270

611


 早いもので、もう冬の2月。

 先の襲撃で獲得した魔物の素材の処理も完全に済んで、その卸先も大方決まった。

 春になったら、街道の治安維持や回復のために、騎士団が一気に掃除に取り掛かるから、それを待って他所の領地や国に高値で売りさばきに行くんだろう。

 その上がりで領地も潤う。


 残念ながら先の件では冒険者の中で命を落とした者も多数いるが、遺族にはしっかりとした補償もする様だし、やや想定外の規模ではあったが、リアーナにとっては何だかんだでプラスに転換する事が出来た。


 事故防止のために少々冒険者たちの冷却期間を挟んで再開されたダンジョンだが、間が空いたのも何のその。

 連日冒険者が押しかける大盛況っぷりだ。


 もっとも、冷却期間が功を奏したのか、無理をする者もおらず、死者はおろか重傷者すら出ていない様子だ。

 ダンジョンから帰還したら外の屋台で一杯ひっかけて、それから本格的に飲みに行くってパターンが、このクソ寒い中でも崩れておらず、屋台の許可を出したセリアーナの評判もしっかりと高水準をキープしている……らしい。

 最近俺は引きこもっているから、あまり街の情報がわからないんだよな。

 ダンジョンは混んでいるから狩りがしにくいし、かと言って外の狩りも、寒さは防げるが肝心の魔物が森の浅瀬にはいない状況。

 屋敷の外で俺が出来ることは今は無いんだ。

 部屋の中で読書にお昼寝と、今日も今日とて優雅に過ごしている。


 んで、俺以外はどうかと言うと、まずは男性陣。


 ジグハルトはあの騎士団との連携した狩り方をもう少し詰めたいって事で、団員を引き連れて狩りに出ている。

 向かった先は、以前サイモドキと戦った際にリーゼル達が本陣を敷いていた開拓拠点だ。

 そこで、暴れながら開拓を推し進めるんだとか。


 アレクは、領内の見回りだ。

 オオカミたちの主は無事決まり、その彼等と一緒にまずは比較的安全な領都以西……つまり、魔境では無い森や草原での訓練を行っている。

 アレクはその付き合いだな。

 1番隊も同様で、彼らと連携をとりながら散らばった魔物の調査なども行っているそうだ。


 オーギュストは、両隊の隊長2人が領都を空けているため、団長の彼がその穴を埋めるためにあちらこちらに顔を出している。

 ダンジョンにいたかと思えば、街中の巡回に同行したりと、彼は彼で忙しいらしい。


 女性陣は……よくわからん。

 フィオーラは、先の大量ゲットした魔物の素材から、良い物を選りすぐって確保していたとかで、それの加工や調合のために地下の実験室に毎日通っている。

 それは知っているが……じゃあ、何をやっているのかって言うと、詳しいことはわからない。

 セリアーナもリーゼルも、一応何をしているのか把握はしている様だし、まぁ……いいか。


 エレナとテレサは変わらず、いつものお仕事だ。


 そして、セリアーナとリーゼルは、以前の様に執務室で缶詰ってことは無いが、それぞれの人脈維持や拡大のため日々どこそこへの手紙やら何やらにかかりきりだ。

 皆忙しいんだなー……。

 ソファーに寝転がってそんな事を考えながら読書を続けていたのだが……。


「セラ」


 セリアーナが何かに気付いたのか、俺の名を呼んでドアを指した。

 エレナやテレサならわざわざ俺を出さないし……使用人かな?

 どっこらしょとソファーから転がり降りると、【浮き玉】に乗ってドアを開けに向かった。


 そして、ドアの前に辿り着いたちょうどその時、廊下側の相手も到着したのかドアを叩く音が。

 ジャストタイミングだな……。


「はーい。どうぞー……って、あれ?」


「失礼します。セラ様へのお荷物をお持ちしました」


 てっきり南館の使用人の誰かかと思ったのだが、部屋にやって来たのは本館の使用人たちだった。

 それも、ちょっと偉いおばさんが1人に若いねーちゃんが2人の3人もだ。

 その若い2人がなにやら一抱えはありそうな荷物を持っているが、俺宛とな……?


「あ……うん。ご苦労様。中へどうぞ……」


 とりあえず中に運び入れてもらうが……俺宛……何だっけ?


「商業ギルドから直接運ばれてきました。お代はもうセラ様から頂いているそうです」


「ぬぬ?」


 何だったかなー……と運ぶ様子を眺めていたのだが、同じくその様子を眺めているおばさんが、どこからの物かを教えてくれた。

 商業ギルド絡みで、既に俺がお代を払っている。


「あっ!?」


 心当たりが一つ。

 以前注文していたクッションだ!


 ◇


 箱を運び入れると使用人たちはすぐに下がっていった。

 キビキビと無駄口など一切せずにだ。

 南館の使用人たちも、怠けているわけじゃ無いが、彼女たちはもうちょっとフレンドリーなんだよな。

 本館の使用人は、お堅い雰囲気だ。


 その彼女たちを見送って、俺はすぐに蓋に手をかけた。

 中身に対して随分と頑丈な箱で、蓋の重さもそれ相応だ。

 そりゃ、2人で持たないとしんどいよな。

 今度会ったら改めてお礼を言っておこう……。


612


 どっこいしょ……、と気合を入れて蓋を持ち上げた。

 そして蓋を脇に置いて中を見ると、分厚い布に包まれた何かが入っている。

 割れ物ってわけでも無いだろうに……随分厳重だな。


「早く出してご覧なさいよ」


「うぉっ!?」


 今まで机に着いて手紙を書いていたセリアーナが、いつの間にやらすぐ隣に立っていた。

 クッションのデザインについては、注文を出した際に彼女にも話してはいたが、どうやら完成品が気になるご様子。

 それじゃーさっさと取り出しますかね。


 クッションは1つずつ梱包されているようだ。

 箱の中には一抱えはある様なデカい布の塊が2つ入っている。


「よいしょ……っと。いざこうやって出来上がりを見ると……随分大きいね。それに重たい」


 とりあえず1つを取り出したのだが……いざ抱えてみるとズッシリと重みもあるし本当にデカい。

 俺の上半身くらいはありそうだ。

 さらにそれに分厚い頑丈そうな布が2重3重と巻かれている。

 そりゃ重いわ。


 ともあれ、その梱包をグルグルと剥いでいくと白い塊が現れた。

 裏側ではあるが、こっちはシロネコの方だったか。


「……おおぅ。中々良いじゃない」


 ひっくり返して表を見ると、ネコ科特有の鋭さの欠片も無いどこか間の抜けたお顔が……注文時に見せた俺のイラストを元に、より上手く仕上げている。

 期待以上だ!


 そのままもう1つの方も梱包を解いて引っ張り出す。

 こちらはクロネコ。

 シロネコの方は全体的に丸く、クロネコの方は尖っているデザインだ。

 どちらのサイズも、直径でいうなら60センチメートル以上で厚みは10センチメートル以上と、余裕のあるサイズで作っている。

 置くなら……2人掛けのソファーかな?


 早速ソファーに並べて置いて見比べるが、白と黒のコントラストが実にいい感じ。


「お前……こういったデザインが好きよね」


「うんうん」


 以前はこういったデザインをいまいち理解できていなかったセリアーナも、最近は慣れてきたのかそこまで忌避感を示さなくなっている。

 どこで使うかってのを考えずに勢いだけで注文を出してしまっていたが、このクッションはこのままここに置くのも有りだな。


「おや?」


 広げた物を片付けるために、梱包の布をグルグルと一纏めにしていると、間に挟まっていたのか紙片が1枚ひらりと落ちてきた。

 拾って読んでみると、なんか細かく書かれているが……。


「素材や手入れの仕方についてね……随分細かいわね。私が使っている寝具よりも細かいんじゃない?」


「ほんとだよね」


 上から覗きこんでいたセリアーナの言葉に、俺も同意の言葉を上げた。


 セリアーナの布団は、春夏冬で複数を使い分けていて普段の手入れは干したり叩いたりする程度で、使用人が行っている。

 シーズンオフには職人に預けているが、それだって糸の解れとかを直す程度の、簡単な点検らしい。


 では、このクッションの場合はどうかと言うと、このクッションは羽毛や綿だけで出来ているのではなく、ゴムの様に弾力のある樹脂を芯に添えられているらしい。

 そして、その周りに綿を詰めた袋状の物を数珠繋ぎにしている。

 クッション性の向上やお尻への負担の軽減が狙いかな?

 クッション本体は、普通の布……と言っても上等なものだが、それで出来ていて、手入れは通常の物と一緒でいいのだが、その中身は一度ばらして個別に手入れをする必要があるようだ。

 ちょっと変わった造りをしているんだな。


 そのため、俺はもちろん屋敷の使用人でも不可能な様で、半年に一度工房へ預けることになる。

 費用は工房持ちで無料の様だが……。


「半年に一度、ウチに顔を出す口実が出来る……と。よく考えているわね」


 まぁ……そう言う事だ。

 中々お近づきになれない領主様のお屋敷に、大手を振って出入り出来る。

 必ずしもそれが注文に繋がるとは限らないが、接点は持てるわけだし、可能性はゼロじゃない。

 領主の屋敷に出入りしているってだけでも、顧客の獲得につながりそうだし……中々商売上手じゃないか。

 どこぞの工房長とは大違いだな。


「出来は良いし……いいわ。この部屋に置くのを許可しましょう」


 そう言うと、セリアーナはクロネコに腰を下ろした。

 いまいち中に芯があるってのが想像できないが、彼女の様子を見るに座り心地は悪くない様だ。

 ってことで、俺も。


「…………ん?」


 お尻の位置を変えたり手で押したりしてみるが、あまりソファーと変わらないような……こんなもんなのかな?


「お前は軽すぎるのよ……」


 座ったまま首を傾げる俺を見て、何を訝しんでいるのか察したんだろう。

 しかし……そうか。

 俺の体重じゃ、あまり工夫が意味を持たないのか。


 でも、まぁ……悪い物じゃ無いし、満足だ。

 また今度違うデザインの物でも注文しようかな?

 ヘビとかクマとか……オオカミとかもいいな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る