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 視点を下にしながらふよふよと移動をしていると、そこにあるものを発見した。


「……お? ここにも見っけ」


 見つけた物は魔物の死体だ。

【浮き玉】の速度を落として、手にした紙におおよその位置とその種類を記す。

 そして再び速度を上げて、移動を開始した。


「やっぱ街に近づくと増えて来るな……」


 今俺は領都からアリオスの街へ向かっている。

 特に何か急ぎの用があるってわけじゃ無いんだが、今朝のアリオスの街からの報告を受けてその返事を用意した時点で、セリアーナたちの仕事は終わった。

 で、彼女たちはそのまま休憩に入ったわけだが、俺は既にグッスリ休んだ後だった。

 どうやら街の外は既に落ち着いている様だし、2度寝にチャレンジしてもよかったが……流石にそれは気が咎めたので、何かやることは無いかと聞くと、ある仕事を一つ任された。

 それが、領都‐アリオス間の街道沿いの魔物の死体状況を調べる事だ。


 この2都市間は北に森が広がり、街道を挟んで南側には草原だったり農場地帯だったりが広がっている。

 南側は見通しがよく身を隠す場所が無いため、追い詰められた魔物が逃げるんなら北側の森だ。


 ただ、そこから更にあぶれてしまった魔物が、街道沿いに力尽きているんだ。

 幸い季節は冬でそうすぐに腐る様なことは無いが、かと言って放置するわけにもいかない。

 そのため、これらは領都から出向した兵たちが帰還する際に一緒に回収するわけだが、どれくらい量があるかってのは事前にわかっていた方が、出発前に色々準備出来るもんな。

 ってことで、俺が事前調査ってわけだな。


 一つ気になる事は、リーゼルたちの署名が入った指示書を持たせた伝令たち。

 俺、既に彼等を追い抜いてるんだよな……向こうで出くわしたらどうしよう。


 ◇


 アリオスの街のすぐ手前にやって来たところで、街壁のすぐ手前にテントのようなものがいくつも並んでいるのが見えた。

 すぐ側に馬が繋がれていたり兵がいったり来たりしているし、あそこが本陣代わりなんだろう。

 他にも少し離れた場所に人だかりが出来ているが……一先ず本陣に降りるか。


「おつかれさまー」


 声をかけながら上から降りていくと、すぐさま返事が返ってきた。


「よう! 副長、あんたも来たのか!」


「領都の方は随分派手だったらしいな!」


「うーん……多かったよ。ジグさんが大活躍してた」


 彼等も領都の状況は簡単には聞いているのか、魔王種が複数出た事等は知っていた。

 俺も簡単に答えていると、他にもおっさん共がワラワラと……随分活気がある。

 あまり詳しくは聞いていないが、死者が出たって雰囲気じゃ無いな……完勝か?


 その後はおっさん達を適当にあしらいアレクはどこかと聞くと、彼は代官の屋敷にいるらしい。

 今後の街の警備や森の捜索についての話をしているんだろうな。


 指示書に関しては後で伝令が持ってくるわけだし、俺がわざわざ顔を出すことは無い。

 そのうち戻って来るだろうし、それまでここで待つのも有りだな。


「ね、アッチ。何がいるの?」


 ここで待つとなると……上から見えたなんかの人だかりが気になってきた。

 賭け事でもしてるのかな?


「ああ……、行ってみるか?」


 俺が訊ねた男は、ふと思いついたようにそう提案した。

 街のすぐ側だし、何か不味い物を隠しているってわけじゃ無いだろうが……直接見た方が早いのかな?

 ともあれ、向かってみるかね。


 ◇


 相変わらずの人だかり。

 そこは、1辺10メートルほどの簡単な木の柵が2つ用意されていて、その中にいたのは……。


「魔物じゃん!?」


 片方にはオオカミが2頭。

 もう片方には栗毛のウマが1頭大人しく待機していた。

 本気で索敵していなかったからってのもあるが、人が多過ぎて気付かなかった。

 それぞれ肉や飼葉、デカい桶に入った水と、そこそこ丁重に扱われているが、全く暴れる素振りを見せないし……大人しいもんだ。


「どうしたの!? あれ!」


 想定していない事態にしばしポカンとしていたが、我に返りアレはどうしたのかと、声を上げた。

 少なくとも俺は、2番隊だったり領都やアリオスの街で活動する冒険者に、従魔を連れているのがいるって聞いた事は無い。

 ってことは、昨日の襲撃で捕まえたんだろうけれど……。

 俺もダンジョンや森で対峙した事はあるが、その時は討伐する事が前提でじっくりと姿を見ることなんてない。

 間近で見ると、なんというか……やっぱデカいわ。

 魔物と獣……似た種族がいて見た目も近いのだが……牙だったり蹄だったりがゴツイ。

 まぁ……凄い迫力だ。


「昨日群れが崩れて追撃に移った際に、いくつかのパーティーが捕らえたんだ。待たせたな、セラ」


「あ、アレク」


 俺の疑問に答えたのは、ここまで案内して来たおっさんではなくて、いつの間にかやって来ていたアレクだった。

 鎧を纏い【赤の盾】と魔人の棍棒も手にしている。

 いつでも戦闘に移れる格好だ。

 代官のところにもそれで行ったのかな……?


「お前が来たって事は、旦那様たちからの指示書を持って来たのか?」


 どこかホッとしたように見えるのは、それがあればこれからの負担が減るからだろうか?

 だが済まぬ。


「あ、ごめんそれは追い抜いた」


「あ?」


 俺の言葉に、怪訝な顔をするアレク。

 許せ。

 ソレは俺の役目じゃない。


600


 捕らえた魔物も気になるが……そっちは一旦脇に置いて、今日ここへやって来た目的の、道中の魔物の死体について記したメモをアレクに渡した。

 流石にこの人だかりで込み入った話をする気は無い様で、アレクは奥のテントを指し、そちらへ歩いて行き、俺も後ろをついて行った。


「21匹か……意外と多いな。それも魔獣……。群れじゃなくて、単体でバラバラになんだろう?」


「うんうん。森と街道の間にポツポツ倒れてたよ。もしかしたら見逃していて、まだ他にもいるかもしれないけれど……なんか異常事態?」


 アレクはしばらくの間難しい顔をしてメモを見ていたが、どうやらこの数は想定以上のようだった。

 まぁ、ボスの存在を抜きにしても、基本的に魔獣は群れで動くのがほとんどだからな。

 そりゃー、追い詰められたら足手まといを切り離したりはするだろうけれど、それでもここまで多くはならないだろう。


「……いや、それだけズタズタにしたってことだろう。今回俺が連れてきた連中以外にも、この街周辺で活動する冒険者たちもいたからな。そいつらが必死になって狩っていたんだ」


「ほぅ……」


 なるほど……小さい群れすら維持できないくらい狩りまくったのか。

 この街周辺で活動する冒険者にしたら、自分達の狩場でイレギュラーが起きているわけだし、尚且つその事態の収束に、領都から戦力が送られて来ているんだ。

 冬間近に、ある意味運が良いともいえる。

 この機会にしっかりと狩場を安定させておきたかったんだろうな。

 彼等が頑張った分、群れが解体されて、また新たな森の勢力争いとかが起きそうな気もするが……。


「どのみち俺たちはあと数日はこちらに滞在する予定だったし、ついでに森の調査もしておくさ」


「そか……その辺は任せちゃって大丈夫だね。あ、あの魔物はどうするの?」


 まぁ、その辺は俺が言わなくてもわかっているだろう。

 それよりも……あの捕らえた魔物。

 誰が捕まえたのかは知らないけれど、2番隊の隊員じゃないみたいだし、このままアリオスの街で活動するのかな?

 あまりダンジョン向きじゃなさそうだけれど……。


「ん? ああ……あいつらは、相性にもよるが旦那様か騎士団に献上されるぞ」


「ほ? 折角捕まえたのに手放しちゃうの……?」


 まぁ、領主様に献上ってのも覚えがめでたくなるし、立派な活用法だとは思うけれど……。

 従魔なんて欲しいと思ってもそう簡単には手に入らない代物だぞ?


「お前のヘビやもっと小さい……トリとかならそう手間はかからないが、ウマもオオカミも魔獣じゃなくても手間がかかる生物だろう?」


「……確かに」


 オオカミは知らんけど、ウマは場所も餌代も大変と聞く。

 広い土地でも持っているんならともかく、平民じゃ難しいだろう。

 馬車でも引かせるんならともかく、それなら普通のウマで良いわけだし……。


「何か問題を起こせば主の責任にもなるし、従魔を持つのが騎士団や貴族が多いのはその辺が理由だな。冒険者……それも個人でとなるとそうはいないだろう。そして、そこまで苦労をしてもダンジョンには不向きな種類だ。かと言って外での狩りに使うにもな……」


「……あぁ」


 納得したと思わず手を打つ。


 この辺で活動しているってことは、魔境で狩りをするにはちょっと腕が足りないんだろう。

 んで、捕らえた魔物も魔境じゃなくて、この辺の魔物だ。

 狩場をステップアップさせようにも、連携を磨く場が無いしそれも難しい。

 なるほどなー……持て余しちゃうのか。

 俺のヘビ君たちは手間がかからないから、ついついそこの視点が抜けていた。

 だが、って事はだ……。


「んじゃ、領都に来るんだね」


 ちょっと俺だけで近づくのはおっかなかくてやらなかったが、領都に来るんなら周りをごついのに固めさせることも可能だし、そのうち背中に乗ったりできる機会もあるかもしれないな。


 ◇


 アリオスの街での用事を片付けて、その後もしばらくアレク達と話をしていると、朝方領都を発った伝令が到着していた。

 道中俺が追い抜いてはいたが、それでもまだ昼前だし結構な速さだと思う。

 明るい上に魔物も大分削ったから、途中で戦闘も起こらず飛ばしやすい環境だったからかな?

 まぁ……俺を見てガッカリしていたのは申し訳ない気がしたけれど……しゃーない。


 ともあれ、彼等は領主の指示書を渡したら任務は完了で、今回は返事は預からなくてもいい。

 そのため、そのまま街に滞在して、アレク達と一緒に帰還するそうだ。

 ここ数日の間、彼等や領都で待機している伝令兵たちはずっと忙しかったからな……ちょっとした休暇だな。

 それでも、お陰でリーゼルの目論見通り、多くの伝令兵が各街への移動の経験を積めたし、良かったんだろう。


 とかなんとかそんな事を考えていると、あっという間に領都の街壁が見えてきた。

 さっさとそこを通過して、屋敷の前までやって来たが……。


「窓はー……開いてないか。皆お休みなんだな。んじゃ、裏口に回るかね」


 俺のお使いは終わりだが、報告するのは後回しで良いか。

 皆もまだお休み中みたいだしね。

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