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 クッションが届いてからの数日。

 俺の日課に読書と昼寝の他、新たなクッションのデザイン制作も加わった。

 まぁ……デザインと言っても、読書の合間のただの落書きに過ぎないんだが……。

 俺が思っていた以上に、職人たちの技量が高かったからな。


 ネコのクッションはシンプルな物にって考えていたが、今度はもう少し凝った物でも大丈夫そうだし、ちょっと気合が入っている……のだが、少しダレてきた。

 面白いからついつい張り切ってしまったが、そもそもそんなにクッションってあっても使わないんだよな。

 それよりも、木工の工房にオオカミの魔王種の彫刻を注文するべきだろうか……基本的に冬の間は職人たちは忙しいそうだしな。


 チラっと壁の方を見ると、今日は【赤の剣】はかかっていない。

 今日はテレサは昼から訓練場の方に出向いているから、持って行っているんだろう。

 確か女性兵の訓練を行うはずだが……そこで披露しちゃうのかもしれない。

 彼女たちは襲撃の際は屋敷の警備に就いていたからな……お初かな?

 俺もダンジョンで牽制程度にちょろっと使っているのを見ただけで、あまりまともに振るっているのは見た事が無いんだよな。

 刺激が強すぎたりしないだろうか……。


「ぬぅ……」


 今日はもう終わりだと、ペンを置いてソファーに寝転がり、クロネコのクッションに頭を乗せた。

 俺の体重じゃ座っても中々実感できないが、頭だとクッションの芯を感じられる。

 程よく押し返される感じ……いいね。


「……なにをしているの?」


 ボフボフ頭でクッションの弾力を楽しんでいると、セリアーナの声が飛んできた。

 背もたれで俺の姿は見えないはずだが……音かな?


「気分転換。うるさかった?」


 体を起こしてセリアーナを見ると、どこか疲れたような顔の彼女と目が合った。


「いいえ……でも、そうね。私も今日はもう終わりにするわ。お茶にしましょうか? セラ、用意をするから奥に行くわよ」


「お? はーい」


 机について手紙を書いたり読んだり……セリアーナも飽きている様だ。

【隠れ家】でちょっと家事をして、リフレッシュでもしたいんだろう。

 セリアーナは、既に席を立ってカップが置いてある棚に向かっていた。


 ◇


【隠れ家】でお茶を淹れて、再びセリアーナの部屋に戻ってきた。

 お茶菓子はこの部屋にあるものを出して、2人でまったりしているのだが……クロネコのクッションを取られてしまった。

 ……クロネコが好きなのかな?


「ねぇ……セリア様って好きな動物とかいる?」


「なに? 突然に……」


「クッションのデザインがねー……。クロネコ好きならもう1個注文するけど?」


 ちょっとアイディアに詰まっていたし、ここはセリアーナの意見を取り入れるのも悪くない気がする。

 クロネコをチョイスするならまたちょっと違ったデザインにするのも有りだしな!

 と、軽い気持ちで聞いただけだったんだが……。


「ああ……。特に嫌いな動物はいないわね。お前に任せるわ」


「……ぉぅ。がんばるよ」


 だが、帰って来た答えは何の参考にもならないものだった。

 それどころか、なんかセリアーナの分を注文する事だけは決まってしまったかもしれない。

 ぬぬぬ……と唸りながらお茶を飲んでいると、セリアーナの手が止まっている事に気付いた。

 そして、部屋の外……本館側を向いている。


「どしたの?」


「テレサが戻って来ているわ」


「うん? 仕事が終わったのかな?」


 部屋の時計を見ると今は昼の3時をちょっと回った頃だ。

 今日のテレサの仕事がどんな内容なのかは俺も知らないが、別に帰宅するのにおかしな時間じゃない。

 特にセリアーナが引っ掛かる様な事は何も無いと思うのだが……どうかしたのかな?


「そうね……。ただ、誰か1人テレサと一緒にいるのよね。私が覚えのない者だけれど……」


 と、首を傾げている。


 セリアーナの加護は、どんな風に識別しているのかちょっと想像出来ないが、それでも慣れた相手なら誰が誰かってのはわかるらしい。

 俺たち近しい者や、この南館で働く人間は把握出来ているって言っていたが、どうやらセリアーナの様子から見るに違うみたいだ。

 テレサにはテレサの付き合いもあるだろうが、仕事の帰りに屋敷に一緒に来るってなると、彼女のプライベートの相手ってわけじゃ無いだろう。

 それなら、セリアーナへの客の可能性が高いだろうが……訓練場から連れてくる相手……?

 確かにちょっと気になる。


「ちょっとオレ見てこようか? 今どこにいるのかな?」


 テレサの事だし誰かを使いに寄こすだろうが、それなら俺が彼女の下に行った方が多分早い。


「そうね。今坂の中腹にいるわ。行って頂戴」


「外なのね……。りょーかい」


 気合いを入れたら相当な範囲を見れるってのは知っているが、この息抜きのお茶の時間でも屋敷の外まで見ているのか……このねーちゃん。

 気が休まる暇あるのかね?

 まぁ……なにはともあれお使いだ。

 残ったお茶を一気に流し込んで【浮き玉】に乗っかると、窓の外に一気に飛び出た。


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 窓から外に出て街から屋敷に繋がる坂に向かうと、そこを上って来る馬車が目に留まった。

 屋敷の馬車だし、テレサはアレに乗っているんだろう。

 街中の施設なら、地下通路を経由したら徒歩でも良いんだろうけれど、今日は街の外に行ってたからな……。

 さて……どうしたものか。

 馬車の窓に張り付くのはまずいよな?


「とりあえず……御者に声かけるかなぁ……、おーい!」


 手を振りながら近づいていくと向こうも俺に気付いた様で、馬車の速度を緩めたりはしないものの手を振り返した。

 これなら大丈夫だな。


「お疲れ様。中に乗ってるのはテレサ?」


「そうだよ。それと部下のお嬢さんも一緒だ。中に入る……っと。テレサ様……」


 この馬車がお目当ての物かと御者に訊ねていたのだが、中に繋がる小窓が開きテレサが顔を出してきた。


「姫、どうぞ中へ」


「あ……うん」


 何となく御者と顔を見合わせてしまうが、話は中でってことか。

 小窓が閉まり、代わりに馬車のドアが開いている。

 速度は出ていないが、開けっぱなしは危ないしさっさと中に入ろう。

 それにしても、部下のお嬢さんか……女性兵の事かな?


 ◇


 さて、馬車の中に入ると、テレサの向かいに若い女性が座っていた。

 恰好は、この街の女性がよく着ているワンピースに上に一枚羽織った地味な服装で、髪は背中の辺りで1つ結んでいる。

 訓練帰りって感じだな。

 テレサと向かい合っているからか緊張していたのだろう。

 俺を見るなりホッとした顔をしている。


「お客さん?」


 私服で馬車に乗っているし、仕事ってことは無いだろう。

 だが、彼女が仕事以外で屋敷に用事があるっていうのも……ちょっと想像つかないな?

 なんだろう。


「奥様の……ですが。姫、お手数ですが奥様に彼女を談話室に通すと伝えていただけませんか? それで伝わるはずです」


「ぬ? それだけでいいの?」


「はい」


 と、テレサはにこりと笑った。


 それ以上説明する様子は無いが……これはアレかな?

 領主夫人のお役目みたいな事かな?

 まぁ……伝えりゃわかるって言うんなら、そうするまでだ。


「わかった。んじゃ、伝えて来るね」


 そう言うと、俺は馬車から出てセリアーナの部屋に【浮き玉】の進路を取った。

 その際に一旦振り返って馬車を見たが……この分じゃ到着はまだ10分くらいはかかりそうだな。

 麓からぐるーっと上って行って、アレクやオーギュストの屋敷を通り過ぎて、ようやく到着だもんな……俺はいつも空から出入りしているけれど、皆は大変だ。

 などと考えていると、いつの間にやらセリアーナの部屋の前に到着していた。


「ただーいま」


「お帰りなさい。誰だったの?」


 部屋に入ると、セリアーナは窓のすぐ側で待っていた。

 そして、テレサに同行していたのが誰だったのかと尋ねてきたが……誰だっけ?

 そういや、あのねーちゃんの名前知らないな……一人一人の名前は聞いていないし……。


「えーと……女性兵の1人だったけど、セリア様のお客さんで談話室に通すみたい。……テレサはそれだけ言えば伝わるって言ってたけど、わかる?」


 言っていて自分でも何言ってんだ? って気がするが、なんでかセリアーナにはしっかりと伝わっているようで、なにやら頷いている。


「その娘は、制服? 私服? どちらだったの?」


「ん? 私服だったけど」


 彼女の服装が何か関係あるのかな?


「結構。なら私たちも談話室に行きましょう。セラ、それを持って来て頂戴」


「ほ?」


 セリアーナが指したのは、部屋の棚に鎮座する聖像だ。

 俺のじゃなくて、セリアーナのだな。

 これを使うって事は、ガチャ……。


「あぁ……。聖像を持ってるのって領主様とか教会とか限られてるんだっけね」


 俺は自前の聖像があるからついつい忘れがちだが、ガチャの監督も領主様の立派な役目だ。

 ミュラー家の屋敷にもあったように、ここの庭にも小さな礼拝堂があって、たまーにそこを使いに来るお貴族様や冒険者もいたりする。

 俺は立ち会ったことは無いが、当たり外れや何が出たのかってのを領主に把握されてしまうが、今のところリアーナではリーゼルの下でガチャを行う者ばかりらしい。

 一応教会にもあるはずだが、領主と折り合いが悪い事がそれなりに知られているこの街で、わざわざ教会の方を利用する者はいないだろう。

 それに、領主様と繋がりを持てるかもしれないしな。


 ただ、今回の彼女は今までの利用者とはちょっとパターンが違うな。

 今までの利用者だと、何かしらの伝手でリーゼルに辿り着いていたが……あぁ、とりあえず彼女の一番近くて頼れる伝手がテレサだったのか。

 んで、ガチャをやりたいだけなのかリーゼルと面通しをしたいのかを確認して、ガチャ目当てだから、それならセリアーナをって事かな?


「そう言う事。行くわよ」


 俺の言葉にセリアーナは頷くと、机から何かの書類を取り出してドアに向かって歩き始めた。


「ぬぁっ!? ちょっと待って」


 慌てて聖像を取ると、置いて行かれないようにセリアーナの下に急いだ。

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