玉を改良した物よ。最近貴女が使用を再開したでしょう? まだまだストックはあるけれど、念の為新しく作っておこうと思ったのだけれど、その際にちょっと思いついた物なのよ」


「ぬぬ?」


 ここ最近の下層の探索で俺が倒したオオザルは、初日を含めて5体だ。

 そして、使った燃焼玉は7個。

 躱されたり頭部に上手く当たらなかったりして、2個使う事もあった。

 だが、狙い通り当たりさえすれば十分過ぎる効果を発揮していたし、特に改良するような点は思いつかないが……。


 疑問に思う俺をよそに、フィオーラは説明を始めた。

 これはスイッチが入っちゃってるね。


「もともと燃焼玉に関しては騎士団から要望が上がっていたのよ。もう少し直接的な攻撃力を付与できないかって。だから少しずつ研究をしていたのだけれど、物が物だけにあまり浅い場所で気軽に試す事は出来ないのよ」


 ……どんな物なんだろう?


「奥様が閉鎖中のダンジョンに潜ったのは聞いたけれど、その時はまだ仕上がっていなかったから渡さなかったの」


「……危険な物なの?」


 説明に不安を覚えたのだろう。

 セリアーナは、やや硬い声でそう尋ねた。


「ダンジョンの魔物にぶつけなければ反応しないわ。効果は範囲は狭いけれど爆破とその際に高熱を発するわね。素材はいくつかの金属粉と魔物の核を調合した物よ」


 ……テルミットだったかな?

 アルミの粉で高熱を起こすやつ。

 実験したことは無いけれど、前世の知識でそんなのを覚えているが、それに近い雰囲気を感じるな。

 それに爆発まで加わっているのか……そりゃ気軽に試せないな。


「だから、効果を私の目で直接確認したいの。折を見て上層の空いている場所で試そうと思っていたのだけれど、セラが一緒なら下層まで行けるでしょう? 私達2人だとちょっと守りが大丈夫か不安だったけれど、セラも下層の魔物を安定して倒せるようだし、実験の手伝いをお願いしたいの」


「ははぁ……」


 なるほど。

 フィオーラは火力だけならジグハルトに匹敵するが、こと直接的な戦闘となるとちょっと違う。

 特に防御面だ。

 まぁ……魔導士ってのは本来盾役にしっかり守られた状態で、強力な魔法を放つってスタイルらしいしな。

 俺が一緒なら、機動力と防衛力の両方をクリアできるし、彼女の条件をクリアしているのか。


 一通り説明を終えたフィオーラは、どうかしら? と、こちらを見た。


 一緒に下層まで飛んで行って、そのアイテムを使って魔物を倒す。

 そして、それが終わったら他の魔物も倒して、帰還。

 簡単なお仕事だ。


「オレは問題無いと思うけど、セリア様はどうかな?」


「フィオーラなら問題は無いわね……。いいわ。許可しましょう」


「ありがとう。セラ、貴女は何時行けるの? 私は何時でも良いけれど」


 セリアーナの言葉に嬉しそうに答えるフィオーラ。

 まーだスイッチは切れてないようだな。

 これはもうサクっと済ませちゃった方がいいのかな?


「オレも何時でも良いけれど……今日行く?」


「あら、いいの? それならお願いしようかしら」


 俺の言葉に乗り気のフィオーラ。

 まぁ、日頃から色々お世話になっているし、こういう風に返せるときにその恩は返しておきたい。

 それに、ちょっとどんなアイテムなのか興味あるしな。

 爆発かー……上手く完成したら俺も使えるかな?


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 さて、そんな訳でフィオーラとのコンビという、少々珍しい組み合わせでダンジョンへやって来た。

 燃焼玉は既に公開しているそうだが、一応新アイテムの実験って事で、あまり目立つ真似は避けようと地下通路を利用したのだが、まぁ……結局ダンジョン入り口前のロビーには大勢の冒険者たちがいて、フィオーラの姿に驚いていた。

 レアキャラだもんなー……それに、その驚きは恰好も含まれていると思う。


 このリアーナのダンジョンを利用する女性冒険者は、俺が把握できているだけで10数人。

 恐らく全部で20人弱ってところだろう。


 その女性冒険者たちは、動きやすさと防御力を兼ね備えた防具を身に纏っている。

 多少デザインや素材に差はあるが、大体似たような恰好になっている。

 俺だって見た目こそ軽装ではあるが、それでも魔王種を素材に使った並の防具よりもはるかに防御力のある装備だ。


 それに対して、フィオーラの恰好よ……。

 ヒラヒラのローブだ。

 そりゃー、【小玉】に乗って浮いているし、魔物を寄せ付けないだけの実力はあるが、見慣れない連中は驚くだろう。

 皆の視線が彼女に集中している。


「さあ、行きましょう」


 それに気付いたフィオーラは、さっさと行こうと言ってきた。

 昔と違って、他人の視線を不快に感じたりはしないようだが、それでも見世物になる気は無いんだろう。

 俺の返事を待たずに、ダンジョンに繋がる通路に向かってしまった。


「あ、待って待って……」


 俺も、置いて行かれないように慌てて後を追った。


 ◇


 ダンジョンに踏み入ると、俺たち2人は飛んだまま浅瀬を通り抜けた。

 戦闘も何もかもショートカット。

 いつも通りだな!


 下は相変わらず盛況で、いたる所で冒険者たちが魔物相手に戦闘を繰り広げていた。

 なんだかんだでここのダンジョンに挑める冒険者は皆優秀だからな。

 視界と足場の悪さも、慣れさえすれば問題無く対処出来ている。

 よほどのハプニングでも起きない限り、そうそう大きな事故は起きないだろう。

 余裕があるから、宙に浮いている俺を見ても即座に攻撃してくるようなことは無い。

 だから、俺は普段ここを通過する時は、笛を吹くことは無い。

 逆に彼等の邪魔になってしまうかもしれないもんな。


 だが今日は違う。

 俺だけじゃなくてフィオーラも飛んでるからな。

 普段見ない存在がいると、彼等がどう動くかはちょっとわからない。

 ってことで、ぴーひゃら笛を吹きながら、やや速度を落として移動している。

 俺だけならともかくフィオーラも一緒だし、万が一気を取られた者が事故りかけてもフォローは出来るもんな。


 とはいえだ。

 笛の音に気付いた面々は顔を上に向けると、普段とは違う大きな物が飛んでいる事に一瞬だけ驚くが、すぐに納得して戦闘を再開している。

 この階層に空を飛ぶ魔物は出ないってのは確認済みだが……それでも彼ら警戒薄すぎないか?

 人が空飛んでるってのは結構な異常事態だと思うんだけど……慣れかな。


「そういえば……」


「ぴゅっ……なに?」


 浅瀬を通過して上層への通路にさしかかったところで、何か思い出したようにフィオーラが口を開いた。

 咥えたままだった笛を外して、何事かと返事をする。

 下に気を取られて変な音が漏れちゃったな……。


「貴女の所の女の子が最近恩恵品を入手したでしょう?」


 どうやら彼女たち魔導士の間でも、モニカの事は噂になっていたらしい。

 特に隠しているわけじゃ無いし、女性兵っていう珍しさもあってか、それなりに広まっている。

 平民が迂闊に恩恵品を所持している事を広めるのは防犯上よろしくないが、彼女の場合は兵士である事や、親父さんが有力冒険者である事ってのもあって、妙な事を考えるものもいないしな。

 しかし、フィオーラが興味を示す様な物なのかな?


「うん。【緑の靴】ね」


「ええ。私が知っている効果は足が速くなるだけだったのだけれど、ジャンプ力も上がっているそうね?」


「みたいだね。ピョンピョン飛び跳ねてるよ」


 敢えて隠しているのか、あるいはそもそもそんなアクロバティックな使い方をしないだけなのかわからないが、一般的にあの恩恵品の効果は速く走れるだけって思われている。

 何かフィオーラは彼女の活用法でも思いついたのかな?


「街の結界や大掛かりな魔道具の調整や整備作業の補助を頼みたいのよね。塔や屋根の上に設置している物が多いのよ。貴女に頼む事もあるけれど、中には外すのに力が要る物もあるしね」


「なるほど……」


 そう言えば何年か前に、俺も頼まれてそんな事をやった覚えがあるな。

 確かにモニカなら屋根を跳んでいけば行けそうな気がする。


「わかった。帰ったらテレサに話してみるね」


「ええ。お願いするわ」


 ふむ……伝令とか哨戒とか、街の外を走り回る事ばっかり考えていたけれど、街中の作業なんかでも活躍できそうだな。

 あまり専門家がフィジカル面で難しい作業もあるかもしれないし……これは見つけたか?

 まさかのフィオーラがきっかけになるとは思わなかったな……!

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