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「おおっ! セラ様!」


「セラ副長!」


 人の出入りが激しく、ごった返しの冒険者ギルド。

 そこに降り立つと、周りの人間が口々に俺の名を……。


「こんばーんわー。通してねー」


 頭上を越えるのは訳ないが、仮にも俺を呼んでいる相手を無視してそうするのもよくないしな……彼等に一言断わってから、中へと入った。

 

 で、中に入っても外と大して変わらない。

 ホールのあちらこちらでいくつものグループが出来ていて、各々が大きな声を張り上げて商談らしきことをして、かと思えば窓口に取りついて職員とアレコレ話をしていたりと、賑やかな事この上なしだな。


 ただ、もう外の戦況はひと段落している事は伝わっているのか緊迫感は薄れて、代わりにギラついた感じが漂っている。

 聞こえてくる感じ、商人連中が多いのかな?

 前回の襲撃の時は結構大きな利益を上げていたらしいもんな。

 新しく入って来た商人たちもいるだろうし、必死なんだろう。


 ……それはさておき、だ。

 ぱっと中に集まっている連中を見渡すと、冒険者ギルドに商業ギルド、そして猟師ギルドと一通り揃っている。

 丁度いいな。


「ちょっとー。旦那様からコレ預かって来たよ。支部長は今いないんだよね? 誰に渡せばいいのかな?」


 まずは冒険者ギルド宛の一通を渡してしまおう。

 肩に提げたバッグからリーゼルの指示書を出してピラピラ振ると、集まっていた連中が顔を上げてそれを見た。

 そして、これが何かをわかっているからか、小さなどよめきが広まる。

 騒がしかったホールが一気に静かになったな。

 そんな中出てきたのは、たまに俺のお使いの応対をする職員だ。


「セラ副長、それは私が受け取ります」


「うん。よろしく」


 渡すと、彼は一言失礼と言ってすぐに封を開いて、パパっと一読した。


「ああ……これでしたら……。2人は奥に来ているので、少々お待ちください」


 そして、足早に戻って行く。


 俺も内容は簡単に聞いているが、商業ギルドと猟師ギルドとの連携についての事だった。

 どちらも早めに動いてもらいたいことだし、全部ここで間に合うのは有難い。


「セラ副長、こちらへどうぞ」


「はーい」


 ◇


「では、私はこれで失礼する」


「俺もだ」


 商業ギルドのお偉いさんと猟師ギルドの支部長は、リーゼルからの手紙を読むとすぐにそう言って部屋を出て行った。


 商業ギルドはこれから炊き出しに向けての準備を本格的に行ってもらう。

 食材を始め物資面は領主側が用意できるが、人手は無理だからな……特に料理人。

 街で働く彼等に働いてもらうには、商業ギルド経由で動いて貰うのが一番角が立たないんだろう。

 その分の報酬を用立てたり、リーゼルも何かと気を使っているな……。


 んで、猟師ギルド。

 今回はアリオスの街側も含めて、広範囲に渡って魔物が動いている。

 ある程度戦う場を限定してはいるが、それでも傷を負って逃げた魔物や、ボスを失った事で逃げている途中で魔物同士で揉めたりもする。

 そのため、こちらが把握できない魔物の死体もあちらこちらに散らばってしまう。


 やはり死体の放置は怖いんだろう。

 追撃する冒険者たちも、極力そういった痕跡を見逃さないようにするそうだが、彼等は魔物との戦闘が専門であって、魔物の捜索は専門じゃない。

 そこはやはり、専門家の猟師ギルドの出番だ。

 彼等の出番は夜が明けてからになるが、それに向けての準備を今のうちからやって貰うんだろう。


「セラ副長はこれからまた戦場に向かわれますか?」


 部屋を出て行った2人を見送ると、今度は俺はどうするのかと聞いてきた。

 こう言った時の俺の役割は伝令だったり配達係だもんな。

 何するんだろう……? とでも思ったんだろう。


「オレはもう終わり。あんまり森の中を大勢で動くのには向いていないからね」


 自分で言うのもなんだけど、俺の強みって単独での突破力だもんな。

 大勢で足並み揃えてってのは一番向いていない気がするし、その事はオーギュストもリーゼルもわかっている。

 セリアーナは、夜に俺がフラフラしていると、眠気で変な事をやらかすからとか失礼な事を言っていたが、断じてそんな理由じゃない。


 ってことで、配達は完了だな。

 屋敷に戻る事にするか。


 ◇


 屋敷に戻って再びリーゼルの部屋に戻り配達完了の報告をして、今日の俺の仕事は終わりとなった。

 食事の用意も済んでいる様だが、その前にまずは風呂に入る事にした。

 大きな汚れは付いていないが、それでもなんか血とかいろんな臭いが付いているような気がするんだよな……。


「ふぅ……1人で使うにはやっぱこっちの方が楽かねー」


 今日はセリアーナの部屋に備え付けている方では無くて【隠れ家】の風呂だ。

 浴室こそ多少広めではあるが、浴槽は一般的なものだし、複数が入るには少々この浴室は手狭だ。

 だが、その分機能面はこっちの方が上だし、ついでに洗濯機も回しているし効率的だな!

 髪や体を洗ってさっさと風呂から上がり、着替えも済ませた。


「今は……もうすぐ11時か」


 リビングの時計を見ると、もう遅い時間。

 さっさと食事を済ませちゃうかな。

 髪は……タオル巻いとけばいいか!


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「……お?」


 目を覚ました。

 寝た覚えは無いが……いつの間にか眠ってしまったんだろう。

 それはいいんだが……ここはいったいどこだべさ?

 ソファーの上……か?

 なんか膝掛を掛けられているけど……窓の外を見ると既に日は上っていて、明るくなっている。

 朝だよな?


「…………あっ! ここ隣の談話室か!」


 思い出した!


 昨晩、夕食を食べてから皆のもとに行って……そのまま一緒にいて……寝落ちしちゃったのかな?

 でも、たまに寝落ちしてるけど起きるときは大抵セリアーナの寝室だが、ここはリーゼルの執務室に併設されている談話室。

 ってことは……今日は運ばれていないってことか。

 流石に忘れられてるってことは無いよな?


「うぉっ!? 【浮き玉】がねぇ」


 今何時かわからないが、とりあえず隣に行くために起きることにしたのだが……【浮き玉】が見当たらない。

 他の恩恵品は着けたままだけれど……セリアーナが持ってるのかな?

 さて……どうしたもんか。

 裸足で行くわけにもいかないしな……。


「【小玉】はあるな……。じゃ、こっちでいいか」


 発動して【浮き玉】よりも一回り小さい【小玉】に乗っかった。

 鏡で寝癖をチェックしたら、盛大に爆発しているが……直すのもめんどいしこのままでいいな。

 準備も出来たし、行くか!


 ◇


「……おはよー……ぉぉぅ」


 ドアを開き、談話室から執務室へと出て来ると、既に皆はもうお仕事中だった。

 壁に掛けられた時計を見ると、まだ時間は8時ちょっと。

 随分お早い始業開始なんだな。

 俺の声に部屋の中の皆が顔を向ける。

 頭を見てギョッとしているが、この際無視だ。


「やあ、おはよう。セラ君。よく眠れたかな?」


 そして、相変わらず爽やかなリーゼルが答えたのだが……なんというか、どこかお疲れなのかな?

 ちょっとその声に張りが無い気がするし、それに来ていた服が昨日と変わってない。

 ……はて?


「セラ」


「あ、セリア様もいたんだね。おはよーございます。皆早いね」


 声に振り向くと、セリアーナがフワフワと【浮き玉】に座って浮いていた。

 彼女はエレナと自分達の席では無くて、応接用のテーブルに書類を広げて仕事をしていた。

 やっぱり今日は皆早いのかな?

 そんな事を考えつつ、彼女たちの方に向かったのだが……。


「……皆お疲れなの?」


 リーゼルだけじゃなくて、彼女たちも昨日と一緒の服だった。

 そして、どこかお疲れなご様子。

 よく見ると、髪もちょっとほつれている気がするし……。

 そりゃー、直接戦うわけじゃ無いけれど襲撃の裏方を仕切っているわけだし、やる事はたくさんあるはずだが……あんま彼女たちらしくないな。


「そうね」


 そして、強がらずに素直に認めるセリアーナも珍しい。

 これひょっとして……。


「ね、もしかして皆寝てないの?」


 それなら全員のこの煤け具合もわかる。

 ついでに、俺が隣に放置されていた事もだ。

 セリアーナたちが部屋に戻らずこのまま夜を過ごしたなら、俺だってそのままだろう。


「ええ、そうよ」


「ぉぅ……」


 いつもなら一言二言チクチク付け加えるのに、何も無い。

 これはお疲れだ。


 ◇


「ねぇ……皆寝なくていいの?」


 部屋で働く皆に【祈り】をかけた後、セリアーナの肩を揉みながらなんとなく疑問を口にした。

 チラっと覗き込んだかんじ、今彼等がやっているのは、物資の手配や領内の各街への1番隊の巡回だったりと、襲撃で狂いが出たスケジュールの調整だ。

 だが、確かに必要な事ではあるだろうが、それでも皆が徹夜してまで片付けることなんだろうか?


 改めて部屋の中の皆の顔を見ると、明らかに疲労がたまっているのがわかる。

 この人達、一日くらいの徹夜は平気な人たちなのに……。

 イレギュラーな事態だし、消耗の仕方が違うのかな?


「もうすぐ私とリーゼルのサインが必要になるのよ。それを済ませたら休むわ」


「……ほぅ?」


 まぁ……セリアーナとリーゼルの2人が起きているから他の面々も起きていて、どうせなら今のうちに仕事を片付けておこうって感じなのは推測できるけれど……サインが必要になるってなんなんだろう?


「あ、そう言えば外の様子はどうなったのかな? オレが寝る前は別に新しい情報とか無かったよね?」


 俺が覚えているのは、一先ず魔物の残党を森の拠点の先まで追いやることに成功したってとこまでだ。

 もうそこまで進んだら、後は特に大きく進展するようなことは無いと思うけれど……。

 肩を揉む手を止めて、その事を訊ねた。


「大きな変化は無かったわ。何度か伝令が来て、細かい情報の擦り合わせなどもしていたけれど……大した事じゃ無いわね」


 そう言うと、一息ついた。


「でも、終わらせるなら早い方がいいのよ。先に大まかな事を済ませておけば、私達が休んでいても問題無く片付けられるでしょう?」


「あーね……」


 実際にどんな風に現場でやるのかは知らないが、ここで今のうちに大まかな方針を決めてしまおうってことだったのかな?

 そのために休む事は後回し……と。

 なるほどなー、と納得して、再び手を動かし始めた。


 そして、さらに10分ほど経ったころ……。


「失礼します!」


 部屋の中に1人の兵が駆け込んできた。


「待っていたよ」


 何事かと驚く俺に対して、部屋の皆は逆に待ちわびていた様だった。


「はっ! 遅くなって申し訳ありません。アレクシオ隊長からの報告書になります」


 その彼はアリオスの街に向かった1番隊の伝令だった。

 時間を考えると、向こうについて碌に休まず戻ってきたのかもしれない。

 彼も随分くたびれているな。


 そして、彼……というよりも、セリアーナたちはアリオスの街の報告を待っていたのか。

 領内とはいえ、代官がいる街への指示だ。

 領主じゃ無ければ出来ないもんな。

 セリアーナもリーゼルの下へ行き、その報告書を一緒に読んでいる。

 そして、読み終えるとすぐさま2人で何かのサインをさらさらと……。

 どうやら、これで彼等もお仕事は終わりのようだな。


 ご苦労様だ。

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