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「……ん?」


「何かあったみたいだな。相性の良いやつでもいたのか?」


 幹部陣は遠慮する……って方針の従魔。

 一応俺もその端くれではあるし、元々そのつもりは無かったけれど、遠慮した方がいいのかな……?

 何てことを、会話に参加しながら考えていたのだが、なにやらざわついている。

 揉め事って雰囲気でも無いし、お相手が見つかったのかな?


 確かめるために【浮き玉】の高度を少し上げてそちらを見ると、1人の兵がこちらに向かって走ってきた。

 なにやら困惑顔だが……この分じゃ、ちょっと違うっぽいね。


「おい! 何かあったのか!?」


 アレクが、その彼に向かって何が起きたのかを、やや緊張した声で問い質した。

 周りの連中もそうだが、先程までの緩い空気が一変している。

 大人しくしているとはいえ、魔物絡みだもんな。

 俺も何か気を付けた方がいいのかな……。


「はっ! その……オオカミたちが伏せたまま動かなくなってしまいまして……。捕らえた冒険者も何とか言う事を聞かせようとしているのですが……」


「……動かないのか?」


「はい」


 ……思っていたのとはちょっと違った。

 だが、言うことを聞かないってのは妙な事だ。

 アレクもそう考えた様で、俺たち共々そちらに向かう事にした。


 ◇


「……なんかおびえてるね」


「……そうだな。何があったんだ?」


 オオカミたちの前までやって来たはいいが……そのオオカミたちは地面に伏せているし尻尾は足の下を巻いている。

 確か犬だとその仕草は恐怖を感じている時なんかにするってのを、前世で聞いた気がする。

 こっちの世界のオオカミも一緒なのかはわからないが、とにかく怯えているのはわかる。


「いえ……先程まではここまでは……」


 周りにいた者たちも不思議そうな顔で、心当たりは無いようだ。


「今までは何も無かったのに急に動かなくなり、さらには怯える始末……」


 アレクはオオカミたちを見ながら何やら考え込んでいる。


 魔物は勘も俺たち人間より鋭いし、もしかしたら何かを感じ取っているのかもしれない。

 襲撃は凌いだし、それを率いたボスを始めとした魔王種たちも討ち取った。

 もう何も起きないはずだが……まだ何かあるのか?


 俺だけじゃなくて皆もそう考えているようで、静かにアレクの次の言葉を待っている。


「……?」


 待っていたのだがアレクは何も言わずに、代わりに俺の方を見ている。


「どしたの?」


 首を傾げてどうしたのかと問うと、困った様な顔で口を開いた。


「……なあ、こいつらお前に怯えてるんじゃないか?」


「は?」


 ◇


「ただいまー! ちょっと聞いてよっ!」


 ぷんすかしながら、窓からセリアーナの部屋に入ると、セリアーナたちの他に、俺が出て来た時にはいなかったテレサとフィオーラの姿があった。

 皆で集まって何かを見ていたようだが、俺の帰還でそれを中断させてしまったらしい。


「帰って来るなり何を怒っているのよ……?」


 セリアーナが手にした棒のような物を机に置いて、呆れた声でそう言ってきた。


「もうね! それがさー……あれ? テレサ、それって前注文してた鞘?」


 何があったのかを答えようと思ったのだが……少し離れていた時は棒に見えたが、セリアーナが置いた物は棒では無くて、【赤の剣】だった。

【赤の剣】は専用の鞘が無くて間に合わせの地味な物で代用していたのだが、今納めている鞘には薄灰色でザラついた表面に、彫刻が施されている。

 デザインに覚えがあるし、間違いなくテレサが以前注文を出していた物だろう。


「ええ。姫が出かけて少ししたころに届けられました。ご覧になりますか?」


「見る見る! もう出来てたんだね」


 皆の輪の中に俺も加わり、テーブルの上に視線をやる。


「……おお?」


 注文の際には俺も同席していたし、どんなデザインにするか少しは聞いていたけれど……これはまた……。


「……オレ?」


 薄灰色の鞘本体の根元に、なにやら赤い髪の女性の横顔が彫られている。

 表側だけじゃなくて裏にもだ。

 そして、その頭部からはヘビがにょろにょろと切っ先まで巻き付くように……。

 あの時の打ち合わせでは、ヘビの彫刻を入れるってだけしか話していなかったが、頭からヘビ生やしてる赤毛の女なんて俺くらいしか思いつかないぞ……?


 などと考えて、思わず凝視していると横からフィオーラが指を伸ばしてきた。


「ここの目を見なさい。今回倒した魔王種の爪を使っているのよ」


「ぬぬ……」


 目の部分は鞘本体と似たような色をしているが、確かにちょっとツヤツヤしている。

 オオカミの爪か……。


「鞘自体にも粉末状にした骨を使っているわ。あなたが使っている傘と一緒で、杖としての役割も兼ねているわね。この鞘も中々の業物よ」


「ほーう……」


 そう言えば、テレサからは魔法を使って足止めしてから剣での一撃を叩きこんでいたって聞いた。

 ただ剣を納めるだけじゃなくて、魔法との連携を高めるための効果も望めるのか。

 一緒とは言っているが……俺の傘よりも大分カッコイイな。


「折角ですので、実戦で使いやすい物を仕立ててみました。それと、こちらの彫刻は【赤の剣】の所有者が姫であることを示す為でもあります」


「お前は家紋が無いから丁度いいわね。一目でわかるじゃない」


 鞘の効果とデザインコンセプトを説明するテレサと、その言葉にどこか楽し気に同意するセリアーナ。

 まぁ……その意味と目的はよくわかった。

 ただ、俺にその事を話していなかったのは……。


「ぬぅ……」


 ニヤニヤしているセリアーナと、苦笑を浮かべるエレナとテレサ。

 これは、あれだな。

 テレサがセリアーナに家紋をどうしようかと相談したら、顔を彫れと言われて、ついでに内緒にしておけとでも言われたんだろう。


 全く……なんてねーちゃんだ。


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 いまいち釈然としないながらも、鞘のデザインについては納得できた。

 そして、その性能の高さもだ。


 ちょっと触らせてもらったが、ベースになっているのは魔木で、それに魔王種の骨粉を混ぜた塗料でコーティングしている。

 冒険者ギルドの地下……ダンジョン前のホールに使っている技法と同種の物らしい。

 周囲の魔素を利用して硬化する。

 つまり、とても頑丈だ。

 これなら多少乱暴に扱っても、壊れることは無いだろう。

 テレサが雑な扱いをするとは思えないが、それでも前線に立つ時だってあるし、何かの弾みで物がぶつかったりくらいはするかもしれないもんな。

 頑丈であるにこしたことは無い。


 へーほー、と話を聞きながら感心していたが、一通り説明を終えたのかテレサは剣を持ち上げると、部屋の壁に向かった。

 セリアーナの執務机のすぐ後ろには地図がかかっているが、その隣がこの剣の設置場所になるようだ。

 こうやって見ると、彫刻も含めて中々見栄えが良いじゃないか。


「セラ」


「ん?」


 壁にかけられた剣を眺めて頷いていると、セリアーナが俺の名を呼んだ。

 どうしたのかなと振り向くと、いつもの呆れた様な目を向けている。


「お前……帰って来た時何か怒っていたようだったけれど、それはもういいの?」


「ん…………? あっ!?」


 そうだよ……俺は怒っていたんだよ。

 ついつい鞘に注意を持って行かれて忘れてた!

 思い出した思い出した。


「そうそう! ちょっと聞いてよ!」


 外で何があったのかを皆に言おうと思ったのだが……。


「セラ、その前に着替えを済ませたらどうかな?」


「……ぬ」


 エレナにストップをかけられてしまった。

 確かに、ついついタイミングを逸して外から戻って来てそのままだったな。


「そうね。着替えてらっしゃい。エレナ、その間に新しいお茶をお願い」


 セリアーナはそう言うと、さっさと着替えて来いと寝室の方に向かって、追い払うように手を振った。


 ◇


 着替えと言っても簡単なもので、ジャケットを脱いで楽な格好に着替えたら、着ていた服を回収用の籠に突っ込んで、終わりだ。

【隠れ家】に行くまでも無く、寝室に置いている分だけで事足りる。


「着替えたよー」


 着替えをさっさと済ませて、愚痴を聞いてもらおうと隣の部屋に戻ると、既にお茶の用意が済んで皆座っていた。

 お待たせしちゃったか……と、いそいそと空いた席に座るとすぐお茶が置かれた。

 とりあえず一口頂こう。


「それで? なにがあったの?」


 と、不思議そうな顔のセリアーナ。

 まぁ……魔物の主決めを見に行って、何で怒って帰って来るんだよってことだろう。

 俺もそう思う。


「それがさ……! その場に行ったら、何かオオカミが怯えだしたんだよね。何言っても伏せたままで動かなくなっちゃって」


「怯える……2匹とも?」


「そうそう。……で、どうしたのかと皆で考えてたんだけど、オレのジャケットがオオカミの魔王種製でしょ? なんかそれに怯えてたみたいなんだよね」


 何てことは無い。

 俺が着ていたジャケットが、あのオオカミたちにとってはモロ自分の上位種みたいな存在の物だからな。

 着ていた俺もそう認識してしまったらしい。


 それだけならジャケットを脱げばいいんだが……どうやら俺の臭いも一緒に覚えてしまったようで、怯える対象には俺も含まれてしまった。

 そうなったらもうどうしようも無い。

 ってことで、邪魔になるから帰れと追い返されてしまった。


 さらにそれだけじゃ無い。

 オオカミたちが新たな主やこの街での生活に慣れるまでの間、変な癖がつかないようにと俺は接近禁止と言われてしまった。

 オオカミは基本的に群れで生きる生き物だからな。

 俺が近づくことで変な上下関係が出来上がってしまうかもしれないし、折角の貴重な従魔が台無しになってしまうかもしれないからだ。


「それはちょっと面白いわね……」


 話し終えると、フィオーラは少しその出来事に興味を覚えたようだが、他の3人はいまいちの様だった。

 セリアーナは呆れた様な表情を。

 エレナとテレサは困った様な表情を浮かべている。

 フィオーラにしたら、魔王種の素材の思わぬ副次効果が判明した出来事だが、他の3人にとってはそこまで関心が持てないのかもな。


「1番隊だけれど、ウマもいるでしょう? そちらならそこまでオオカミの魔王種の影響は無いだろうし、従魔に興味があるのならそちらにしなさい」


「1番隊はなー……」


 なんていうか、硬い連中が多いからちょっと苦手なんだよ。

 それに、俺は馬に乗れないからデカい馬はちょっと怖い。

 ぐぬぬ……と唸っていると、ふと何かを思い出したようにセリアーナが口を開いた。


「テレサ。確かオオカミの1匹はそのうち屋敷の警備にも回されるのよね?」


「はい。躾や森での戦闘訓練等が済んだ後は、下の本部が預かることになります。外の警戒と屋敷の警備に交代で就くことになるでしょう。姫、春頃には番犬たちと一緒に庭で見る事が出来ますよ」


「!?」


 初耳だと驚いていると、オオカミの話はこれで終わりと、既に4人は他の話題に移っている。

 本当に興味ないんだな……冬の間の防寒着のデザインについての話が弾んでいる。

 だが、俺はそっちよりオオカミの方だ。

 春が楽しみだな!

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