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 中層に入ってすぐの、まだまだ浅い場所ではあるが、今そこでは冒険者たち10数名による戦闘が繰り広げられている。

 盾持ちを前衛に槍で牽制しながらチクチクと削って行き、ここぞという所では魔法の援護も入って来る。

 見た感じ恩恵品や加護持ちはいないようだが、冒険者の中では希少な魔導士が複数入っているあたり、中々の組織力だ。

 上で詳細を聞いてこなかったが……戦士団のどれかに属している連中かもしれないな。


「……むぅ。安定してやがる。こりゃーマジで平時は中層で狩りをする機会ってのは無くなるかもしれんね」


 この辺はまだ強化種は出てこないだろうが、それでも結構強いのがうろついているのに……全く危なげない。

 他所のダンジョンだと、この辺の深い階層に到達する時点である程度消耗しているが、あの上層最奥の本陣がいい具合に回復ポイントになっているんだろう。

 彼等がダンジョンに入ったのは今日のはずだが、時間的にここまで駆け抜けてきただろうに消耗した様子は無い。


 この分じゃ今後もここで狩りをする連中ってのは出て来るだろうな。


「まぁ……しゃーない。邪魔にならない様にさっさと抜けるかね。君達は周囲の警戒をお願いね」


 笛を吹いて俺がいる事をアピールしながらってのも考えたが、変に気を引いて戦闘の邪魔になるかもしれない。

 天井に張り付きながら壁沿いを進んで行こう。

 ちょっと柱とかが邪魔になるが、アカメたちに警戒を任せて魔物はオールスキップだ。


 ◇


 中層もパスして、ようやく辿り着いた下層。

 さーて、どれくらい時間かかったかな?


「うっ……思ったより時間食っちゃったな」


 笛と同じく首に提げていたタイマーを取り出して、どれくらい時間が経過したかを見てみたのだが……40分近く経っている。

 戦闘はしなかったが、ちょこちょこ話し込んだり回り道をしたりと、最短距離を最速でって訳にはいかなかったからな。

 これじゃあ、一番手前の広間で1戦したら帰る時間が来るか。


「まぁ……いいか。よっし、それじゃー……ほっ!」


 まずは恩恵品の【影の剣】に【緋蜂の針】を発動した。

 お次は、【足環】を発動して【浮き玉】をしっかりと掴んだ。

 もともと【浮き玉】にはお尻が貼り付いているし、落ちることは無いが、この方がより大きく手足を振り回せるからな。

 戦闘向きだ。

 そして、【琥珀の盾】に【妖精の瞳】と【蛇の尾】と【紫の羽】も発動して、恩恵品はOKだ。


「んで……っと」


 仕上げに【祈り】と【風の衣】を再度発動して、戦闘準備完了。


「さて、行きますかね!」


 通路を通り抜けて、最初の広間へと踏み入った。

 魔物の顔ぶれはいつもと変わらず、オーガの群れに魔獣種や小型の妖魔種があちらこちらに小規模の群れを作っている。

 何体か強化種の姿もあるが……どうせ眠らせるんだ。

 関係無いな。


 広間の中央の天井近くに張り付き、【紫の羽】の毒を【風の衣】の風に乗せながら撒き散らし始めた。


 ◇


 天井から毒を撒き散らす事30分ほど。

 毒の効果が表れて、大半の魔物が倒れ伏したところでようやく通路の奥から本命が姿を現した。

 この階層の用心棒的存在、オオザル君だ。

 のっしのっしと、これ見よがしに自分の存在をアピールしながら歩いている。


 広間に踏み入って初めは、天井近くにいる俺に気付かずキョロキョロとしていたが、しばらくすると俺に気付いた。

 そして、すぐに興味を失ったように広間をウロウロと……。


 まぁ、力の差を考えるとその反応は間違ってはいない。

 恩恵品込みでも、俺との力量差は相当なもんがあるからな。

 だが……ふふふ。


「ほんじゃ、まずはまだ起きてるのから倒していくかね……。えーと、オーガが3体にイノシシが1頭か。楽勝だな!」


 オオザルの相手をする前に、まずはまだ動けるガッツのある魔物から始末することにした。

 ただでさえ毒で動きが鈍くなっているんだ。

 素の状態でも苦も無く倒せている魔物だし、余裕余裕。


「まずは……ふらっしゅ!」


 まずは弱っていてもタフさは健在のオーガからだ。

 接近して目潰しを決めて……1、2、3と【影の剣】を閃かせて、首を刎ね飛ばした。

 すぐにオオザルの方を振り向くが、大丈夫。

 まだ俺に興味は示していない。


 ちょうど3体分だし、アカメたちに1体分ずつ核を処理させて、お次はイノシシの番だ。

 こちらは1体とオーガに比べると一見余裕だが……場所がよろしくない。

 オーガは広間の中央付近に陣取っていたが、イノシシを始めとした魔獣種は広間の壁に近い場所にいる事が多く、今回も例外ではない。

 壁際の比較的オオザルに近い位置で倒れている。

 手際よくいかないとな……。


「……はっ!」


 高速で近づき、すれ違いざまに頭部にある核を両断した。

 そして間髪入れずに上昇して、再び天井近くへ。


 下では相変わらずオオザルがウロウロとしている。

 ここであんまり時間をかけ過ぎると、退屈しのぎに岩や魔物をぶん投げて来るが、今日は速攻で決めたからな。

 まだまだ余裕はありそうだ。

 以前はその状況で、他の倒れた魔物を狩りながら仕掛ける隙を窺っていたが、今日は違うぞ!


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 今この広間で立って動いている魔物はオオザル1体。

 隙を窺う様な面倒な事をしても、意味は無い。

 前回は燃焼玉を使って単独での退治に成功したが、今日はさらにその時の戦法をアップデートしている。

 さっさと決めちゃうか。

 再度加護を発動して、さらにポーチから燃焼玉を取り出した。


「……ほっ!」


【浮き玉】を加速させた。

 幸いオオザルの周りには、俺に投げつけるような物は無いし、このまま最短距離で真正面から突撃だ。

 オオザルは高速で突っ込んで来る俺を見ても、焦る様子は無い。

 恐らく、普通に迎撃できると思っているんだろう。

 前戦った時のオオザルもそうだったな……。

 ぬふふ……その余裕は命取りだぞ?


「せーのっ!」


 後もう数メートルで接触という所で軌道を上に逸らして、ついでに燃焼玉をオオザルの頭部目がけて投げつけた。


「わっはっはっ! ばーにーんぐっ!」


 この燃焼玉は、ダンジョン産の魔物の魔力に反応して燃え上がる仕組みだ。

 見事頭部に直撃したそれは、豪快に炎を上げてオオザルの頭部を焼いている。

 少々信じがたいが、残念な事にこれでも致命傷にはならない。

 だが……隙を作るには十分!


 通り過ぎた勢いそのままに、オオザルの後方20メートルほどの位置に降りた俺は、即座に【ダンレムの糸】を発動し、発射態勢をとった。

 このライン上には、他の魔物は転がっていないから巻き込む事も出来ないが、今回はそれでいいんだ。

 そして、炎にもがくオオザルの背中目がけて……。


「よいしょーっ!」


 矢を射った。


 どこかで聞いた話だが、生物ってのは基本的に背面の防御力は高い。

 今の一撃だって、余波で地面を抉る毎度の威力を発揮している。

 だがそれでも、背中に直撃したのに仕留められていない。

 俺が背後に回った事はわかっているし、もがきながらも警戒する余裕はあったのかもしれないな。

 まぁ、予測出来ていた事だ。

 以前【ダンレムの糸】で倒した時は、腕を潰して頭部を焼いて……もはや防御に力を回すどころじゃない状況に追い込んでいたからな。


「ふっ!」


 辺りは舞い上がった土砂が立ち込めているが、息を一つ吐いてその中に突っ込んだ。

 視界は悪いが、俺には関係ない。


 さて、オオザルは先程まで頭部の炎に苦しんでいたが、今の一撃でその炎はかき消えてしまったようだ。

 その代わり相応のダメージはあったようで、今では蹲ってしまっている。

 やはりこれが正解だったかな?


 この蹲るって状況は前回と一緒だが、与えたダメージは今回の方がずっと大きい。

 手負いの獣は云々と言うが、いくら何でもここから暴れる余力は無いはずだ。

 それじゃあ、止めを刺させてもらうかね……。


 守りは十分ではあるがそれでも慎重に近づいて行き、背中側から頭部に尻尾を押し当てた。

 弱った今のこいつなら、これで振り向く事は出来ないだろう。


 しかし……やはり背面の防御を固めていたのかな?

 直撃したであろう部分こそ抉れて骨が露出しているが、結局それ止まりだ。

 ダンジョンの壁だって壊せる威力があるんだけどな……。


「まぁ、こうなればそれも意味は無いか。せーのっ!」


【影の剣】を首めがけて振り下ろすと、スパッと綺麗に切断する事が出来た。

 これだけ消耗していたら、【影の剣】も通用するか。


「アカメ」


 指示を出すと、アカメはすかさず死体に潜り込み胸部にある核を潰した。

 死体も消えたし、オオザル退治成功だな!

 オオザルとの戦闘開始から2分もかかっていない。


 初手で【ダンレムの糸】を射って、ある程度動きを制限してからじわじわ削って行き、そして10分ほど時間を稼いだら燃焼玉を頭部に当てて、そして再度【ダンレムの糸】を射って止め。

 これが前回の戦い方だ。

 燃焼玉を使うのは初めてだからって事もあったが、少々慎重すぎた。

 時間もだが、多少なりとも接近戦を行わなければいけないし、俺も神経を使う。


 だが、今日の戦い方は初手に燃焼玉を使って、そして背後から背中へドーンと1発ぶち込んで、動けなくなったところを止め……なんてお手軽!

 もちろん初手で燃焼玉を命中させるってのが前提条件ではあるが、予備はしっかり用意しているし、いざとなれば目潰しも併用したらまず外すことは無いだろう。

 燃焼玉や【ダンレムの糸】が十分通用する事がわかったからってのもあるが、結局戦闘なんてシンプルなのが一番なんだよな。


「さーて……それじゃー残りの魔物は皆でやっちゃおうか」


 毒で地面に倒れ伏した魔物数十体。

 ヘビ君たちの成長の糧になって貰おうかね。

 心なしか、ヘビ君たちの動きが軽快に思える。

 この子らもダンジョンでの狩りは久しぶりだしな。


 ……まぁ、この狩り方だと聖貨が手に入らないって問題もあるが、成長してくれたら、それはイコール俺の戦力アップでもある。

 今日は時間が無いから1部屋で帰還するが、今後は2部屋くらいならいけると思うし、そこら辺は上手い事分け合っていけばいいかな?

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