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 ガチャで当たりが出た時は、普段だと何が出たのかとセリアーナはせっついて来るのだが、今回はそのような事はせずに待っている。

 セリアーナがそうするのなら俺たちも彼女に倣って大人しく待つしかないが……なんなんだろう?

 気になる!


 さて、気にはなりつつも見つめていると、光が消えて代わりに何かが現れた。

 それを両手で大事そうに受け止めるモニカ。

 あれは……羽か?

 そのまま扇に使えそうなサイズの羽だ。


「モニカ、それは何なのですか?」


 その羽を受け止めたはいいが、なにやら困惑した表情で口を閉ざしたままのモニカに、テレサがそれが何か答える様に促した。

 セリアーナの前であんまり引っ張っちゃうのもね……。


「はっ……はい。その……【緑の靴】というそうですが……羽……ですよね?」


 自分で言ってさらに訳が分からなくなったのか、モニカはより困惑の色を深めている。

 靴だと思ったら羽だった。

 地下の訓練所で俺と一緒になる事も多いし、恩恵品には見慣れているはずなのに、わけのわからない物が出たんだ。

 そりゃ、何だこれ……って思うよな。

 気持ちはよくわかるなー……俺もそうだった。

 だが。


「大丈夫ですよ。靴を思い浮かべながら手の上の羽に集中しなさい。アンクレットに形が変わりますよ」


 モニカ1人ならそのまま途方に暮れていたかもしれないが、今回はテレサもいるからな。

 どうしたらいいかのアドバイスをちゃんとしている。

 それにしても、なんか具体的だな。

 テレサだけじゃなくてセリアーナも静かだし、もしかして知ってる物なのかな?


 ともあれ、そのアドバイスを受けてモニカは目を瞑って集中している様だ。


「……お」


 手の上の羽が薄っすら光ったかと思うと、小さくなっていき、そして輪っかへと形を変えた。

 シルバー地に緑のラインが入った、お洒落なアンクレットだ。

 それを見てモニカは小さな声で「わぁ……」と驚いている。


「おめでとう。それが貴女の恩恵品ですよ」


 ◇


 初めてのガチャ&自分専用の恩恵品という事で、モニカは心ここにあらずと言った様子で舞い上がっていたが、クールダウンも兼ねてテレサが地下訓練所へと連れて行った。

 ついつい使いたくなって外の魔物とでも戦おうものなら、ちょっと彼女の実力じゃ危険だもんな。

 それよりも……だ。


「ね、セリア様」


「なに?」


 再びセリアーナの部屋に戻って来て、聖像を棚に閉まったところで、先程のモニカのガチャの際の疑問を尋ねようと思う。

 俺が名を呼ぶと、セリアーナは肩眉を上げてこちらを見た。

 何となく気が抜けたような感じがするが……セリアーナも緊張してたのかな?

 まさかね。


「【緑の靴】ってどんな物なのか知ってるの?」


「知っているわ。もちろん実物を見るのは初めてだけれど、国内でも何人か所有者はいるし、それなりに有名ね」


「ほーう……。どんな効果とかもわかるの?」


「ええ。走る速度が上がって長距離の移動でも疲労がしなくなるそうよ。緑と付いているし魔力由来ね。お前の【風の衣】を使った移動と似たような感じじゃないかしら?」


 ……長距離を速く走れるようになる。

 移動手段や通信手段の乏しいこの時代なら、それは立派な特技になるだろうが……。


「……それだけ?」


 ちょっと恩恵品としては寂しくないか?


「あら? 立派なものよ?」


「それにしては、セリア様もテレサもちょっと残念そうな顔してなかった?」


 俺は見逃さなかったぞ?


「……お前は変な所は見ているのね」


 そう言うとセリアーナは溜息を一つ吐いて、話を続けた。


「速く長距離を移動出来るとはいえ、それくらい魔物でも出来るわ。1人で移動するのにはそれ等に対処できる必要があるけれど、お前はあの娘にそれが出来ると思って?」


「……ちょっと厳しいんじゃないかな?」


 どの魔物を想定しているのかはわからないが、基本的に外の魔物は群れで動いている。

 訓練だって積んでいるし、街で暮らす他の女性よりは動けるだろうけれど、遭遇したらちょっと彼女じゃ逃げる事も厳しいかもしれない。


「そうなのよね……。まあ、テレサとオーギュストが上手い使い場所を考えるかもしれないけれど……」


 そう言って「ふぅ……」とため息を一つ吐いた。


「なんか……随分気にかけるんだね?」


 説明の段階からだったし、単純に当たりが出たからってわけじゃ無い。

 やっぱり女性兵ってのはこの街にとっては育てていく貴重な存在なのかな?

 その辺のことを聞いてみたのだが……。


「確かにまだまだ女性兵は少ないし、育てていく為にもある程度の便宜を図る必要はあると思っているけれど、今回は関係無いわね。お前はあまり苦労せずに聖貨を使っているけれど……ジグハルトがいい例ね。あの男が初めて聖貨を使った時の様子を覚えているでしょう? 結果次第によっては自棄になって犯罪に走ったりする者もいるの。聖貨を10枚貯められる者がよ?」


「……それは困っちゃうね」


 実力があり過ぎても大変だけれど、運が良いだけじゃなくて相応の実力が無ければ貯める事は出来ない。

 人材という面で見れば、むしろ聖貨よりも貴重だろう。


「そう。彼女の場合は父親だからそこまで心配する事では無いけれど……、万が一の事を想定すると出来れば使う事は控えて欲しかったわね。もちろん貯めた物の立派な権利ではあるけれど、平民は大人しく換金して欲しいわ」


 心配が杞憂に終わってホッとしているのか、珍しく背もたれに寄りかかっている。

 それなりにセリアーナも緊張していたのだろう。

 ちょいと労ってやりますかね。


 後ろに回り込んで、肩に手を当てて【祈り】と【ミラの祝福】を発動した。


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「あ! セラ副長、あそこが凍っています」


 街の外を流れる水路の凍結部分を発見したモニカは、指を指して声を上げた。

 そちらを見ると、完全に塞がっているわけじゃ無いが、水路の一部が凍って流れが悪くなっている。


「ほんとだね。んじゃ、モニカ。あそこをお願い」


「はい!」


 俺の指示に従って、モニカはその凍結部分に液体を振りかけた。

 水と反応する事で燃え上がる薬品だ。

 一気に燃え上がり、凍結部分を溶かしている。

 その間の俺は、魔物が寄って来ないように周囲を警戒だ。

 この辺は人気が無いし森の近くでもあるから、たまに魔物が姿を見せることがあるんだよな。


 だが……今日はその気配は無い。

 若干肩透かし。


「セラ副長、完了しました!」


「はーい。んじゃ、次のとこに行こう!」


「はい!」


 そう言うと、モニカは【緑の靴】を発動させて一気に走り出した。

 そして、俺も遅れまいと【浮き玉】を加速させて、その隣に並んだ。


「もう大分慣れたみたいだね!」


「はい! 最初は自分の足の速さとの違いに戸惑いましたが、もう大丈夫です! あ……飛びます!」


 モニカは、俺と喋りながら並走していたのだが、下りにさしかかったところで一気にジャンプをした。

 20メートルくらい飛んだかな?

 着地もしっかり決めて、再び走り出した。

 見事なもんだ。


 ◇


 先日モニカが、ガチャで見事に引き当てた恩恵品の【緑の靴】。


【緑の靴】は発動すると、両足を膝まで魔力が覆う。

 その効果は、走力とつい先程やって見せたように跳躍力もアップさせるものだ。

 脚力そのものでは無くて、あくまでその動作をサポートするのがポイントで、戦闘には向いていない。


 始めは地下訓練所で慣らしを行っていたのだが、彼女自身が言ったように生身との性能差に少々苦労していた。

 この世界だと高速移動なんて馬に乗るくらいだし、平民がそうそう経験できる事じゃないからな……無理もない。


 そして、中々上手く使う事が出来ずモニカも少々落ち込んでいたのだが、テレサが気分転換も兼ねて屋外での使用を提案した。

 襲撃から一月近く経つが、森の浅瀬に出てくる魔物も少なく、街の周囲を走るくらいなら構わないだろうという事だ。


 平民の場合だと、恩恵品はあまり人目に触れるような使い方はするべきでは無いそうだが、彼女の場合は兵士だし親父さんも冒険者の間で顔が利くしな。

 念のために保護者枠で俺が付いて、ちょっと街の外を走ってみたのだが、これが思いの外上手くいった。

 跳躍力もアップしているから、屋内だと知らず知らずのうちにセーブしてしまって、それで色々バランスが崩れてしまっていたんだろうな。


 ってことで、本格的に彼女の任務をどうするかってのは、まだまだ判断できないし先のことになるが、時は真冬。

 丁度いい仕事って事で、水路の凍結見回りを任されることになったんだ。

 この見回りは以前は俺がやっていて、それ以降は騎士団の兵士が行っていたが、何気に面倒なんだよな。


 水路は街の周囲を廻らされていて、距離にしたら10キロメートル以上はあるだろう。

 馬を使えばそこまで時間はかからないんだろうが、たかが水路の見回りに騎士を出すわけにもいかない。

 だが、徒歩でとなると相当時間がかかる。

 だから複数の組に分かれているが、街のすぐ側とは言え外には違いなく、1人でやらせるわけにもいかず複数人で行っていた。

 10数人はとられてしまう訳だ。

 そのためか、本来は屋敷の警備がメインのモニカだが、その彼女が代わりに務めるって話しに反対の声は上がらなかった。


 まぁ……彼女1人に外の仕事をさせるわけにはいかないってことで、彼女以上の機動力を持つ俺が保護者枠で同行しているが、20分もかからないで完了する。

 冬になってめっきり外出が減ってしまったし、ちょうどいいお散歩だ。

 飛んでるけどな!


 ◇


「これで完了ですね」


 領都の周りを一回りして、水路の見回りは完了した。

【風の衣】で寒気を防げる俺と違って、厚着をしていても高速で走り回っていたからか冷えてしまったのだろう。

 モニカの頬は赤くなっている。

 俺個人としては、このまま風呂にでも直行して温まって貰いたいのだが……。


「そうだね。それじゃあ、いつも通り報告は任せていいかな?」


「はい。後は私が引き受けます。セラ副長、お疲れ様でした!」


 俺の言葉にビシッとした敬礼をしつつ、モニカは答えた。

 俺的にはお散歩でも、これは立派な騎士団の仕事だし、完了したなら報告する義務がある。

 ちなみに、報告は騎士団本部じゃなくて訓練場に併設された詰め所で行う。

 本部の重鎮かつ強面のおっさん共よりは、元冒険者の気心知れた連中が多い詰所の方が、彼女1人で行ってもそこまで気を使ったりしなくてよく気が楽だそうだ。

 俺はさっさと屋敷に戻って暖かいお茶でも頂くつもりだが、これも彼女の実績にしっかりなるわけだし、頑張って貰おう。

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