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607 セリアーナ side その2




「何?」


「いや、なんでも無いよ。それよりもかけてくれ」


 何を笑っているのかと問い質すが、はぐらかされてしまった。

 ……まあいい。

 テレサと共に席に着くとリーゼルも腰を下ろした。

 準備をしていたのかロゼがすかさずお茶を並べる。


「それで……? 話は夕食時の続きかな?」


「そんなところね」


 リーゼルの問いに答える。


 ここ数日、夕食時の話題はダンジョンについてのものがほとんどだった。

 この時期は外からの客もおらず、特別話題にあげるようなことは無いし、ダンジョンでの出来事がそうなるのは当然か。

 ただ、夕食の席は私たちだけという訳ではない。

 文官だったり騎士団の隊員だったり、セラだったり……同席する相手によっては少々話す内容を選ぶ必要があったりもする。

 だが、この部屋の者たちならそのような遠慮は必要ない。


「ここのダンジョンは、話には聞いていたけれど避難先には向かないわね」


 カップを手にして一口飲んで、早速話を始める。


 ダンジョン。

 本来そこは聖貨や魔物の資源を産出する、街中の人工鉱山の様な役割を持っている。

 だが、それとは別に、万が一の際の避難所としての役割も持つ。

 外界から隔離されて、魔物は出るが魔人という例外を除けば、出現する種類も強さも計算できる。

 さらに、水分や味と手間に目を瞑れば食料の補給もできて、多少の期間なら相当数の人間を収容する事も可能だ。


 過去、戦争や魔物の氾濫で領都が陥落しかけた時も、ダンジョンに籠り救援までの間を凌いだという記録がある。

 もっとも、そこまで追い詰められるような状況だとどの道後は無いのかもしれない。

 凌いだ後に他所の領地に併合されたり、あるいは、籠城中にダンジョンで命を落とした者がいて、結局破綻してしまったりといった記録もある。

 むしろそちらの方が多いくらいだ。

 それでも、自分の領地の問題でもあるし、近いうちにそこの利用を考える事態が起こるかもしれない以上は、自分の目で直接見ておきたかった。


「そうだね……。魔物はともかく、浅瀬は見通しも悪いし気温の問題もある。上層まで抜ければ別だろうが、民を連れてあそこまで進むのも難しいだろうしね」


「ええ。むしろ使い道はダンジョンよりも地下通路の方がありそうだわ」


「違いない……」


 私の言葉に笑うリーゼル。

 その後もしばらくは上層での狩りや、【ダンレムの糸】を使ったセラの狩りについての話などをしていたが、話題が落ち着いたところで、リーゼルからも切り出してきた。


「ダンジョンへの避難は不要かい?」


「ええ」


「それなら指揮を執れるものをもう少し育てようか……」


 恐らく秋にはリーゼルやオーギュスト、アレクにジグハルトにルバンと言った、この領地のいわば主力級がこぞって離れる。

 その間の領地全体の治安自体は今の戦力でも十分保てるはずだが……もう少し狭い視点。

 具体的にはこの領都だけで考えると、リーゼルは少し足りないと考えている様だ。

 だが……。


「それも不要よ。時間が足りないし、半端な者は却って邪魔になるわ」


 恐らくリーゼルは1番隊からの登用を考えているのだろうが、この街は他所とは少々事情が異なる。

 街の治安以上に、外の魔物に備える必要があるからだ。

 この街での指揮に慣れない者を無理に組み込むと、かえって混乱を招いてしまう。

 それなら、外は冒険者ギルドを中心とした今のままの体制でいいだろう。


「ふむ……今は冒険者の数も足りているし、僕が領地を空ける間は君に任せるが……無理はしないでくれよ?」


 以前発見して以来、少しずつセラから情報を集めた事で、教会や孤児院の敷地内に存在するアンデッドの詳細は掴めた。

 本来死体を埋葬する時は、貴族だと魔力を完全に抜いたうえで、専用の棺に納める。

 平民の場合は骨だけになるまで焼却して、さらにその上で手足を切断する。

 そこまでやって、初めて街中に埋葬する事が出来るのだ。


 だが、孤児院ではただ穴を掘って埋めるだけで済ませていたらしい。

 それを聞いて、過去に渡って調べさせたが、ルトルの頃から住民相手には通常の作法で埋葬を行っていた。

 例外は孤児院の子供だけで、恐らくその子供がアンデッドになっているのだろう。


 仮に、不測の事態が起きても自分たちだけで対処出来るようにしているのだろうが、それでも街中に急にアンデッドが現れたら大きな混乱を起こせる。

 その混乱の隙に、私かダンジョンへ何かしら攻撃を仕掛ける……それが彼等の狙いのはずだ。

 ……もっともその際に動く人員は、外からの増援は塞いでいるし中にいる者たちは把握できている。

 だからこそ、今の段階で対処して、いざリーゼル達が領地を空けた際に予測できない動きをされることは避けたい。


「ええ……大丈夫よ。ごめんなさいね? ある程度どういう風に動いて来るかの予想はついているのだけれど、今は知られている事を気付かせたくないの。もう少し待って頂戴」


 リーゼルも理解しているのだろう。

 仕方が無いといった表情で肩を竦めている。

 アンデッドの事を伝えるのは何時にするか……夏頃かしら?


608


 連日のセリアーナのダンジョン散策も終わり、閉鎖されていたダンジョンもまた開放された。

 ってことで、予定も無いし俺もソロでのダンジョン探索に乗り出そう……とはならなかった。

 別に止められているわけじゃ無い。

 ただ、俺がちょっと他にやりたいことが出来たからだ。


 先日アリオスの街から帰還したアレク達だが、その際に捕らえた魔物も一緒に連れてきた。

 向こうで話していた通り、魔物を捕らえた冒険者たちはリーゼルにその魔物を献上して、褒美をもらうことになっている。

 今のリアーナで冒険者が一番欲しいのは、個人的にはダンジョンの探索許可だと思うんだが……残念な事に彼等はその基準に達していなかったらしい。

 だからこそ特例で……そう思うがそこら辺はシビアで、実力が足りないと判断されると、たとえ功績があってもその許可は下りない。

 まぁ……ダンジョンで死なれちゃうと大変だしな。


 それはともかく、冒険者に褒美を与えたりはしていたそうだが、その献上された魔物はまだリーゼルの前には出していない。

 領都に連れて来られて数日の間、外の訓練場に繋がれているんだ。

 なんと言っても魔物だしな……。

 ちゃんと主が決まって、しつけを施してからご対面となっている。


 んでだ。

 今日はその主を選ぶ試験と言うか面接と言うか……そんな事が行われている。

 そこの野次馬……もとい、視察が俺の今日やる事だ!


 ◇


「アレーク。来たよー」


 ふよふよと、領都からすぐ隣の訓練場へ空を漂いながら移動をしていると、その試験が行われている場所でアレクを見つけた。

 少々視線を集めながらも、そのまま彼の下へ降りていく。


「よう。なんだ? 珍しく厚着をしているな」


 俺の呼ぶ声に顔を上げたアレクは、こちらを見て意外そうな表情を浮かべた。


「まあね。一応魔物がいるのに【風の衣】を使うのも変に反応させるかもしれないからさ」


 アレクが言うように、今日の俺はちょっと厚着をしている。

 普段の恰好の上から魔王種のジャケットを着て、下は厚手のスパッツと靴下だ。

 相変わらず靴は履いていないが、今日は割かし普通の恰好と言っていいだろう。


 だが、そんなことよりもだ……。


「オレの恰好は置いといて……どんな感じ? オオカミしか見えないけど、ウマはもう決まったの?」


 目の前では2頭のオオカミ相手に、2番隊の隊員がそれぞれ顔を寄せては何かを囁いたり、手を差し出してお手を促したりとしている。

 何がわかるのかはわからないが、あれで相性を確かめているんだろう。


 そして、そのオオカミとは別にウマもいるはずなんだが、その姿は無い。

 あの巨体だし、見過ごすってことは無いはずだが……。


「ああ、オオカミはウチが貰うが、ウマは1番隊に預けることになっている。今頃別の場所でやっているんじゃないか?」


「……そうなんだ。ウマはいいの?」


 アレクが指揮した戦場で捕らえたのに、譲るのか。

 オオカミを否定するつもりは無いけれど、どちらかと言うとウマの方が騎士団って立場を考えると重要そうなのにな。


「領主への献上品だしな。それをウチが両方貰うわけにもいかないだろう?」


「なるほど……」


 確かに、捕らえたのは冒険者でもリーゼルに渡ったんだ。

 それなら、平等にしないといかんよね。


「だからウチはオオカミの方を頂いたんだ。ウマも悪くはないが、俺たちは森や山……それにダンジョンが活動の場だからな。連れていてより力を発揮できるのはオオカミの方さ」


 冒険者がリアーナで一からオオカミを鍛えるのは難しいけれど、騎士団なら人員もバックアップもちゃんと揃っている。

 それなら、確かにオオカミの方がいいのかもしれないな……2匹いるし!


「ほうほう……。アレクはもうあっちを済ませたの?」


 もしかしたら振られたとか?

 と思ったのだが、ちょっと違った。


「俺はやっていない。こいつらもな」


 彼の周りにいるのは2番隊の小隊長たちで、謂わば幹部陣だ。

 アレクを始め、その彼等はやっていない……と?


「副長、万が一俺等が独占しちまうとマズいんだよ。相性の問題も、いざ契約してしまえばある程度は無視できるしな……。従魔があるとやれる事も広がるが、それで隊内にシコリが出来ると面倒だ。それなら最初っから俺たちは除外しておいた方がいいだろう? リックの旦那だってそうしているはずだぜ?」


「そうだな。ま……俺たちと違って旦那は正真正銘の騎士サマだし、ウマの従魔ってのは中々諦めがたいだろうがな」


 そう言って彼等は笑いあっている。

 なんというか……その意識の高さに感心してしまう。

 しかし……ここでもリック君の扱いってそんな感じなのか。


 彼等も言っているように、リックは正真正銘のお貴族サマなんだけど……。

 そう思いアレクの方を見ると、聞かない振りなのかあらぬ方を向いていた。

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