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 ダンジョン上層の、入ってすぐにある一番手前の広間。

 今日の狩場はそこだ。


 この数日の間、セリアーナの気分転換と運動って事でダンジョン探索を行っているが、場所は初日からずっと浅瀬だった。

 まぁ……別に狩りが目的ってわけじゃ無いから、メンバー的に少々物足りなくはあっても問題は無かったのだが……、ダンジョンの閉鎖は明日で解かれることになった。

 魔物の処理の目処も立ち、アリオスの街へ出張っていた連中も昨日戻ってきた事もあって、ダンジョンに人員を回す余裕も出てきたからだ。


 この閉鎖はあくまで一時的なもので、すぐ解除されることはわかっていたのだが、いざそうなるとセリアーナも名残惜しくなったようで、今日は上層へ行こうと言い出した。

 リーゼルならその気になれば視察名目でダンジョンに足を運ぶ事も可能だが、セリアーナの場合はそれも難しいからな。


 だが、立ちふさがる魔物自体は討伐にさほど苦労しなくても、やはり上層までの移動ってのが手間になる。

 こればかりは仕方が無い。

 ってことで、最終日の今日は【浮き玉】と【小玉】を利用してのショートカットを採る事にした。


 本体の【浮き玉】にセリアーナを抱えたテレサが乗り【小玉】にはエレナが俺を抱えて乗った。

 さらに、万が一に備えて俺の【風の衣】の範囲内に纏まる念の入れよう。

 結局何事も無く浅瀬を通過できたが、この移動方法なら、頑張れば俺を含めて5人くらいは一気に行けちゃうな……。


 ◇


「……あら?」


 上層での何戦目かの戦闘を完封勝利して、魔物の死体の処理も終えたその時、セリアーナが何か起きたのか驚いたような声を上げた。

 死体処理は俺がやっていて彼女たちは壁際に移動していたのだが、しっかりと俺の耳にも届き、何事かと慌てて振り向くと、3人揃ってセリアーナの手を覗き込んでいる。

 何か変な物でも拾ったのかな……?


「どうかしたの?」


 俺もそちらに行くと、セリアーナが顔を上げた。

 表情は……何やら困った様な笑み。

 どんな感情なんだ……?


「これよ」


 そう言うと、右手をこちらに差し出した。

 手の中にあったのは、小さなメダル……聖貨だ。


「……あらま。おめでとう?」


 先の襲撃では、魔王種を倒したオーギュストとジグハルトがそれぞれゲットしていたし、ダンジョンの魔王種討伐の際にもゲットしたのを見てはいるが、普通の狩りで聖貨をゲットしたのを見るのは物凄く久しぶりな気がする。

 皆強いもんなー……。


「ええ。ありがとう。狩りで聖貨を得るのはゼルキスにいた頃以来ね……」


「立場上そうそう狩りに出る事はありませんからね」


 セリアーナとエレナは2人で頷きあっている。

 セリアーナもだがエレナも冒険者から本格的に侍女に鞍替えして、そう頻繁に狩りに出る事は出来ないもんな。

 そう言えばテレサはどうなんだろう?

 彼女も侍女と言えば侍女だが、俺の副官として騎士団の仕事でちょくちょく外に出ているし……。

 そう思いテレサの方を見ていると、彼女は俺が見ている事に気付いたようだ。


「どうかしましたか?」


「ん? うん。テレサは魔王種以外から聖貨を獲得出来てるのかな? って思ってね」


 それを聞いたテレサは、納得したのか小さな声で「あぁ……」と呟いた。

 テレサは魔境の魔物との戦闘も結構行っているが……如何せん彼女も相当強いからな。

 リアーナに来てから2年以上経っているが、どれくらいゲットしたんだろう?


 セリアーナたちも興味がある様で、テレサを見ている。

 それに気付いたテレサは少々困った様な笑みを浮かべた。


「魔王種以外ですと3枚です。狩場に出る事は多いですし、戦闘を行う事も多いのですが……私が直接止めを刺すことは滅多にありませんからね」


 テレサは隊員を率いる時は、アレクと違ってどちらかと言うと指揮官寄りの戦い方をしているし、ダンジョンで俺たちと狩りをする時は、基本的に俺の護衛の様な立ち位置にいる。

 それにアレクの様に一撃で魔物を倒す様な攻撃力は無かったからな……。

【赤の剣】を使うようになったし、これからはペースが上がるのかな?


「それに、あまり指揮官が聖貨の獲得に躍起になるのもよくないでしょう」


「……それもそうだね」


 指揮官が率先して魔物に止めを刺しちゃうと、率いられる隊のメンバーも面白くないよな。

 任務中の聖貨の取り扱いとか色々あるそうだけれど、身分を傘に誤魔化そうと思えば誤魔化せてしまう。

 その辺をしっかり律する事が出来るのは、もう実力的にも身分的にも聖貨を使ってステップアップする必要が無いからなのかな?


 セリアーナたちもそうだが、なんというか……ガッツいていないんだ。

 俺も普段はそこまでガッツいていないつもりだが、それでもいざ狩りとなるとついつい張り切っちゃうもんな。


 ……これが生まれ持った身分の差ってやつなんだろうか?


「なに変な顔をしているの……?」


 どうやら表情に出ていたらしい。

 水分補給や装備の点検をしていたセリアーナが、冷めた目でこちらを見ていた。


「……なんでもないよ。えーと……どうしよっか? もうちょっと奥まで行く?」


 誤魔化すわけじゃ無いが、話題を変えることにした。

 もうダンジョンに潜って、1度休憩を挟んだが3時間近くは経っている。

 引き返すなら通路の魔物はまだ湧いていないだろうし、頃合いではある。


「そうね……そろそろ引き返しましょうか。セラ、帰りは弓を使っていいわよ」


「ぬ。了解!」


 昨日までは帰り道を掃除する程度にしか使わなかったが……しっかり魔物相手に狙って射れそうだな。

 ぬふふ……しっかり稼がせてもらうぜ……!


606 セリアーナ side その1


 ダンジョンでの運動を切り上げて帰路につく事にした。

 ただ帰るだけなら【浮き玉】を使えば道中の魔物を無視する事も可能なのだが、ここ数日の間、セラには索敵や援護を任せていて、ほとんど狩りをさせていない。

 あの娘から聞く普段の狩りだと、広間では【紫の羽】の毒で動きを止めてから狩っているという。

 それだと少々時間がかかり過ぎるから、広間は全員で処理をして、通路の魔物をセラ1人に任せることにした。


 そして、セラは複数の恩恵品を操り、ヘビたちとも連携をとり器用に通路の魔物を殲滅していた。

 維持時間を削り代わりに光量を最大限に高めた魔法で、魔物の群れ全体の目を潰して、小気味よく倒していく様は見ていて楽しめたが、【ダンレムの糸】を使った纏め狩りは見る事が出来なかった。

 その気になれば上空から牽制と誘導を繰り返して、ひと固まりに纏めることも可能らしいが、その狩り方も時間がかかる上に、今日は私達もいるから仕方が無い。


 そのことはわざわざ指示を出さずとも、あの娘もわかっているから、この狩り方をしていたのだが、浅瀬と繋がる広間の手前にある最後の通路で、どうやら纏め狩りに適した配置をしていたようだ。

 通路の入口で待つ私たちの方を見ると、一度弓を引くような動作を見せた。

 それに頷くと、すぐに【ダンレムの糸】を発動した。

 複数の恩恵品を発動して宙から現れた巨大な弓を支えて、発射姿勢をとると……。


「よいしょーっ!」


 珍妙な掛け声とともに矢を放った。


 かつて訓練場で見たのと同じあの光の矢。

 その光の矢が、地面を抉りながら魔物の群れを貫いていく。

 連発は出来ないとはいえ、あれだけ威力のある遠距離攻撃が誰でも使えるのは脅威だ。

 舞い上がった土砂で魔物の姿は見えないが、今の1発で通路の魔物を全て巻き込み、倒している事がわかった。


「……聖貨が出たようですね」


 側に控えるエレナが、笑いを噛み殺しながらそう言った。

 まあ……【浮き玉】に乗って小躍りするセラを見たら、そうだと一目でわかる。


「今ので通路の魔物全てを倒しているわ。見事なものね」


 今の戦闘だけに限らず、この動きが制限される通路であの数の魔物を、短時間で簡単に倒してしまう。

 セラの弱さがあってこそとはいえ、あのペースで聖貨を得ているのも納得だ。


「おわったよー!」


 見せびらかすように聖貨を掲げたセラが、笑みを浮かべながらこちらへやって来た。

 ……猟犬が獲物を咥えて持って来る姿が一瞬頭に浮かんだが、猟犬と言うには少々猛々しさに欠けるか?


「ご苦労様。お前が普段どんな狩りをしているのかが、少しわかってきたわ」


「中層じゃあんなもんじゃ無いけどね! いたっ!?」


 セラはそう言うと、得意気に胸を張っている。

 中層での狩りは、大量の魔物を引き連れながら、上手く直線になる様に移動して、纏めて狩る……だったか。

 ここ数日のセラの動きを見る限りではそう危険は無いだろうし、何より本人も油断はしないだろう。

 とはいえ、念の為軽く鼻を弾いておいた。


「準備は良いようね。行きましょう」


 視線を通路に戻すと、エレナたちが風で土埃を払い終えていた。

 通路の先の広間の魔物は30弱。

 セラの矢は使えないが、それでも20分程度で片付くだろう。

 浅瀬に辿り着けば、後は【浮き玉】と【小玉】に乗ってすぐ地上だ。


 ◇


 その日の夜。

 テレサを連れてリーゼルの部屋に向かった。

 こちらに来ることは滅多に無いが、相変わらず屋根裏の警護も続けている様だ。


「寒くないのかしらね?」


 倉庫も兼ねているから、確か屋根裏自体には簡単な空調設備が設置されていたはずだ。

 だが、警備用の部屋はその屋根裏を壁で区切っただけの簡単なもので、そんな設備が付いていたかどうか……。

 仮にも警護相手の部屋の上で火を使うわけにもいかないだろうし、冷えた体で仕事になるのだろうか?


「彼等も任務ですから……。冬は交代の間隔を短くしたり厚着をしたりと、色々工夫をしているようですよ」


 何となく呟いた言葉を聞いたテレサがそう答えた。

 備えはしている様だが、あまり快適な現場とは言えない様だ。

 まあ、そちらはオーギュスト辺りが考えるだろう。


「そう……大変ね。ご苦労様」


 テレサの言葉に返事をし、次いで部屋の前の兵に言葉をかけると、彼は一礼してすぐに部屋のドアを開けた。

 中に入ると、リーゼルの他にはカロスとロゼの2人だけ。

 私も人のことは言えないが、この男もプライベートではあまり人を側に置きたがらない。

 それで支障をきたすことは無いからいいのかもしれないが……領地の人間を何人か育ててもいいだろうに。


「おや? セラ君は一緒じゃないのかい?」


 リーゼルは私たちを見て、少し意外そうな顔をしている。

 夜とはいえ、まだそこまで遅い時間ではないし、セラが一緒でない事を不思議に思ったようだ。


「夜はここへ行くと言っていたのに眠ってしまったのよ。声をかけても起きなかったから、置いてきたわ」


 ここ数日、ダンジョンで普段とは違う動きをさせていたし、疲れがたまっていたのかもしれない。

 しっかりと起こせば起きただろうが……いないならいないで話せることもあるし、無理に起こす必要は無いだろう。


 その事を思い出していると、リーゼルがこちらを見て笑っていた。

 何がおかしいのだろう?

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