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南館1階にある談話室に到着した俺たちは、テレサたちがやって来るのをしばしの間待っていた。
「馬車ってやっぱ時間かかるね」
「そうね。流石にあの道で速度を出すわけにはいかないもの、リーゼルたちも急ぎの時は馬車では無くて馬を利用しているでしょう?」
「そういえばそうだね……」
などと、セリアーナとお喋りをして時間を潰していると……。
「来たようね」
と、ドアを指して言った。
「ほいほい」
ドアを開けに行くと、すぐ手前にテレサと女性兵が立っていた。
テレサにしたらいつもの事だが、ノックする前にドアが開けられたことに女性兵は驚いている。
まぁ……ふつう驚くよな。
でも、今回はセリアーナの加護でわかったけれど、そんなの関係無しに素の感覚でこれを察知できるのがそこらへんに結構ゴロゴロいるんだよな……この世界。
さて、何はともあれ部屋に入れると、まずはテレサがセリアーナに挨拶をしていた。
いつも彼女は礼儀正しいし、セリアーナを上に置いて接しているが、今日は特にそれが顕著だ。
部下の前だからってのとはちょっと違うな。
この女性兵とは地下訓練所で一緒になった事もあるし……ガチャをやるからかな?
そのやり取りを見たからか、女性兵はどんどん緊張した面持ちに……可哀そうに。
なにやら小さな袋を膝の上で握りしめているが……あれに聖貨が入っているんだろう。
……っと、どうやら挨拶は終わったようで、皆席に着いた。
テーブルには、聖像とセリアーナが持って来た書類が既に置かれているが、もう始めるのかな?
なんか、全く無関係な人のガチャに立ち会うのは初めてだし、俺まで緊張してきた。
てか、俺って席外さなくていいのかな?
「何故お前が不審な素振りを見せるのよ……」
そんなつもりは無かったのだが、どうやら行動に出てしまっていたらしくセリアーナに咎められてしまった。
「いや……落ち着かなくって。もうやるの?」
「いいえ。……まずは、貴女の名前を教えて頂戴」
セリアーナは一つ溜息を吐くと、女性兵を見て口を開いた。
さっきテレサの挨拶の際にも聞いてはいたが、本人に名乗らせるようだ。
「はっ……はい! モニカと申します!」
緊張しながらも、大きな声ではっきりと答える。
彼女は女性兵組の初期メンバーでもある。
ちなみに、彼女の父親は冒険者で、襲撃の際に南端の戦場を任されていた戦士団の幹部の1人だ。
この街がルトルと呼ばれていた頃から活動している冒険者で、領内の冒険者や商人にも顔が利く。
まぁ、だからこそ地位も身許も確かってことでの初期メンバーなわけだ。
んで、すぐにガチャを始めるのかと思ったのだが……。
「まず確認するのだけれど、貴女だけじゃなくて、父親も承知しているのよね?」
「はい」
「結構……。ただ、本当に聖貨を使っていいのね? 1枚ずつ調べるけれど、きっと10枚全部使うことになるわ。聖貨10枚……それだけで立派な一財産よ?」
セリアーナは、俺には滅多に見せる事の無い優しげな表情で、モニカに向かって語りかけている。
「構いません」
セリアーナの目を見てしっかりと答えるモニカ。
だが、それでもセリアーナはさらに言葉を重ねる。
「聖貨を使って得られるものは、恩恵品と加護、そして素材の3つに分けられるわ。そして前者が当たりで後者が外れ。確率は同等らしいけれど、必ずしも当たりが出るとは限らないし、もし貴女がセラを見て使う事を決めたのだとしたら、この娘は運が良いだけよ。それでもいいの?」
「元々いずれ子供に使わせる為に父は貯めていたそうです。そして、先日の魔物の襲撃の際に10枚目を得ることが出来ました。幸い父はこちらの領地での仕事で十分稼ぎがあるし、私も兵士の稼ぎがあって生活に困っていません。弟もいますが、弟は商業ギルドで働いていますし、使うなら私が良いだろうと家族で話しました」
なるほど……。
弟君は商業ギルドで働いているんなら、あまり切羽詰まる事も無いだろう。
屋敷の警備もそうそうそんな事態は起きないだろうが、もし当たりの中でも良いのが出たら更なるステップアップに繋がるかもしれない。
外れの可能性を考えると換金が現実的だが、彼女の場合はちょっと生活に余裕がある。
それに、先の襲撃の一件で親父さんはまた現金も一稼ぎ出来ただろうしな。
突発的に使おうって決めたんじゃなくて、元々使おうと思って貯めていたんならなおさらだ。
チャレンジするのも悪くは無いと思う。
それにしても、随分念を押すんだなと思うが……これが普通なのかな?
そのついでになんか俺を引き合いに出されもしたが……それでもモニカの意志は固いと見たセリアーナは、書類に手を伸ばした
あれ何なんだろう……俺も初めて見るが……。
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「まずはそれを読んで頂戴。テレサ、貴女は補足を」
セリアーナはモニカに数枚の書類を渡した。
部屋から持って来た物だけど……あれ何なんだろう?
ぬぬぬ……と、モニカが手にした書類を見つめていると、テレサが彼女を立たせて、部屋の隅に移動した。
一体何を……??
「恩恵品や加護が当たった場合の処遇についてよ。彼女の場合は騎士団の所属だし、領内ならそこまで移動や滞在に制限はかからないけれど、領地を跨いだ移動だったりすると事前に許可が必要になったりするわ。その辺りのことをあの書類に書いてあって、事前に確認した上でサインをしてもらうのよ」
首を傾げていると、セリアーナが小声で説明をしてくれた。
「聖貨を使う前にするんだね」
「いざ当たりが出てから言い出したんじゃ、不満を持つ者も出るでしょう?」
封建社会の割にこの辺妙に義理堅いよね……。
「なるほど……移動に関する事だけなの?」
ところで、今セリアーナが言ったのは恩恵品や加護が出た場合の移動についてのみだ。
確かにわけのわからない効果を秘めた物や、人そのものが自由に移動するってのは油断できない事だけれど……。
俺の場合は所有権を預けたりしている。
勿論専属契約を結んでいて、その分しっかりメリットもある。
彼女の場合はちょっと違うと思うが、どうなんだろう?
そう尋ねると、セリアーナは「いいえ」と小さく首を振った。
「所有権も使用権も彼女の物よ。ただし、恩恵品にせよ加護にせよ正確に報告する義務があるわ。この時点でわからなかったとしても、後々効果や性能が判明した際にはもちろん報告してもらうわ。もしそこで虚偽の報告をするようであれば、何かしらの処分が下されるわね。もっとも、よほど悪質な場合でなければ精々労務作業程度だし、そもそも隠す意味は無いのだけれどね」
と、肩を竦めた。
「なるほどー……」
俺は未だに【隠れ家】の事はちょっと誤魔化してるんだよな。
まぁ……アレの場合は、性能とか効果自体は何も隠していないけれど……うん、気を付けよう。
それにしても、いざこうやって挙げられると結構条件と言うかペナルティーと言うか……色々あるんだな。
平民にはそこまで関係無い事ではあるが、明確に上下関係が出来ちゃうな。
「後は、恩恵品の場合は買い上げだったり転居時の説明などね。……終わったようね」
「あ、本当だ」
アレコレとセリアーナから話を聞いていると、2人がこちらに歩いてきた。
モニカの表情を見るに、このままガチャをやるようだな。
隣のセリアーナを見ると、ちょっと残念そうな表情を浮かべているが……ガチャをして欲しくないのかな?
最初思いとどまる様に言っていたが……何かちゃんとした理由があるのかもしれない。
後で聞いてみようかな。
◇
「まずは聖貨を1枚ずつ聖像に向かって捧げなさい。もしその中に当たりがあるようなら、1枚で使用できるはずよ」
「はい」
モニカはセリアーナの言葉に頷くと、袋の中から聖貨を10枚取り出して重ねていった。
そして、1枚1枚丁寧に聖像に向かって捧げるが……残念ながら当たりは無し。
彼女や弟の誕生時と8歳の聖貨は換金して、今日持って来た分は親父さんが狩りで貯めた物らしいし、まぁ、それなら当たりが無いのは仕方が無い。
とはいえ、その当たりの基準も基本的に公にされていない情報で、モニカも知らないようだな。
覚悟はしていただろうが、全部外れだったことに肩を落としている。
「気にする事無いわ。当たりなんて滅多に無い事だし、私も実際に当たりが使われたところを見た事ないもの」
と、セリアーナが慰めている。
「では、10枚全部持って聖像に向かって捧げなさい。一応作法はあるけれど、貴女の好きな様にするといいわ」
「はい!」
モニカはそう言うと、床に跪いて目を瞑り、聖像に向かって聖貨を乗せた両手を差し出した。
これだけ気合いの入ったガチャはジグハルト以来かな?
……特に指示していないのに、このポーズになるんだな。
俺はちょっとこの世界の一般常識に疎いけれど、なんかそんな事を教わったりするんだろうか……?
そんな事を考えながらモニカを見ていると、手の上の聖貨が消えて、彼女の身体全体が薄っすらと光り始めた。
「……あっ」
いかんいかん……ついつい声が出てしまった。
彼女にとっては一生に一度の事かも知れないし、邪魔をしちゃいかんね。
頭の中のドラムロールに集中しているんだろうし、気を付けねば……。
そして跪くモニカを見つめる事数十秒。
中々引っ張るな……何てことを考えていたのだが、ぱっと光が消えたかと思うと、モニカも顔を上げた。
何やら晴れがましい笑みを浮かべているが……やったか?
だとしたら、どっちだ?
俺だけじゃなくセリアーナとテレサも見つめる中、程なくしてモニカの顔の高さに光る何かが現れた。
この光り方は恩恵品かな?
俺もだが他の2人もちょっとホッとしたのだろう。
ちょっと部屋の空気が緩んだ気がする。
さてさて、それじゃあ一体何が出たんだろう?
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