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「ふんふんんふ~ん……」
鼻歌を口ずさみながら、【隠れ家】の照明のスイッチを落として、外に出た。
ジャケットに帯と、2種類の魔王種の防具もしっかり装備済みで、燃焼玉を始めとした各種のアイテムも腰のポーチに入れている。
これで準備は完了。
昼食も食べたしコンディションもばっちりだ!
セリアーナの寝室から隣の執務室に出ると、セリアーナとエレナが例によって誰か宛の手紙を書いていたが、手を止めてこちらを見た。
彼女たちに準備が完了した事を、クルクル回りながら見せる。
「準備出来たよー」
「ええ。今日は再開の顔見せも兼ねて、地下からじゃなくて冒険者ギルドから行くのよ?」
と、セリアーナが。
「聞いた話じゃ、そろそろ冒険者たちも中層に狩場を移しているそうだからね。君が狩りをするのは下層になるのかな……? あまり無理をしては駄目だよ?」
そしてこちらはエレナが。
2人揃って注意をしてきたが……問題無い!
「大丈夫大丈夫。今日は2時間くらいで戻って来るよ。んじゃ、行ってきまーす!」
彼女たちに挨拶を済ませると、俺は一気に窓から外に出た。
さあ、久々のダンジョンだ!
◇
ここ最近モニカに付き合って街の外の水路を見回っていたが、本来の目的である【緑の靴】の試用も十分だという事で、彼女の任務は第2段階に移った。
俺は同行していないからよく知らないが、なんでも騎士と並走して街道沿いの見回りを行っているらしい。
彼女自身は魔物を相手取る様な戦闘能力は無いから、戦闘面では役に立たないが、馬に比べると小回りが格段に利く。
そのため、騎馬間で走り回りながら、伝令役のような事をしているそうだ。
それは他の【緑の靴】の所有者もやっている事で、ある意味基本的な使い方とも言えよう。
ただ……まだ領都以西の比較的安全な場所でのみなんだよな。
まぁ、今後に期待だ。
ってことで、モニカが俺の手から離れてフリーになったので、久々のダンジョン探索という訳だ。
ダンジョンの熱狂も再び落ち着いて来たというし、そろそろ俺が行っても問題にはならないだろう。
エレナが言っていたように冒険者が遂に中層にも足を延ばしたってことは、浅瀬も上層も満遍なく狩りが行われていることになるが……俺のお目当ての狩場はさらにその先の下層だ。
【ダンレムの糸】をぶっ放す纏め狩りは出来ないが、準備も万端だし、ちょっとクレバーな狩りでもやっちゃいますかね。
さて、今日の狩りのイメージを固めていると、あっという間に冒険者ギルド上空までやって来た。
相変わらず冒険者や依頼をする商人たちの出入りはこの寒い中でも多いようだが、それでも襲撃直後の馬車が列をなす混雑ぶりは収まっている。
地上に降りて中に入ると、うん……そこそこ繁盛。
昼を回っているってのもあるかもしれないが、冒険者以外の姿は少なめだ。
普段は俺はダンジョンに潜る時は朝からが多かったが……今後もこれくらいの時間が狙い目かもしれないな。
中の冒険者たちと軽く挨拶なんぞをしながら、探索の届けを出すため受付に顔を出した。
ちょうど空いていたのは何度か話をした事のある、温厚なおっさんの職員だ。
そのおっさんが、少し驚いた様な笑みを浮かべている。
「おや、セラ副長。入口から来るのは珍しいね。探索かい? それともお使いかな?」
俺は普段はダンジョンへ行く時は地下の通路から行くもんな。
こっちから来るのは、リーゼルたちのお使いがほとんどだ。
「こんちわ。そうそう探索です。今日は下層に行くけど、中層とか誰かいるかな?」
「中層の届けは……2組だね。聞いているかもしれないが、上層の手前と最奥に騎士団が拠点を築いているから、そこでも尋ねてみると良いよ」
浅瀬や上層に騎士団のたまり場の様な物を作っているのは知っているが、最奥まで範囲を広げていたのか。
知らなかった。
ともあれ、今日もダンジョン内は特に異常はない様だ。
何か調査をやっている事も無いし、サクッと下層まで行って狩りを楽しみますかね。
ダンジョン入り口のある地下に向かうべく、おっさんに礼を言ってカウンターを離れた。
◇
ダンジョン入り口前のホールではいつもと変わらぬ光景が広がっている。
探索前の打ち合わせだったり、一緒に潜る仲間を待っていたり……活気がある。
見慣れぬ顔が多いが、それはいつもと時間が違うからかな?
その彼等とも適当に挨拶を交わして、真っ直ぐダンジョンへと向かった。
そして、やって来ました。
ダンジョン浅瀬!
「ほっ!」
通路を抜けるまではそんな事ないのに、いざ抜けてダンジョンに入り込むや否やすぐに蒸し暑い空気が……。
【祈り】と【風の衣】、おまけで【琥珀の盾】も発動した。
さらに追加で【妖精の瞳】を発動して、アカメたちも顔を出させる。
一旦天井近くまで高度を上げて、浅瀬全体を見渡すが……そこかしこで戦闘が繰り広げられている。
盛況盛況。
「よっし……それじゃー行きますかね!」
まずはサクッと浅瀬を抜けよう。
首に提げていた笛を取り出すと、口に咥えて音を鳴らした。
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ぴーひゃら笛を吹きながら浅瀬を抜けて、上層へ。
上層で狩りをする冒険者の顔ぶれは襲撃以前と変わりは無いようだ。
まぁ……この辺で狩りをするには、どうしてもある程度のパーティー戦力が必要となる。
よほど腕が立つ者同士でもない限りは、基本的に決まった面子での狩りになってしまう。
いくら今街に冒険者が沢山いるとはいえ、そうそう背中を預けられるような者はいないんだろうな。
その上層を、回り道することなく一直線に中層への入口目指して進んで行った。
この階層の戦闘はなー……こなれ過ぎていて、あんまり見ていても得る物が無いんだよ。
浅瀬とかだと、時折「おっ!?」って思う事もあるんだけれど……。
「そろそろだなー……。おや?」
上層の魔物は空いた場所でも全部スルーして、奥へ奥へと進み、そろそろ中層への入口という所で、通路の先に多くの人間の気配があった。
なんぞ……? と思ったが、これは冒険者ギルドでおっさんが言っていた騎士団の連中かな?
「あ……やっぱり」
広間に出ると、まずは魔物を倒して回っている兵士の姿が目に入った。
比較的軽装の槍と剣を手にした兵たちが、危なげなく魔物の群れを捌いている。
そして、広間の壁際にはテントが張られている。
簡易的ではあるが、あそこが拠点なんだろう。
戦闘に参加していない兵が30人ほど固まっていて、休憩したり机を囲んだりとしている。
ダンジョン内の探索本陣って様相だが……あれ全部人力で運んだのかな?
さて……それじゃー、折角だし挨拶くらいはしていくか。
◇
「おつかれさまー」
広間の魔物を倒し切り戦闘が終了したのを見計らって降りていき、本陣前に集まっている彼等に向かって声をかけた。
近付くとわかるが、テントの中にはポーション類や水に食料に、それらを調理したり保管する魔道具等が設置されている。
……これマジで人力で運んだのか。
そして、遠目からではあまり分からなかったが、騎士団だけじゃなくて冒険者も何組かそこで一緒に作業をしている。
何となく本陣と呼んでしまったが、ここは水場もあるし正に上層と中層探索に向けての本陣的役割なんだろう。
「よう! 副長。狩りか?」
俺はその作業をしているすぐ側へ降りて行ったのだが……。
「うん。下層でね。……それどうするの?」
なんか皆で魔獣の解体をしている様だ。
ダンジョン内では、魔物の核を潰さなければその魔物の体は消えないし、また抜き取ってさえしまえばもう繋がりは途絶えて、たとえ核を潰してもその体が消えることは無い。
だから、魔物の死体を外に運ぶ時なんかは、運びやすいように手足を切断したりする事もあるってのは知っているが……今彼等がやっているのは何というか……ちょっと違う気がする。
もしかして……。
「これか? 解体してんだよ。上から運んできたりもするがここで獲れる分もあるからな。猟師連中程じゃないが……中々だろう? 副長も食っていくか?」
「あー……うん。オレはもう食事して来たからいいよ」
やっぱ食用目的の解体だったかー……。
普通荷台に置いてぶった切るんじゃなくて、なんか吊るしてお腹開いているし、おかしいなー……とは思っていたんだ。
それも1頭だけじゃ無くて複数頭だ。
【風の衣】があるから臭いとかは感じないが……辺りを見ると抜いたハラワタや血が分けられている。
運搬用の解体とはまるで違うんだよな。
ダンジョンの魔物もちゃんと処理すれば食べられるってのは知っているが……また随分本格的にやってるな。
ゼルキスや王都のダンジョンじゃこんな光景は見なかったぞ。
「皆ここにずっといるの?」
そう言うと、彼は大きな口を開いて笑った。
他の皆もだ。
「まさか。2日ごとに交代しているよ」
「そ……そうなんだ」
魔物だらけの場所で2日間も生活するって結構な事だと思うんだけどな……。
彼等はあまり苦にしていないようだ。
うーむ……2番隊は元魔境で活動していた冒険者が中心になっているが……タフなおっさん共だ。
「んじゃ、まぁ……オレは先に行くから、皆も無理しない様にね……」
「おう! 副長は……まぁ心配いらないだろうが、気を付けてな。……お? 悪いな」
【祈り】をこの場の皆にかけてから、俺は出発した。
◇
さてさて中層にやってきた。
ここは上層と違って、勾配による高低差や天井まである柱が林立していて、階層の薄暗さも相まってあまり視界は良くない。
足場もあまり良く無いし、あちらは森林だがある意味浅瀬と似ているな。
魔物も徐々に強化種と言える強力な個体も姿を見せ始めるし、さっき別れてきた拠点があるとはいえ、それでも狩りをするには中々ハードな場所だ。
もっとも、俺にとっては視界の悪さも足場の悪さも、魔物の強さも関係ない。
飛び回ってドカンと弓をぶっ放してそれで終わりの、美味しい階層だ。
だが、残念ながらその美味しい狩りはもう厳しそうだ。
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